第27回 ホンダ二輪と四輪のネーミングについて =後編=
1980年代から1990年代にかけて、二輪製品のラインアップ拡充に伴い、新しいネーミングが続々と誕生しました。その中から、四輪のネーミングに採用された製品を紹介いたします。
【ジャズ】 JAZZ:音楽用語のジャズ、興奮などの意味もある
ジャズは、50ccながら本格的なアメリカンスタイルで人気を博しました。量産二輪車では初めてリアにミラードホイールを採用し極太タイヤと相まって逞しいイメージを与えていました。二輪のジャズが販売中にも関わらず、1993年にホンダクリオ店専売車としてRVの「ジャズ」が発売されました。このジャズは、いすゞのミューをベースにしたOEMモデルでした。当時の国内四輪市場は、RVと呼ばれるアウトドア志向の車が人気を集めていました。このようなモデルを持たないホンダとしては、OEMによって四輪のラインアップに組み入れる必要があった訳です。
これまでの例を見ると、二輪と四輪で同時期に同じネーミングを採用することはありませんでしたが、このケースは異例と言えます。
当時、ホンダウエルカムプラザ青山でお客様対応をする際には、「二輪、四輪どちらのジャズでしょうか?」と、カタログをお渡しするときに尋ねる必要がありました。
ホンダ版の四輪ジャズは、街中でめったにお目にかかれない希少な存在でしたから、見かけたときは、ツキが回ってきたみたいで嬉しかった記憶があります。
【ホライゾン】 HORIZON:地平線、水平線の意
1982年、ホンダは750ccクラスに水冷DOHC V4エンジンのVF750セイバー、マグナを投入。1年後には、新開発の空冷DOHC直4エンジンのCBX750Fを発売しました。そして、CBX750Fをベースにシャフトドライブを採用した長距離スポーツがCBX750ホライゾンです。私個人の感想としては、精悍なスタイリングは長距離ツーリングのイメージよりもストリートファイターのようです。白バイにも採用されましたので、お世話になった人も多いのではないでしょうか。
1984年当時のホンダ750ccモデルは、合計7車種となり鉄壁のラインアップでした。
1994年に発売された四輪のRV「ホライゾン」は、いすゞのビッグホーンをベースにしたOEMモデルです。ジャズと同じくホンダクリオ店専売車の設定でした。どちらも、地平線に向かって走っていく姿が似合うモデルだと思います。
ネーミングの話題から外れますが、空冷エンジンのCBX750シリーズは、水冷エンジンのCBR750スーパーエアロの登場によって、短命に終わってしまいました。ところが、この空冷エンジン「RC17E』は1992年のCB750で復活したのです。このCB750は、教習車両にも採用されながら、2007年最後の製品リリースまで15年以上にわたるロングセラーになりました。
RC17Eは、1983年のCBX750に搭載され、2007年発売のCB750まで、足かけ24年も続いた驚異的な空冷4気筒エンジンでした。
【スパーダ】 SPADA:イタリア語で剣の意
1988年12月、水冷Vツインエンジン搭載のスタイリッシュスポーツ「VT250 スパーダ」が登場しました。新開発のキャスティング・フレームを採用するなど、VT250シリーズの中でも高級感を醸し出していました。宣伝・広告では、絶大な人気を誇るF1チャンピオンの「アイルトン・セナ」氏を起用し話題を呼びました。「セナさんの休日」や「セナさんの自分時間が、はじまる」などのコピーがありました。イタリアのファッション・センスをボディカラーに取り入れ、プロモーション映像でもファッションとバイクの融合を訴求していました。
2003年、ステップワゴンの上級モデルとして誕生したのが、ステップワゴン スパーダです。エアロフォルムバンパーなどで精悍なスタイリングとしていました。ステップワゴン スパーダは、最新モデルにもラインアップされていますから、もう四輪のネーミングと言った方が自然かもしれません。
【ジェイド】 JADE:ひすい 淡い緑色の意
ジェイドは、水冷DOHC 直列4気筒エンジンを搭載したネイキッドモデルとして誕生しました。スポーツバイクとしてはスタイリングが地味なため人気はいまひとつでしたが、操縦性の良さからバイク便として活躍するシーンを多く見ました。
2015年、セダンとミニバンを融合させたスタイリッシュな乗用車が誕生。ネーミングにはジェイドが採用されました。製品リリースでは、「宝石のような美しさと不変の価値を持つ新しい時代のニーズに応えるクルマを創造するという想いをネーミングに込めました」と記載されています。
振り返ってみますと、ジェイドは二輪も四輪も堅実な製品でしたが、ヒットモデルにはなりませんでした。製品のイメージに重要な役割を持つネーミングが、上手く嚙み合わなかったように思えるのは、私だけではないと思います。
【フリーウェイ】 FREEWAY:高速道路の意
250ccの大型スクーターの先駆者として発売されたのがスペイシー250フリーウェイです。高速道路の走行も考慮し空力にも優れたボディとしていました。そして、5年後の1989年にフルモデルチェンジし、ネーミングはフリーウェイのみになりました。
ホンダの250スクーターは、Freeway、Fusion、Foresight、Forza、Fazeと、全て“F”から始まるネーミングにこだわっているのです。
アヴァンシアの特別仕様車のサブネームに採用されました。専用のボディカラーやプレミアムサウンドシステムなど装備を充実させたお買い得なモデルでした。
【トピック】 TOPIC:話題の意
ビジネスにも活用できる50ccスクーターとして登場しました。上記2車種の他に、トピック フレックスを加えたシリーズ展開でした。トピック・プロは宅配ビジネスや新聞配達でも活躍できる装備を備えていました。
軽自動車ライフの特別仕様車のサブネームに採用されました。お買い得感のある充実した装備が売りでした。
【エリシオン】 ELYSIUM、ELYSION:ギリシャ神話に登場する楽園の名
二輪のエリシオンは、2001年の東京モーターショーに参考出品車として登場しました。水平対向4気筒750ccエンジンを搭載した近未来のトランスポーターとして紹介されました。我々広報担当にとっては、ローマ字表記が難しく読み方も難解でしたので、PRしにくいネーミングでした。市販にはつながらなかったモデルです。
2004年、ホンダミニバンの最上級モデルに採用されたのがエリシオンです。よくも難しいネーミングを採用したものだと思いましたが、二輪とはスペルが違い読みやすくなっています。エリシオンには、「乗る人すべてが上質な時間を楽しむことができるクルマ」という思いが込められています。エリシオンは、二輪も四輪も製品のコンセプトをダイレクトにイメージさせるネーミングとしては、弱かったように思えます。
では、四輪から二輪が受け継いだネーミングを紹介いたします。
【ダンク】 DUNK:バスケットボールのダンク・シュートをイメージ
ライフ ダンクは、ライフのスポーティモデルとして、精悍な外観に加えターボエンジンの搭載やスポーティサスペンションなどを採用。若者をターゲットにした元気モデルでした。
このダンクのネーミングを受け継いだのは、2014年に新登場した50ccスクーターのダンクです。スマートフォンのデザインをイメージした外観が個性的です。高校生にも乗ってほしい原付スクーターとして開発されました。2014年当時は、高校生のバスケットボールを題材とした少年漫画「黒子のバスケ」が人気を博していました。ダンクのネーミングの採用に追い風になったのかもしれません。スクーターのダンクは現在も販売中です。
【フィット】 FIT:ぴったりという意
最初にフィットのネーミングを採用したのは、シティの特別仕様車です。その後、二輪の原付スクーター「ディオ」のタイプ追加モデルのサブネームに受け継がれました。このディオ フィットの製品リリースを担当したのですが、訴求すべきポイントが「ショッピングや通勤・通学において、より手軽に使用したいというユーザーの要望に応え開発したスクーターです」と、インパクトはありませんでした。
「ニュー・クラシック・デザイン」も、言葉で表現するのは難しくPRに苦戦した思い出のスクーターです。
そして、フィットがサブネームからメインネームとして採用されたのが、2001年に誕生したコンパクトカーのフィットでした。
フィットは発売1年目からヒット商品となり、ホンダ四輪の中心的な車種として幅広い支持を得てきました。もう20年以上のロングセラーモデルになりましたので、シティやディオのサブネームに使われたことを知る人は少なくなったと思います。四輪から二輪へ、そして四輪へと受け継がれビッグネームに成長したのです。
これまでさまざまなネーミングを見てきましたが、重要なのは製品コンセプトにぴったり(いかにフィットしているか)で覚えやすいことだと思います。しかしながら、お気に入りのネーミングを思い通りに使えないのが現状です。
スズキには「刀 KATANA」、カワサキには「忍者 NINJA」という日本語が採用され、それぞれビッグネームになりました。ホンダにも「ベンリィ(便利ィ)」とう日本語を上手く使ったネーミングがありますので、開発拠点の「朝霞 ASAKA」とか、熊本製作所から望める「阿蘇 ASO」も使えると面白いと思います。
勝手に名付けた「ASAKA 750 FOUR」「ASO SUPER TWIN」というスポーツモデルを想像すると楽しくなってきます。
(後編 了)