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2024年シーズンのアレックス・リンスは、Monster Energy Yamaha MotoGPのファクトリーライダーとして参戦する。2022年限りでMotoGPから撤退したスズキのグランプリ最終戦バレンシアGPで劇的な独走優勝を飾り、LCR Honda Castrolに移籍した2023年もシーズン序盤のアメリカズGPで勝利を挙げたものの、イタリアGPのスプリントで右脚腓骨と脛骨を骨折し、ようやくレースへ復帰したのはシーズン終盤になった頃だった。

心機一転、ヤマハのファクトリーライダーとして臨む今年は、陣営のコンセッション(優遇措置)適用により、プレシーズンテストの公式日程3日間に先立って行われるシェイクダウンテストから参加し、精力的な走行を重ねた。そのシェイクダウンテストを終え、いよいよ公式テストを翌日に控えた2月5日(火)の夕刻、今季に賭ける思いについて膝を交えてじっくりと話を訊いた。

●インタビュー・文・写真:西村 章

―昨年はオースティン(アメリカズGP)での勝利のあと、ムジェロ(イタリアGP)で大きな転倒をし、回復までに長い時間を要しました。この苦しい期間を乗り越えるのは、かなり厳しかったのではないですか?

「そうだね。昨年はホントに苦しい一年だった。このプレシーズンも衰えた筋肉量を戻すために、ハードなトレーニングに取り組んできた。冬の間に市販車で走行してみたときには少し不安もあったけれども、悪くなかった。今回のシェイクダンテストでは、痛みはもうほとんど感じない。だいぶ治癒している印象なので、ホントによかった」

―精神的な面で、自信を取り戻すことも大変だったのでは?

「メンタル面は、かなり厳しかった。怪我で欠場しているとき、家でソファに座ってレースを見ていても精神的に追い込まれてしまうので、画面を切ってPCを取り出し、他のことで気を逸らしたりしていた。脛骨と腓骨が粉砕骨折のような状態だったので大きな怪我だったけれども、回復まで周囲の人々やチームが本当に力になってくれた。心理療法士にも相談したし、できることはすべてやって、それが効果を発揮したのだと思う」

―その辛い経験から学ぶことがあったとすれば、何でしょう?

「たくさんのことを学んだ。物事の捉え方、取り組み方、一時は何もかも見失っていたけれども、今では落ち着いて対処し、アプローチできるようになった。回復してくれば精神状態もよくなるし、痛みのためにできなかったことも、今は情熱をもって取り組むことができるようになっている」

―今回のシェイクダウンテストを終えてみて、バイクの改善は期待に充分かなうものでしたか?

「これは本当に満足している。シェイクダウンテストに参加したおかげで、本来なら公式テストでやる内容を前倒しでトライできた。昨年最終戦後のバレンシアテストでヤマハのバイクに初めて乗ったときと比べると、極めて大きな前進を果たしている。チームにも、ご存じのとおりドゥカティからスタッフがやってきた(マッシモ・バルトリーニ:テクニカルディレクター)。彼の経験は、ヤマハに新たな知見をもたらしてくれると思う。彼とじっくり話をしてみて、考えている方向が似ていることがわかったのも心強い。彼の仕事に対する考え方や取り組み方は、ある種、スズキの手法にも似ているといえるかもしれない。彼と一緒にチーム全体で一丸となって取り組んでいくことで、大きな仕事を成し遂げられると思う

#rinse
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

―スズキはすでに撤退しましたが、現在のMotoGPライダーで日本の3メーカーを経験しているのは、唯一、リンス選手だけです。これら3メーカーを比較して、仕事の進め方やピットボックスの雰囲気、技術者たちの考え方など、何か類似点のようなものはあると思いますか?

「その比較は難しいね。スズキ時代は多くのチームスタッフがイタリア人で、LCRではイタリア人とスペイン人の混成チーム。今のヤマハでは日本人もたくさんいるけれども、イタリア人をはじめヨーロッパ圏の人々も多い。ただ、仕事の進め方は、似ているところがあるかもしれない」

―それは、日本的なアプローチ、ということでしょうか?

「ホンダ時代はサテライトの所属でファクトリーチームではなかったので、単純な比較はできないけれども、ヤマハのやり方は日本的という意味でスズキと似ているところがあるかもしれない」

―いわゆるコンサバな仕事の進め方、ということでしょうか?

「かもね。少し慎重かもしれない。とはいえ、チームにはヨーロッパ人もたくさんいるし、ドゥカティからやってきたマッシモを含めて、今は(チームの)メンタリティをちょっと変える方向にもトライしている。もうちょっとリスクを取ることができるように、という方向でね。だって、ダメもとなんだから(笑)。かつては最強を誇った時代があったとはいえ、去年の成績を見ても、今の僕たちにはもはや失うものはない。だから、今はあれこれ変えようとしているところなんだ

#rinse

―近年は、とくに昨シーズンに顕著でしたが、日本メーカーのマシンで走る選手たちはおしなべて「もっとヨーロッパ的な手法を取り入れてほしい」と訴えていました。日本人の我々には、その〈ヨーロッパ的な手法〉というものは想像するしかないのですが、ヨーロッパ人であるリンス選手の目から見て、その〈ヨーロッパ的な手法〉とはどういうことなのだと思いますか?

「たとえば去年のホンダがわかりやすい例かもしれない。ドイツ企業のKalexに車体製作を依頼することになったけど、それが仕上がってくると、テストチームに渡したりグランプリチームに投入するのではなく、日本へいったん持って行くんだよ。ところが、ドゥカティやアプリリアやKTMの場合だと、いろんなマテリアルを持ってきていち早くどんどん現場に投入していく。それが〈ヨーロッパ的な手法〉ということなんじゃないかな」

―それは仕事の手続き的な問題だと思いますか。あるいは、企業風土や精神性などに根ざすものでしょうか。

「メンタリティのようなものかどうかは自分にはわからないけど、たとえばヨーロッパメーカーの場合には、3ヶ月の間にフェアリングを5つくらい投入して、そのうちのひとつが機能する、という進め方。日本企業の考え方だと、時間をかけて持ってくるフェアリングはふたつしかないけれども、そのうちのひとつは確実に使える、ということ。どういうことか、わかるでしょ」

―先ほどの話ではないけれども、日本メーカーは欧州勢よりもコンサバ寄り、ということですね。

「多少はね。かつて日本メーカーは勝ちまくっていたけれども、今は状況がまったく違うわけで……」

―欧州メーカーが優勢ですね。

「そう。だから、また優勢を取り戻すための方法を僕たちは見つけなければならない」

―その方法が、ヨーロッパ的手法を取り入れることだというわけですね。

「うん。でも、それは日本企業が欧州人のようになるべき、ということではない。日本には日本の考え方や取り組み方があるので、それをどうすればいいのかというのは……、難しいね。そこがわかっていれば僕も彼らに提言するけれども、それを僕たちは見つけていかなければならないということなのだと思う」

―ところで、今年は島袋雄太氏(スズキ時代のマップ担当技術者)とふたたび一緒に仕事をすることになりましたね。彼をヤマハへ連れてくる、というのはあなたのアイディアだったのですか?

「雄太と僕はスズキにいた6年間、ずっと一緒にいい仕事をしてきた。LCRに移籍したときも彼を連れて行こうと思ったのだけれども、できなかった。今回はヤマハへ移るに際して、ずっと一緒に仕事をしてきた日本人の技術者をひとり連れていくことは可能かどうかと訊ねてみたところ、構わないということだったので、雄太に来てもらった。今回のシェイクダウンテストでも、かつてと同じように息の合った仕事をできたので、すごくハッピーだ。信頼できる人物がかたわらにいて一緒に仕事をできるというのは、とても大切なことだから」

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―お互い同士のことをよく理解しているから、多言を要さずとも言いたいことが即座にわかりあえる、ということですね。

「そうそう、まさにそういうこと。僕のやり方を彼はわかっているし、彼のやり方を僕もわかっているからね」

―昨年末に2023年プロジェクトリーダーの関和俊氏に話を聞いたとき、「『こんな成績だったのに……』と思われるかもしれませんが、我々の目標はあくまでもチャンピオン獲得です」と話していました。リンス選手は、今年、チャンピオン争いをできると思いますか?

「日本メーカーがトップに返り咲くためにも、全力で戦うよ。ファビオと僕の経験があれば、バイクを確実に改良していけると思っている。今回のシェイクダウンテストと同じように仕事を進めていくことができれば、目標はきっと達成できると思う」

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 このインタビュー翌日、2月6日にセパンプレシーズンテストの公式日程3日間の初日がいよいよスタートした。午前10時にコースオープンを表示するグリーンシグナルが点灯すると、アレックス・リンスは誰よりも早くピットボックスを出て、2024年型YZR-M1で真っ先にコースインしていった。

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写真:Yamaha

(インタビュー・文:西村 章)

#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!


[HRC・河内健テクニカルマネージャーに訊いたへ|アレックス・リンスに訊いた!|HRC・]

2024/02/07掲載