第7戦カタルーニャGPは、今シーズン初めての有観客開催イベントになった。新型コロナウイルス感染症蔓延を抑えるため、様々に厳格な行動制限を取ってきた欧州各国では、ワクチン接種の普及と感染者数押さえ込みなどの状況を見ながら、各種規制を少しずつ緩和しはじめている。今回の観客席開放とチケット販売もその一環で、観客動員数は金曜が3200人、土曜に1万0021人、日曜は1万9352人。3日間総計でのべ3万2573人がバルセロナ=カタルーニャサーキットへ観戦に訪れた。
土曜の予選を終えた段階では、レースペース、一発タイムともにダントツの優勝最有力候補はファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)だった。しかし、決勝レースではいろんなことが発生(後述)したために、最終的にクアルタラロは6位という結果に落ち着くことになった。
優勝はミゲル・オリベイラ(Red Bull KTM Factory Racing)。前週のイタリアGPで2位表彰台を獲得した勢いを駆って、今季初勝利である。前戦ムジェロから実戦投入した新シャシーがこのパフォーマンスに大きく寄与していることは明らかだが、その好感触がライダーの自信に満ちた走りにつながり、その力強い走りがさらにマシンのポテンシャルを存分に引き出す、という、まさに好循環である。
「序盤のペースは想定どおりで、ファビオが速そうなのも予想どおりだった。彼が逃げればレースは厳しくなるだろうと思っていたけれども、それほど有利でもなかったみたいで、(レース中盤に)抜かれた後もしっかりとついていって、仕掛け返すこともできた。その後、(オーバーテイクし返した後に)彼も自分についてきたけど、残念ながら……レザーの一件もあったようでポジションを落としていった。最後の数周は、ヨハンが追い上げてきて2位に入ったことも、彼にとってハッピーな結果だった」
ライバルの健闘も讃えながら、そうレースを振り返った。今後のレースでもトップ争いに絡んでいけそうか、という問いに対しては
「イエス、といいたいところだけど、どのコースもそれぞれ違うので、なかなかそう簡単にはいえない。予選をしっかり走っていいレースをするために、毎戦遺漏なく戦っていくつもりだし、自分たちのバイクはどのコースでもうまく走っている。たとえば過去に苦労をしてきたムジェロでも、いまはうまく走れている。今後のレースでは去年走っていないコースもあるけど、これからもこの調子でがんばりたい」
ゴール直後のパルクフェルメでオリベイラは「今までのレース人生でも最高の勝利のひとつ」と喜びを露わにしていたのだが、では、MotoGPで過去に挙げた優勝(2020年スティリアGP、ポルトガルGP)と比較して、今回の勝利はどんなふうに味わいが違うのか、と彼にちょこっと訊ねてみた。
「去年のスティリアGPは最終コーナーでのオーバーテイクだったし、ポルティマオではすべてがうまく噛み合って気持ちよく走れていて、誰にも自分を止められなかった。それと比較して今日のレースは、グリップレベルのマネージメントやプレッシャー、レースのペースコントロール等々、すべての面で難しかった。だから、今回はまちがいなく、自分のベストレースのひとつだと思う。しかも、今日は観客の皆の前で走ることができた。お客さんの前で走るとさらに力が出るので、とてもよかった」
2位はヨハン・ザルコ(Pramac Racing/Ducati)。今季4回目の2位表彰台である。
「いいレースだった。ラスト2周はミゲルに追いつこうと思ってがんばった。セクター1は自分のほうが速かったけれども、セクター2と最終セクターはタイムを稼ぐのが厳しく、勝負するのが難しかった。なので、2位で終われて良かった。優勝者を追いかけるにしてもミスはできないし、このリザルトで上々。昨日思っていたよりもいいレースをできた。ファビオを抜くのにかなり体力を使ってしまったので、表彰台を獲れて完璧な結果だと思う。いい日曜日だった」
ザルコとオリベイラが言及しているクアルタラロだが、レースをご覧になった方々には周知のとおり、レース終盤にレザースーツのジッパーが下がって全開になってしまう、という非常に珍しいできごとが発生した。このとき、クアルタラロはオリベイラの直後を走行しており、ザルコはその後ろで3番手を走行中だった。
「後ろにいたので、彼に何が起こっているのかわからなかった。(クアルタラロが)ミゲルの直後にいた3コーナーで胸部プロテクターを外したので、『何があったんだろう、腕が痛むんだろうか……』とも思ったけど、まったくわからなかった。その後、追いかけるのが難しくなったようでタイムを落としていき、自分は彼を抜くことができた」
胸をはだけた状態で走行を続けていることについては、レース中にケーシー・ストーナー氏が黒旗(※当該周回でピットへ戻ることを命令するフラッグ。この旗の提示がペナルティによるものである場合は、再スタート禁止)を提示すべきだとツイートするなど、レースと同時進行で大きな議論が沸き起こった。ザルコは、この件について以下のような見解を示した。
「レザースーツの前を開いて走行する行為は、自分たちが危ないんじゃなくて、彼自身が危ない。だから、彼の安全のためにも黒旗を出すことが適正だったと思う」
優勝したオリベイラも同意見だと述べる。
「過去にこういうことが発生したのは記憶にない。走行中にバイクのパーツが外れることは何度かあったけれども。ライダーの安全に関することなので、レースディレクションは彼の安全のためにも判断をすべきだったし、映像から見る限り走行中にレザースーツ(のジッパー)を閉めることができなかったようだから、黒旗を出すべきだったという意見に賛成する」
今回のレースを3位で終えたジャック・ミラー(Duacti Lonovo Team)は、ライダー心理も慮ったうえで、以下のように話した。
「あのポジションでレースをしている最中は、安全とか体のことなんて頭に浮かばない。ライダーはレースのことしか考えていないのだから、誰か外部の人間が適切な判断をすべきだったと思う」
クアルタラロ自身は、レザースーツのジッパーが下がっていったことについて、なぜそんな事態になってしまったのかわからない、と述べている。
「ぼくに言えるのは、残り5周の1コーナーでジッパーが完璧に開いてしまっていて、閉じようとしたけれどもできなかった、ということだけ。前が開いた状態だとストレートエンドでは体が後ろに引っ張られるし、スカイダイブみたいな状態になって、あの状況で普通に乗るように心がけるのはすごく大変だった。よけいなことは考えず、とにかく表彰台を獲ることだけを目指した」
クアルタラロが使用しているレザースーツメーカーは現在、原因究明や検証などを行っている最中だろう。おそらくは、ジッパーを上までしっかりとあげたうえで首元のフラップも留めて固定できていなかった等の理由で、レース中にジッパーがずり下がってゆき、結果的にああいう状態になった、というのがもっとも可能性の高い推測なのではないかと思われる。
じっさいのところ、今回のクアルタラロに発生したような事態は、非常に珍しいとはいえ、けっしてあり得ないことでもないようだ。某装具メーカーの技術者によると、彼らが装具を提供する選手にも過去に、今回の一件と非常に似た、ジッパーがずり下がるできごとがあったという(あるいは、クアルタラロは上記発言の流れで「息がしづらい状態だった」とも述べていることから、何らかの理由で位置がずれた胸部プロテクターの位置を修正するために自身でジッパーを下ろした可能性もなしとはしない)。
決勝のレース映像を見る限り、クアルタラロ自身は上記のことばでは「残り5周」と話しているが、じっさいに彼のジッパーが開いているらしき姿を画面で視認できるのは、残り3周の3コーナーだ。ここで胸部プロテクターを外して捨てる様子がリプレイで表示されている。
その直前の1コーナーでは、フロントを切れ込ませるあやうい場面があった。ここで転倒を回避した際に、クアルタラロはとまりきれずにロングラップペナルティのコースへオーバーランしている。そのため、オリベイラの直後につけていた位置から、この挙動によりザルコの背後の3番手へポジションを落としている。その結果、クアルタラロの直後にはミラーがつけるという位置取りになった。
4名は、オリベイラ、ザルコ、クアルタラロ、ミラー、という順序で最終ラップに向かう。FIM MotoGPスチュワードパネルの決定として、クアルタラロに3秒のペナルティが通告されたのは、この4台が12コーナーに差しかかった頃だ。この順位のまま4台はゴールラインを通過。ミラーに対して0.175秒先にチェッカーフラッグを受けていたクアルタラロは、このタイムペナルティ加算により、リザルトでは逆転4位に落ちることになった。
ちなみに、この3秒ペナルティの理由は〈1コーナーから2コーナーのショートカット〉、つまり、ラスト3周の21周目にオーバーランをした行為に対する処罰である。ところがじっさいには、このオーバーランでクアルタラロはポジションを上げたわけではなく、それどころか逆に2番手から3番手へ順位を落としている。つまり、〈ショートカット〉によりポジションを下げて損をしたのは彼自身なのであり、それに対するペナルティ付与、というのも奇妙といえばやや奇妙な話だ。
それよりもなによりも、このとき彼に科せられたペナルティの事由がレザースーツのジッパーではなく、オーバーランに対するものだった、ということに拍子抜けをした。
このレザースーツの一件は上記でも紹介したとおり、レース中からおおいに議論の的になったが、これに対して処分が発表されたのはレース終了から4時間以上を経た18時である。
処分内容は、3秒のタイムペナルティを加算する、というもので、これによりクアルタラロはさらに順位がふたつ下がって6位、という正式結果になった。
そして、ここで大きな疑問として浮かび上がってくるのが、「なぜ、レース終了4時間後に、このような形のペナルティを与えるのか。〈1コーナーから2コーナーのショートカット〉と同様の、3秒のタイムペナルティ、とする根拠は何なのか」ということである。
2021年版のルールブックでは、テクニカルレギュレーションの”2.4.5.2″で、ヘルメットやグローブ、ブーツ、レザースーツなどの装具類を適正に着用することが義務として定められている。ただし、この着用義務に違反した場合の罰則は、特段に明記されていない。
では、この条文”2.4.5.2″が目指す〈保護法益〉はどこにあるのか、ということを考えてみると、いうまでもなくそれは、これら装具を着用する選手の競技中の安全を担保すること、であろう。
であるならば、この条文を違反した者に対する処罰は、違反者の安全を守る方向で作用しなければ意味も効果もない。
レースが終わって4時間後に、「あなたはルールを守らなかったので、戒めておきますね」という便宜的な処分でレースリザルトに3秒の加算を科すことは、危険の排除や安全義務違反違反を繰り返させないための抑止効果がある、とFIM MotoGPスチュワードパネルは考えているのだろうか。
と、このような理路で考えてくると、とってつけたようなこの3秒のタイム加算ペナルティは、クアルタラロに対する懲罰としての意味以上に、FIM MotoGPスチュワードパネルの不作為行為を帳消しにして事後的に無理矢理つじつまを合わせようとしたかのような印象のほうが、むしろ強くなる。
つまり、この一連のできごとと処分の経緯でむしろ問われるべきなのは、時宜を得た判断を失してしまったフレディ・スペンサー氏以下FIM MotoGPスチュワードパネルの不作為責任だろう。
なぜ、FIM MotoGPスチュワードパネルの不作為行為が発生してしまったのか。そして、便宜的にも見える3秒加算の裁定基準は何だったのか、ということについては、ぜひとも知りたいところである。
じっさいに、レース翌日の月曜にクアルタラロは前日のできごとを振り返って「自分に対して黒旗が提示されるべきだった、という意見に同意する」という旨の発言をしている。違反者自身が自分への裁定に対する妥当性についてこのように述べている以上、FIM MotoGPスチュワードパネルの不作為性はさらに際立つ。
このような場合、彼らがどのような意図で今回の処分をくだすにいたったのか、当事者たちに直接質問をするのは現場取材の基本中の基本なのだが、昨年来、Zoomなどを使ったリモート取材が続いているため、このようなときに臨機応変な取材をできない歯がゆさやもどかしさを感じる。が、今回のレースウィークにバルセロナ=カタルーニャサーキットへ入っていた数少ない欧州のジャーナリスト仲間によると、この裁定の根拠を尋ねるべく取材を申し込んだものの、どうやら受け付けてはもらえなかったようである。
さて、この件はひとまずここまで。少し深呼吸をしつつ話題をレースそのものに少し戻し、ひとつ軽めの話題に触れてから第7戦はお開きといたしましょう。
第6戦~第7戦の2連戦では、ヤマハ・KTM・スズキ(第6戦)、KTM・ドゥカティ・ドゥカティ(第7戦)と4メーカーの選手が表彰台を獲得した。一方、苦戦が続くホンダ勢は、2021年に入ってまだ一度も表彰台に登壇していない。第6戦のホンダ最上位はポル・エスパルガロの12位で、優勝選手とのタイム差は26.059秒。第7戦はアレックス・マルケスの11位が最高で、トップからは21.650秒差。現状では、なかなかに厳しいレースが続いている。
このままシーズン最後まで一度も表彰台を獲得できないようなことにでもなれば、来シーズンはホンダがコンセッション適用メーカーになるという、ちょっといままで誰も想像しなかったような事態が発生してしまうことにもなりかねない。シーズンはまだ先が長いとはいうものの、現在のような事態が続くのは、なによりも彼らにとってあまりよろしくはない。
この長く暗いトンネルの先に見える光明は、マルク・マルケスが第7戦は転倒で終えたとはいえ、それまでは手応えのよい走りを見せていたことと、翌日月曜の事後テストでもそれなりにたくさんの周回数をこなして体調面でも本来の調子に戻りつついる様子が覗えたこと等、復調の兆しがあるらしきところだろうか。とはいえ、負荷分散やリスクヘッジという意味では、彼以外のポル、アレックス、タカの3選手が安定して表彰台を狙えるようにならなければ、ホンダ陣営全体の底上げにはならないだろう。そう考えると、2013年以降はずっとマルケスの勝ちっぷりと存在感があまりに強烈で彼ばかりが目立つ傾向にあったけれども、チームメイトとして常に一定レベル以上の高い成績を期待できていたダニ・ペドロサというライダーは、じつに得がたく大きな存在だったのだな、といまさらながらに痛感する。その彼が、ホンダを離れてKTMのテストライダーに就任したことで、現在のKTM快進撃の礎ができていった、ということも、なにやら象徴的ではある。
……軽めの話題というわけでもなかったですね。うむ。では、また。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
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