第6戦イタリアGPの舞台はムジェロサーキット。昨年は新型コロナウイルス感染症の蔓延により開催がキャンセルされたため、当地では2年ぶりのレースである。
この時期のトスカーナ地方は、初夏の陽光が山間の緑葉に美しく映え、会場を埋め尽くすファンの歓声や大勢のロッシファンのあげる黄色いスモークが観客席のそこここに立ちこめる。そんな風景は毎年の当地につきものだが、今年は無観客開催でパドック以外は閑散としたなかでの興行になった。
そして、土曜午後のMoto3クラス予選終了直前には、タイムアタックを行っていたジェイソン・デュパスキエ選手(CarXpert PrüstelGP)がアクシデントに絡み、ドクターヘリでフィレンツェの病院へ搬送される、というできごとが発生した。医療チームによる治療措置の甲斐なく、翌日のMoto2クラス決勝レース直前に訃報がもたらされ、MotoGPクラスの決勝前、午後1時45分には一分間の黙禱が捧げられた。
その後、23周で争われたMotoGPクラスの決勝はファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が優勝。レースを想定したシミュレーションを実施する土曜午後のFP4でも図抜けて高い安定性を披露し、その後の予選でも圧倒的なタイムでポールポジションを獲得して優勝最右翼候補だっただけに、当然といえば当然の独走勝利だ。
黙禱の直後に自分たちのレースへ向けて集中していくことはとても難しかった、と明かしたクアルタラロは、今回の勝利をデュパスキエと家族に捧げたい、と話したあとで、こうも述べた。
「稀とはいえ、長い時間の中ではこのようなことは起こりえる。そして、こんなふうにいうのは辛いけれども、走るのは我々のなすべきことでもある。350km/hで走るのはたしかに普通のことではない。とはいえ、そういう競技なのだし、これ以上何を述べても彼が帰ってくるわけではない」
2位は今季初表彰台のミゲル・オリベイラ(Red Bull KTM factory Racing)。ヘレス事後テストで試した車体を導入した今回のウィークは、走り始めの金曜から好調なパフォーマンスを発揮し、5位に入ったチームメイトのブラッド・ビンダーとともにきっちりとレース結果へ繋げた格好だ。
「週末を通して速く走ることができた。予選でも今季ベストの7番手だった。スタートも良かった。フロントがハードコンパウンドだったので序盤は慎重に走ってから攻めていくようにした。ヨハン(・ザルコ/Pramac Racing)をオーバーテイクできて、後ろにいたジョアン(・ミル/Team SUZUKI ECSTAR)も抑えきることができた。今日のレースはこのような事態だったということは別にして、走りを愉しむことができた。この勢いを次戦のバルセロナGPに繋げていきたい」
また、アクシデントの一件については、以下のようにコメントしている。
「ハイスピードであのようなことが起こってしまうと、避けようがない。家族の哀しみはいかばかりか想像もできないけれども、これは乗り越えていくしかないし、そしてそれこそが最高の追悼になるのだと思う」
オリベイラと僅差の3位に入ったミルは、第3戦ポルトガルGP以来となる今季2回目の表彰台。
「アレックス(・リンス/Team SUZUKI ECSTAR)とのハードなバトルで少し時間を使ったけど、その後にミゲルやザルコとの距離を詰めていった。ミゲルは良い走りをしていて、ブレーキもすごくよく旋回速度も高かったので、抜くことができなかった」
とレース展開を振り返りつつ、ドゥカティやKTMを相手に戦う厳しさも振り返った。
「ドゥカティはストレートでとても速くて、ついていけない。ヨハンはブレーキが強くて立ち上がりで一気に加速していく。だから、ぼくたちやおそらくはヤマハ勢もオーバーテイクにとても苦労する。KTMも、ザルコのスタイルほどではないけど似た傾向があって、ミゲルはコーナースピードもあるノーマルなスタイルの走りをする。正直なところ、ふたりとも最終ラップでバトルをしたい相手じゃないね」
そして、つい先ごろ亡くなった選手の黙禱を行った直後に、自分たちがレースを走るためにコースへ出て行くことについて
「こういうときは、少し自分勝手にならないとヘルメットを被ることができない」
と述べた。彼のいう「自分勝手」とは、単純に字義通りの我が儘や自己中心的な振る舞いということではなく、むしろ、余念を振り捨ててがむしゃらに目の前のレースに集中すること、という意味なのだろう。
「ぼくたちにできるのは、自分の仕事をすること。そして、彼と家族のために祈りを捧げること」
ともミルは話している。
今回の決勝レースでクアルタラロと互角のバトルをすると目されていたフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)は、開始早々の2周目に転倒リタイアを喫したため、ノーポイントに終わっている。
その結果により、ランキングではクアルタラロが首位に立った。ランキング2番手はザルコ、3番手にバニャイア、そして4番手には前々戦と前戦の2連勝を飾り、今回は6位で終えたジャック・ミラー(Ducati Lenovo Team)がつけている。
今回のレースに関しては、表彰台を獲得したトップスリー以降の順位は、ザルコが4位、ブラッド・ビンダー(Red Bull KTM factory Racing)が5位、ミラーが6位でゴールしている。7位にはアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing Team Gresini)。彼がレース後に述べたことばを紹介しておきたい。
「19歳の若者を喪って一分間の黙禱を捧げた直後に、いったいどうして自分たちはグリッドについてレースをしているのか。これは自分でも理解できないし、その答えも持ち合わせていない。とても悲しいできごとだけれども、人生はそうしたもので、これが自分たちの競技だということもわかってはいる。けれども、正直なところ(なぜ自分たちがレースをできてしまうのか)わからない。自分の頭から余念を振り払い(レースを)走ってしまえることを、ことばではうまく説明できない。気持ちの中ではとても辛い。そして、人生はとても速い」
今回の決勝レース後には、実施するべきかどうかをあらかじめライダーたちと協議するべきだった、あるいは、レースそのものをキャンセルするべきだった、と述べる選手たちもいた。エスパルガロはそのような意見に対しても、自らの考えを包み隠さず正直に述べている。
「(レースをするべきかどうかについて)イエスと言ってもノーと言っても、なにかが変わるわけじゃない。今回のようなことがあるたびに、とても辛い気持ちになる。なかには、簡単に忘れてしまうことのできる人もきっといるだろう。けれども、自分は子供を持つ親でもあり、同じレースを戦う弟もいる。だから、こういうことが起こるたびに本当に胸が痛む。でも、なぜそれを頭から振り払って(自分は)レースモードになってしまえるのか。走らないという選択があったとしても、それに対して異議を唱えはしないけれども、あまりにも多くのものや人や金がここに関わっている。キャンセルは容易なことではないだろうし、両方の立場を理解できる」
エスパルガロはMotoGPクラスでも経験の豊富な選手のひとりで、その長いレース活動のなかでは折々に、自分と直接に関わりのある人物かどうかはともかくとして、何かしらの形で不幸なニュースに接することもあっただろう。そのたびに、きっと彼は上記のような問いかけを自分のなかで何度も繰り返してきたにちがいない。その彼が、いまも「答えを持ち合わせていない」と赤裸々に述べていることの意味は重い。おそらく、唯一無二の正解といえるような結論はないのだろう。
エスパルガロ以上に長く豊富な経験を持つバレンティーノ・ロッシ(Petronas Yamaha SRT)は、今回の決勝レースを10位で終えているが、彼のことばはさらに示唆に富む。
「頭に思い浮かぶのは『では、なぜ自分たちはレースをするのか』ということ。ジェイソンの身に起こったできごとのあとでは、なにもかもがどうでもいいことのように思える。しかし、レースをしないことで何かが解決するわけでもないだろう、とも思う。残念ながら我々が今日どういう選択をしたところで、昨日ジェイソンの身に起こったことを変えることはできないのだから。とはいえ、これが苛酷であることもまた、まちがいないのだけれども」
事故が発生した直後の土曜日夕刻には、ロッシは以下のようにも述べている。
「こういうときには、ふたつの選択肢がある。チームのピットボックスから逃げ出してレザーを脱ぎ、さっさと車に乗って家に帰ってしまう。これがひとつ。あるいはサーキットに残りたいのなら、頭から拭い去り、集中して全力で走ること。そうしなければ、好結果を得られないばかりか、危険ですらある。だから、ライダーは全員そういうふうにする」
それでもなお、ロッシの指摘するとおり、このようなできごとが辛いことに変わりはない。
だが、レースはこれからも続く。その長い時間のどこかでは飲みくだしたり忘れ去るにはあまりに辛いできごとにふたたび遭遇するのかもしれない。そしてそのたびに、苦渋と反問をまたしても繰り返すのだろう。ひとつひとつのできごとはそれぞれが特別であり、だからこそ、我々はいつまで経ってもこのようなできごとに慣れることができないままでいる。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
[MotoGPはいらんかね? 2021 第5戦| 第6戦 |第7戦]