●文・写真:西村 章 ●写真:Ducati/Aprilia/KTM/GASGAS/Yamaha/Honda
マレーシア・セパンインターナショナルサーキットで行われる毎年恒例のプレシーズンテストは、2月1日から3日までがシェイクダウンテスト、2日の中入りを挟んで6日から8日までが公式日程、というスケジュールで行われた。シェイクダウンには、ルーキーライダーと各陣営のテストチーム、そしてコンセッションが適用されるホンダとヤマハが参加。オフィシャルテストには、2024年シーズンにフル参戦するほぼ全員が参加して行われた。今年からドゥカティ陣営のPrima Pramac Racingに移籍したフランコ・モルビデッリは、このテストに先立ってポルティマオで実施した市販車による走行で転倒して頭部を強打したため、今回と次回のカタールテストを見送ることになった。
さて、このセパンテストはシーズン最初の走行で、様々な方向決めをする重要な機会だけに、各陣営とも豊富なメニューに精力的に取り組んでいたようだ。というわけで、以下ではその様子を陣営ごとにざっくりと紹介してゆくことにいたしましょう。
【ドゥカティ】
初日の最速タイムはホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing)。そのマルティンが2日目午前にオールタイムレコード(1’57.491:F Bagnaia)を上回る1分57秒273を記録した。しかし、セッションが18時に終了する直前にエネア・バスティアニーニ(Ducati Lenovo Team)がマルティンの午前のタイムを上回る1分57秒134をマークした。
さらに路面にラバーが乗るテスト最終日の3日目は、上空から照りつける強い日射が曇天で遮られ、その恵まれた温度条件のもとで2年連続王者のペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)がなんと1分56秒682に到達。マルティン、バスティアニーニ、アレックス・マルケス(Gresini Racing MotoGP)も56秒台に入れてタイムシートのトップ4を独占し、ドゥカティ勢の圧倒的な速さを強く印象づけた。参考までに、10年前の2014年セパンテストではM・マルケスが最速を記録し、そのときのタイムは1分59秒533だった。2分の壁を切ったこのときから10年で、最速タイムが3秒近く(厳密には2.851秒)短縮されたというわけだ。技術革新の最先端の世界では文字どおり生き馬の目を抜くような競争が行われていることが、このように数字で定量化して示されるとじつによくわかる。
各陣営の勢力関係はウィンターテストの一発ラップタイムだけですべてを判断できるわけではもちろんないけれども、とはいえ最大勢力ドゥカティ陣営8台のうち4台がタイムシートの上位4ポジションを占め、しかもその4台ともが56秒台なのだから、2024年も彼らが圧倒的な強さと速さでシーズンを支配するであろうことは容易に想像できる。
ちなみに、今回のテストを終えてバニャイアは最速タイムを記録したことについて、以下のように話している。
「今年最初のタイムアタックですごいラップタイムを記録できたので、もちろんとてもうれしい。でも、これはまだテストでコンディションも良く、条件がすべて揃っていた理想的な状況だったので、タイムアタックを実施するベストのタイミングだった。自分はテストのタイムにあまりこだわるタイプではないので、ユーズドタイヤで安定したタイムを刻むことのほうを重要視したい」
いかにも彼らしい、浮き足だったところのない沈着冷静な言葉である。次のカタールテストでは、エンジンのパワーデリバリーをさらに煮詰めるためのマッピングなどを見る予定なのだとか。
ドゥカティといえば、大きな注目を集めているのがマルク・マルケス(Gresini Racing MotoGP)の陣営加入である。走行2日目には「安定したタイムを刻む走行ではだいぶマシン特性を理解して自分の乗り方も合わせ込めるようになってきたけれども、本能のままに走るタイムアタックになると、どうしてもまだホンダ時代のクセが出てしまう」と述べていた。しかし、3日目午前のタイムアタックではドゥカティ勢で5番目……、というとピリッとしないように見えるが、全体では6番目タイムの1分57秒270、しかもバニャイアからは0.588秒差という内容である。これだけの短時間でこれだけ順応してしまうのは、さすがというほかない。
昨年終盤に大活躍したディッジャことファビオ・ディ・ジャンアントニオ(Pertamina Enduro VR46 Racing Team)も、ベストタイムが1分57秒343で総じて充実した内容になったようだが、チームメイトのマルコ・ベツェッキはいまひとつピリッとしない最終日だったようだ。
「昨日はまだ少し良かったけれども、今日はちょっと厳しかった。いろいろと試した方向性がよくなかったようなので元に戻してやり直したけれども、まだバイクがいい感じじゃない」
と話すので、いったい何に苦労しているのか、彼に聞いてみた。
「(23年仕様の)エンジン特性が(22年型と)少し違っていて、バイクを停めるところがうまくいかない。フロントの信頼感が去年のバイクほどないのに加えて、パワーを路面に伝達していくところも苦労しているので、進入も立ち上がりも厳しい。でも、解決法は見つかると思う。まだ最初のテストだし」
そう明かしながら苦笑を見せた。
【アプリリア】
様々な陣営が様々なテストをするなか、空力デバイスの開発で最も積極的な試行錯誤を重ねているのはこの陣営かもしれない。現在どのメーカーの車両も当然のようにリアカウルにエアロパーツを搭載しているが、この部分に初めて実験的なモノを付加して走行したのは、この陣営だった。今回のテストでもあれこれトライしていたようで、テクニカル・ダイレクターのロマノ・アルベッシアーノによると、「今はテスト段階で、シーズンが始まるともちろん絞り込んでいくけれども、おそらく20パターンくらいの組み合わせがあると思う」とのことだ。
アプリリア勢で最上位タイムを記録したのは総合5番手のアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)で、56秒台にこそ入らなかったものの、1分57秒091という好タイム。ただし、エンジンについてはまだ改善の余地がある、と話す。
「中速域でのトルクがもっとほしい。シフトチェンジ後に、もう少しパワーというかトルクがついてきてほしい。今年の仕様は去年からだいぶ良くなっているとはいえ、エンジンがやはり弱点だと思う。上位陣と戦っていくためには、エンジンの出力はもっと上げていきたい」
アプリリアの弱点といえば、温度条件が高いコースで苦労することが積年の課題になっている。シーズンが後半戦にさしかかる秋口くらいまではトップ争いに絡む走りを続けていても、東南アジアの熱帯を転戦する頃になると勢いが失せていくのがここ数年の傾向だ。暑さに弱い原因について、アルベッシアーノは
「正直なところ、まだ完全にその現象を理解しているわけではない。いくつかアイディアはあるので、今は理解を進めている段階。タイヤのみが原因というわけではなく、高い温度条件下でのある種のコンポーネントの挙動に関連しているのだと思う。50パーセントがタイヤ、残りの半分が他の原因だとみている」
と説明している。彼らがシーズンを通じて上位を争い、ドゥカティに肉薄できるかどうかは、この問題の解決も重要なカギを握ることになるだろう。
また、アプリリア陣営といえば、サテライトチームのTrackhouse Racingにダビデ・ブリビオがチームプリンシパルとして参画するとチームから正式発表があったことは、大きな注目を集めた。Trackhouse Racingは、ミゲル・オリベイラとラウル・フェルナンデスのライダー両名以下、昨年までRNFに在籍していたチームメンバーをほぼ居抜きで抱えることになった所帯で、ブリビオは、昨年限りでチームを去ったラズラン・ラザリが務めていたチームプリンシパルのポジションに就くことになるようだ。チームマネージャーのウィルコ・ズィーレンバーグによると、ブリビオは次のカタールテストからチームに合流する予定だという。
【KTM】
ファクトリーチーム、Red Bull KTM Factory Racingは今年もBBことブラッド・ビンダーとみんなの友だちジャック・ミラー。セパンテストでの陣営最速は、ビンダーがM・マルケスからごく僅差の1分57秒307で総合7番手タイム。一方、ミラーは一発タイムこそトップタイムから1.1秒ほどの開きがあったものの、3日間のテストで一番重要な仕様決めがかなり煮詰まってきたと振り返っている。
「この3日間のテストではいろんなバージョンを試してきた。どの方向に進むべきかということも全員の間でかなりハッキリした理解が進んでいるし、制御や他のあれこれもだいぶ進歩した。まだ細かい部分でいろいろと潰しこんでいかなければならないこともあるけれども、新しいアイテムは非常にうまく機能してくれている」
このKTM勢で、ファクトリーの両名と同等かそれ以上に大きな注目を集めたのが、ルーキーのペドロ・アコスタ(Red Bull GASGAS Tech3)だ。3日目午前に実施したタイムアタックでは、1分57秒365を記録。今回のテストではドゥカティの上位勢4名が56秒台に入れたため、アコスタのこの自己ベストタイムはくすんで見えるかもしれない。だが、冒頭に記したとおり、オールタイムレコードは1分57秒491で、ルーキーでありながらそれを0.126秒も上回っていることを考えると、実に驚嘆すべきタイムであることがわかる。
「シェイクダウンテストの2日目から合計5日間走って、全体的にうまくコントロールできるようになってきた。ライディングはまだ順応の途中だけれども、だいぶスムーズになってきた。5コーナーと12コーナーでは少し攻めすぎてはらんでしまったものの、何ごとも完璧を求めることはできないわけだし」
という冷静なコメントを聞いていても、この逸材はまだ大きな器の片鱗しか見せていないのだろうことが容易に想像できる。
【ヤマハ】
今年からコンセッション適用陣営になったことは周知のとおり。ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)とホンダ陣営から移籍してきたアレックス・リンスの両名は、シェイクダウンテスト2日目から走行を開始した。シェイクダウンを終えた段階でリンスに一対一でインタビューした内容はすでに当サイトでも公開済みで、公式テスト3日目には、ヤマハ発動機MS統括部MS開発部長・鷲見崇宏氏に、復活と王座奪還を期す今季の戦略とプランについてたっぷりと話を訊いてきた。このインタビューもおそらく数日内に公開予定なので乞御期待。
さて、5日間の走行を終えたクアルタラロの総括は以下のとおり。
「(昨年と比較して、パワーとトルクは)進歩した。トップスピードはだいぶよくなってエンジンのフィーリングも改善されている。ただし、トルクがかなり唐突なので使い方がまだ難しい。エアロダイナミクスとエンジンがよくなったのは間違いないけれども、それを理解してさらにしっかりと機能させ、2019年以降苦労しているグリップを発揮していくにはまだ時間がかかる。
(制御とメカニカルな対策の)双方が課題になっているのだと思う。トップシックスに入るというよりも4番手から8番手に入るための解決策で、この対策が現状での喫緊の課題。昨年もそうだけれども、ペースそのものはいい。トップスリーに入っているわけではないけれども、かなりいいチャンスもある。ただし、11番手や12番手からスタートすると、どれだけいいペースを持っていてもその位置に埋もれてしまう。だから、グリップを向上させるソリューションを見つけようと真剣に取り組んでいるんだ」
今年から新加入したリンスも、この課題について同じような印象を持っているという。
「とはいえ、自分は違うメーカーから来たし、ホンダではこの領域でもっと苦労していたので、(クアルタラロが訴えるほど)深刻だと感じない。だから、このバイクは自分にとってリアグリップを伝えてゆく加速がちょっといいように思う。それでも、一発タイムやレースペースで攻めようと思うと他陣営より苦戦を強いられるのも事実。5コーナーや14コーナーの立ち上がりではスピードを乗せてゆくのにリア(のグリップ)が少し足りないように思う」
【ホンダ】
みなさま、テクニカルマネージャー河内健さんのインタビューはお愉しみいただけたでしょうか。そのインタビューにもあるとおり、2024年シーズンのホンダはヤマハ同様にコンセッション対象陣営になったため、選手たちはシェイクダウンテストから精力的に走行を続けた。河内さんが明かしてくれたとおり、エンジンスペックについては、最終戦終了後のバレンシアテストで使用したバージョンと、さらにそれに改良を施したものの2種類を投入して試したようだ。それ以外もエアロパーツをはじめ、おそらく外側からは見えない部分のあれこれをたくさん試していたようで、3日間の公式テスト初日に、ジョアン・ミル(Repsol Honda Team)に、今年のセパンテストは昨年と比較して試すアイテムがたくさんあるのかどうか訊ねてみると「うん」と笑顔で即答。
「試すアイテムはかなりたくさんあって、去年よりうまく機能してくれるモノもあるのでとてもいいことだと思う。ただ、タイムを57秒台に入れていくためには、最後の細かい部分まで自信をもって攻めることができるようにならないといけないけれども、そこの詰めがまだちょっと足りていない」
公式テスト初日のそんな感想を経て、最終日のミルは1分57秒374を記録してホンダ陣営トップの総合10番手。トップタイムのバニャイアからは0.692秒というタイム差だった。
「現実問題として去年よりもかなり速くなっているので、ステップは明らかに踏めている。ただ、まだ自分たちが欲しいところまでは達していない。57秒3は悪くないタイムだけど、2本目のタイヤでアタックに出た際に、アウトラップの最終コーナーでコース上に何かがあったので、それを避けようとしてフロントが切れて転倒してしまった。その転倒がなければ、さらにタイムを上げることができていたと思う。いずれにせよ、他陣営も上げているなかでこれだけ接近できているのだから、僕たちの詰め幅はかなり大きいといっていいだろう。
その後、10ラップを連続走行したときは58秒台で走り続けることができた。これもなかなかの内容だと思う。ペコやマルティンのタイムを見ると、彼らは58秒台後半だったので、この暑さやテスト項目などのあれこれを考えると、あと0.5秒は詰めたいところだ。自分たちがやらなければならないことはわかっているし、(技術者に)いい評価コメントもできたので、カタールではもっと良くなると思う」
このミルのチームメイトになったのが、ドゥカティから移籍してきたルカ・マリーニだ。ドゥカティからは周知のとおり、マリーニとヨハン・ザルコ(CASTROL Honda LCR)がホンダ陣営に移っている。マリーニも総じてポジティブな言葉が多かったが、彼にドゥカティにあってホンダにないものは何なのかと訊ねてみたところ、「リアタイヤの仕事のさせ方かな」という言葉が返ってきた。
「両者は(リアの機能が)まったく逆で、ドゥカティが一方の端にいるとすれば、ホンダはその対極にいる」
では、そのホンダのリアグリップは何が問題なのかというと、
「全部。ブレーキングも、エッジグリップも、加速のドライブグリップも全部」
という、正直な返答には好感を抱くものの、内容は見も蓋もない言葉が返ってきた。とはいえ、リアのグリップが課題というこの見解は4選手とも共通しているようだ。中上貴晶(IDEMITSU Honda LCR)の言葉も紹介しておこう。
「いま改善しないといけないポイントを挙げるとしたら、リアのグリップが一番課題だし、タイムに影響するところなので、その部分が良くなってもうちょっときれいに前へ進むようになれば一番いいですね。スピニングがあまりにも多すぎるのですが、僕たちとしてはトルクを落として調整するという考えではなく、むしろトルクをもっと上げつつパーツなどのメカニカルな部分でグリップを上げようと話をしているので、そこは方向性が決まっています」
ホンダはこのところずっとリアのスピニングで苦労をしてきたが、そのスピンの内容が去年とは違う、とも中上は説明する。
「ちょっと滑りかたが違うんですよね。去年はトルクもなかったし、結構、唐突(にスピニングが発生する印象)で、そのおつりでパーシャルエリアのエッジグリップからすごく難しいバイクだったのが、そこは劇的に良くなって、今年はパーシャル区間は良くてエッジグリップもそんなに問題ない。ただ、(スロットルを)開けて起こしてトラクションの部分、加速区間ですごくスピンするので、そこがちょっともったいないというか、うまく繋がっていない感じです」
中上とマリーニの言葉を比較すると、ドゥカティを知っている者とホンダのみに乗ってきた者の違いも読み取れるし、それだけにホンダが抱える課題がさらにくっきりと浮き彫りになっているようにも思うのですが、さて、みなさまの感想はいかがでしょうか。
というわけで、セパンテストのレポートは以上。次回のカタールテストでは、各陣営各ライダーの勢力関係にはたして何らかの変化が兆すでしょうか。それは誰にもわかりません。では。
(●文・写真:西村 章 ●写真:Ducati/Aprilia/KTM/GASGAS/Yamaha/Honda)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!