Facebookページ
Twitter
Youtube

バイク承前啓後

バイクと出会って半世紀。子供の頃、バイクのカタログ集めに夢中になった山形の少年は、学校を卒業すると念願だったホンダに入社。1994年からは二輪広報を担当し、2020年定年退職するまで四半世紀、一貫して広報活動に従事した。バイクブームのあの時代からの裏も表も知り尽くした高山さんの視点でふりかえる、バイク温故知新の四方山話。それが「バイク・承前啓後(しょうぜんけいご)」。




第21回 ホンダ 「ベンリイ」と「ベンリィ」の謎に迫る

「ベンリィ」は「便利」なホンダのビジネスバイクの代名詞というイメージがあります。現在は、ビジネススクーターとして電動モデルもラインアップしています。何が謎かと言いますと、「ベンリイ」と「ベンリィ」の2種類の表記が存在しているのです。どうでもいいような話かもしれませんが、製品PRの担当者としてはどちらかを選択する必要があった訳です。
 私が「ベンリィ」のPRに携わったのは1996年に発売された「ベンリィ50S/90S」でした。ビジネスバイクの「ベンリィCD50/90」をベースにスポーティーな仕様にした若者向けバイクでした。各社から”ビジバイ”ベースのモデルが相次いで発売されるなど、ちょっとしたブームの予感があったのです。
 私は、ウエルカムプラザ青山でミニ撮影会を企画しました。その時に用意したのがベンリィの初代モデル「ベンリイ J」でした。ホンダコレクションホールから車両を借用し、当時のカタログのコピーを報道の方々に配布しました。そのカタログには、「イ」が大きい「ベンリイ」の車名がありました。この時から「ベンリィ」の表記について経緯を明らかにしなければならないと考えるようになりました。
 では、広報リリースとカタログを検証しながら謎に迫っていきたいと思います。リリースとカタログ以外は、私の想像や思い入れを交えていることをご了承ください。
※カタログは個人所有のため、汚れや破損があります。

1953年 ベンリイ J
1953年 ベンリイ J
1953年 ベンリイ J。初めてベンリイを車名に採用したモデル。4ストローク90cc(右)。当時のポスター:本田技研工業発行 創立50周年社史より(左)。

1996年 ベンリィ50S
1953年1996年 ベンリィ50S
1996年 ベンリィ50S、ベンリィ90Sのカタログ。カタログにはカタカナ表記がありません。BENLYで押し通しています。

 私が担当した広報リリースには、認定申請書に記載されている「通称名」をそのまま使用し「ベンリィ50S」「ベンリィ 90S」と小さいィにしました。カタログにカタカナ表記を使わなかった理由は分かりませんが、ビジネスバイクのイメージを払拭したかったのでしょう。
 当時調べ切れなかったベンリイの表記や対象車種などを追っていきながら、自分なりに解明していきたいと思います。

【ビジネスバイクのイメージは6年後に一掃された】

 1953年の初登場時は、便利なバイク=ベンリイでしたが、1959年に誕生したスポーツモデル「ベンリイ CS92」と「ベンリイ スーパースポーツCB92」によってイメージが一新されました。

柚子
柚子
1959年 ベンリイ CS92のカタログ。4ストロークOHC 2気筒。ベンリイの名前は、ビジネスのC92(右)、アップマフラーのスポーツモデルCS92(左)のどちらにもつけられています。この頃から、ベンリイは125ccクラスまでのモデルに多く採用されることになります。

1959年 ベンリイ スーパースポーツ CB92
1959年 ベンリイ スーパースポーツ CB92。浅間火山レースなどで活躍した高性能スポーツモデル。”ベンスパ”の愛称で親しまれました。

【125ccクラスまでのバイクに積極的に採用】

 1960年代後半に入ると、ビジネスからスポーツ、レジャーと60車種を超える豊富なラインアップを確立していきます。カタログでベンリイをカテゴリー別に見ていきたいと思います。

1970年 50cc総合カタログ
1970年 50cc総合カタログ
1970年 50cc総合カタログ。ビジネスでもスーパーカブ系と、モンキー、ダックスのレジャー系、そしてリトルホンダのファミリー系にはベンリイは付きません。

1972年 総合カタログ
1972年 総合カタログ。67車種のラインアップを誇っています。

1972年 スーパースポーツ
1972年 総合カタログのスーパースポーツ。ベンリイはSS50からCB125まで。ドリームは、CB250からCB750FOURまで。排気量によって、ベンリイとドリームを使い分けているのが分かります。CB175は軽二輪ですが、中間排気量という理由なのかベンリイもドリームも付かないのです。
1972年 総合カタログのスクランブラー
1972年 総合カタログのスクランブラー。ベンリイとドリームの棲み分けが明確です。CL175はどちらも付きません。

1972年 総合カタログモトスポーツ
1972年 総合カタログのモトスポーツ。SLシリーズも棲み分けができています。SL175はどちらも付きません。
1972年 総合カタログのビジネス
1972年総合カタログのビジネス。ベンリイは、CD50からCD125まで。CD250にはドリームの名称がついています。ビジネスモデルに「ドリーム」があったことは新鮮な驚きです。

【軽二輪にベンリイが存在した異色モデル】

 1970年、高速道路の走行が可能な135ccの軽二輪モデル2車種が発売されました。この2車種には例外と思われる「ベンリイ」が採用されていました。

1970年 ベンリイ CL135
1970年 ベンリイ CL135。他に、ベンリイ CB135がありました。

 1975年に発売された「ベンリイ CB125JX」のカタログには、ベンリイの文字がありません。この頃になると、ベンリイというネーミングはスポーツモデルには必要ないと考えたのかもしれません。

1975年 CB125JX
1975年 CB125JX。当時の広報リリースには「ベンリイ CB125JX」とあります。

 私が一目ぼれして購入した初めての新車は「CB125T-Ⅰ」でした。最高出力16PSを11,500回転で発生する超高回転型のエンジンです。ツーリングが主な用途で九州から北海道まで回りました。今でも大切に持っているカタログです。当時のリリースを確認すると「ベンリイ」が付いていますがカタログには一切ありません。私にとってこのバイクはベンリイではないものと思っていました。当時は、一般の人が広報リリースを見る機会はありませんので、カタログや専門誌の広告の情報が全てでした。

1977年 ベンリイ CB125T-Ⅰ
1977年 正式名称はベンリイ CB125T-Ⅰ。カタログにはベンリイの表記はありません。

 ところが、翌1978年にコムスターホイールを装着したモデルチェンジ版のカタログには、「ベンリイ CB125T」と記載され、ベンリイが復活したのです。どのような背景があったのかは不明ですが、リリースの正式車名に沿った対応なのだと思います。
 私の個人的なイメージは、ベンリイが付かない方がスポーツイメージが高まると思います。

1978年 ベンリイ CB125T
1978年 ベンリイ CB125T。カタログにベンリイの名前が復活しました。

【1979年 スポーツモデルからベンリイが消えた】

 CB125Tシリーズは、1979年からはリリースとカタログからベンリイが消えています。1959年のベンリイ スーパースポーツCB92から20年を経て、スポーツモデルからベンリイの呼称が消えることになった訳です。20年に渡って使い続けた事実を考えると、ベンリイに相当な思い入れがあったのだと思います。ベンリイを採用するのは、ビジネスのCDシリーズのみとなりました。ここまでは、全て大きなイの「ベンリイ」で通していました。

【1987年 広報リリースにベンリィの兆候が】

 1987年に発行されたベンリイシリーズの広報リリースでは、車名はベンリイですが主要諸元は「ベンリィ」の表記があります。何らかの動きがあったのだと思います。

1987年 広報リリース
1987年 広報リリース。

【リリースとカタログがベンリィで一致したのは1998年】

 1992年2月発行のCDシリーズの広報リリースで、車名に「ベンリィ」が初めて採用されました。これ以降の広報リリースでは製品名は「ベンリィ」という小さいイで統一されています。カタログでは、依然としてベンリイが採用され、リリースとカタログ表記が違う時代が数年続きました。
 では、カタログ表記の変化について紹介いたします。
 1997年3月に発売された「ベンリィ CL50」のカタログは、車名はBENLY CL50でカタカナ表記はありません。ところが、主要諸元表の車名にベンリィ CL50が確認できます。カタログでもベンリィを意識してきたようです。

1997年 ベンリィ CL50の諸元表
1997年 ベンリィ CL50の諸元表。

 そして、1998年2月発行の広報リリースとカタログは「ベンリィ」で一致しました。ここから、ベンリイではなくベンリィに切り替わったのです。
 当時は製品PRを担当していましたが、カタログ表記が変更されたことには気が付きませんでした。

1998年2月 ベンリィCDシリーズのカタログ
1998年2月 ベンリィCDシリーズのカタログ
1998年2月 ベンリィCDシリーズのカタログ。タフアップチューブが新たに採用されました。

 ベンリイの名前の変遷を要約すると
・1953年 ベンリイ Jに初めて採用。大きい「イ」でした。
      便利なバイクの想いが込められていました。
・1953年 ベンリイ スーパースポーツCB92などのスポーツバイクにも採用。
・1960年代~1970年代 
      50ccから135ccのスポーツ、ビジネスモデルに広く採用。
・1979年  スポーツモデルからベンリイが消える。以降はビジネスモデルに採用
・1992年  製品リリースの車名に「ベンリィ」が初登場。
・1998年  CDシリーズの製品リリースとカタログの表記が「ベンリィ」で統一
       される。以降「ベンリィ」の表記のみとなる

 ベンリイからベンリィに変わった理由は分かりませんが、たぶん発音に近い表記にしたのだと思います。
 現在は、電動スクーターにもベンリィが採用されています。ベンリィは、やはり便利で働くバイクにふさわしい名前だと思っています。将来、どのようなベンリィが登場するのかを考えると楽しくなります。

1BENLY e:Ⅰ
2019年 BENLY e:Ⅰ(ベンリィ イー ワン)。


高山正之
高山正之(たかやま まさゆき)
1955年山形県庄内地方生まれ。1974年本田技研工業入社。狭山工場で四輪車組立に従事した後、本社のモーターレクリエーション推進本部ではトライアルの普及活動などに携わる。1994年から2020年の退職まで二輪車広報活動に従事。中でもスーパーカブやモータースポーツの歴史をPRする業務は25年間に及ぶ。二輪業界でお世話になった人は数知れず。現在は趣味の高山農園で汗を流し、文筆活動もいそしむ晴耕雨読の日々。愛車はホーネット250とスーパーカブ110、リードのホンダ党。


[第20回|第21回|第22回]

[晴耕雨読・高山さんの「バイク・承前啓後」目次へ]

2022/05/16掲載