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レース・イベント



●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Ducati/KTM/VR46/Yamaha/Honda

 いやそれにしても緊迫感に充ちた濃密なレースでしたね。第17戦タイGPのMotoGPクラス決勝レースのリザルトは、優勝者から3位でゴールしたライダーまでのタイム差が0.253秒。これはグランプリ史上4番目の超接近レース結果だそうです。ちなみに史上最緊密リザルトは500cc時代の1999年オーストラリアGP(0.124秒:優勝―岡田忠之、2位―マックス・ビアッジ、3位―レジス・ラコーニ)、2位は2006年ポルトガルGP(0.176秒:優勝―トニ・エリアス、2位―バレンティーノ・ロッシ、3位―ケニー・ロバーツJr)、3位は2022年オーストラリアGP(0.224秒:優勝―アレックス・リンス、2位―マルク・マルケス、3位―フランチェスコ・バニャイア)。懐かしいような、ついこないだのような、ねえ。

#タイGP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 さて、今回のタイGPで優勝を飾ったホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)は、例によって金曜の走り出しから調子が良く、初日総合トップで土曜午前の予選Q2でもポールポジションを獲得。不用意な転倒を喫した第15戦インドネシアGPの決勝レース以降はややリズムを崩しかけているかのように見えたが、そこはやはり世界最速を競うトップライダーである。復調していったんリズムを取り戻してしまえば、走り出したら止まらないぜ土曜の夜の天使さ状態は、ここタイ・ブリラムでもふたたび絶好調。

 なるべくしてなった結果というか、午後のスプリントは得意の独走モードに持ち込んで一等賞。日曜の決勝でも、この勢いはとまらなかった……かのようにも見えたのだが、このレースでは後続選手がそう簡単に無錫旅情ひとり旅状態にさせてはくれなかった。ブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)がピタリと貼り付き、少し後方の6番手から追い上げてきたフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)もコンマ数秒差で機を窺うように追走を続けた。

 僅差ながらも大きく勝負を仕掛ける気配がなく、静謐に推移する展開が大きく動いたのは、終盤になってから。残り5周で前に出たビンダーがラスト2周でマルティンにふたたび前を奪われ、その後、何度か仕掛けて前へ出ようとするものの、そのたびにマルティンも反応してトップを取り返し、結局3人はマルティン、ビンダー、バニャイアの順でゴール。この接近戦バトルの最中に、ビンダーがコースをはみ出してタイヤがグリーンにタッチしてしまったため、ポジション降格の通知が出て、結局、マルティン優勝、バニャイア2位、ビンダー3位、という正式結果になった。

#83

「ペコとブラッドはブレーキング最強のふたりだ。だから、バトルでこのふたりを抑えきったのは信じられないくらいうれしい。だって、これで自分もブレーキ最強という自信を持てたわけだから。今日のレースではフロントのマネージに気を配っていたのでブレーキで深く突っ込んでいたわけじゃないけど、ハードブレーキの必要に迫られたときに対応できたので、勝てる自信も湧いてきた」

 今までは僅差のバトルに競り勝つというよりも、序盤から単独で逃げ切って差を開く展開のほうが多かったけれども、上記の言葉にも表れているとおり、いまや「バトル上等」の強い自信もみなぎらせるようになった模様。

「まちがいなく、今までの人生でベストレースのひとつだと思う。激しいバトルになると、いつもはオーバーテイクやハードブレーキで少し苦労をするけれども、今日はブラッドにポジションを奪われてもやり返す自信があった。自分でもここまでできるとは思わなかった。レース終盤に捕まったとき、ブラッドとペコのほうが自分よりも少しだけ速かった。タイヤを温存できていたのに、彼らのほうが強かった。それでも、やり返すことができた。ブラッドは前に出ると逃げ切りを計ると思ったけど、ついていくことができた。僅差で20周レースをリードしてきて(終盤に)追い抜かれるのは精神的に厳しいけれども、最後まで集中してレースを勝ちきることができた」

 これらのコメントの端々に現れているとおり、今回のレース内容と結果でマルティンはさらに自信を深めたようだ。前戦終了時には27まで広がったバニャイアとのポイント差も、13に縮まった。

「ポイント差を縮めるという目標を達成できたので、とてもうれしい。以前のレースで何度か犯したミスはキツかったけれども、それが自分を強くしてくれたのだと思う」

 終盤3連戦、マルティンvsバニャイアのチャンピオン争いはますます緊迫の度合いを高めてゆくことだろう。

#83
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 一方のバニャイアは、マルティンから僅差の3番手でゴールしたものの、上記のビンダーの過失によりリザルトはひとつ繰り上がって2位になった。マルティンとビンダーの激しい攻防をその直後で眺めながら3番手でゴールした様子からは、最後まで付け入る隙をふたりが与えなかったような印象もあったが、じっさいにバニャイアのタイヤは乾坤一擲の勝負を仕掛けるには限界近くに達していたようだ。

「(最終ラップの)3コーナーから仕掛けようとしたけれども、タイヤが終わっていて、そのたびに切れ込みそうになった。セクター3で詰めたものの、充分に迫りきることはできなかった。ブラッドがホルヘをオーバーテイクするんじゃないかとも思ったけれども、完璧に攻めきることができなかった。だから僕も、チャンスを狙うのは難しかった」

 2023年シーズンの残りは3戦。勢いを取り戻してさらなる攻めの姿勢で迫るマルティンに対して、バニャイアはその挑戦を受ける立場でもある。ここから先は精神的にも肉体的にも、極限に近い場所での攻防が待っている。

「このフライアウェイ3連戦は3ポイント差で始まって、13ポイント差で締めくくった。なので、バランスという面ではポジティブだ。好材料なのは、今は最高のフィーリングを取り戻しているということ。今日はハードにブレーキできたし、バトルもたくさんできた。週末を通してずっと速さを発揮できた。昨日(スプリント)のことで腹立たしいのは、スタートでミスをしてポイントをたくさん稼げなかったこと。スプリント序盤とタイムアタックは、改善しなければならない課題だ」

 とはいえ、もともとそこが弱い選手ではないので、どんな細部もゆるがせにしないバニャイアとマルティンの終盤3戦は、ますます緊張の度を高めてゆくことでしょう。

#83

#1
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 で、彼らふたりのタイトル争いのカギを握りそうなのが、3位に入ったビンダー。前回だったか前々回だったか、「KTMがキャスティングボートを握りそうな気がする」と記したような記憶があるが、それが現実味を増してきたような感もある。特に今回の週末は、土曜にラグビーワールドカップで南アがイングランドを降して達成した優勝に、大いに触発されたようだ。

「今朝起きて南アのワールドカップを観戦し、自分も勝負をしてやろうという気分になった。レースでは全力で走ったけれども、正直なところ、ホルヘは尋常ではない走りだった。全力で後ろに貼り付きながらタイヤの温存を図った。きっちりと狙いどおりに運んだけれども、ホルヘを抜いて前に出たとき、ちょっとタイヤが落ちてきたことがわかった。最終ラップでは、なんとしてでも前に出てやろうと思った。前の周回よりも少しアツくなってしまい、フロントが切れかけてワイドになってグリーンを踏んでしまった。順位降格はうれしくないけれども、すべてを出し尽くして戦って表彰台に残れたのだから、満足すべきなんだろう」

#33
#33

 4位はベズことマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team/Ducati)。13ポイントを獲得したものの、優勝のマルティンとは79ポイントが開き、これで計算上もタイトル獲得の可能性はなくなった。鎖骨骨折などのアクシデントもあったとはいえ、昨年仕様のパッケージでここまでタイトル争いに肉薄したのだから、ライダーとバイクのパッケージはトップクラスといって差し支えないだろう。

#72
#72

 5位に入ったファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)は、優勝したマルティンから4.550秒の差。全26周のレースで、1周あたり0.175秒ずつ引き離されていた計算になる。現状の陣営戦闘力を考えれば、この結果は健闘したということになるのだろう。そう言わざるを得ないのは当事者たちには極めて不本意だろうが、まずは現実を直視しないことにはそこからの改善と上昇も見込めない。クアルタラロやチームスタッフ、開発関係者諸氏は、それくらいもちろん百も承知だろうけれども。

「改善すべき自分たちの弱点がよく見えたので、ようやく最後に、ある意味ポジティブな一日になった。でも、レースは楽しく走ることができた。いくつか足りないところはもちろんあるけど、とても満足しているし来年こそはステップアップを果たしたい」

「ヤマハには明確なコメントを出しているので、来年にステップできるかどうかは彼らにかかっている」

#20
#20

 このクアルタラロから0.812秒後の6位に入ったのがマルク・マルケス(Repsol Honda Team)[註:レースではアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)が5位のチェッカーフラッグを受けたが、レース後にタイヤ空気圧違反が判明して3秒加算のペナルティを受けたため、クアルタラロとマルケスがそれぞれ5位と6位に繰り上がった]。決勝レースではバクチを打ってリアにソフトコンパウンドを選択することも検討したようだが、最後は皆と同じハードコンパウンドに落ち着いた模様。

「いつもの週末のようにハードだと安定しているけれどもパフォーマンスが厳しくなるか、落ちが激しくなる。昨日のスプリントではタイヤの消耗が非常に大きかったので、今日のレースに向けてソフトを選ぶというアグレッシブなことも考えたけれども、皆と同じタイヤ選択にして、レースでは終始自分を抑えて走りきった。安定感のあるウィークにしようと思っていたけれども、達成することができた」

 上位グループで争いたいという渇望を、言葉として明言はしていないけれども、その思いは上記コメントの端々ににじみ出ている感もある。

#93
#93

 Moto2クラスでは、このタイGPでペドロ・アコスタ(Red Bull KTM Ajo)がタイトルを決める可能性もあった。自身が優勝してランキング2番手のトニー・アルボリーノ(ELF Marc VDS Racing Team)が10位以下、もしくは自身が2位でアルボリーノがポイントを獲得しない場合、というきわめて限定的な条件だったが、結果は自身が2位に終わりアルボリーノも4位でゴールしたため、チャンピオン決定は次戦以降に持ち越しとなった。優勝は、こちらも高い資質に期待が集まるフェミン・アルデゲル(GT Trevisan SpeedUp)。3位はみんなの人気者、今回がホームレースのタイライダー、ソムキアット・チャントラ(IDEMITSU Honda Team Asia)。それにしてもチャントラはいいですね。波が激しいとはいえ、理屈を超えた速さと周りの人を楽しくする天性の明るさは、なんとなく阿部典史氏を髣髴させるようなところもある。

#54

#35
#35

 そしてMoto3。チャンピオンを争う佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)はフロントロー3番グリッドスタート。トップグループを走行中の序盤2周目、いきなり失速した直前のバイクに巻き込まれる恰好で転倒。なんということでしょう。

 レースはダビド・アロンソ(GASGAS Aspar Team)が優勝、2位にはMoto3初表彰台の古里太陽(Honda Team Asia)、3位はコリン・バイア(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)、という顔ぶれで、ランキング首位のジャウメ・マシア(Leopard Racing)は4位、ダニエル・オルガド(Red Bull KTM Tech3)は6位で終えた。この結果、マシアと佐々木は17ポイント差。佐々木の8ポイント背後にアロンソとオルガドが並ぶ、という恰好になった。

 残り3戦で17ポイントという差は、けっして小さくはない。だからといって大きいとも言いきれない、これはなんとも微妙な数字だ。次戦はマレーシアGP。昨年のレースで、佐々木は最後の最後まで激しい優勝争いを繰り広げ、僅差(+0.048秒)の2位で終えた。その次はカタールGPだが、昨年は圧倒的なリードを築いて独走しながら、カウルに緩みが生じたためにリタイアを余儀なくされるという結果に終わった。この両戦では、今年も高パフォーマンスを期待できるだろう。一方、今回のレース結果にもあるとおり、佐々木のチームメイト、バイアや同じ日本人選手の古里たちが上位争いに絡んでくれば、マシアと佐々木たちのタイトルを巡る状況はなお混沌の度合いを増す。

#80
#80

 Moto2の大勢はほぼ決しつつあるものの、MotoGPとMoto3はまだひと波瀾もふた波瀾もありそうである。1週間のインターバルを置いて、2023年最終盤3連戦のまずはマレーシア。ミシェル・ヨーの母国だけに、まさに『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。それまで英気を養い、最終決戦に備えましょう。では。

(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Ducati/KTM/VR46/Yamaha/Honda)


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は11月17日発売!


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2023/10/30掲載