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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 日本はゴールデンウィーク真っ盛り、MotoGPはヨーロッパラウンド真っ盛りである。

 先週のポルトガルGPから2週連続開催となる第6戦はスペインGP。場所はもちろんヘレス・デ・ラ・フロンテラ。ヨーロッパラウンドはヘレスの熱狂とともにスタートするのがかつての恒例で、今年はポルトガルが前哨戦のような形でワンクッションあったけれども、ヘレスにはやはり、本格的にシーズンが始まったなあと思わせる独特の何かがある。

 とにかく観客の盛り上がりが尋常ではない。当地でグランプリが行われるようになったのは、今を遡ること35年前の1987年。この当時からすでに、渋滞は壮絶だったという。日曜の決勝日早朝には延々と続く車列が一向に動く気配がないため、平忠彦さんが運転していた車を渋滞の中に放り出して歩いてゲートまで行った、というホントかどうかよくわからない都市伝説のような話を聞いたことがある。

 そんな熱狂が支配するこの会場では、過去を振り返れば数々の好勝負や印象的な激闘、名勝負がいくつも繰り広げられてきた。そして今年もまた、この舞台にふさわしい第一級の、王道といっていい〈クラシック〉なレースが展開した。

#スペインGP
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 昨年後半戦の圧倒的な連戦連勝を髣髴させる、強いフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)の復活、コシの強いしなやかさで対抗する現チャンピオン、ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha)のしたたかな勝負。ついにコンセッション脱出に成功したアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing Team)が見せた本格的な戦闘力、そして、徐々に本来の力を見せつつあるマルク・マルケス(Repsol Honda Team)の復調。さらに日本人ファンにとっては、感無量のレース内容になったMoto2と、最後まで緊張感に充ちた手に汗握るレースを愉しませてくれたMoto3クラス……等々、多彩な味わいが盛りだくさんで、まるで松花堂弁当のような週末だった(ヘンな喩えでごめんなさい)。

 MotoGPクラスで優勝を飾ったバニャイアは、開幕前から今シーズンのチャンピオン候補最右翼のひとりと目されていたものの、シーズンが始まると予想外の苦戦が続いた。2021年仕様のデスモセディチGP21があれこれイジりすぎたせいで仕様をかっちりと固めることができなかったため、今後はバイクを触らず乗り込むことに徹する、と第2戦で明かした後もなかなか好結果につなげることができないでいた。

「(プレシーズンの)テスト段階では楽観的だった。開幕戦になると現実は違っていて、かなり苦戦した。バイクを自分に合わせるのをやめて、むしろバイクは変えずに乗り方を合わせていくようにした。その結果、最終的に去年のようないい感じになってきた。ここまでかなりポイントを取り損なったけど、ここから盛り返していきたい」

 と決勝後に述べたが、レースはここから先、まだ15戦もある。バニャイアは今回の第6戦を終えてランキング5番手。現在首位のクアルタラロまで33ポイント差。15戦で33ポイントの差は、充分に巻き返し可能な範囲だ。それだけに、一戦一戦が油断のできない勝負、ともいえるのだろうけれども。

 今回のバニャイアは、先週のポルトガルで転倒した際に傷めた右肩が、とくに決勝前にキツい状態になっていたようで、レース後には以下のように明かしている。

「今朝のウォームアップでは鎮痛剤を使わずに走ったので、苦しかった。決勝前にクリニカモビレに行ってケアをしてもらい、午後のレースに臨んだ。このコースの後半セクションは、最終コーナーまでずっと右コーナーが続く。レース終盤になると、誰かに右肩の痛いところをずっと押されているような状態で、かなり辛かった。痛みはあったけれども、なんとか乗り切った」

 体調的に厳しい状態だったにもかかわらず、しぶとく迫るクアルタラロを交わしきってシーズン初勝利を手にしたのだから、このまま流れを一気に引き寄せて、昨シーズン後半戦のような怒濤の連戦モードに持ち込まないとも限らない。ともあれ、〈強くて速くてかっちょいいペコ〉が戻ってきたのは重畳である。

#63
#63

#63

 そのペコに肉薄しながらも勝負を仕掛けきれなかったクアルタラロは2戦連続の表彰台で、今回20ポイントを加算したことにより、合計89ポイント。ランキングでは単独首位に立った。

「ペコのようなペースはなかったけれども、後ろが離れていたので、その差をコントロールし(て2位ゴールのポジションを固め)た」

 と、今回の位置取りと作戦を振り返った。

 参考までに、今回の決勝レース中の最高速を比較すると、優勝したバニャイアは292.6km/hで、全25選手中18番手。クアルタラロは290.3km/hで、25人中の23番手。そのふたりが、ラップタイムでは1分37秒669(バニャイア)と1分37秒678(クアルタラロ)というトップ2を記録して、優勝と2位を獲得しているのだから、レースは馬力のみにて戦うものにあらず、ということをこれほどよく実証している数字はない。ちなみに、決勝中トップスピードのベスト2はドゥカティ陣営のエネア・バスティアニーニ(297.5km/h)とヨハン・ザルコ(296.7km/h)。同じドゥカティ陣営でも、バニャイアは彼らほどの最高速を出していないにもかかわらずレースで勝利し、「去年と同じようにバイクを曲げられるようになってきた」とコメントしていることと照らし合わせると、いろいろな興味深いことが見えてきそうである。

 今年もヤマハはシーズン前からトップスピード不足をあちらこちらで書き立てられていたが、過去の歴史を振り返っても彼らがトップスピード不足を指摘されるのはいつものことで、むしろこの特徴を与件として「ではこの状態のもとでどうやって戦うか」とライダーが開き直ったときに、本格的な強さを発揮しはじめるような感もある。おそらくそうやって戦った結果、シーズン初優勝を収めたのが前回のポルトガルGPであり、それが今回の2位表彰台というリザルトにもつながっているのだろう。もちろん、ライダーが「ライバル陣営と比べて自分たちに足りない(不利な)もの」を指摘するのは当然の話で、技術者たちはその不足分をなんとか埋め合わせようといつも懸命の努力をしていることも、折に触れてかなり近い位置から見聞きさせてもらっていることではあるけれども。

#ヤマハ
#ヤマハ

 そして、兄エスパルガロである。

「ジャックやマルクよりも速く走れていたので、前のミスを待とうと思った。スピードもあったし、機を見て彼らの前に出た」

 というわけで、前回に引き続き3位表彰台。前戦のポルティマオで3位を獲得したときは「次のヘレスでコンセッションを終了させることも可能だと思う」と話していたとおりの結果になった。第3戦のアルゼンチンでポールポジションから劇的な優勝。欧州に舞台を移したこの2連戦では、ともにフロントロー3番グリッドからスタートして3位でゴール。アプリリアのこの戦闘力は、誰が見てもホンモノである。

 コンセッションが終了して将来的にはテスト回数も減ることから、「これからはもっと自転車に乗れる」と冗談めかして語る兄エスパルガロだが、アプリリアの飛躍がまさに彼の献身的な努力の賜物であることは万人の認めるところだろう。長らく厳しい戦いを強いられてきたアプリリアも、これでようやくコンセッションを脱し、来季からは他陣営とまったく同じ横一線の条件で戦うことになる。

#41
#41

 ドゥカティ、スズキ、KTM、アプリリアはいずれも、ライバル陣営から大きく差をつけられていた状態から、コンセッションルールを存分に活用することで少しずつ戦闘力を向上させ、それぞれ特徴的な強さを持つ強豪陣営に成長した。これはつまり、コンセッションというルールが非常にうまく機能してきていることの何よりの証拠だろう。ホンダ1強時代、あるいはホンダとヤマハとその他大勢、なんて時代は、今となっては遙か歴史の彼方の昔話である。

 そのホンダだが、ライバル他陣営が揃って気を吐いているのと対照的に、今季は苦戦が続いている。根本的な解決にはまだ至っていないのだろうが、それでも今回のスペインGPではマルク・マルケスがいかにも彼らしいアグレッシブな走りと動物的な転倒リカバリーなども見せて、4位でチェッカーフラッグを受けた。

「まだ体力は完調に戻せていないので、金曜は抑えめにして土曜の予選でプッシュし、日曜の決勝に全力で走った」

 そう話すとおり、プラクティスや予選では他の選手について走ろうとする場面がまだ再三見られるのも事実だ。今回の決勝レースでは、最終コーナーであわや転倒という場面もあり、それをスーパーセーブで持ち直してしまう姿はかつての彼が甦ってきたようでもあるが、あの最終コーナーは左旋回する場所だ。

「左は大丈夫だけれども、右旋回はまだ苦労している。まだ自分が思うように乗れていないので厳しいところもあるし、バイクについて理解しなければならないことも多いけれども、4位争いであろうが10位争いであろうが、これからも全力で走りたい」

 この言葉からもわかるとおり、スーパーサイヤ人状態のマルク・マルケスに戻るには、まだもう少し時間がかかるのかもしれない。とはいえ、たとえ自分ではまだサイヤ人のつもりでも、他人が見れば十分にスーパーサイヤ人状態、というのが世界の頂点を走るこの人々でもある。

#93
#93

 Moto2クラスは、みなさんご存じのとおり、小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)がポールポジションスタートから優勝。圧巻の強さを発揮して世界選手権初勝利を達成した。
その詳細については、決勝レース直後に行った小椋藍単独インタビューでたっぷりとお愉しみください。

#小椋
#小椋

 Moto3は、土曜の予選を終えて、佐々木歩夢が7番手タイム。ここまでは上々の内容で、前戦で表彰台に登壇している流れもあることだし、決勝も優勝争いをするだろう……、と思っていたら、この予選でスロー走行がペナルティ対象となり、なんと日曜のレースは最後尾スタートに。しかも、ロングラップペナルティのおまけ付き。

 しかし、決勝レースではこの逆境をむしろバネにして、あれよあれよと順位を上げてゆき、中盤周回にはトップグループに追いついてしまった。しかし、この追い上げでタイヤを消耗してしまったのか、最後の最後はトップグループにいながらも表彰台争いには食い込めず、6位でチェッカーフラッグ。とはいえ、26番グリッドスタートからこの結果なのだから、上々の結果、というべきでしょう。次のフランスGPルマンでは、是非とも優勝争いをしていただきたいものであります。

#表彰台

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


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2022/05/02掲載