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佐々木歩夢(Sterilgarda Husqvarna Max Racing)の活躍がめざましい。欧州ラウンドのひとまず締めくくりとなったアラゴンGPでは2番グリッドからスタートして2位。その後のアジアオセアニアを転戦する〈フライアウェイ〉シリーズでは3位、2位、4位。毎戦土曜はポールポジションを争い、日曜の決勝レースでは激しい表彰台争いを続けている。そこで、その佐々木に、〈フライアウェイ〉の最終地となる第19戦マレーシアGP ・セパンサーキットで、木曜午後に長時間の独占インタビューを実施した。今季の好調な走りの背景や、来年のチーム体制、将来のビジョン、そしてレース界を騒がせたチーム員の不祥事に対する考え等々、話題は多岐に及んだ。
■インタビュー・写真・文:西村 章  ■写真:MotoGP.com
佐々木歩夢
佐々木歩夢
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― 今シーズンは、後半戦になってさらに調子をあげてきましたね。先週のフィリップアイランド(第18戦オーストラリアGP)も最後までどうなるかわからない緊迫のレースでした。

「そうですね。フィリップアイランドはすごく難しいレースで、誰が勝ってもおかしくないレースでした。あともう1周あれば絶対に順位は違っていただろうし、あと一周少なくても表彰台の顔ぶれは替わっていました。ホントに難しいレースでしたけれども、自分の速さを見せることができて、好調さはキープできています。正直なところ、ちょっと悔しい部分はあるんですが、とてもいいウィークだったと思います」

―この好調さの秘訣はどこにあるんでしょうか。何か今まで噛み合っていなかったものがカチッとはまるようになったような、そういう変化を自分で感じているのですか?

「今年から急に速くなったというわけではなく、自分の持っている最大限のものをしっかりと引き出してくれるチームとクルーに出会えたことが大きいと思います。世界選手権に来て苦しんでいたことをちゃんと解決して、自分の持っているものをしっかりと引き出せるようになってきたから今の成績が出てきているのかなあ、とも思います。(Moto3参戦開始以降)最初の5年は、自分ではもっと行けると信じていたけど、なかなか思ったように進まないシーズンが続きました。16歳で世界選手権へ来て、一人でスペインに住んで何もかも全部自分でやりはじめた頃は、むしろ少し大人ぶって『全然平気だよ』くらいに思っていたけど、そういう生活の部分からストレスはあったのかもしれない、とも今から振り返れば思います。

 今年を振り返ってみると、開幕戦のカタールは単独で逃げているときにトラブルが発生してリタイアで終わってしまったけど、確実に速さを見せることはできました。第2戦インドネシアは自分のミスで転倒してしまったけど、次のアルゼンチンで表彰台に乗って、アメリカでも4位。そのあとはケガもあって思ったようには走れませんでしたが、ケガの後は自分の速さを発揮して、安心してトップ集団で走ることができています。どのサーキットとかどの国とかいうことに関係なくトップを走れることが自分でもわかっているから、レースごとに自信がついてきていると思うし、今は世界選手権人生のなかで全部がいちばんいい状態だと思います」

佐々木歩夢

佐々木歩夢
佐々木歩夢

―自分の実力を出せている実感が自信になり、それがさらにいい走りに繋がっているわけですね。

「そうですね。自分がバイクの上でしたいことをチームがわかってくれて、金曜の初日から二日目、三日目、といいところを伸ばしてゆきながら、バイクや自分の弱いところも正直にチームと話して改善することができています。チームは自分のダメなところをしっかり教えてくれるし、バイクのダメなところは正直にこちらから指摘して、ケンカではなく言いたいことを遠慮なく言い合えて、しかもお互いに納得しあえる。この関係性を作ることが、たぶん難しいんだと思います。『あそこのコーナーの乗り方がおかしい』と納得できるように言ってくれるのが今のクルーチーフで、彼に指摘されると『そうかもしれないな』とか『たしかにそのとおりだな』と納得できることが多く、逆にこちらからバイクのことを指摘しても信じてもらえる。彼が言ったことはこっちも素直に受け止められるし、ふたりとも信じ合ってできているところが、結果を出せているいちばんの要因じゃないかと思います」

―信用しているから遠慮なくモノを言いあえて、遠慮なくモノを言いあえるから理解が深まる、という好循環ですね。

「ライダーが勝ちたいと思っているように、チームのクルーにも、勝ちたい、と思っていてほしいんですよ。そこの目標が揃わないと、噛み合わない。このチームに来ようと思った理由のひとつは、『おまえは勝てるよ』と自分を信用してくれたことです。彼らはプレシーズンテストの初日から信じてくれていました」

―チームと自分の見ているところが同じ、ということですね。

「来シーズンの発表も、一昨日(10月18日)にありました。来年に向けていろんな候補があったので、どうしようか悩んだこともたくさんありました。もちろんMoto2にも行きたいけれども、行くならトップチームに入ってMoto2のチャンピオン争いをしたい、という思いがあります。ルーキーでチャンピオン争いが難しいのはわかっているけど、やる以上は初年度からチャンピオンを争うつもりで入りたい。自分ではそう考えていて、中堅チームなら行けそうだけれども、本当に行きたいトップチームからは来年のオファーがありませんでした。そういったことを考えると、世界チャンピオンになるチャンスは一回しかないので、Moto3でもう一年戦うほうが自分の将来にもいいだろうと考え、今年と同じクルーで来年も挑むことになりました。

 今年はケガなどがあって6戦でノーポイントでしたが、それがなければ絶対にチャンピオン争いをできていたという自信があります。来シーズンはチームのカラーリングは変わるんですが、チーム構成とチーム員は同じです。新型コロナウイルスの影響で、来年はまだバイクのアップデートがなくて今と同じなので、何も変わりがないです。だから、バイクというよりも自分をさらに改善できるような今年の終盤戦と来年になればいいなあ、と思っています」

―チーム発表だけでは詳細がわからなかったのですが、要するに看板を掛け替えるだけでチームの中身はまったく一緒、ということですか。

「そうですね。ハスクバーナブランドは変わらなくて、LIQUI MOLYがタイトルスポンサーをしているMoto2のチームに合体するんですが、Moto2は今年と同じチームでMoto3も同じチーム。ぼくのチームメイトは変わるんですが、チーム員は同じ顔ぶれです」

佐々木歩夢

―マックス・ビアッジ氏の役割は?

「マックスの役割は終わりになるようです。アプリリアで多忙だそうで、Moto3は今年で終わりみたいです」

―ビアッジ氏から何を学びましたか?

「マックスは尊敬している世界チャンピオンで、ぼくを信じていつも背中を押してくれていました。自分たちが今年活躍できている大きな要因はチーム員なんですが、そもそもマックスがぼくを信じてくれていなければこのチームに移れていないので、ホントに彼にはお世話になりました。ケガをしたときも、イタリアのレースだったので、彼がすごくいい病院へ連れて行ってくれたし、お世話になってかわいがってもらえたので、彼にはただただ感謝のみです」

佐々木歩夢

―今の話にもあるとおり、今年は6戦でノーポイントでした。Moto3のレースを見ていると、ライダーが自分自身でコントロールできるリスクとできないリスクがあるようにも見えます。Moto3は危険なライディングもよく指摘されるクラスですが、走っている本人としては、そのあたりをどう考えていますか。

「今年は上位陣のレベルが凄く高いから、フィリップアイランドのレースでもそうでしたが、トップ4台が逃げることができました。バトルは最終的にバトルになっちゃうものなので、そうなってもリスクを負わないレースもあるし、リスクを負わなきゃいけない場合もあります。そのときのフィーリングと勘、判断が重要で、そこが今年のイザンは上手かった。誰かに転ばされることもなかったのは、彼なりに安全な位置を見つけて走れていたからだと思います。なぜ安全な位置を走れているかというと、彼はいつもトップで集団をちぎるように一所懸命走っているから。自分もオーストリアでそういうレースにしましたし、それをやるのがいちばん安全だと思います。そういうレースをできるようにならなければ安全にならないし、今年は誰も待たずに単独でタイムを出せているので、それが来年のチャンピオンを獲るにむけて大切なことかなと考えています」

―15台のバトルだと、なかにはスキルの未熟な選手もいるだろうから、相手を信用してバトルすることもできないのかもしれませんね。

「できないですね。ゲバラやガルシアは、やはりチャンピオンを争うライダーだけに抜かれたり抜き返したりするときにも不安がなくて信用できるし、怖いとも思わないですね」

―大集団で走っているときは、ヤバいなということもありましたか?

「いつ転んでもおかしくないな、ということは何回もありました。だから、バトルをできるライダーだけの争いに絞り込んで戦うのが、安全に走る方法なんでしょうね」

―来年もう一年Moto3を走るのは、チャンピオンを獲得できる自信があるから走るのですよね?

「今の自分のランキングは4番手で、前にいる3人がMoto2に行っちゃうので、それを考えるとチャンピオンを獲らなければいけない年ですね。プレッシャーを自分に与えるようなことはしませんが、自分の走りをできていれば自然にチャンピオン争いをできていると思うので、シーズン序盤はチャンピオンシップを考えず、自分のレースをすることだけに集中して行ければいいと思います」

佐々木歩夢

―現在の佐々木選手は22歳です。世間的に言えば若者の年齢ですが、来年でMoto3参戦は7年目。クラスの中ではベテランですね。

「レース人生で苦しむ時期は、人によって違うと思うんですよ。ぼくの場合は、地方選~タレントカップ~ルーキーズカップ~世界選手権、と一年ごとにチャンピオンを獲って上がってゆき、あっという間に16歳で世界選手権に来ました。たとえばスペイン人選手たちのように12歳や13歳からCEVでMoto3を走っていると、苦しいときはその時代に訪れるのかもしれません。ぼくの場合は、苦しい時期が世界選手権の最初の何年かに来た、という印象でした。そういう経験を経て、毎年チャンピオンシップが新しくなるように自分も新しくなっていくので、来年はチャンピオン争いをして再来年はMoto2にステップアップし、2年くらいをそこで費やして、やがてMotoGPにステップアップしていければいいなあと思っています」

―少し聞きにくい話になりますが、このチームのクルー2名がアラゴンGPの予選で不祥事を起こし、チームから馘首を宣告された件は大きな話題になりました。佐々木選手は、この一件をどう思いましたか?

「ビックリしました。何も知らずにホスピタリティでご飯を食べていると、メッセージが届いたので、なんだろう、と思ったら『チーム、どうしたの?』という知り合いからの連絡で、『何のことだろう……』と思って動画を見て初めて、こんなことが起きてたんだ、とわかりました(予選中に、佐々木のスリップストリームを使えるタイミングでコースに入ろうとしたアドリアン・フェルナンデス選手に対し、佐々木のチームクルー2名がガレージ前でピットアウトを妨害した事件)。

 あの妨害はあり得ない行動だったと思います。アドリアン・フェルナンデス選手は自分のなかではライバルと意識しているライダーではないので、彼が後ろからついてこようが何をしようが自分にはまったく意味がないし、自分から彼らにそれをやれと伝えたわけでもない。やった当事者も『ごめんね』と謝ってくれました。

 予選では、ピットアウトのときにチーム同士が見合ってタイミングを待つじゃないですか。ライダーと同じようにチーム員も戦いのピークではアドレナリンが出ているから、半ばそれが原因であんなことをやってしまったのかもしれません。もちろんやってはいけないことで、許されることではないから、しっかりと反省をしないといけないし、彼らが罰を与えられるのもあたりまえだと思います。あの妨害行為をやったうちのひとりは自分の担当クルーなんですが、ものすごくいいヤツで、喧嘩どころか言い合いもしたことがないような性格で、そんな行為をするとは信じられないような人物です。彼も今はレースを家で見ているのは気持ちが苦しいだろうし、なんであんなことをやってしまったのだろうと思っているだろうとも思います。ホントに反省すべきだと思うけれども、この出来事で学んで次に進んでほしいと思います。

 後ろからついてこようとするライダーがいて『なんでこの選手はついてきたがるんだろう』と考えたときに、『それはオレが速いからなんだ』とポジティブに捉えるか、それとも『なんでうしろからついてくるんだよ』とイライラしてネガティブに解釈するか。自分自身がまさにそうで、たとえばシーズン序盤戦は後ろからついてくる選手たちがいるとイライラして、走っていても意外とタイムが出なかったんですが、『これはつまり、オレが速いことを彼らが認めちゃってるんだよ』とポジティブに考えるようになってからは、非常にいい方向に進んでいます。何に対してもポジティブを取る、という考え方は、今年すごく学んだことで、たとえネガティブなことであってもあえてポジティブを取る。それでだいぶ変わってくると思います」

佐々木歩夢
佐々木歩夢

―このチームを巡るスキャンダルでは、佐々木選手のチームメイト、ジョン・マクフィー選手のクルーチーフを担当していた人物が、2019年タイGPの際に、当時彼が所属していたチームの選手に暴行を働いた動画がSNSで流布する一件もありました。

「あの映像だけを見れば、ジョンのクルーチーフが悪いことをしたのはハッキリしています。100対ゼロ。でも、もともとああいう人なら、そもそもパドックにはいないと思うんですよ。20年近くパドックで仕事をしてきた人ですから。少し違う話になりますが、ぼくとぼくのクルーチーフはお互いに尊敬しあう関係で、自分の立場から言えば、相手に尊敬されるライダーにならなければいけないと思っています。この事件について話を聞いてみると、ライダーからのコンプレインも多く、クルーチーフと毎戦口論やケンカをしていて、シーズン終盤のタイでレース後に、何かの言葉が引き金になってカチンときたクルーチーフが、ヘルメットやツナギを着ているのをわかったうえで暴行を加えてしまった、ということのようです。

 暴行を加えるのはもちろんやってはいけないんですよ。それはもう、絶対に間違いなくダメ。でも、自分が自信を持って言えるのは、彼がもしもぼくのクルーチーフであったとしても、彼がぼくに対して同じことは絶対にしないと思う。なぜかというと、自分は彼をリスペクトするし彼も自分をリスペクトしてくれているから。だから、セッティング等でいいあいになることはあったとしてもケンカにならない。パドックで学んだことはたくさんありますが、自分が相手をリスペクトしなければ、相手は自分にリスペクトを返してくれません。

 だから、あの動画を見ると彼がいちばん悪いのはわかるし、罰を受けても当然の行為だったのはわかります。やってはいけないことをやったのだから、DORNAやFIMやチームから処罰を受けるのはあたりまえです。でも、皆はあの動画だけを見ているからクルーチーフだけを責めているけど、そこに至るまでの関係性がきっと何かあったんだろうし、そうじゃないとああいうことにはならないと思うんですよ。彼はぼくのクルーチーフともすごく仲が良くて、15年くらいずっといっしょに働いてきたそうです。暴行を働いたのは良くないことだから罰は受けるべきだけれども、だからといって、彼だけを責めればいいのかというと、そうではないんじゃないかなとも思います。SNSの動画を見ただけの何も事情を知らない人たちからもいろいろと言われるのは、ちょっとかわいそうだなと思っちゃいますね」

佐々木歩夢
佐々木歩夢

―また別の話題ですが、来年はMotoGPクラスでスプリントレースを実施するために、Moto2とMoto3のスケジュールにしわ寄せが出るようですね。日曜のウォームアップもなくなる方向のようです。

「ありえないですよね」

―DORNAは「Moto2とMoto3のチームは納得してくれている」といっているようですが。

「絶対に納得していないと思いますよ。エンタテインメント性を増すためにスプリントレースをすることになった結果、『じゃあ時間が足りないからMoto2とMoto3のウォームアップをなくしちゃおうぜ』ということなのだろうけど、そういう問題じゃないでしょう、と。

 MotoGPのウォームアップは9時40分スタートになるようですが、30分早く起きるようにすれば今までどおりのスケジュールで全部できることなので、やろうとしていることの意味がわからない。もしも土曜の予選で転倒したら、決勝までに何も確認できないわけですから。

 他にもいろいろと納得できないことはあるけど、自分ひとりじゃなにも変えられません。MotoGPのファビオやバニャイア選手、マルケス選手たちが、たとえばF1のルイス・ハミルトン選手のように皆を動かせる影響力の大きいライダーにならなければ、このパドックは変わっていかないと思います。ルイス・ハミルトン選手は人格的にも本当にすごい人物だと思うし、彼と同じようなことを自分はできるかというとできない。彼から学ばなければならないことは、自分はもちろんそうなんだけど、このパドックにもたくさんあると思います」

佐々木歩夢
佐々木歩夢

―将来的にクラスをステップアップしていくことを考えると、身長があまり大きくない体格は気になりますか?

「そこはあまり気にしていません。身体が大きくないと乗れないよ、と言われた時期もあったようですが、たとえばホルヘ・マルティン選手はぼくと同じくらいの身長だし、バスティアニーニ選手もそんなに変わらない。マルケス選手は168センチくらいのようですが、手足が長いので大きく見えますね。ぼくは現在164センチで、生まれ持った身長は変えることはできないけれども、身長が原因で勝てなくなることはないんじゃないかと思います。身長の4センチの差で0.5秒遅くなるよりも、技術の差で0.5秒遅くなるほうが多いだろうから、そこは気にしていないし心配もしていないです」

―セパンサーキットは、世界選手権で初めて走ったコースですね(2016年Moto3クラス、エネア・バスティアニーニの代役参戦)。

「このサーキットは大好きです。得意かそうじゃないかはわからないけど、走っていてとても楽しいコースのひとつで、今年は3年ぶりで走るので忘れている部分もあるかもしれないけど、タレントカップ時代にも走っているので3~4周も走ればすぐに思い出してくるだろうし、明日からの走行が楽しみです」

―いまの目標は、今回と最終戦の2連勝ですか?

「いま自分が目指しているのはチャンピオンシップじゃなくて、あくまでも優勝です。とにかく3勝目を目指して最後の2戦を走ります。そして、バレンシアGPが終わってチェッカーフラッグを受けたときに、ランキング3位以内に入ってFIMアワードに出席したいですね」

佐々木歩夢

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【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!





2022/10/21掲載