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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Aprilia Racing

 第10戦の舞台はドイツ南東部のザクセンリンクサーキット。今回のレースで2022年シーズンのMotoGPは全20戦のうち10戦を終了し、ちょうど折り返し地点を迎えたことになる。このザクセンリンクサーキットは、ご存じのとおり〈King of the Ring〉ことマルク・マルケス(Repsol Honda Team)が圧倒的な強さを見せていた会場で、2013年の最高峰クラス昇格以降、毎年優勝を飾っていた。その前は、同じくホンダファクトリーのダニ・ペドロサが2010年から2012年まで3年連続優勝。つまり、2010年から2021年まで、ホンダが11年のあいだずっと連覇を続けていたわけだ(2020年のみ、パンデミックの影響により無開催)。

 マルケスが右腕手術後の静養で不在の今、この週末は、誰が〈新・ザクセン王〉の座に就くか、というところに注目が集まった。結果はというと、「流れ」や「勢い」を自在に操ったかのような強さで、ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が前回に続き独走優勝。シーズン3勝目を挙げた。

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

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 今回の週末は、カリカリに煎られるような中欧独特の暑さで3日間が推移し、選手たちは大半が硬めのタイヤ選択で決勝に臨んだ。上位陣は全員がフロント・リアともにハードコンパウンドを装着するなか、クアルタラロのみ、リアにミディアムを選択。結果的にこれが奏功したようだが、ライダー本人にとっては冷や汗もののタイヤマネージメントだったようだ。

「序盤から飛ばしていったので思っていた以上にタイヤを使ってしまい、ヒヤヒヤした。最後の5~6周はリアがとても厳しかった。フロント(ハードコンパウンド)については、すごくいいフィーリングだった」

 クアルタラロが終始トップを走行し続けたのは、全長が短いわりに高低差が激しく抜きどころが少ないコースレイアウト(+ヤマハのマシン特性などなど)で、後ろにつけていると抜きづらくなる、と考えたからだという。

「終始先頭で走ったほうがラクに戦えるだろう、ということはスタート前からわかっていた。ペコ(・バニャイア/Ducati Lenovo Team)がかなり迫ってきて、1コーナーで追い抜かれたけれども、彼があれほどワイドにならなかったとしても即座にインを差し返して前に出るつもりだった。あそこは勝負どころだったし、狙ったとおりに走ることができた」

 この言葉にもあるとおり、クアルタラロと並び今回の優勝候補最右翼と目されていたバニャイアは、4周目1コーナーで勝負を仕掛けて転倒。自滅する恰好でリタイアとなってしまった。この週末のバニャイアは、オールタイムラップレコードを幾たびもがんがん更新して、土曜午後の予選でもポールポジションを獲得。決勝レースでは力強い走りを期待されていただけに、なんとも残念極まりない結果になった。

 そして、クアルタラロが優勝して25ポイントを加算した一方で自身はノーポイントとなったため、ふたりの点差は91に広がった。ランキング首位で172ポイントのクアルタラロに対して、バニャイアは81ポイントのランキング6位。残り10戦で最大250ポイントを稼げるわけだから、数字の上ではまだ可能性があるとはいえ、それはあくまでも机上の計算にすぎない。

 転倒直後のバニャイアは珍しく感情をあらわにして全身で怒りを表していたが、決勝レース後しばらくの時間が経っても、釈然としない思いは依然として残っていたようだ。

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「頭の中で転倒に至るまでの経緯を再現してみても、どうして転んでしまったのか未だによくわからない。転倒したということは自分が何かミスをしたということなのだろうけれども、あの状況でどうして転んだのか理解できないし、データを見てもよくわからない。だから、よけいに腹立たしい。

 自分はいつも、ミスを犯したことに対して謙虚に反省をするタイプだけれども、今回ばかりは説明がつかないし、だからこそ自分でも受け入れがたい。唯一、好材料があるとすれば、来週もレースがあるから気持ちを切り替えてすぐに次の戦いに臨める、ということくらい。今週は速さを発揮できたし、レースでもかなりの可能性があったと思うけれども、またしてもファビオのほうが自分よりも完璧だということを見せつけられる結果になった」

 結果的に転倒に終わったとはいえ、レース戦略はふた通りのプランを考えていたともいう。

「ひとつめは、最初からトップに出て攻め続けること。ふたつめは、ファビオが前にいる場合、ファビオを前に出したまま落ち着いてスマートな走りを心がける、というもの。レース前半は1秒から1秒半くらいの差でついてゆき、後半にその差を詰めて抜くつもりだった。向こうは(リア用に)ミディアムを履いていたのに対してこちらはハードコンパウンドだったから、レースが21秒中盤から後半で推移していけばミディアムはペースを維持するのが難しくなるだろう、と読んでいた。まあ、後からだと何とでも言えるけど、自分の作戦はそういう計画だった、というわけ。万事順調でうまく運んでいたし、ブレーキでも旋回でもとてもうまく走れていた。だから、ホントにこの結果は釈然としない」

 バニャイアが自滅したこともあって、ドゥカティ最上位はヨハン・ザルコ(Pramac Racing)の2位。前戦に引き続き2連続表彰台、そして前戦に続きフランス人選手のダブルポディウムである。

「ペコが転倒した後、ファビオの1秒ほど後ろで2番手を走ることになった。全力で食い下がって、追いかけようとがんばった。レース後半になれば、向こう(のリアタイヤ)はミディアムでこちらはハードだから有利に展開するかと思ったら、こっちのエッジグリップが厳しくなってきてもファビオはすごく安定して走っていた。なんとか追いつこうともしたけど、3番手には差を開くことができた。最後の数周は暑さも厳しくて、バイクをコントロールするのもたいへんだった」
 

#5
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 3位はジャック・ミラー(Ducati Lenovo Team)。土曜のFP4では黄旗提示区間で転倒したことにより決勝のロングラップペナルティを科されたものの、それをきっちり消化して3位表彰台なのだからたいしたものである。ロングラップの消化中には、該当区間上に小石があって、フロントを切れ込ませそうにもなったという。

「ロングラップを実施したことでディッジャ(ファビオ・ディ・ジャンアントニオ/Gresini Racing MotoGP)とホルヘ(・マルティン/Pramac Racing)を前に出すことになったけれども、1コーナーでホルヘを抜いて、しばらく後にディッジャも同じ場所で抜いた。

 その後、前を走っていたマーヴェリック(・ヴィニャーレス/ Aprilia Racing)のリアが抜けたみたいで、何かトラブルが生じたように見えた……」

#43
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 この証言にもあるとおり、30周のレースの折り返しを過ぎてもいい調子で走行し、表彰台を狙えそうなポジションにつけていたヴィニャーレスは、18周目にミラーに抜かれた。19周周目にはさらに大きく順位を落とし、ピットへ戻ってリタイア。原因は、リア用ライドハイトデバイスが縮んだまま元に戻らなくなるというトラブルだった模様。

「なんとかリアがもとに戻ってほしいと思ったけれども、戻らないまま走り続けていると8コーナーでフロントが切れそうになって、このまま走り続けるのは危険だと判断してピットに戻ることにした」

 のだとか。このトラブルがなければ、今回のヴィニャーレスはレース終盤にさらにペースを上げて3位表彰台も狙えていたかもしれない。あくまでも〈たら・れば〉の仮定にすぎないとはいえ、ピットへ戻ってきたときのヴィニャーレスが自ら進んでチームスタッフたちにグータッチの拳を向けていたことを見ても、悔しいながらポジティブな手応えを掴んでいたのだろうことは容易に想像がつく。

「今日はホントにレースを愉しむことができたから、ハッピーだ。スタートもうまく決まったし、その後も安定したペースで走ることができて、タイヤのスピンを抑えながら走れていたので、ラスト10周も最高のパフォーマンスを発揮できそうだった」

 レース後の囲み取材でそう述べたのは負け惜しみではなく、おそらく正直な本音だろう。

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#21

 チームメイトのアレイシ・エスパルガロはラスト3周でミラーにオーバーテイクされ、4位でチェッカー。逆説的な言い方になるけれども、「残念、表彰台を逃してしまったか……」と思わせるくらい高い戦闘力を発揮している、ともいえるだろう。ランキング首位のクアルタラロが2戦連続優勝で、兄エスパルガロは2戦連続で表彰台を外したことにより、ふたりのポイント差は34に広がった。レース後に兄エスパルガロは

「厳しいレースだった……」

 と振り返りながらも、ポイント差は大きな問題ではない、ともいう。

「たった34点だから、もしも次のアッセンで向こうが転んで自分が勝つか2位で終われば、差は10ポイント程度になる。問題は、日曜になるといつもファビオのほうが速いということ。今回はフロントタイヤに課題があったけれども、それがなくて普通のコンディションで走れていれば、ヨハン(・ザルコ)のペースはそんなに速くなかったので勝負をできたと思う。でも、ファビオは今日も易々と勝利を収めた。要するに、日曜は彼がいつもこっちより速い、ということで、それに対応できるだけのスピードをみつけていかなければならない、ということなんだ」

 さて、アプリリア陣営がこのように健闘し、ドゥカティがオールラウンドな強さを見せている一方で、深刻なのがホンダ陣営である。今回は中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)が転倒、ポル・エスパルガロ(Repsol Honda Team)とアレックス・マルケス(LCR Honda CASTROL)がピットへ戻ってリタイア、唯一完走を果たしたマルケス代役のステファン・ブラドルは16位でポイント圏外。ホンダ勢の誰ひとりとしてポイントを獲得しない、というじつに厳しい結果になった。

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 調べてみたところ、ホンダ陣営が最高峰クラスで誰もポイントを獲得しなかったのは、1982年第3戦フランスGP(5月9日)以来、じつに40年ぶりになるようだ。とはいえ、このフランスGPのリザルトは、ノガロサーキットの安全性に対する問題から多くのトップライダーたちが決勝をボイコットしたために、上記のような結果になった。具体的には、スズキのフランコ・ウンチーニとランディ・マモラ、ヤマハのグレーム・クロスビーとケニー・ロバーツ、バリー・シーン、ホンダのフレディ・スペンサー、片山敬済、マルコ・ルッキネリたちがレースの走行を見合わせている。

 それ以前の記録はというと、その前年、1981年最終戦スウェーデンGPのアンダーストープでホンダはノーポイントだが、じつはこのレースにもホンダは参戦していない。決勝レースにエントリーしながらもポイントを獲得できなかった、という意味では、この1981年にスペンサーがNR500で参戦してリタイアに終わったイギリスGP以来、ということになるだろうか。

 つまり、ホンダは1982年にNS500を投入して以降、決勝を走行したレースでは毎戦必ず陣営の誰かがチャンピオンシップポイントを獲得してきたのだが、40年余にわたって連綿と続いてきたこの前人未踏の大記録は、今回のノーポイントでついに途絶えてしまった、というわけだ。現在の彼らの厳しい状況を象徴する苦々しい事態、と言わざるをえない。「憎たらしいほど強いホンダ」の復活を、おそらく世界中の多くの人々が待ち望んでいるだろうが、その思いを誰よりも強く胸に抱いているのは、ホンダ陣営の選手たちでありチームスタッフであり、開発に携わる人々だろう。この臥薪嘗胆のときを経て、圧倒的に速くて強い姿を甦らせてほしいものである。

 さて、次戦は2週連続のダッチTTことオランダ・アッセン。いったいどんなレースになりますやら。合い言葉はチョコメルでひとつよろしく。

#ドイツGP

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


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2022/06/20掲載