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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 6月最終週は恒例のTTアッセン、ダッチTTことオランダGPである。今年は、当初に予定されていたフィンランドGPが中止となったため、この第11戦でシーズン前半を締めくくることになった。伝統の〈大聖堂〉で勝利を収めたのはペコこと、フランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。土曜の予選でも圧倒的なスピードでポールポジションを獲得しており、持ち味の強さと速さを存分に発揮した勝利だ。前週のドイツGPザクセンリンクでも、同様に高い安定感を発揮していたものの、決勝レースでは自滅してノーポイント。そのひとつ前のカタルーニャGPでは他車の転倒に巻き込まれる恰好でリタイア、と予想外に厳しいレースが続いていただけに、なんだか久々の表彰台頂点、という印象がある(実際には5月のイタリアGP以来の優勝)。

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

「スマートに走ることを心がけた。限界を超えてプッシュしないように細心の注意を払って勝つことができた」

 とレース後に振り返った言葉からも、ここ数戦で続けて味わった苦いノーポイントを繰り返さないよう肝に銘じながら戦っていたことがよくわかる。約1ヶ月ぶりの勝利にもホッとしたことだろうが、2位に後輩のマルコ・ベツェッキ(Mooney VR46 Racing Team)が入り、VR46アカデミー出身者の1-2フィニッシュを達成したことも感慨深かったようだ。

「いかにもMotoGPライダー、といった走りだった。(ベツェッキに)追い抜かれないように気をつけながら戦う、というレースをできたことがうれしい。彼自身のためにもチームのためにもうれしく思うし、今日はレースの後にどこかでくつろいでゆっくりいろいろと話をしたい」

 当のベツェッキは、レース終了後のクールダウンラップで46の黄色い旗を高く掲げてコースを一周したのだが、そのときの事情について笑いながら以下のように説明した。

「コースマーシャルがペコに旗を渡そうとしていたけど、当のペコは観客席のほうへ向かっていたので、すぐさまマーシャルに近寄って旗を掴み取ったんだ」

 MotoGPルーキーのベツェッキは今回が最高峰クラス初表彰台だが、同時にこれは、昨年で引退したバレンティーノ・ロッシ氏がチームオーナーを務めるMooney VR46 Racing Teamの記念すべき初表彰台でもある。

「バレとアカデミー全員が素晴らしい仕事をしたということだから、本当にうれしい。アカデミーに参加したのは14~15歳くらいのときで、バレがいなければ世界選手権に参戦することはできなかったと思う。バレとアカデミーがずっと支えてくれたおかげで、ここまで到達することができた」

 それにしても、ベツェッキは最高峰初年度わずか11戦目で2位を獲得したのだから、これは充分に素晴らしい結果だ。ムジェロで開催された地元イタリアGPでは、すでにフロントローも獲得している。昨年のエネア・バスティアニーニやホルヘ・マルティンたちもそうだったが、最高峰昇格初年度からのびのびと物怖じしない走りで表彰台を獲得しに来る選手たちは、その後も経験を重ねて存在感をさらに発揮し、次第に上位争いの常連となってゆく。ベツェッキの場合も、彼らと同じように来年以降はさらにたくましい選手へと成長してゆくのだろう。

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 ちなみに、バスティアニーニとマルティンの両名は、来シーズンいずれもドゥカティのファクトリー契約でファクトリー最新鋭マシンを走らせることになるようだ。このふたりのどちらがバニャイアのチームメイトとなり、どちらがプラマックにシートを得ることになるのかは未確定のようだが、ドゥカティ・コルセのスポーティングディレクター、パオロ・チアバッティは、「ふたりともファクトリー待遇になるわけだから、どのチームに収まるか確定しないからといっても、とくに不安に感じる必要はない」と言明している。

 さて、3位はマーヴェリック・ヴィニャーレス(Aprilia Racing)。今シーズンのアプリリアが伸長著しいことは、アレイシ・エスパルガロの八面六臂といっていい活躍からも明らかだが、今回のヴィニャーレス表彰台で陣営が持つポテンシャルの高さをさらに裏打ちした恰好だ。

「(前週の)ザクセンリンクでも表彰台を狙えそうな手応えを掴んでいたので、高いモチベーションと勢いで今回のレースに臨んだ。朝のウォームアップラップを終えてトップ争いをできそうな感触があったけれども、レースは後方からのスタートだったので、序盤周回であんなにスイスイとポジションを上げていけるとは思ってもいなかった。アプリリアには本当に感謝している。本当に素晴らしい仕事をしてくれているし、僕をずっと信じてくれていた。皆で地道な努力を続けてこの結果を手にすることができた。自分たちには高い能力があると思っているので、シーズン後半のシルバーストーンやミザノでも勝利を目指して戦っていきたい。強力な選手が何人もいるから、もちろん簡単なことではないけれども、一歩ずつしっかりと彼らに近づいていきたい」

 と、ここまでの道のりを振り返る話しぶりもじつになめらかである。

 周知のとおり、ヴィニャーレスは昨年のシーズン途中でヤマハファクトリーとの契約を解除し、9月からアプリリアへ加入するという極めて異例の移籍をした。ヤマハ時代は、思いどおりに走れないことがあると夕刻のメディア取材でそのフラストレーションをあれこれ並べ立てることが常だったが、アプリリアに移籍してからは、そんな鬱屈して屈折した様子も影を潜めるようになった。

 トップチームとして勝つことをあたりまえのように要求される強豪ファクトリーと、新興陣営の小さな所帯でゼロからのスタートに近いチームでは、自分がそこに投影したり求めたりするものも違っており、だからこそ、取り組み姿勢や気構え面の違いという要素も出てくるのだろう。さらに、その小さな陣営が、昔から仲の良い兄エスパルガロの努力で着実に好結果を収めるようになり、今では「山椒は小粒でぴりりと辛い」どころか、堂々のチャンピオン争いを繰り広げている。また、チームタイトルでもトップにランクされる実力を備えるまでになった。

 やがて陣営が「強くてあたりまえ」と見なされる環境に成長し、貪欲に勝利を目指すヴィニャーレスの期待と齟齬を来すようなことが生じたときに、果たして彼が機嫌を損ねずにそれまで同様の謙虚かつ前向きな姿勢で戦うことができるのかどうか。そこが懸念材料といえばいえるのかもしれないが、とはいえ、そこまで陣営が力をつけてきたという意味では感慨深いし、この企業のひたむきで地道な努力が、ヴィニャーレスの少し癖のある性格を穏やかにほぐして良い方向へいざなう効果があった、ともいえるのかもしれない。

 ヴィニャーレスは、シーズン後半戦に兄エスパルガロがチャンピオン争いの重要な局面に到達したときには、タイトル獲得のためなら率先して彼をアシストする、とも述べている。

「アレイシはタイトルに近いところにいるので、アプリリアやグループ全体のことを考えなければならない。自分のほうがアレイシよりも速いレースもあるかもしれないけれども、重要なのは、アレイシが僕よりもチャンピオンシップ上位で終わるということ。だって僕たちはアプリリアのライダーで、アプリリアとピアッジオグループのために全力で戦っているのだから、アレイシを助けるためなら全力を尽くしたい。もしもアレイシがタイトルを獲得する可能性があって、彼に前を譲る必要が出てきたら、もちろんそうする。アレイシにチャンスがあるなら、僕はもちろん力を貸す」

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 さて、その兄エスパルガロだが、レース序盤5周目に兄のイン側で転倒したファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)に押し出される恰好でグラベルへコースアウトし、順位を15番手まで大きく落としてしまった。しかし、そこから粘りの追い上げを見せ、最終盤には4番手争いに食い込んで、最終ラップ最終シケインのブレーキ勝負を見事に制して4位でチェッカーフラッグ。終わってみれば、3位まで1.5秒、という驚異の挽回を見せた。この挽回には前にいたヴィニャーレスもさすがに驚いたようで、

「転んでリタイアしたものとばかり思っていたので、後ろを振り返ってアレイシが見えたときは『速ぇ……』と思った」

 と述べて微笑んだ。

 兄エスパルガロ自身は、追い上げていくときのモチベーションを以下のように説明した。

「自分は速くてバイクもいいことを証明してやろう、そう思って走り続けた。追い上げの最中に32秒台中盤のタイムを連発したときは、思わず笑みがこぼれた」

 実際に兄エスパルガロは、レース中最速ラップタイムレコードを更新する1分32秒500を15周目に記録している。

「傲慢なことを言うつもりはないけど、今日の自分のペースは誰よりも速かったと思う」

 そう述べ、最終シケインでの勝負については

「他の皆(ジャック・ミラーとブラッド・ビンダー)よりもかなり深くブレーキで突っ込んでいけた。今日のバイクはすごくいい状態で、あのスピードは誰にも出せなかったと思う。じつにあっさり抜いていくことができた」

 そして、このサマーブレイクの間にランキング首位のクアルタラロをビデオでしっかりと研究したい、と話した。そのクアルタラロだが、上述のとおりレース序盤に転倒し、その後再スタートしたものの、またもや転んでリタイアに終わっているため、兄エスパルガロは13ポイントを詰め、ふたりのポイント差は21になった。

 一方、クアルタラロはオーバーテイクを試みた際に転倒し、兄エスパルガロに接触して彼のレースに深刻な悪影響を与えた行為がレギュレーションの1.21.2に抵触する「無責任な走行」に該当するとして、次戦のイギリスGPでロングラップペナルティを科せられることになった。

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#レギュレーションの1.21.2

 クアルタラロに対するFIM MotoGPスチュワードパネルの通達の文章には、「過度に無謀な走行で接触を生じせしめ」という文言があるが、いったい何をもって「過度に無謀」と判断したのかがどうにも釈然としない。今シーズンのMotoGPクラス決勝レースでは、他選手の走行やレース結果に甚大な影響を与えた出来事は他にも数件ある。だが、それらをいずれもレーシングインシデントとして処理しながら、今回に限ってペナルティを適用するスチュワードパネルの決定は、どうも判断基準が一定しない感がある。

 ある行為に対する〈結果責任〉の重さを問うのであれば、今回の処分と同様かそれ以上の罰則が適用されてしかるべきケースは他にもあったはずだし、〈過失責任の原則〉(他人に損害を与えても、それが故意や過失によるものでなければ責任を問われない)という観点でも、他の事例との一貫性を欠いているように思える。クアルタラロのチームマネージャー、マッシモ・メレガリがこの処分について「処罰は厳しすぎるうえに、無処分に終わった他の事例と比較しても整合性を欠く」と述べたのも当然だろう。あまりに場当たり的な決定、と言わざるをえない。

 選手たちの移籍に関する話題をもうひとつ、追加しておこう。

 ダッチTTのレースウィークには、アレックス・マルケス(LCR Honda CASTROL)が来年はドゥカティ陣営のGresini Racing MotoGPへ移ると発表された。マルケス弟が抜けて空いたシートには、りんちゃんことアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)が入るのではないかと囁かれていたが、どうやらたしかにその方向で事態が決着しそうだ。

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#42

 日曜の決勝後に、りんちゃん自身が現在の状況について以下のように説明した。

「ほぼ決着して、皆が想像しているとおり、アレックス・マルケスがグレシーニに行った後に入ることになりそうだ。まだ最終的なサインをしていないので正式決定ではないけれども、ほぼ最終段階なので、あと数日もすれば発表できるかもしれない。

 グレシーニとLCRの選択肢を比較検討していたけれども、ドゥカティ(グレシーニ)の場合はファクトリーマシンではなさそうだった。自分としてはファクトリーバイクが希望で、ホンダの場合はそれがかなえられそうな感触だ。今年(のホンダ)は良いリザルトを獲得できていないけれども、将来に向けていいバイクに仕上げていけるかどうかを見てみたいね。

 僕たちはスズキで中身の濃い良い仕事をしてきたと思っているし、ルーチョに対しても同様の貢献をできると思う」

 ……と、上記の言葉から判断する限りでは、おそらく、数年前にカル・クラッチローが在籍していた頃のような待遇になるのではないかと推測できる。この原稿を書いている6月27日現在ではまだ正式発表はないものの、りんちゃんの言葉どおりに事態が進展しているのであれば、おそらくサマーブレイク中に何らかの発表があるのかもしれない。

 さて、Moto2クラスでは小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)が2位表彰台……、という結果だけを取り出せば「ああ、小椋選手なら2位は獲るだろうね。優勝じゃなかったのが残念かな」という感想をお持ちの方もいるかもしれない。しかし、レース序盤にトップグループから脱落してポイント圏外の16番手まで大きく順位を落とし、そこからひたひたと追い上げて前の選手をひとりまたひとりと着実にオーバーテイク。最後は優勝に手が届きそうな2位、というレース展開を見れば

「いやいやいや、この落ち着きと追い上げと粘りはちょっとすごい!」

 と誰もが舌を巻くに違いない。チェッカーフラッグを受けたときは優勝選手に0.660秒差だったこともあって、レース展開を振り返る小椋の言葉はいかにも彼らしい内容だった。

「序盤にリアタイヤがうまく機能せずに何度かミスをして、大きく順位を落としてしまいました。タイヤが温まってきてからはフィーリングがよくなって、ポジションを上げていくことができたのですが、優勝にはちょっと届きませんでした。最後はトップに近くて、序盤のミスがなければと思うと悔しい部分もありますが、すでに終わったことだし、レース中盤以降はいい感じで走ることができてスピードを発揮できたので、ウィーク全体としても良かったと思います」

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 優勝はアウグスト・フェルナンデス。チェレスティノ・ビエティは4位でゴール。この結果、ランキング首位のビエティは146、同点でフェルナンデスが並び、小椋は彼らから1ポイント背後の3番手。この3名のうち誰が抜け出すかはまったく予断を許さない。勢いでは連戦連勝で弾みをつけているフェルナンデス、安定感ではどんな展開でもほぼ必ず表彰台圏内へ入ってくる小椋、そして調子の波が読めないだけに不気味なビエティ、という三者三様の特徴で、8月以降の後半戦は、さらに緊迫した展開になることだろう。

 Moto3ではクレイジーボーイ、こと佐々木歩夢(Sterilgarda Husqvarna Max Racing)が優勝。世界選手権95戦目の初勝利である。参戦初年度から才能は誰の目にも明らかで、トップ争いの常連ではあったものの、不運やケガ等で表彰台の頂点だけは手が届きそうで届かない状態が続いていた。

「ここまで、本当に長かったです」

 というパルクフェルメでの第一声が、それをなによりもよくあらわしている。

「ついに勝つことができました。今年はケガもあってたいへんでしたが、力強く戻ってくることができて、バイクも完璧でした。レースは思ったとおりの展開で、2番手でタイヤを温存して体力もセーブできました。最後の3周でトップに出て、ラストラップは後方で転倒もあって差を開くことができました。ここまですごく長くて時間もかかったけど、ケガから復帰して力強く優勝できたので本当にうれしいです」
 

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 ちなみに、決勝日の6月26日はチームオーナー、マックス・ビアッジの51歳の誕生日だった。ビアッジにとっても、忘れがたい人生の節目になったのではないだろうか。

 というわけで今回は以上。MotoGPは8月7日の第12戦イギリスGPまで、これから5週間のサマーブレイクに入ります。では、ごきげんよう。

#アッセンGP

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


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2022/06/28掲載