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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 レースウィークの週末は、いつもめまぐるしくいろんなことが起こる。皆の関心を一気に集める出来事が発生したかと思うと瞬く間にその話題が消化されて、また次の何かが発生するころにはそんなことがあったことすら忘れ去られてしまう。巨大な波が寄せては引き、砂浜がそれに洗われて土の模様が次々と変わってゆくような果てしない繰り返しに、人は魅入られたように右往左往する。そんな強い刺激に翻弄される様子を指して、かつてリヴィオ・スッポは「このパドックはドラッグのようなものだ」という言葉を残し、HRCのチームプリンシパルを退任した。2017年末のことだ。

 それから5年が経過して、スッポはTeam SUZUKI ECSTARのチームマネージャーという立場で今シーズンからパドックに復活した。2月末に彼が就任した際には、単年契約ではなく複数年の仕事としてこの世界へ戻ってきた、と話していたように記憶している。

 ところが、そのチームが今年限りでレース活動を終了するらしい、という話題がまさに天から降ってわいたように発生したのが5月2日。そこからの10日間ほどは世界のあちこちで様々な憶測が飛び交った。そして、第7戦フランスGPを控えた木曜にようやく、スズキが正式に「参戦を終了することについて協議」している、とするプレスリリースを発表した。

 ……というこの話題は後ほど少し言及することにして、まずは決勝レースの結果から。

#フランスGP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 フランスGPの舞台、ルマンのブガッティサーキットは毎年天候が不安定で、雨に見舞われて5月とは思えないほどの寒いコンディションになることが多い。昨年のレースも、決勝中に雨が降ってフラッグトゥフラッグの展開になったことをご記憶の方も多いだろう。

 しかし、今年は総じて晴天で推移した。Moto3クラスの決勝レースこそ突然の雨に見舞われたものの、それ以外は金曜から日曜まで、全クラスともすべてドライコンディションだった。土曜の予選を終えた段階で、総じて高い安定感と速さを発揮していたのは、フランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)とジャック・ミラーのドゥカティファクトリー。その2台に、地元フランスのチャンピオン、ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)がどこまで競り合うか。さらに、このところ調子の良いアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)は、今回も高いパフォーマンスを発揮しており、このあたりがおそらく上位争いを展開するだろう、というのが大方の予測だっただろうと思う。

 さらに、冒頭で述べたスズキの一件があった矢先だけに、ジョアン・ミルとアレックス・リンスの両名には、現場チームとファンの思いを表彰台という結果で実らせてほしい、と考えていた人も多かったことだろう。

 しかし、現実はやはり予定調和な予想どおりには進まない。そこがスポーツの魅力でもあるのだろうけれども。

 優勝は、ベスティアことエネア・バスティアニーニ(Gresini Racing MotoGP/Ducati)。開幕戦カタールGP、第4戦アメリカズGPに続く今季3勝目である。獲物を狙うようにひたひたと追いつめ、機を見て抜き去ると、その後も力を緩めず引き離していく、という今まで何度も見せてきた勝ちパターンどおりの展開になった。

#ベスティア
#ベスティア

「この週末は、セッション中に何回も転倒した。いずれもフロントにソフトを入れていたときで、自分には柔らかすぎたので決勝はミディアムコンパウンドを選択した」

 とタイヤ戦略を振り返った。

「ペコがとても速く、ブレーキも深かったので、一筋縄ではいかない戦いになった。(バトルの最中に)自分のほうが速かったセクター1で仕掛けてパスし、結果的に彼を焦らせることになり、(バニャイアが)転倒に至った」

 と話すとおり、勝負の機微や駆け引きに関しても、もはやトップクラスの選手である。具体的な勝負内容は、21周目の3コーナーでバスティアニーニがインを狙って前に出て、13コーナーでペコが転倒に至る、という結末だった。

#63
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「レース前半はどこまで行けそうか自信があったわけではないので、落ち着いて走り、様子を見た。中盤以降は残り9周くらいになってからペースを上げ、残り7~8周くらいで仕掛けていった。ペコは速かったのでどこまで勝負できるかわからなかったけど、結果的に優勝できて良かった」

 ……いやはや恐るべし、ベスティア(野獣)。

 開幕戦、第4戦、第7戦、と来たから次の優勝は公差3の等差級数と考えれば第10戦か、というとそんなことはもちろんなくて、次戦のホームレース、ムジェロサーキットのイタリアGPに向けて自信を深めているようだ。

「すでに3レースで優勝しているので、ムジェロでも速さを発揮できると思う。ムジェロではまだ表彰台に上がったことがないけれども、今年は高い戦闘力を発揮しているので、いいレースをできると思う」

 バニャイアが転倒したこともあり、2位にはみんなのジャックが3戦ぶりの表彰台獲得。バスティアニーニがミディアムコンパウンドのフロントタイヤで良い感触を得ていたのに対し、みんなのジャックは、ミディアムがダメでソフトのほうが良いフィーリングだった、と振り返った。

「ミディアムを履くと必ず転んでいたのでソフトで行く作戦にして、朝のウォームアップで再確認をした。ソフトのほうが挙動が少し大きくなるのはわかっていたけれども、感触を把握しやすかったし、うまく対応することもできた。攻めることができる場所とそうではない場所もわかっていたので、レースでは前に出てから自分のペースで走った」

 結果論かもしれないが、デスモセディチGP21のバスティアニーニがフロントタイヤにソフトコンパウンドを入れるときまって転倒し、ミディアムコンパウンドでは好感触を得て安定した速さを発揮していたのに対して、GP22のミラーがミディアムで転倒し、ソフトタイヤのほうが良かった、と真逆のインプレッションを述べているのは興味深い。ちなみに、決勝レースを転倒で終えたGP22のバニャイアとホルヘ・マルティン(Pramac Racing)は、ともにフロントにミディアムコンパウンドを装着していた。

#43
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 3位には兄エスパルガロ。ポルトガルGP以降、3戦連続フロントロー3番グリッドスタートからの3位フィニッシュである。じつにハイレベルなレースが続いているが、

「今日は今シーズンでいちばん難しいレースだった。あちこちでフロントが何回も切れこんで、とても厳しかった」

 と振り返った。

「今日は転倒を避けることがカギになった。ジャックに迫ろうとするたびにフロントの挙動が大きくなっていた。ダッシュボードを見るとフロントタイヤがかなり蓄熱しているようだったので、コンマ数秒ほどジャックから離れて自分の位置をキープした。レース終盤にモニターを見ると、すぐ背後にファビオが迫っているのがわかった。今週の彼の走りを映像で研究していたとき、彼の方が自分よりも二次旋回のスピードが乗っていたので、コーナリングで2メートルほど隙を作ったらすぐにイン側へ入ってこられるだろうと思った。だから後半10周ほどは、ミスをせず1分32秒0台で走るのはとても難しかったけど、最終的にうまくいったのでとてもうれしい」

 この言葉からもわかるとおり、今年のアプリリアRS-GPは非常に戦闘力の高いパッケージに仕上がっている。ライダーの思いどおりに反応してくれて、しかも最後までその性能を維持する耐久性も備えている。その結果、兄エスパルガロはランキング首位のクアルタラロから4ポイント差でランキング2番手、しかもチームランキングではアプリリアは首位である。この状態で、チームのホームレース、イタリアGPを迎えるのだから、これを素晴らしいと言わずしてなんと言おう。

#41
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 クアルタラロは、兄エスパルガロに肉薄しきれずに4位。新チャンピオンの凱旋表彰台とならなかったのは残念だが、上述のとおりランキング首位は維持している。5位には同じフランス人選手のヨハン・ザルコ(Pramac Racing)。

 6位はマルク・マルケス(Repsol Honda Team)で7位は中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)。快調なアプリリアとは対照的に、ホンダ勢は未だにトンネルの中から抜け出せずにいるようで、ちょっとした病膏肓状態のように見えなくもない。

 マルケスの肩と右腕がまだ万全の状態に復調していないことは本人が何度も認めているとおりで、今回も金曜の走り出しにはあまり無理をせずに体力を温存し、週末が進むにつれて少しずつ攻めていく、という戦い方でしのいでいったようだ。

「今は最高の状態ではなくて、違った乗り方をしなければならない。それにもかなり慣れてきたけれども、気持ちよくは乗れない。ベストの状態ではないにもかかわらず毎戦ホンダ最上位だから、それなりのパフォーマンスは発揮できているものの、まだまだ乗れていない」

#93

 上位陣に迫れない苦戦がこれだけ続いているのは、やはりマシン面の課題も少なからずあるようだ。ホンダの課題はリアグリップ、といわれることは多いが、厳密には立ち上がりのエッジグリップにあるようだ。

「バイクが傾いた状態から加速していくところが厳しかった。旋回時間を短くして早く引き起こしていく方法がわかれば、加速も良くなってくると思う」

 と、マルケスはレース後に話している。

 さて、スズキである。冒頭でも述べたとおり、今シーズン限りでスズキはMotoGP活動を終了すると見込まれていることから、ジョアン・ミルとアレックス・リンスの両選手に対しては、多くの人々が好結果を期待していたのではないかと思う。

 今回の発表を受けて両選手は、自分たちは最終的に走る場所が見つかるだろうけれども、むしろチームスタッフたちの来年以降の仕事が心配だ、と何度も口にしていた。また、レース現場は今回の事態を受けて、むしろモチベーションと結束感がさらに高まっている、とも述べた。しかしながら、レース結果は残念なことに両選手とも転倒リタイア。

「大事なのは、僕たちは全力を尽くして戦ったということ。(週末を通して)チームの雰囲気は本当にプロフェッショナルだった。いつもとなにも変わらなかった」(ミル)

「来年のことがなにひとつ不透明な状態で、とても大変だったと思う。ともすればやる気やモチベーションを無くしてしまいがちだけど、皆が強い気持ちでとてもがんばってくれて、本当に感謝している」(リンス)

#36
#42

 それにしても、スズキ株式会社は自分たちが長年かけて育んできた目に見えない財産の大きさを、いったいどのように見極めているのだろう。だが、そんなことはあらためて問うまでもなく、5月12日に彼らが発表したプレスリリースの短さがすべてを物語っている、ということなのかもしれない。素っ気ない文章の末尾にある「これまでスズキの二輪レース活動を支え、温かい声援を送っていただいたファンの皆様に感謝申し上げます」という言葉も、なにやらむなしく響く。

 さて、気持ちを切り替えて中小排気量クラスなども少し振り返っておきましょう。

 Moto2では、ソムキアット・チャントラ(IDEMITSU Honda Team Asia)が今季3回目の表彰台となる3位を獲得。ここまでの7レースを振り返ると表彰台かノーポイントのいずれかで、その中間が何もないところが、いかにも「フィーリングで走るライダー」っぽくてじつにユニークだ。チームメイトの小椋藍は5位で終え、ランキング首位まで16ポイント差。次戦以降、タイトル争いはますます緊密かつ緊迫したものになっていきそうだ。

 Moto3では佐々木歩夢(Sterilgarda Husqvarna Max Racing)が2位。最終ラップの激烈な攻防で、今回こそは勝ったかと思ったのだが、最後の最後に逆転されて2位でチェッカー、という結果になった。毎戦トップ争いを演じているだけに、遠からず優勝を達成することを期待いたしましょう。

#moto2
#moto2

 そして今回は、MotoEワールドカップのRace1で参戦2年目の大久保光(Avant Ajo MotoE)が初表彰台の3位を獲得した。静かなモーターの摩擦音がレースの緊張感をさらに高めるカテゴリーで、今季はMotoGPと併催して7会場で各2レース、計14戦が行われる。大久保は今回のRace2では表彰台を逃す6位で終えたものの、現在4戦を終えてランキング5位。次はイタリア・ムジェロで2レース開催。こちらも健闘を期待しております。

 というわけで今回はひとまず以上。ではでは。

#フランスGP

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


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2022/05/16掲載