●文:西村 章 ●写真:Ducati/MotoGP.com/Gresini Racing
2023年のMotoGPはいよいよ終盤戦モード。3週連続レース2連発の端緒を飾ったのは第15戦インドネシアGP、マンダリカサーキットで行われた3日間は実に濃密な週末でありましたね。コース上での手に汗握る激しい攻防というよりも、シーズンの流れを引き寄せて勝ちきることの難しさがあらためて浮き彫りになったという点で、レースの面白さと難しさが凝縮された3日間だったといえるのではないでしょうか。
というわけで、まずは〈今回までのあらすじ〉を整理しておきましょうか。
第14戦日本GPを終えて、ランキング首位に立つのはチャンピオンのフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。それを3ポイントの僅差で追うのがホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)。マルティンはサンマリノGP、インドGP、日本GPと土曜スプリントは3連勝し、日曜の決勝も優勝~2位~優勝と、完全に追撃モードのスイッチが入った状態。6戦を残して3ポイント差という状況は事実上ゼロに等しく、勢いで勝るマルティンは、「サテライトチームだから勝たなければならないというプレッシャーがない」とも述べているだけに、メンタル面でも有利に見える。
ランキング3番手のマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team/Ducati)はバニャイアと54ポイント差で、トップツーのタイトル争いからは引き離されつつある状況。インドネシアGP前には、イタリアでトレーニング中に転倒して右鎖骨を骨折するという不運もあって、一時は今回の参戦も危ぶまれたが、手術を経て現地入りし、医師から走行OKの許諾を得た。
一方、去就に注目が集まっていたマルク・マルケス(Repsol Honda Team)は日本GP終了後に、2024年はホンダと袂を分かつことを発表し、その翌週には噂されていたとおり、ドゥカティサテライトのグレシーニレーシングへ移ることがチームから正式にアナウンスされた。つまり、現在同チームから参戦しているファビオ・ディ・ジャンアントニオは来年のシートがないことが公式に明らかになったわけで、さあどうするディッジャ……、というのがここまでの大まかな要約である。
と、このような事情を後景に猛暑のインドネシアGPが始まり、土曜午前の予選Q2を終えてポールポジションについたのはルカ・マリーニ(Mooney VR46 Racing Team)。チームメイトのベツェッキは右鎖骨を骨折しているが、こちらはふたつ前のインドGPで左鎖骨を骨折して日本GPを欠場したため、今回が復帰戦。それでポールポジションを獲得するのだから、たいしたものである。2番グリッドはマーヴェリック・ヴィニャーレス(Aprilia Racing)で3番手がチームメイトのアレイシ・エスパルガロ、とアプリリア勢も気を吐いている。
2列目4番グリッドはファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)、5番グリッドがブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)、そして6番グリッドにマルティン。マルティンにしてみればやや後方からの不利なスタートだが、さらに厳しいのがバニャイア。午前の予選でQ1に組み込まれ、そこからQ2へ上がれずに5列目13番グリッド……という、いわゆるクールポコ状態。
午後のスプリントはマルティンがじわじわと追い上げてやがてトップを奪うと、そのままゴールで土曜スプリント4連勝。まさに勢いに乗る強さを見せつけたレース展開になった。2等賞はマリーニで3等賞がベツェッキ、とVR46がダブルポディウム。で、バニャイアはというと、なんとかポイント圏内に食い込んで8位フィニッシュ。
この結果、マルティンが12ポイント、バニャイアは2ポイントの加算で、ついにマルティンが7ポイント上回って逆転首位に立つことになった。で、それはともかくこの結果により、ドゥカティは2023年のコンストラクターズ部門チャンピオンを確定させた。まあ、そりゃそうでしょう、と誰もが静かにうなずくタイトル決定劇を経て、いよいよ日曜の決勝である。
スプリントで4連勝、カタルーニャGPの決勝から数えると土日8連続表彰台、と絶好調の波に乗るマルティンがさらに勢いを加速させてゆくのか……と思いきや、いやいや、そう単純に物事が進まないのが現実というものの難しさであり面白いところですね。
日曜午後3時にスタートした決勝レースは、目の醒めるようなスタートを決めて序盤から独走モードに入り、2番手に3秒差を開いていたマルティンが13周目に転倒、まさかのノーポイントになった。
転倒したときの状況はマルティン本人の説明によると、
「完璧(なレース運び)だった。スタートはバツグンで、そこから少しずつ差を開いていった。2.8秒もの差があるとわかったときは正直なところ少し驚いたけれども、『よし、落ち着いて走ろう』と自分に言い聞かせた。10コーナーで少しワイドになってしまい、そこで路面の汚れを拾ってしまったみたいだ。11コーナーの入りは前の周回と同じだったけれども、フロントが切れ込んで転んでしまった」
というのが、どうやらコトの経緯のようだ。
一方、15番グリッドという低い位置からスタートしたバニャイアは1周目で6番手、2周目で4番手、3周目には表彰台圏内の3番手、とコシの入ったしたたかなレース運びで、マルティンの転倒後は前を走るヴィニャーレスを追いつめて20周目にオーバーテイク。そして、ぐいっと1秒の差を開き、トップでチェッカーフラッグ。第10戦オーストリアGP以来の勝利で今季6勝目。土曜夕刻に7ポイント差をつけられた差を24時間後に再逆転して、今度は18ポイント差でランキング首位に返り咲いた。
「事実は小説より奇なり」とはまさにこういうことだ。土曜のスプリント終了時には、「英語ではあまり悪い言葉を言わないようにしているけど、なんていうか、”pissed off”(ムカつく、胸くそ悪い、の意)な気分だ。使い方、これであってる?」と正直な心境を述べていたが、それだけに首位再奪取は本当にうれしかったようで、チェッカー後のウィニングランではヘルメットの耳の部分に手を当てる仕草で観客の歓声を煽り、パルクフェルメに戻ってきたときも近年ないほどの喜びようだった。
記録によると、ドライコンディションで5列目よりも低い位置のスタートから優勝を飾ったのは、2006年トルコGPのマルコ・メランドリ以来だとか。このレースは現場で見ていたはずだけれども、ハッキリとは憶えていない。たしかレースを視察に来たバーニー・エクレストンがプレスルームを覗きに来て乱雑だと宣い、我々プレス一同から「F1のドンか何か知らんが、余計なお世話だ」と総スカンを食らったときではなかったか。
閑話休題。
バニャイアの喜びと首位を取り戻した安心感は、以下の言葉にもよく表れている。
「この勝利は、本当に、すごくすごく重要だ。去年のマレーシア(優勝してタイトル獲得に王手をかけたレース)みたいな感じ。それほど、この勝利には重みがある。あのときのマレーシアも今回も、全力を振り絞った。だから、本当にとてもうれしい。ホルヘが圧倒的に速いことはわかっていた。でも、僕たちはこの勝利を掴み取るだけのことをやってきた。バルセロナ(カタルーニャGP)で転倒して以降、こういう気持ちになれる勝利をずっと求めていた。厳しい期間だったけれども、こうやってふたたび勝つことができたので士気がさらに上がる」
2位のヴィニャーレスは途中まで優勝が見えていた2位とはいえ、レース内容は大いに満足できるものだったようだ。
「ホルヘはレース序盤からとても速かった。7周くらいはついていくことができたかもしれないけれども、そうなればきっとレース終盤が厳しくなっていたと思う。昨日のスプリントでは、終盤にリアタイヤが大きく落ちてきた。今日はそれを避けたかったので温存し、温度をうまくコントロールした。スタートもうまく決まり、加速でもうまく対応していくことができた。とてもいいレースをできて、自分たちのやってきたことに心から満足している。楽しいレースだった。優勝したい気持ちはもちろんすごく強いけれども、それももう時間の問題だと思う。そこへ向けて、これからも頑張っていきたい」
3位にはクアルタラロが入った。今回は予選4番手、土曜スプリントは5位、そして決勝で今季3度目の3位表彰台という結果で、苦戦傾向が続いているヤマハ陣営のリザルトとしてはまずまずの週末になった、といえるだろう。
「とてもよいレースだった。特にレース後半がよかった。正直なところ、今朝は走り出しがあまりよいフィーリングではなかった。タイヤに熱を入れることに苦労してきたので、ウォームアップラップではリアタイヤをたくさんスピンさせて備えた。(レースが始まって)2~3周すると良くなり、レース後半のペースは上々だった。残念ながらオーバーテイクはできなかったけれども、一時はペコまで3.5秒くらいあった差が、最後はホントに近いところでゴールできた(0.433秒差)。だから、とても良いレースだった」
「今シーズンでベストの表彰台だったと思う。インドでは、優勝したベツェッキから9秒差だった。オースティンでも表彰台を獲ったけれども、前のふたりからかなり離れていた。でも、今日はどんどん追いついて、前に肉薄していけた。しかも、結果的にそういう位置にいたのではなくて、自分のスピードで前に追いついていくことができた」
そして、もうひとりのファビオ、ディッジャことファビオ・ディ・ジャンアントニオが4位に入った。ベストインディペンデントライダーという結果で、彼もまたパルクフェルメへ戻ってきたが、停めたバイクの前に座り込んで泣いていた彼の姿は国際映像にも映し出された。今年は初夏以降、マルケスの去就に大きな注目が集まり、結果的にグレシーニへ収まることになったわけだが、とばっちりを受ける恰好でそのシートから最終的に押し出されてしまったディッジャの心中が、その期間中ずっと平静ではなかったであろうことは容易に想像できる。
レース後の囲み取材でその期間の心境について訊ねられると、穏やかな様子でこう答えた。
「質問に答える前にひとつ言っておきたいのだけれども、僕もあなた方や他の皆とおなじように、ひとりの人間なんだ。だから、感情もあれば気持ちも揺れ動く。この期間ずっと、とても厳しかったのは、ただスポーツだからということだけではなくて、僕の人生のことだからなんだ。自分の仕事のことや、ひいては自分の人生について皆が話をしているのは、これまで生きてきた中で最も厳しいことのひとつだった。
でも、人間だからこそ僕たちは強くありたいと思うのだし、逆境の中でも自分は常に強くあろうとしてきた。やるべきことに集中して取り組むように自分を叱咤して、世間やインタビューやいろんなことから距離を置くようにした。噂や流言には耳を閉ざして、自分の仕事に集中した。洞窟の中に籠もっているような(心理)状態でひたすら頑張った。そのちょっとしたご褒美として『なあおい、おまえもなかなかやるじゃないか』という結果を得ることができた。簡単なことではなかったけれども、結果を出すことができた」
最高峰クラス2年目で表彰台をまだ獲得していないとはいえ、予選7番手、スプリント6位、決勝レース4位という結果は、最高ではないもののけっして卑下するようなものではない。かつてディッジャに何度かインタビューをした際、彼は自分自身のことを「ディーゼル」と表現していた。動き出すまでは少し時間がかかるけれども、いったん動き出してしまえば大きな力を発揮する、ということの喩えだが、彼の小中排気量時代の活動を振り返ると、たしかに言い得て妙な表現だ。彼の来季のシートはまだ定まっていないようだが、できるかぎりいい場所に落ち着き先がみつかってほしいものだ。
ところで、ディッジャが玉突き的に押し出される遠因となったマルケスだが、今回のレースでは8周目に転倒。ノーポイントとなった。ちなみに土曜のスプリントも早々に転倒してノーポイントで終えている。また、日曜はレース終了直後に、チームの担当者から「今回はレース後の囲み取材は行わない」という連絡が取材陣にSNSで通知された。メディアと対峙して質問に答えることにマルケス自身が嫌気が差したのか、あるいはチームやメーカーがライダーに余計なことを喋られたくなかったのかは判然としないが、いずれにせよ、今回の取材スキップからは彼らの内情が透けて見えるような気が、なんとなくしないでもない。知らんけどね。
ところで、このところライダーたちの間でユニオン(選手会的な組織)を結成する動きが具体化しつつあるようで、この週末もその話題に注目が集まった。この件について、アレイシ・エスパルガロの言葉を少し紹介しておこう。
「(組織結成に向けて動きつつある)理由はいろいろあって、なにかひとつの理由のため、というわけじゃない。どんな競技にでもアスリートたちの組織があるのだから、そういうものがあっていい。どうして作るのか、ということではなく、必要だから作るんだ。たとえば、特にMoto2やMoto3ではチームのボスは契約をいつでも無視することができるし、IRTAはチームのための組織で、ライダーたちのものではない。だから、ライダーたちのもの(組織)があるのはいいことだと思う」
「スケジュールや安全に関することなど、様々なものを取り上げることができるだろう。ただ、今はまだ表沙汰にして協議するような段階ではなく、プライベートなレベルで話し合うレベルなので、シルバン(・ギュントーリ)と(彼を代表にするという方向で)話をしているけれども、それ以外に具体的なことを話してはいないので、もう少し待ったほうがいいと思う」
「(代表候補には)いろんな名前が出て、シルバンを推したのが誰だったか憶えていないけれども、候補には適任だと思う。良い人物だし経験も豊富で英語もうまく、チャンピオンシップのこともよくわかっている。ミシュランとも仕事をしているので、彼はいい候補だと思う」
この選手会結成の背景事情だが、上で兄エスパルガロが話しているとおり、とくにMoto2やMoto3ではライダーがシーズン中に契約を一方的に破棄されたり、あるいは充分な報酬を支払ってもらえなかったりするケースが今でも散発的に発生する。マルク・マルケスのようにチームとの契約期間を自分の事情で途中終了できる例はあくまでもごくまれな例外で、力関係としては選手たちが泣きを見る場合のほうが圧倒的に多い。このようなアンバランスさを是正して、選手たちがチームと対等な関係でまっとうに競技に集中できるための組織は、ないよりもあったほうがいいことはもちろんいうまでもない。
で、じつはこの選手会結成については、じつはわたくしも以前に提案をしてみたことがあったのですよ。たしか2011年に、選手たちの活動と権利を保障するための組織結成を、場合によってはILO(国際労働機関)などの国際的な組織と連携しながら検討してみてもよいのではないか、という論考をイタリアの某バイク週刊誌に寄稿したのだけれども(日本でもどこかに同じような記事を書いたかもしれないが憶えていない)、このときは欧州のメディア関係者から線香花火程度のわずかな注目が集まった程度で、当然ながらたいした話題にはならなかった。それから12年(わお)が経過して、選手たちの側から具体的な動きとしてまとまりつつあるのは、「巡る因果は糸車」というような感慨もないではない。ぜひともよい形でまとまってほしいものであります。
さて、次回は、というか今週末はオーストラリア・フィリップアイランド。寒いぞ。では、アンガス・ヤングによろしく。
(●文:西村 章 ●写真:Ducati/MotoGP.com/Gresini Racing)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、そして最新刊のインタビュー集、レーサーズ ノンフィクション 第3巻「MotoGPでメシを喰う」は絶賛発売中!
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