レースは、ホントに何が起こるかわからない。第18戦オーストラリアGPの決勝は、3クラスともみごとにそれを体現した内容になった。MotoGPはゴールラインまで続いた激しいバトルの果てに、ドラマチックな優勝劇が待ち受けていた。超接戦のチャンピオン争いが続くMoto2では、おそらく誰も想像していなかっただろう展開と結末になった。そして最小排気量のMoto3は、このクラスならではの緊張感に満ちた大接戦で、最後まで目を離せない戦いが繰り広げられた。
というわけでまずは最高峰のMotoGPから。
二輪ロードレースの醍醐味全部盛り弁当のような大激戦の末に優勝を飾ったのは、アレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)。粘り強い追い上げとタイヤマネージメントを活かした巧みなオーバーテイクという持ち味を存分に活かし、10番グリッドスタートながらレース中盤にはトップ争いに浮上。三つ巴四つ巴のバトルで先頭を入れ替える戦いの末に、 トップでゴールラインを通過した。
「Moto3で優勝(2013年)、Moto2で優勝(2015年)、そしてMotoGPでも勝てたのでとてもうれしい。タイヤをマネージして、トラクションをしっかり稼いでいった。レース中盤で前に出たときに差を開こうとしてみたけれども、直線になるとペコが抜いていったので、その後ろについてタイヤをしっかり温存した。最終ラップでは背後につけて、 1コーナー立ち上がりから2コーナー進入で抜く作戦で前に出た」
とレース終盤の作戦を振り返った。2022年のりんちゃんとチームはまずまずの滑り出しを見せて、シーズン序盤には連続表彰台も獲得した。しかし、5月上旬にスズキ株式会社がMotoGPの撤退を決定するという衝撃的な事実が明らかになってからは、それまでの勢いが萎えてしまったかのような苦戦が続いた。
「スズキとしてここで走るのは今回が最後なので、会場へ応援に来てくださった大勢の方々や、シーズン中の厳しいときも支えてくれたチームスタッフ、浜松(の開発陣)の人々に感謝したい。(撤退発表後に)いい結果を出せなかった理由が、ただ運がなかったからなのかどうかはわからないけど、転倒に巻き込まれるレースもあったし、モンメロでは骨折もした。でも、諦めずにずっと戦い続けてきた。ここからも最後のレースまでがんばって戦いたい」
ところで、これはやや幕内話めいてしまうエピソードなのだが、我々取材陣と各チームはSNSで連絡網を作って業務のやりとりをすることが多い。Team SUZUKI ECSTARもWhatsAppのグループがあるのだが、そのグループのタイムラインは今回のりんちゃんの優勝直後から参加者、つまり我々活字メディアのジャーナリストや各国テレビレポーターたちからの祝福メッセージが溢れかえった。他のチームのSNSでは、優勝したときにこれほど大量の祝福が贈られるのを見たことがない。要するに、Team SUZUKI ECSTARのスタッフたち全員が、青天の霹靂のような突然の撤退決定という究極の逆境下にあっても諦めることなく一丸となって戦ってきた姿を、我々取材陣も目の当たりにしてきたからこそ、衷心からの祝福メッセージがグループのタイムラインに溢れることになったのだろう。
シーズン残り2戦も、Team SUZUKI ECSTARのライダー両名と全スタッフ、彼らを支える開発陣や技術者の方々には、最後まで皆の印象に残るような素晴らしい戦いを続けていただきたいと心から思う。
閑話休題。
2位はマルク・マルケス(Rpesol Honda Team)。最後の最後までトップグループで激しい優勝争いを続け、4度目の手術から復帰後4戦目で今季初の表彰台となった。しかも、記念すべきMotoGP100表彰台である。この週末を通して高水準の走りを見せていたマルケスは、予選でも2番手タイムを記録。決勝レースでは全選手中唯一、リア用にソフトコンパウンドを選択した。ギャンブルだったとレース後に明かしたが、この特性を存分に活かして最後まで優勝争いに食い込んだ。最終ラップの攻防については、
「2コーナーでアレックスを抜くことは不可能だった。 4コーナーではホンダはシェイキングが出てリスキーだったので、後半セクションで勝負しようと思ったけれども、アレックスは最後までうまく守りきった。久しぶりに表彰台に上がれたのでとてもうれしいし、自分にとっても支えてくれた人々たちにとっても意義が大きい」
と笑顔で述べた。
「現在の自分たちは上位争いの蚊帳の外にいる状態だけど、ホンダは2023年に向けてがんばっている。改善の余地はまだあるけれども、少しずつバイクは良くなっている。今回は肉体的にキツくないコースだったことも好結果の一因で、次のマレーシアはまた厳しい戦いになるだろう。でも、最終戦バレンシアでは上位に挑戦できると思う。そして2023年はタイトル争いを目指したい」
この週末の濃密な走りを見る限り、確かにその言葉どおりに展開してゆきそうな気配である。
3位はペコことフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。レース序盤から安定してトップ争いを繰り広げ、常に優勝を射程圏内に収め続けた。そして最後は優勝から0.224秒の僅差で、3位のチェッカーフラッグを受けた。さらに、チャンピオンシップを争うファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が転倒で終えたため、ランキングで逆転してついに14ポイント差の首位に浮上した。
「今日の目標は勝つことだった。ピットボードのサインでファビオがいなくなったと知った後は、『勝てれば完璧。でも、とにかくレースをしっかり終えよう』と思った。チャンスがあれば抜こうとも思ったけれども、無理なリスクを犯さず走りきろうと思った。(トップ争いから転倒で終わった)過去の教訓もあることだし」
それにしても、シーズン前半10戦目のドイツGPを終えた段階では、当時ランキング首位のクアルタラロに対して、バニャイアは81ポイント差のランキング6番手という位置にいた。そこから、もてぎでのノーポイント以外は毎戦表彰台に登壇する猛烈な追い上げを見せ、残り2戦という状態でついに首位の座についた。一方のクアルタラロは、ドイツGP以降のレースで表彰台を獲得したのは1戦だけで、しかも4戦がノーポイント、という苦しい戦いを強いられている。今回も、レース序盤に4コーナーでミスをして最後尾近くまで順位を落とし、そこから追い上げを狙っている最中に転倒、という絵に描いたような悪循環のパターンである。
「(順位を大きく下げた後に)攻め続けて3人抜いたけれど、2コーナーで攻めすぎて転倒してしまった。今回の結果をしっかり分析してラスト2戦、まずは次のマレーシアに備えたい」
そう反省するクアルタラロは、2週連続開催の次戦マレーシアのセパンサーキットについて
「状況は変わったけど、いいコースだからがんばれると思う。愉しみながら走ることが大切で、そうすることで速さを発揮できるはず」
と期待を繋いだ。
一方のバニャイアは現在14ポイント差の首位なので、次のレースでクアルタラロに11ポイント差をつけてゴールすればチャンピオンが確定することになる。
「チャンピオンシップのことを考えず、落ち着いてレースに集中する。プレッシャーのことを考えるとプレッシャーがかかるので、スマートに戦いたい」
と、この言葉を見ても、優位に立った余裕と落ち着きのようなものがなんとはなしに窺える。クアルタラロの発言と比較すると、形勢はどうやらバニャイアの方へ傾きつつあるようにも見える。とはいえ、今回のレースが象徴するように、レースでは何が起こるかわからない。勝負ごとには果たして流れというものがあるのかどうか……、と言うと、まるで『ノーマーク爆牌党』のようではあるけれども、勝負の機微はほんのわずかな出来事で一気に様相を変えてしまう。それだけに、次戦も走行初日の金曜から緊張感に満ちた週末になることだろう。
この表彰台3名に対して最後まで激しく表彰台に絡んでいったのがマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team/Ducati)。シーズン2回目の表彰台とはならなかったが、トップから0.534秒差の4位でゴールし、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを確定させた。
「トップグループの集団でとても激しい戦いを楽しむことができた。後方(3列目9番グリッド)からのスタートだったので、なおさらうれしい。ブレーキの強さを発揮していいオーバーテイクをできたので、楽しいレースだった。アレックスはタイヤのマネージメントがとても上手く、終盤まできっちりとタイヤを温存してトラクションを発揮し、速さを見せていた。マルクはブレーキから進入がすごく上手く、特に今回は(リア用に)ソフトでレースしていたことが印象的だった。自分にはソフトは使いこなせなかったので、タイヤマネージ能力に目を見張る思いがした」
そして5位はエネア・バスティアニーニ(Gresini Racing MotoGP/Ducati)。15番グリッドからのスタートで、一時はトップから5秒も引き離されていながら、最後は先頭集団に追いついてこの順位、しかも優勝まで0.557秒差で終えているのだから、恐るべし。表彰台にこそ届かなかったものの、まさにこの人の持ち味全開というべきレース内容だ。
「表彰台が見えそうでかなり近づいたけれども、フィリップアイランドでリンスやマルケス、バニャイアを相手にたった2周でオーバーテイクするのは容易なことじゃない。かなり後方からのスタートで(ホルヘ・)マルティンや(ルカ・)マリーニ、アレイシ(・エスパルガロ)をオーバーテイクできたのだから、いいレースをできたと思う」
この結果、バニャイアとのポイント差は42になった。
「(チャンピオンの)可能性はすごく小さい。でも、いつものように100パーセントの力を出し切ってレースに臨みたい」
とバスティアニーニ自身も話すとおり、あくまでも計算上ではかろうじてチャンピオン争いに踏みとどまっているわけだが、現実問題としてはかなり厳しいだろう。 それにしても、今回のレースでは優勝から7位までが0.884秒、という僅差だったのだが、この7台のうち5台がドゥカティ勢である。こういうところにも、現在の彼らの「総合力」の高さが非常によくあらわれている。
チャンピオン争いといえば、バニャイアやクアルタラロと激しい戦いを続けてきたアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)は9位でフィニッシュ。第18戦を終えてランキングは3番手で、バニャイアまで27ポイント、2番手のクアルタラロには13ポイントという微妙な位置である。首位まで27ポイントという距離は
「さらに厳しくなった 」
と正直な心境を述べた。
「(ここ数戦の結果は)自分たちがタイトル争いをできるレベルではないことを、証明してしまったようなもの。だいぶポイントを取り逃がして、ここ3レースでは8ポイント程度しか取れていない(じっさいは12ポイント)。とはいえ(計算上は)まだ可能だし、自分とアプリリアがチャンピオン圏内にいることを誇らしくも思う。(現実問題としては)ペコとドゥカティが自分よりも1レース分だけ前にいるような状態だから、これはとても難しい」
今回はレース終盤にバイクが思うように走らなかったようで、タイムの落ち幅が非常に大きく、
「加速しないしパワーも落ちるし、マッピングを変えてもどうにもならなかった。自分ではもうどうしようもなく、(レース直後のいまはまだ)原因がわからない」
と、かなりフラストレーションの溜まるレース内容だったようだ。とはいえ、次戦マレーシアGPの舞台セパンサーキットでは、プレシーズンテストの際に快調な走りを見せ、 あわやトップタイムという高水準の走りを披露した。次の週末には、そのときのフィーリングを是非とも甦らせてほしいものである。
小排気量のMoto3クラスでは、4名のライダーがコーナーごとに激しく順位を入れ替えるバトルが最後まで続き、イザン・ゲバラ(Gaviota GASGAS Aspar Team)が優勝。この勝利により、2022年のチャンピオンを勝ち取った。ポールポジションスタートの佐々木歩夢(Sterilgarda Husqvarna Max Racing)は、このトップ集団で最後まで緊密な優勝争いを繰り広げたものの、0.100秒差で表彰台を逃して惜しくも4位。残念ながら4戦連続表彰台とはならなかった。とはいえ、毎戦土曜にフロントローを争い、日曜は表彰台圏内でバトルを続ける水準の高さはたいしたものである。近日中にこの佐々木の単独インタビューをお届けする予定なので、そちらもお楽しみに。
Moto2クラスは、前戦のタイGP終了時に首位につけていたアウグスト・フェルナンデス(Red Bull KTM Ajo)が2番グリッドからスタート。安定感の高い選手だけに、今回も表彰台争いは確実と思われたが、珍しいことに転倒を喫してノーポイント。レースでは何が起こるかホントにわからない。一方、フェルナンデスを1.5ポイント差で追う小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)は、この週末は厳しい様子で、土曜の予選を終えて13番グリッド。決勝も苦しい走りが続いたが、最後まで粘って11位のゴール。5ポイントを加算したことで、フェルナンデスに3.5点差の首位に立った。残り2戦、フェルナンデスと小椋のどちらが果たしてタイトルを手中に収めるのか。レースが始まるまで、これはまったく予想のつけようがない。
そして戦いは、カリッとクリスピーに冷えるオーストラリア南端のフィリップアイランドから一気に北上し、赤道直下の熱帯マレーシアへ。3年ぶりの会場が続いたフライアフェイシリーズも、これで掉尾を飾ることになる。では、今週末の第19戦は灼熱のセパンでお会いいたしましょう。ナシゴレンとミーカリーによろしく。 ヨントーフとチャークィティオも捨てがたいですね。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
[MotoGPはいらんかね? 2022 第17戦 タイGP|第18戦 オーストラリアGP|第19戦 マレーシアGP]