鈴鹿サーキット(三重県)で「2025 FIM世界耐久選手権“コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース第46回大会(以下、鈴鹿8耐)が開催された。真夏の祭典「鈴鹿8耐」は、日本最大のバイクイベントとして知られている。
7月の平均気温は平年より約2.89 ℃高く、過去3年連続で記録を更新した(ガーディアン・環境ニュース)。スポーツへの影響も深刻で、熱中警戒アラートが発令日には屋外の運動を控えるようにアナウンスされる。今年の累計発表回数は532回に達し過去最多(毎日新聞)となる。
鈴鹿サーキットの各ピットにファンが取り付けられ暑さ対策がなされ、チームも暑さ対策には神経を使い、ライダー交代後に入るプールには氷が浮いていた。
レースウィークは晴天が続き、灼熱の太陽の陽射しが照り付け、決勝日も熱中警戒アラートが発令された。
- ■文:佐藤洋美 ■写真:赤松 孝
ふたりのライダーで戦うという判断
Honda HRC(HRC/CBR1000 RR-R-SP)は、3人体制からテストライダーの高橋巧とMotoGPのヨハン・ザルコで参戦すると発表した。6年ぶりにヤマハファクトリーが復活し、ヤマハ70周年の記念カラーでYAMAHA RACING TEAM(YRT)として参戦。ライダーは全日本JSB1000の中須賀克行、MotoGPのジャック・ミラー、初参戦のスーパーバイク世界選手権(WSBK)のアンドレア・ロカテッリのラインナップだ。
世界耐久選手権(EWC)レギュラーライダーや全日本トップチームが参戦し見どころが多かった。BMWの浦本修充は速さを示し、ドゥカティの水野涼がケガ以来、初ライドした。ホンダでは野左根航汰、名越哲平、岩田悟、伊藤和樹、鈴木光来、荒川晃大らトップライダーが参戦、Moto2の國井勇輝、Moto3の山中琉星、アジアロードレース選手権の阿部恵斗が輝きを放った。だが、HRC VS YRT、この二つのチーム激突がレースの軸となった。
水曜日はテスト走行、5セッションの走行が行われ、この時はHRCのチャビ・ビエルゲが走行に参加していた。チャビは、WSBKでケガをしたイケル・レクオーナの代役として来日、事前テストに参加していないため2台あるマシンの1台を占有して走行し、高橋とザルコはマシンの調整を行った。チャビは鈴鹿8耐優勝経験があり、元々、参戦候補でもあり、突然の参戦も懸念材料とはならなかった。
懸念があるとすれば、どのセッションも赤旗続出で、ロングランの機会が、HRCだけでなくどのチームもなかなか取れないことだった。ザルコが総合トップタイム2分5秒645を記録する。
木曜日は車検日で走行はなく、この日Honda&YAMAHAの合同会見で、HRCはふたり体制で戦うことに言及、ザルコは「作戦の変更は必要となるが最善を尽くす」と語った。
金曜日にトップ10トライアルの出場を決める予選が行われた。フリー走行ではAutoRace Ube Racing Team(BMW M 1000 RR)の浦本修充が2分4秒983と4秒台に突入した。
予選ではジャックが1コーナーで転倒、マシンが高く舞い上がり回転しながらフェンスを越える衝撃的な映像が映し出された。ジャックにダメージはなく、その後のスケジュールをこなす。予選はチームの上位2名の平均タイムで決まり、トップはHRC、2番手にAutoRace Ube Racing Team、3番手にYRT。
土曜日、トップ10トライアルが行われた。ジャックが2分3秒台のペースで周回、誰もが固唾を飲んで走行を見つめる中、最終シケインでバランスを崩し立て直そうとするが転倒、すぐにマシンを起こして復帰するが、2分16秒236となる。ロカテッリが2分4秒720を記録。ピットで見守るジャックがガッツポーズ、中須賀も立ち上がりチームメイトの力走を見守った。
最後に登場したザルコが2分4秒290を記録しトップタイムを記録し、総合タイムでHRCがPPを獲得した。ザルコは「スタートを務める巧に良いプレゼントになった」と言った。
2番手にYRTとなる。会見ではジャックに質問が集中、「予選、トップ10とも転倒していますが、決勝は大丈夫か?」と辛辣な質問が飛んだ。
ここまで、どのセッションでもトップのHRC。今季からサスペンションが変更され「テスト時間がほしいが確保できないので、レースウィークを使って調整する」と語っていた高橋は「簡単に進むわけはなく、現状でポテンシャルを引き出すしかないが、中古タイヤでもタイムが記録出来ているので勝負できるレベルにある」と語った。
事前テスト1回目にザルコが参加。「そこでマシンのベースセッティングが進められたのは好材料だった」と高橋が言う。昨年は高橋が中心でマシンを造り、それにザルコと名越哲平が乗ったが、今年はザルコの意見も取り入れられていた。ザルコもタイムを出しており、高橋も決勝用タイヤで走行したトップ10でも2分5秒台を記録していた。
高橋は暑さに強いと言われていたが、「今年の暑さは、ヘルメットに流れ込んでくる空気でさえ違い、息苦しくなる。暑さはみんな同じ、強いって何? 脱水が起きたら終わりだ」と語った。3人だって辛いのに、ふたりで戦う厳しさは想像を超える。だが、ふたりは覚悟を決めていた。
酷暑の中で選手紹介が終わるまでの約1時間、ライダーたちはグリッドに留まっていたが、近年はライダーの意志に任せられるようになっていた。それでもグリッドウォークでごった返す中で、上位ライダーたちは、ファンサービスに努めた。
勝利へと突き進む高橋 巧
陽射しが強まり頭上へと太陽が動く11時30分、伝統のル・マン式スタートが切られた。PPグリッドの高橋がホールショットを奪う。
「8耐のスタートで前に誰もいないのは初めて」と高橋は振り返ったが、SDG Team HARC-PRO. HondaのMoto2ライダーの國井勇輝が高橋を抜いて首位に立ちオープニングラップを制する。高橋は國井の背後に付け周回を重ねる。「いいペースだったので、このまま後ろで燃費を考えながら走るのも良いかと思った」高橋だが、早々に出てきた周回遅れを國井がパスするタイミングで前に出る。國井はレース後にこう言っている。
「ペースの違うライダーを抜くのが下手だって言われました。経験不足です。勉強になりました。でもトップ争いは楽しかった」
高橋はトップに立つと2分7秒台にペースアップして後続を引き離してザルコに交代する。ザルコとロカッテリは2分7秒台で周回、ザルコは高橋が築いたビハインドを広げ高橋へと替わる。4時間経過には、その差は40秒と広げ、ピットインのタイミングでは1分44秒強となる。だが、5時間経過後、ザルコのペースが若干落ちる。挽回してファーステストラップを記録するが、高橋は「かなりの体力消耗で、水分が奪われ、体重が一回の走行で2kgは落ちてしまう。休憩時間の1時間ではリカバーが難しい。あのザルコでも、きつかったのだと思う」と語った。スタッフと話し、着替えの時間などを考えると、1時間休めるわけではなく、休憩時間は20分~30分といったところだ。そして、疲労は蓄積されて行く。
6時間が経過、コース上に転倒車が残されたことでセーフティカー(SC)が入る。ここで、HRCとYRTとの差が一気に詰まる。HRCが築いたビハインドが消滅、振り出しに戻りマッチレースとなるかと思われたが、SC解除後、高橋はザルコのファーステストラップを塗り替え2分6秒670を記録、6秒台を連発して中須賀を突き放す。これまでは28周でのピットインだったが、高橋は30周と周回を引っ張ってザルコの休息にあてている。
YRTがライダー交代のためにピットインし、その差は1分と広がる。気温も路面温度も下がる時間帯ではあるが、ここで好タイムを記録する高橋の底力に、誰もが目を見張った。場内アナウンスの声も大きくなる。どこにそんな力を隠し持っていたのかと驚愕する走りで、高橋は勝利へと突き進んだ。
追うロカテッリもペースアップするが、ペースアップすれば、高橋もタイムも上げるため、その差は詰まることはなかった。だがさらにSCが入る。高橋からザルコへと後退するタイミングで、1コーナーの転倒車を回収するための車がコースインするタイミングで、ザルコはピット出口で止められる。再びSC車により、築いた差が詰まる。しかしYRTのピットインのタイミングでその差が、また開く。ザルコは30秒と開いた差があるにもかかわらず、2分7秒台で周回し圧倒的な強さを示して暗闇の中で色とりどりのペンライトが輝くスタンドの前で優勝のチェッカーを潜った。
共に戦ったライダーたちだから分かる辛さ
ザルコは2勝目、高橋は最多優勝記録を7と伸ばし、HRCは鈴鹿8耐4連覇を果たした。HRCは機械のような正確さでライダー交代と、敏速なピットワークを繰り返し、7回のピットインをこなした。2度のセーフティカー導入でも、迅速に燃費計算に対応した。
高橋が振り返る。
「ライダー交代の1時間で体力をリカバーするのは難しく、最後のスティントでは、ザルコにいつでもピットに戻っていいと伝えていました。その時は、自分がコースに出ることになっていましたが、そんな事態になったら負ける。ここまでやって勝てないのなら仕方がないって思っていました。だから、ツナギに着替えたのはギリギリでした。でも、ザルコは最後まで走り切ってくれた」
一方のザルコが高橋を讃える。
「本当にきついレースだった。高橋が多めに周回してくれたことやSCが入ったことで、少し休めたことが良かった。高橋だって辛いはずなのに、そんな素掘りを見せることなく、毅然と立ち振る舞いチームを引っ張ってくれた」
決勝後の記者会見で中須賀が「過酷な鈴鹿8耐をふたりで走り切った巧とザルコに、心からおめでとうと言いたい」と称賛すると、その後、会見に参加したライダーたち全員が、ふたりに次々に賛辞を述べた。
高橋が言う。
「この辛さを一番わかってくれるのは、共に戦ったライダーたち」
負けたがYRTの二人は明るかった。
「二人では絶対にやりたくないってロカテッリとも話したけど、夕闇に光ライトは美しく、何とも言えない気持ちになる。表彰台に登った気分も最高だ。ペコ(フランチェスコ・バニャイアイア)も鈴鹿8耐を走りたいと言っているからね、MotoGPでこの良さを伝えたいと思うよ」
そう語ったジャックは「でも、暑くて辛いことは内緒にするつもり」と悪戯っ子のように笑った。
ロカテッリは「ラストを走ったんだけど、日本のファンが作り出す雰囲気が最高だった、青い光を見た時の感動は、何と言えばいいのだろう。8耐はスペシャルだ。また走りたい。リベンジしたい。最後にファーステストラップを僕が出せたのは気分がいい」とはしゃいだ。
高橋に「やっぱり暑さに強いでしょう。汗をかいて無いように見える。ロボットのように正確で疲れを知らないみたい」と言う筆者にヘルパーが「汗をたくさんかいていますよ」と教えてくれた。
「感情を表にあまり出さないタイプだから、そんな風に言われてしまうのか……。普通に疲れる。この暑さでのふたりは、もう、やりたくない」
当の高橋は苦笑いだ。
それでも、ザルコもHRCも絶大なる信頼を置き、鈴鹿8耐マシンの開発を進めて来た高橋は無敵に見えた。だが「不安はあった」と言う。「どんなにトレーニングに取り組んだとしても、バイクに乘ることでしか鍛えられない力があるから」と35歳のベテランはあくまでストイックだ。
今季、高橋はテストライダーに専念しており、全日本の開幕戦にスポット参戦しただけで、レースを走っていない。鈴鹿8耐でトップ争いをしたライダーたちはみんな、レギュラーライダーとして参戦をこなしている。チームメイトはMotoGPライダーであり、ライバルとなったYRTの面々も、MotoGP、WSBK、そして全日本王者だ。この面々と互角、いやそれ以上の走りを見せた。この逸材をHRCが、レース参戦の場を作らないのは、何故なのだろうか?
まだ、未定のようだが、全日本最終戦鈴鹿に参戦が噂されている。鈴鹿のコースレコードは、2019年に高橋が記録した2分3秒592だ。未だ破られていない記録を、高橋が塗り替えるチャンスを、与えてほしいと願う。
■YAMAHA RACING TEAM
テストでもフリー走行でも、常にトップタイムに拘る中須賀が、トップ10に登場せず、ファンは異変を感じていたはずだ。ヤマハが7月上旬に行ったプライベートテストでの転倒の影響があると噂されていたが、本人もチームも沈黙を守ったままだった。
YRTは、転倒が続くジャック、初参戦のロカッテリに重要なスタートライダーを任せる判断は出来なかったのだろうと推測する。中須賀は渾身の走りでバトンをつないだ。チームも8回ピットでも、HRCと互角の戦いを見せた強さは、6年のブランクを感じさせないものだった。
決勝後の会見で中須賀が「自分が二人の足を引っ張った。テストも少ない中で、6年ぶりの復帰となった8耐で、ミスなくチームはコースに送り出してくれ、総合2位となれたことに感謝しかない」と口にした。
「僕は28歳だけど、中須賀さんは43歳でしょう。なのに、こんなに若くカッコ良くて速いなんてすごいことだ。だから、そんなこと言わないで」とロカッテッリが中須賀をフォローする。
「その通り、中須賀さんはすごい。テストから自分たちを、ずっと助けてくれていた」とジャック。
「いやいやそんな」
ニコニコ顔の中須賀がやり返した。会場には笑顔が広がった。
会見後の記念撮影でも「こちらお願いします」のカメラマンに「はい」と日本語でジャックとロカッテッリが答えると、他の海外ライダーにも伝染し「はい、はい」の合唱で撮影が進み笑顔で終了した。
「本当に良いチームだった」
中須賀は、ライダーとチームスタッフに感謝していた。
■EWC
BMW MOTORRAD WORLD ENDURANCE TEAMは、EWCのレギュラーチーム。シルバン・ギュントーリ、スティーブ・オデンダール、ハンス・スーマー、マーカス・レイスバーガーのラインアップで戦っている。鈴鹿8耐の事前テストにはBMWのテストライダーでもあるギュントーリが参加していたが、本戦では、マイケル・ファン・デル・マークが代役参戦した。
欠場理由は、ギュントーリの息子であるルカ君が、白血病との闘病後に亡くなり、家族とともに過ごすためだ。
「It is with the heaviest of hearts that we share the news of our son Luca’s passing after a year battling against cancer.」(私たちは、息子のルカががんとの闘病の末、1年を経てこの世を去ったという悲報を、最も重い心で皆様にお伝えいたします。— ギントリ本人による発表―)
レース前に鈴鹿のグリッドでは、EWCの関係者が集り、ルカくんへ追悼の意を示した。この悲報をEWCライダーが共有しており、予選、決勝会見でも参加したEWCライダーたちは「このレースをルカ君に捧げる」と語った。BMW MOTORRAD WORLD ENDURANCE TEAMは5位となり、代役のマイケルは、レース後に「この鈴鹿8耐はシルヴァン、ルカ、そしてご家族のために走った」と述べた。
■SSTクラス
EWCには大きく分けて EWC(Formula EWC)クラス と SST(Superstock)クラス の2カテゴリーがあり、EWCはエンジン・電子制御・サスペンションなど大幅改造可能だが SSTクラス(Superstock)は量産車に近く改造範囲は最小限。エンジンはほぼ市販仕様(内部改造禁止)だ。
SSTクラスのトップ争いが鈴鹿8耐終盤の大きな盛り上がりを見せた。スポット参戦の星野知也、吉田愛乃助、アンドロ・メルカドのTONE Team 4413 EVA 02 BMW(BMW M 1000 RR)とフル参戦Team Étoile (BMW M 1000 RR)の渡辺一樹、大久保光、伊藤元治が熾烈なバトルを見せた。
第7スティントから最終スティントにかけて、大久保と星野による壮絶なバトルが展開された。最終スティントでは渡辺対メルカドとなり、渡辺がメルカドを押さえて勝利した。
大久保がレコード更新してのポールポジションを獲得し優勝したTeam Étoileは予選、決勝とポイントを加算しランキングトップとなり、初のタイトル獲得を目指して最終戦ボルドール24時間耐久へと挑む。
(文:佐藤洋美、写真:赤松 孝)