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エンタメ

バイクと出会って半世紀。子供の頃、バイクのカタログ集めに夢中になった山形の少年は、学校を卒業すると念願だったホンダに入社。1994年からは二輪広報を担当し、2020年定年退職するまで四半世紀、一貫して広報活動に従事した。バイクブームのあの時代からの裏も表も知り尽くした高山さんの視点でふりかえる、バイク温故知新の四方山話。それが「バイク・承前啓後(しょうぜんけいご)」。




第28回 私の耕うん機「こまめ」のルーツ

 自称「高山農園主」として、晴耕雨読を理想に掲げ土いじりに精を出しています。
私の耕うん機「ホリデイ FH220」は、「こまめ F220」のホームセンター向け商品で、2007年にジョイフル本田で購入したものです。15年間、春と秋に活躍してくれました。何年もオイル交換をしていませんので、秋晴れの日に洗機してオイル交換とプラグ交換もしました。

オイル交換
作業はバイクとほぼ同じで、エンジンオイルもバイク用が使えます。
プラグを交換。
調子は悪くないのですが15年で初めてプラグを交換。火花も確認しました。
給油
ガソリンは、スクーターから拝借します。これで準備OK。

 さあ、エンジン始動です。ところが、何回スターターを引いてもプスンともしません。考えられることは、バイクと同じでキャブレターの詰まりかもしれません。耕うん機のキャブレターは分解したことはありませんが、バイクに比べれば簡単な構造に違いありません。早速、周りの部品を外してキャブレターの点検の始まりです。

エアクリーナー
エアクリーナーを外すとキャブレターが現れました。内部は結構汚れていました。
メインジェット
やはり、メインジェットが詰まっていましたので、洗浄液に浸してきれいにしました。

エンジンが始動
無事エンジンが始動しましたので、早速畑に連れ出して5畝を30分くらいで耕してくれました。耕うん機もきちんとメンテしてあげないと機嫌が悪くなります。あと10年は働いてもらわないとね。
N-BOXに積んで行きます
畑には、N-BOXに積んで行きます。27kgの重量ですから、それほど苦労なく積み下ろしができます。手押し移動用のタイヤも付いているのですが、畑まで10分もかかるのでN-BOXが便利です。肥料や水とか作業器具を積み込んで効率よく作業できます。

 さて、ホンダのコンパクトサイズの「こまめ」は、日本の家庭菜園の環境を大きく変えたスーパースター的な存在です。二輪や四輪に比べて、汎用製品の歴史はあまり語られていませんが、調べてみるととても面白く興味深い内容が多いのです。
 では、ほんの少しですがホンダの耕うん機の歴史を紐解いてみましょう。

 ホンダにとって初めての耕うん機は、1959年に発売されたF150でした。初代スーパーカブC100が発売された翌年にあたります。すでに60年以上の歴史がある事には驚きます。
 Hondaコレクションホールの汎用製品(パワープロダクツ)コーナーには、本田宗一郎氏のメッセージボードが目を引きます。

Hondaコレクションホールの汎用製品コーナー
Hondaコレクションホールの汎用製品コーナー
Hondaコレクションホールの汎用製品コーナー

F15
これがホンダ初の耕うん機「F150」。農業機械としては鮮やかすぎると思えるレッドカラー。スーパーカブC100のデザイナー、木村譲三郎氏が関わったモデルと言われると、なるほどと思えます。

 1960年代に私が過ごした山形県の米どころ庄内平野では、農業機械と言えば「井関」や「クボタ」そして「ヤンマー」などが有名でした。ヤンマーは、「ヤン坊マー坊天気予報」のテレビ番組がありましたので、子供のころから知っていたメーカーです。農機は、農協経由で販売されるのが一般的で、ホンダブランドの農機は見たことがありませんでした。バイクでは世界一のメーカーですが、農業機械の分野では、老舗のブランドに対抗していくのは大変な覚悟が必要だったと思います。
 本田宗一郎氏がやるからには、この分野でも世界一を目指していたのだと想像はできます。1966年、当時としては異例ともいえる軽量・コンパクト設計のF25型を発売しますが、時代が早すぎたのかヒット作にはなりませんでした。

F25
1966年 F25。

 1970年代に入ると、週休二日制を導入する企業が増えて、休日の趣味として家庭菜園に興味を持つ人たちが増えつつありました。その兆しを先取りするかのように誕生したのがミニ・ティラー「こまめ F200」でした。当時の製品リリースには「最近とくに増加しているホビー園芸や日曜菜園など~」と用途が紹介されています。
 こまめの開発にあたっては、日本はもちろん、欧米市場もマーケティングしながら、新規需要を探りました。そして、小さくてもバリバリ仕事ができ、しかも扱いやすくスタイリングにもこだわった自信作に仕上げました。ネーミングは親しみやすく覚えやすい「こまめ」という名前を営業部門が付けたそうです。
 しかしながら、当時の大多数の感覚としては、耕うん機は農業機械がすべてで、家庭菜園用としてのマーケットは念頭になかった時代でした。1980年、まずはテスト販売としてスタートしました。やはり需要の予測が難しい製品であったことが分かります。
 一般農家向けに販売を開始すると、こまめは予想以上に支持されました。農家の裏庭にあるような畑で女性たちが使っているシーンがあちこちで見られるようになりました。家庭菜園に比べると広い畑ですが、大型トラクターで耕すには小さすぎて、手で耕すには広すぎる。このような環境でニーズがあったのです。
 これに好感触を得、「土・日農業」イメージの宣伝販促活動を展開したのです。耕うん機のイメージである「重厚長大」を払拭したこまめは、瞬く間にヒット商品となり、ロングセラー商品に成長しました。

「こまめ」は、まさしく耕うん機のスーパーカブと言えるでしょう。
① 新規需要の開拓
② 小さくても力強くバリバリ働く高性能
③ 女性にも手軽に扱える簡単な操作性
④ おしゃれなスタイリングとカラー
⑤ 覚えやすく親しみやすいネーミング
⑥ グローバル視点
⑦ ヒット後に他社からも同じコンセプトの製品が続々と誕生

こまめF20
1980年発売のこまめF200

 2001年、こまめは20年ぶりにモデルチェンジされました。新型の4ストロークOHV 57ccエンジンを搭載し、重量は27kgです。

こまめ F220
Holiday(ホリデイ) FH22
左がHondaブランドの「こまめ F220」。右が特約ホームセンター向けブランドの「Holiday(ホリデイ) FH220」。私が2007年に購入したのはホリデイです。

 2016年、こまめは15年ぶりにモデルチェンジしました。私のホリデイ FH220とほぼ同じサイズですが、燃費とか操作性は格段に向上している様子。製品リリースには、1980年に誕生以来、国内で累計47万台の販売を達成しているベストセラー商品であることが誇らしげに記載されています。

こまめ F220
2016年 こまめ F220 。
スーパーカブ50
2022年 スーパーカブ50。

 耕うん機のこまめと二輪のスーパーカブは全く違う製品ですが、開発ストーリーや目指した事を紐解くと共通点が多いことが分かります。ともに、人々の生活を便利で楽しく、より豊かにしてくれるとても頼りになる相棒なのです。我が家の2台は、この先何年も活躍してくれると思います。

スーパーカブ110とホリデイFH220
スーパーカブ110とホリデイFH220。ともにきれいなレッドカラーです。


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2022/11/01掲載