アジアオセアニアを戦う〈フライアウェイ〉シリーズも、9月の日本を皮切りにタイ~オーストラリアと巡り、今回の第19戦マレーシアGPで一段落。いずれの会場も新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延により2020年以降はずっとキャンセルされていたたため、今年が3年ぶりの開催である。今回の会場セパンサーキットの場合は厳密にいえば、2月に二日間のプレシーズンテストを実施しているのだが、そのときのテストはまだ厳格な感染対策コントロール下で行われていた。それから8ヶ月後が経過した今回、パドックの衛生管理はヨーロッパラウンドと同様に、パンデミック前とほぼ同じ状況で大会が実施された。
で、肝心のチャンピオンシップの趨勢はというと、一週間前の第18戦オーストラリアGPでMoto3クラスの王座が確定。MotoGPとMoto2クラス両クラスはタイトル争いに大きな波瀾が発生したが、それが伏線となった今回のレースでは、またしてもドラマチックな展開になった。
MotoGPクラスは、シーズンを通じて首位を守ってきたファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が、第18戦でついに首位から陥落。対照的に、後半戦に猛烈な追い上げでランキングトップを奪取したのが、ペコことフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。今回の結果次第では、2022年のライダーズタイトルがここで確定するかもしれない。さあ、いよいよ大詰めの第19戦、詰むや、詰まざるや……、という状況が〈前回までのあらすじ〉だった。
で、今回のレース結果はというと、ご存じのとおり落ち着きと鋭さを兼ね備えたバニャイアが持ち味を存分に発揮して優勝。今季7勝目を達成した。来季はチームメイトになるドゥカティ勢サテライトのエネア・バスティアニーニ(Gresini Racing MotoGP)が、最後まで肉薄して2位。そして、現王者のクアルタラロはというと、タイトル防衛の危機的状況に追い込まれながらもチャンピオンの意地と気迫を見せて、6戦ぶりの表彰台となる3位に入った。
この結果、2022年MotoGP王座の行方はどうなったのかというと、ついに2週間後の最終戦バレンシアGPへ持ち越されることになったのであった……と、次回また次回とどんどん引っ張るだけ引っ張ってゆく、まるで少年ジャンプ的クリフハンガー状況を呈している。
それにしても、今回のバニャイアのレーススタートは「何が何でもタイトルを獲りに行く」という闘志が形になって表れたような鮮やかさだった。じつは土曜の予選では、チャンピオンの可能性があるライダーたちはいずれもうまく走りをまとめきれず、中段グリッドに沈んでいた。バニャイアは3列目9番手、クアルタラロは4列目12番グリッド、そして、このふたりよりも可能性は低いながらもわずかに希望を繋いでいたアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)は、4列目10番グリッド。
この3列目9番グリッドから、バニャイアは猛烈なロケットスタートを決めて一気に7台抜きの2番手で1コーナーへ入っていった。ポールポジションの同じくドゥカティ勢ホルヘ・マルティン(Pramac Racing)がホールショットを奪ってトップを走行し、それを背後から追う展開がしばらく続いたものの、マルティンが転倒した後はバスティアニーニと2台で優勝を争った。そして、最後まで緊張の糸を切らせない走りを続けてトップでゴール。
「今日は人生最高のスタートを決めることができた。1コーナーはリスクを取って、かなり激しいブレーキで入っていった。いいペースで走れることがわかっていたので、無茶なことをしなくても充分に速さを発揮できた。チャンピオンシップ的にもいい結果になったので、とてもハッピー。最終戦のバレンシアは有利な展開だけれども、いつもと同じようなウィークになるよう心がけ、落ち着いて走りたい」
そう述べるとおり、3位で終えたクアルタラロに対してさらに9ポイント引き離し、23ポイント差で最終戦バレンシアGPを迎えることになった。たとえクアルタラロが優勝したとしても、自分は最低2ポイントを獲得すればいいわけだから、圧倒的に有利な状況だ。
とはいえ、今回のレースで王座を決定させずに最終戦まで決着をもつれさせたクアルタラロも、さすがチャンピオンというべきだろう。
じつはクアルタラロは土曜午後の走行で転倒を喫し、左手中指を骨折するケガを負っていた。弱り目に祟り目、藁打ちゃ手を打つ、とはまさにこのことである。しかし、そのように不利な状況を抱えていても、12番グリッドスタートからじわじわと順位を上げ、前方のバニャイアとバスティアニーニを追い続けた。
「(左手中指の負傷は)バイクに乗ること自体には影響がなかったけれども、このコースではライドハイトデバイスを何度も使うので、(スイッチを操作する)左手の使用頻度が多い。でも、鎮痛剤とアドレナリンが助けになって大きな問題にはならなかった」
さらに、今回は久々に楽しみながら走ることができたことが意義が大きい、と笑顔も見せた。表彰台に上るのは、8月のオーストリアGP以来6戦ぶりである。
「決勝レースでこんなに楽しく走れたのは久しぶりなので本当にうれしい。次のバレンシアは、去年は最高のレースをできなかったけれども、自分にできるのは勝利を目指すことのみ。シーズン最終戦なので、今回のように思い切り楽しんで走りたい」
ところで、今回の決勝レースをポールポジションからスタートしたホルヘ・マルティンだが、後続を着々と引き離して1秒以上のギャップを築いていただけに、7周目の転倒は痛恨の出来事だったようだ。
「前の周回よりも時速1kmほど速かっただけなのに、転んでしまった。このような難しいコンディションでは、些細なミスが転倒につながってしまう。ムリして攻めていたわけではなく、タイヤと体力を温存しながら走っていた。それでもこういうことが起こるのだから、今後の走りに活かす教訓にしたい。今週は力強く走れていたので、前向きに捉えたい。トップライダーたちを相手に戦うことができたのだから、自分もトップライダーになったような気分だ。この経験を今後の糧にして、改善を進めていく。自分は速いんだと思えているし、タイトル争いもできると思う」
来年も現チーム残留になるとはいえ、ファクトリー契約で最新スペックのマシンを供給されることになるのだから、この自信とも相俟って、来年のマルティンはますます手強いライダーになりそうだ。
さて、バニャイアやクアルタラロとともにタイトルを争ってきたもうひとりのライダー、兄エスパルガロだが、今回のレースは10位で終えた。ランキング首位との差が46ポイントとなってしまったため、チャンピオンの可能性はここでついえたことになる。
「本当に残念だ。とても寂しい。でも、アプリリアと自分自身、チームメイト、そしてノアーレの皆のことをとても誇らしく思っている。今年成し遂げたことは本当に素晴らしい歴史的な快挙なのだから」
しかし、そう話す口調からは覇気が感じられなかった。理由はチャンピオンシップから脱落したシーズン後半の失速だという。
「もしもこの直近4戦で以前の調子を維持できていれば、バレンシアにまだ多少の可能性を繋ぐことができていたと思う。でも、現実は自分たちの負け。ちょっと大きな夢を見すぎたのかもしれない。これを教訓として、今後に備えていきたい」
この言葉にもあるとおり、アラゴンGPを3位で終えてフライアウェイに入ると、16位-11位-9位-10位、と、それまでの好調さから一転して非常に厳しい結果になった。
「原因を究明しているけれども、なぜだかわからない。技術的な問題であることは明らかで、両ライダーとも問題を抱えてしまい、ヨーロッパから状況が一転した。自分が表彰台じゃないときはマーヴェリックが表彰台に上ってきたのに、今はトップテンに入るのも苦しいありさま。とても普通じゃない」
秋口までは目の醒めるような走りを毎戦見せていただけに、フライアウェイに入って急降下しはじめた彼らの成績は、まるでバブル崩壊後の日本経済を見ているかのような酸鼻を極める失速度合いである。欧州に戦いの舞台を戻す最終戦のバレンシアで復活の糸口を掴んでほしいものだが、とはいえ、今シーズンの彼らが大きな飛躍を見せたことは疑いようのない事実である。「フライアウェイの謎」を上手く解決し、来季はさらに強力な布陣で一段と磨きがかかった強さを見せてもらいたい。
来季のさらなる強さといえば、このフライアウェイシリーズを負傷欠場している中上貴晶の代役として参戦したHRCテストライダーの長島哲太(LCR Honda IDEMITSU)は、今回のマレーシアGPは転倒で終わってしまったものの、彼自身のライディングと今後の開発に向けて大きな収穫を得たようだ。
「皆が何十戦も走って積み重ねて来たところに、いきなりポンと来て一緒にレースを走るのは難しい部分ももちろんあるんですが、ライダーとしてはそれができるようにならなければいけない。でも、ここに来たことでマルクやアレックス、ポルと話をして、『今のホンダのバイクに必要な部分はやっぱりここだよね』ということがよりハッキリとわかり、来年以降に向けた姿勢が明確になってきました。
レースに出たからこそわかったことがあって、ライダーの側がやらなきゃいけないことがたくさんある半面で、バイクの側で助けられることもたくさんあるとわかってきたのは、すごく大きなポイントでした」
次回の最終戦に中上が復帰するのかどうか、長島が引き続き代役で参戦するのかどうかは、決勝レース終了後の日曜夕刻段階では未定だという。
さて、Moto2である。
いや、ビックリしましたね。
最終ラップまで熾烈なトップ争いを繰り広げていた小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)が、9コーナーで転倒。その瞬間は、きっと日本中の各地からいっせいに髪の毛が逆立つような驚きの声が出たはずだ。
小椋があそこでオーバーテイクを狙ったのは、最終戦でチャンピオン争いを有利に進めるためにも2位に甘んじてゴールするのではなく、さらにひとつ上の結果を得て5ポイント多く獲りに行こう、という狙いゆえだったという。だがその攻めの姿勢が奏功せずに、転倒という結果に終わった。
”Hindsight is 20/20″という英語のことわざがある。過去を見る視力は両目2.0、という意味で、要は「結果論ならなんとでもいえる」ということだ。前回のオーストラリアGPでは、およそ転びそうにないアウグスト・フェルナンデス(Red Bull KTM Ajo)が転倒ノーポイントで終わったために、小椋がランキング首位に立った。一週間後の今回は、およそ転びそうにない小椋が転倒してノーポイントとなったために、またしてもふたりの順位が逆転して、今度はフェルナンデスが9.5ポイント差の首位に立った。
勝負の綾というものは、ほんのちょっとのことで風向きと様相が一気に入れ替わる。小椋とフェルナンデスの戦いは、その好例のような展開だ。9.5ポイントという点差は小椋にやや不利な状況であることは否みようがないが、最終戦は真っ向勝負で勝ったほうが2022年のMoto2チャンピオンになる、というレースになりそうだ。互いに全力を出し尽くす戦いを期待したい。
Moto3では、今季は苦しいが続いていたSterilgarda Husqvarna Max Racingのジョン・マクフィーがシーズン初優勝、佐々木歩夢が2位で、チーム初の1-2フィニッシュという快挙を達成した。佐々木歩夢に関しては、このマレーシアGPが始まる木曜に行ったロングインタビューも併せてご一読いただければ、彼の現在の好調さを読み解く大きなヒントになると思うので、まだお読みでない方はぜひ。
というわけで、次回にいよいよMotoGPとMoto2の雌雄が決する。いくつものドラマが何重にも絡み合いながら、2022年シーズンはついに最終戦の地、スペイン・バレンシアへ向かう。では、2週間後にお会いいたしましょう。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
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