第21回 ホンダ 「ベンリイ」と「ベンリィ」の謎に迫る
「ベンリィ」は「便利」なホンダのビジネスバイクの代名詞というイメージがあります。現在は、ビジネススクーターとして電動モデルもラインアップしています。何が謎かと言いますと、「ベンリイ」と「ベンリィ」の2種類の表記が存在しているのです。どうでもいいような話かもしれませんが、製品PRの担当者としてはどちらかを選択する必要があった訳です。
私が「ベンリィ」のPRに携わったのは1996年に発売された「ベンリィ50S/90S」でした。ビジネスバイクの「ベンリィCD50/90」をベースにスポーティーな仕様にした若者向けバイクでした。各社から”ビジバイ”ベースのモデルが相次いで発売されるなど、ちょっとしたブームの予感があったのです。
私は、ウエルカムプラザ青山でミニ撮影会を企画しました。その時に用意したのがベンリィの初代モデル「ベンリイ J」でした。ホンダコレクションホールから車両を借用し、当時のカタログのコピーを報道の方々に配布しました。そのカタログには、「イ」が大きい「ベンリイ」の車名がありました。この時から「ベンリィ」の表記について経緯を明らかにしなければならないと考えるようになりました。
では、広報リリースとカタログを検証しながら謎に迫っていきたいと思います。リリースとカタログ以外は、私の想像や思い入れを交えていることをご了承ください。
※カタログは個人所有のため、汚れや破損があります。
私が担当した広報リリースには、認定申請書に記載されている「通称名」をそのまま使用し「ベンリィ50S」「ベンリィ 90S」と小さいィにしました。カタログにカタカナ表記を使わなかった理由は分かりませんが、ビジネスバイクのイメージを払拭したかったのでしょう。
当時調べ切れなかったベンリイの表記や対象車種などを追っていきながら、自分なりに解明していきたいと思います。
【ビジネスバイクのイメージは6年後に一掃された】
1953年の初登場時は、便利なバイク=ベンリイでしたが、1959年に誕生したスポーツモデル「ベンリイ CS92」と「ベンリイ スーパースポーツCB92」によってイメージが一新されました。
【125ccクラスまでのバイクに積極的に採用】
1960年代後半に入ると、ビジネスからスポーツ、レジャーと60車種を超える豊富なラインアップを確立していきます。カタログでベンリイをカテゴリー別に見ていきたいと思います。
【軽二輪にベンリイが存在した異色モデル】
1970年、高速道路の走行が可能な135ccの軽二輪モデル2車種が発売されました。この2車種には例外と思われる「ベンリイ」が採用されていました。
1975年に発売された「ベンリイ CB125JX」のカタログには、ベンリイの文字がありません。この頃になると、ベンリイというネーミングはスポーツモデルには必要ないと考えたのかもしれません。
私が一目ぼれして購入した初めての新車は「CB125T-Ⅰ」でした。最高出力16PSを11,500回転で発生する超高回転型のエンジンです。ツーリングが主な用途で九州から北海道まで回りました。今でも大切に持っているカタログです。当時のリリースを確認すると「ベンリイ」が付いていますがカタログには一切ありません。私にとってこのバイクはベンリイではないものと思っていました。当時は、一般の人が広報リリースを見る機会はありませんので、カタログや専門誌の広告の情報が全てでした。
ところが、翌1978年にコムスターホイールを装着したモデルチェンジ版のカタログには、「ベンリイ CB125T」と記載され、ベンリイが復活したのです。どのような背景があったのかは不明ですが、リリースの正式車名に沿った対応なのだと思います。
私の個人的なイメージは、ベンリイが付かない方がスポーツイメージが高まると思います。
【1979年 スポーツモデルからベンリイが消えた】
CB125Tシリーズは、1979年からはリリースとカタログからベンリイが消えています。1959年のベンリイ スーパースポーツCB92から20年を経て、スポーツモデルからベンリイの呼称が消えることになった訳です。20年に渡って使い続けた事実を考えると、ベンリイに相当な思い入れがあったのだと思います。ベンリイを採用するのは、ビジネスのCDシリーズのみとなりました。ここまでは、全て大きなイの「ベンリイ」で通していました。
【1987年 広報リリースにベンリィの兆候が】
1987年に発行されたベンリイシリーズの広報リリースでは、車名はベンリイですが主要諸元は「ベンリィ」の表記があります。何らかの動きがあったのだと思います。
【リリースとカタログがベンリィで一致したのは1998年】
1992年2月発行のCDシリーズの広報リリースで、車名に「ベンリィ」が初めて採用されました。これ以降の広報リリースでは製品名は「ベンリィ」という小さいイで統一されています。カタログでは、依然としてベンリイが採用され、リリースとカタログ表記が違う時代が数年続きました。
では、カタログ表記の変化について紹介いたします。
1997年3月に発売された「ベンリィ CL50」のカタログは、車名はBENLY CL50でカタカナ表記はありません。ところが、主要諸元表の車名にベンリィ CL50が確認できます。カタログでもベンリィを意識してきたようです。
そして、1998年2月発行の広報リリースとカタログは「ベンリィ」で一致しました。ここから、ベンリイではなくベンリィに切り替わったのです。
当時は製品PRを担当していましたが、カタログ表記が変更されたことには気が付きませんでした。
ベンリイの名前の変遷を要約すると
・1953年 ベンリイ Jに初めて採用。大きい「イ」でした。
便利なバイクの想いが込められていました。
・1953年 ベンリイ スーパースポーツCB92などのスポーツバイクにも採用。
・1960年代~1970年代
50ccから135ccのスポーツ、ビジネスモデルに広く採用。
・1979年 スポーツモデルからベンリイが消える。以降はビジネスモデルに採用
・1992年 製品リリースの車名に「ベンリィ」が初登場。
・1998年 CDシリーズの製品リリースとカタログの表記が「ベンリィ」で統一
される。以降「ベンリィ」の表記のみとなる
ベンリイからベンリィに変わった理由は分かりませんが、たぶん発音に近い表記にしたのだと思います。
現在は、電動スクーターにもベンリィが採用されています。ベンリィは、やはり便利で働くバイクにふさわしい名前だと思っています。将来、どのようなベンリィが登場するのかを考えると楽しくなります。
1955年山形県庄内地方生まれ。1974年本田技研工業入社。狭山工場で四輪車組立に従事した後、本社のモーターレクリエーション推進本部ではトライアルの普及活動などに携わる。1994年から2020年の退職まで二輪車広報活動に従事。中でもスーパーカブやモータースポーツの歴史をPRする業務は25年間に及ぶ。二輪業界でお世話になった人は数知れず。現在は趣味の高山農園で汗を流し、文筆活動もいそしむ晴耕雨読の日々。愛車はホーネット250とスーパーカブ110、リードのホンダ党。