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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 581日ぶりの勝利である。

 2019年最終戦バレンシアGPで優勝した11月17日から2021年第8戦ドイツGPでふたたび勝利を掴み取る2021年6月20日まで、この長い日数はマルク・マルケス(Repsol Honda Team)のグランプリキャリアで、もっとも表彰台から離れていた期間になった。レース数では22戦。この長い月日を経て、ザクセンリンクサーキットで圧倒的な強さを見せてきた〈King of the Ring〉が、完璧な形で復活を果たした、というわけだ。

ザクセンリンク

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 とはいえ、土曜の予選を5番手で終えた段階では、日曜の決勝レースで勝利することは難しいだろう、とマルケス自身が夕刻に述べていた。

 周知のとおり、マルケスはドイツGPの舞台ザクセンリンクサーキットで圧倒的な強さを誇ってきた。2010年の125cc時代にポールポジションから優勝を飾って以来、2019年まで10年連続ポールポジションスタートの10年連勝、という文字どおりの無敵状態だ。しかし、今年は第3戦ポルトガルGPのポルティマオで負傷からの復帰を果たしたものの、右腕上腕はまだ本来の力強さを充分に取り戻しているとはいえないようで、厳しいレースが続いていた。

 とくに第5戦ルマン、第6戦ムジェロ、第7戦モンメロは、3戦連続転倒、という非常に厳しいリザルトになった。今回の第8戦も、金曜午前のフリープラクティス1回目こそトップタイムで快調な走り出しに見えたものの、以後のセッションではミゲル・オリベイラ(Red Bull KTM Factory Racing)や ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy MotoGP)の後塵を拝することになった。ただし、土曜午後に、レースシミュレーションを行うFP4では、他選手たちに警戒を抱かせるに充分な高水準のラップタイムを刻んでいたのも事実だ。

 フロントロー2番グリッドのクアルタラロは「明日のレースはマルクとミゲルがとても強そうなので、面白いレースになりそう」と話していたが、マルケス自身は「明日は(ヨハン・)ザルコ、クアルタラロ、オリベイラのペースが良さそう。自分は彼らほどではないので、迫っていくのは難しいと思う」とも述べていた。

 ザクセンリンクサーキットは左コーナーが10に対して右が3、という左右差が極端なコースで、そのレイアウトが右腕の負担を軽減することになっている、というマルケスは、しかし、じっさいにこの日の予選では5番手タイムで、2010年以来続いてきたポールポジションを獲り逃した。

「他のコースほど肉体的な限界がないけれども、コーナー出口での引き起こしが思うようにできていない」とも述べ、レースディスタンスは厳しいかもしれない、と警戒感を見せていた。

 しかし、日曜の決勝レースでは圧倒的な強さを見せた。

 ホールショットは3番グリッドスタートのアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing Team Gresini)で、2列目中央からスタートしたマルケスはピタリとその背後につけて2番手で1コーナーへ入っていった。

 余談になるが、アプリリアがフロントローを獲得するのは、2ストローク時代の2000年最終戦オーストラリアGPでジェレミー・マクウィリアムスがポールポジションを獲得して以来。MotoGP時代ではもちろん初の快挙である。兄エスパルガロにとっても、スズキ時代の2015年にオランダGPで2番グリッドを獲得したときに次ぐグリッドになった。序盤はマルケスと兄エスパルガロが熾烈なトップ争いを続けたが、やがて雨がぱらつき始めて8周目にはマシン交換を許可する白旗がマーシャルポストに提示された。この雨がふたりの明暗を分けた。

 兄エスパルガロはレース後に、「雨が降ってきたときに、自分はマルクほど勇敢に走れず慎重になってしまい、そこで差が開いた」と、このときの展開を振り返った。結果的に、兄エスパルガロは7位でレースを終えている。一方のマルケスは、この雨がぱらついてきたときに「『よし、もらった』と思って、さらに攻めることにした」と述べている。これはつまり、そうやってリスクを賭けた駆け引きで勝負できるくらい、心身ともに充実した状態を取り戻していた、ということでもあるだろう。

エスパルガロ
エスパルガロ

「今回は、肉体的に感じる限界が少ないなかで走る初めてのレースだった。右コーナーが少ないのでタイムをロスせず、左コーナーもポジションが完璧ではないとはいえ、速く走るための限界はあまりなかった」

 そう話すマルケスは、今回のレースで勝てた理由について「要因はふたつある」とレース後に明かした。

「肉体的な限界が出にくいことと、バイクの弱点が出にくいこと。レースでは皆がリアタイヤのマネージを心がけていたけど、自分たちはフロントもマネージしなければいけない。だから序盤は、リアよりもむしろフロントを温存してあまり速く走らないようにした」

 兄エスパルガロとの序盤のバトルを経て、後続との差を開いていった中盤までの展開を振り返って「あまり速く走らないようにした」というのだから、このレースを振り返ったときにマルケス本来の圧倒的な強さが印象に強く残るのも当然である。

「もうひとつ自分にとって重要だったのは、モンメロの月曜(事後)テスト。自分にとってプレシーズンテストのようなもので、たくさん走って乗り方やタイヤの使い方の違いについて理解がだいぶ進んだ」

 とも述べた。たしかに前戦カタルーニャGP翌日のテストで、マルケスは全選手中最多の87周を走りこんでいる。カタールで行った3月上旬のプレシーズンテストでははまだバイクに乗ることを許可されておらず、第4戦スペインGP翌日のヘレステストでも、復帰直後ということもあってほとんど周回をしていない。つまり、上記のカタルーニャ事後テストは、体力の復調とバイクへの理解の両面で自信を深める非常に意義の大きなテストだった、ということなのだろう。

 レース中盤以降は、ミゲル・オリベイラが猛追を開始して、一時は1秒を切るところまで背後に迫ってきた。

マルケス
マルケス

「ミゲルが攻めてきて、これは厳しくなるかもしれないとも思ったけれども、自分を信じて走った。この3戦の転倒のことが頭をよぎって、自信を持って走り続けるのは難しかったけれども、うまく乗り切れたと思う」

「3戦連続ノーポイントだったので精神的には厳しく、表彰台で終わることを目標にすればラクだっただろうけど、それでは自分らしくない。転倒したらまたいろいろ言われるだろうことはわかっていたけど、自分の走りで、自分の本能に従って走った」

「オリベイラが後ろから迫ってきたときは、弟とのトレーニングを思い出した。遅いライダーが前で速いライダーが後ろから追い上げるという方法で、弟が速くて追い上げて来たときのことを思い出しながら、オリベイラではなくて弟だと考えて『捕まるかもしれないけど、でも大丈夫』と考えて、諦めずにがんばった」

 最後はオリベイラも追走を諦めて、マルケスは11年連続のザクセンリンク制覇。ちなみに同一サーキットで11連勝を飾るのは、ジャコモ・アゴスチーニのフィンランドGPイマトラ13連勝(1966-1973:350cc/500cc)に次ぐ大記録である。

マルケス

 今回のレースウィークに先だっては、チームマネージャーのアルベルト・プーチから活を入れる電話があった、という。

「火曜に電話があって、そのときアルベルトはただ、『今週のレースは、わかってるよな』とひとこというだけで、お互いにそれ以上は話す必要がなかった。一方で、エミリオ・アルサモラは理性的で、『だいじょうぶだいじょうぶ、トップファイブでいい』といっていたけど、でも自分自身は(闘争)本能に従って走った」

 電話といえば、第6戦イタリアGPの際にパドックを訪れていたミック・ドゥーハンとじっくり話したことがとても支えになった、とも明かした。

「ポルティマオで復帰したときは、とても自分本来のレベルからはほど遠い、と感じた。その次のレースではさらに厳しかった。周囲のいろんなコメント等はすべて気にせず、チームや自分を支えてくれる人たちのことばだけを採り入れるようにした。なかでも、ドゥーハンのコメントがとても助けになった。ムジェロで会ったとき、彼がケガから復帰して1992年や93年に苦労を強いられたときと(現在の自分が)同じだとわかった。電話でも30分ほど話をしてくれた。彼が話してくれた当時の状況は、今の自分とまったく同じだった。思うように乗れなくて、バカみたいなミスをして転倒してしまったり、速いセッションもあれば遅いときもあって、その理由が自分でもまったくわからなかったりして、今年の自分が直面していたことは、まさに彼の経験してきたことだった」

 次戦のアッセンは、またしても肉体的にも厳しいレースになるだろう、と述べるものの、今回の復活勝利はマルケスとホンダにとって、長く続いた不安を払拭し、ひたむきな努力が報われる大きな安堵をもたらしたことは間違いない。

 ただ、その一方ではこのドラマチックな勝利は、ホンダが抱える課題を改めて浮き彫りにする格好にもなった。マルケスに次ぐホンダ陣営2番手の成績は、チームメイトのポル・エスパルガロの10位で、マルケスからは14.769秒差。中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)は、決勝レースで大半の選手がフロントにハード、リアにミディアムコンパウンドで臨んだのに対し、ミディアム(F)/ソフト(R)という選択で勝負に出たものの、それが奏効しなかった面があるとはいえ、結果は13位に沈んでしまった。中上のチームメイト、アレックス・マルケス(LCR Honda Castrol)は転倒リタイア。この3名はいずれも、昨年のレースで何度も上位成績を収めていたことからもわかるように、高い実力の持ち主であることはいうまでもない。ホンダ陣営全体として〈憎たらしいくらいの容赦ない強さ〉を取り戻すためにも、一刻も早く彼らが2021年型マシンで本来のポテンシャルを発揮できるようになることを待ちたい。

マルケス
マルケス

 対照的に、陣営全体の強さをこのところ強く印象づけているのがKTMだ。

 ミゲル・オリベイラはシーズン序盤の数戦にポイント獲得圏内を出たり入ったりするような苦しいレースが続いたが、第6戦以降は3戦連続の表彰台。2位で終えた今回も、上記のマルケスのことばにもあるとおり、最後まで高い戦闘力で肉迫し続けた。レースの機微を分けたのは、やはり序盤の雨だった、とオリベイラも振り返っている。

「雨が降ってきたとき、マルクはグリップレベルを把握して差を広げていった。その段階で自分はまだ理想的な状況じゃなくて、彼の直後ではなく少し離れた集団のなかに捕まっていた。その後、2番手に上がってからはプレッシャーをかけていったけれども、それまでにタイヤをかなり使ってしまっていた。マルクはレースをきっちりコントロールしていて、残り3周で彼がさらにもうひと押し攻めていたときには、自分はもう空っぽの状態だった。追いつけなくて差が1.5秒に開いたので、この位置でゴールをすることに決めた」

 前回前々回の当コラムでも指摘したが、今のKTMの好調さはムジェロから投入した新シャシーが象徴するとおり、陣営全体の努力を向ける方向性が噛み合っているところにある、といえそうだ。オリベイラのチームメイト、ブラッド・ビンダーが4位で終えているところにも、陣営全体としての〈底上げ〉がきっちりと示されている。

 オリベイラは、現在のKTM陣営の好調さについて、以下のように説明をする。

「シーズン序盤は、自分たちの状況がどう転がっていくかわからなかった。やがてテストチームからパーツが届き始めた。グループ全体で取り組んでいる仕事が、とてもうまく行っている。4名のライダーに加え、テストチームのダニの働きも非常に有用なインプットで、とても助かっている。(現在のMotoGPの)これだけ差が小さい競争状態だと、小さなところを詰めていくことが重要で、それが大きな前進につながる。シーズン序盤はポテンシャルを見せていたけれども完走できていなかったので、レースでゴールをすることも重要だった。ムジェロからのステップが、さらなる確信につながっている」

「シーズン序盤の苦戦がなければ、そこからの巻き返しとしての現在の状態はなかったと思う。とはいえ、今の状態を当然と思うのではなく、一戦一戦を大事に戦いながら表彰台を目指し、できるかぎりたくさんのポイントを稼いでいきたい。ポイント計算をするのはシーズン後半になってからで、それもいい位置にいるからこそできることなので、今はしっかりと戦っていきたい」

ミゲル

 現在、ランキングで首位に立つのはクアルタラロ。前戦では例のジッパーの一件があったために、獲れていたであろうポイントをかなり獲り逃したが、今回はきっちりと3位表彰台を獲得。予選では毎戦超高水準の一発タイムを叩き出して、この8戦の平均グリッドポジションは1.75(!)、と抽んでた速さを披露している。とはいえ、ヤマハもホンダ同様の問題を抱えている気配があり、チームメイトのマーヴェリック・ヴィニャーレスに出来不出来の波が激しいのが気になるところだ。彼の速さが安定するようになれば、シーズンはさらに面白くなることが必至なだけに、ヤマハ陣営の〈高位安定〉を愉しみに待ちたい。次戦のオランダGP、TTサーキットアッセンは自他共に認めるヴィニャーレスの得意コースである。さて、どんな戦いになりますやら。

 最後に、Moto2とMoto3クラスについても少しだけ。

 Moto2は、今回もレミー・ガードナー(Red Bull KTM Ajo)が優勝。ムジェロから3連勝で、ランキング首位をさらに地固めした。ここまでの8戦で表彰台を逃したのは第4戦ヘレスの4位のみ、というアベレージの高さは、かなり脅威的である。

 日本人Moto2ルーキーの小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)は最終ラップに5番手を走行中、8コーナーで転倒。今季ベストリザルトタイの結果を、ゴール5つ手前のコーナーで逃してしまうことになった。残念。

レミー・ガードナー
小椋藍

 Moto3クラスでは、鳥羽海渡(CIP Green Power)が2位表彰台。今シーズンはたびたびトップ争いに顔を覗かせるものの、激しいバトルのなかで揉まれて終えてしまうレースが多かった……が、今回は序盤から先頭集団を構成して最後まで激しい戦いを切り抜けて、昨年のアラゴンGP以来の表彰台獲得となった。

「第3戦ポルティマオから3戦連続してノーポイントだったので、ムジェロではゼロから仕切り直し、気持ちを切り替えて取り組むように心がけました。レースでも全員に対して注意を配るようにしながら、最後まで落ち着いて走るように心がけているので、精神的な面で大きく変わったたと思います」

 なるほど、了解です。今週末のアッセンでも、ひきつづきその成果を見せてもらえることを期待しましょう。では、また。

ドイツGP

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


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2021/06/21掲載