カタール~インドネシア~南米~北米、と続いたシーズン序盤のフライアウェイ4戦を経て、いよいよヨーロッパラウンドのスタートである。第5戦ポルトガルGPの舞台はポルティマオことアウトドロモ・インテルナシオナル・ド・アルガルヴェ。MotoGPではもともとリザーブサーキット扱いで、2020年最終戦に初めて開催された。昨シーズンの2021年は序盤戦と終盤戦に2回レースが行われ、いまやすっかりカレンダーの常連である。ポルトガルといえばエストリル、なんてのはもはや10年以上も昔の話。
とはいえ、エストリルと同様に当地も海に近いため、天候が崩れだすと一気、である。今回のレースウィークは、金曜がびたびたのウェットコンディション。土曜の午後から路面が少しずつ乾きはじめて、日曜の決勝レースはドライ、という状況になった。
そのようなコンディションで週末のセッションが推移したこともあり、どの陣営・選手もけっして十分にセットアップを煮詰めきっているわけではなさそうだった。それだけに決勝レースの行方も誰が有利かはまったく見通せない。
参考までに2020年の初開催時優勝者は、地元ポルトガルのミゲル・オリベイラ(Red Bull KTM Factory Racing)。2021年第3戦ポルトガルGPはファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)。第17戦アルガルヴェGPを制したのは、フランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。今回のレースウィークは、土曜の予選を終えてヨハン・ザルコ(Pramac Racing/Ducati)がポールポジション。2番グリッドにジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)。3番グリッドはアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)。
……、と以上のような過去の実績と土曜までの上位の顔ぶれを見ても、これではレースで誰が有利かまったく予測がつきませぬ。
じっさい、日曜の決勝は予測不能な展開をたどった。レースを観戦されていた諸兄姉も、モニタ画面の前で何度か「うわあ」「むぅぅ……」などの声をきっと上げたのではなかろうかと推察する。
現地時間13時にスタートした決勝の序盤はジョアンが引っ張り(だじゃれじゃないです)、ファビオが追いつくとジョアンをオーバーテイクして一気に独走モードへ持ち込んで、今季初勝利。その背後はというと、確実なハイペースで走行していたヨハンの後方からジャック(・ミラー/Ducati Lenovo Team)が追い上げてきたかと思ったらジョアンと絡んで転倒リタイア。一方、その後ろで安定したペースで走行を続けたアレイシが3位のチェッカー。
優勝したクアルタラロは、
「今日は限界まで攻めた。アルゼンチンでもオースティンでも同じように攻めたけど、今日はバイクのフィーリングがとても良かった」
と振り返った。ヤマハ懸案のトップスピードについては、今回はあまり不利を感じなかったようで、その理由として、
「ここは直線が長くないし、(タイヤの)グリップも良かった」
ことを要因に挙げた。
ポルティマオは、スタートから1コーナーのメインストレートで急激に傾斜し、その後も激しいアップダウンを繰り返すジェットコースターのようなレイアウトである。とはいえ、今大会のトップスピードを比較してみると、クアルタラロの記録した最高速は341.7km/hだったのに対して、最速記録は351.7km(アレックス・マルケス、フランチェスコ・バニャイア、エネア・バスティアニーニ)、と依然として10kmの時速差がある。
この大きな速度差を埋め合わせることができるYZR-M1の取り回しの良さとコントロール性、そしてその扱いを知悉したクアルタラロの技倆、という要素があるからこその、今回の圧勝だろう。だからこそクアルタラロは、
「ここではトップスピードの差をあまり感じなかった」
と述べた直後に
「とはいっても、何かが変わったわけじゃない」
と、バイクの課題について留保もしている。
2位にはザルコ。フランス人の1-2フィニッシュである。
「自分じゃないけどフランス人が勝ったことは良かったし、自分自身の2位も喜びたい」
と兄貴分らしく大人な感想を述べるでザルコであった。優勝したクアルタラロも
「最高峰クラスにフランス人はたったふたりしかいないけど、そのふたりがともに表彰台に登壇できたのはとてもよかった」
と先輩ライダーの健闘を讃えた。
ザルコは自身のレース展開について、以下のように振り返った。
「昨日はポールポジションで今日は2位。ブレーキングの感触がよかったので、スタートで失敗したポジションを回復していくことができた。終盤はアレイシが後ろから来ていたのでちょっと焦ったけれども、リアタイヤの状態は良かったし体力も残っていたので、終盤にはさらに攻めていき、20ポイントを獲得できた」
3位の兄エスパルガロは、アルゼンチンの優勝に続き今季2回目の表彰台である。
「2位も狙ったけど、リアの左が終わっていて、トラクションがなかったので難しかった。安定した走りで、今回もベストライダーたちと争うことができてよかった」
と充実した口調で述べたが、彼の言うとおり、現在のアプリリアが確実に高い安定感を示すようになっているのは、万人の認めるところだろう。
また、今回の3位獲得で、アプリリアはコンセッションポイントをさらに1点加算した。昨年シルバストーン(3位:1点)+第3戦アルゼンチン(優勝:3点)+第5戦ポルティマオ(3位:1点)、ということで現在は5点獲得。もう1点を獲得(=3位入賞)すれば、ようやくコンセッション離脱、ということになる。
「自分自身もハイレベルで走れているし、バイクもいい。ベースがいいから、ヘレスでコンセッションを終わらせることも可能だと思う」
とのことである。
そして今回の結果によりランキングにも大きな変動が生じ、アメリカズGP終了時には5位だったクアルタラロが首位へ浮上。一方、エスパルガロは前回と同じランキング3番手を堅持している。クアルタラロとの差は3ポイント。
「いい走りをできる自信はあったけど、ここまでとは思っていなかった。去年もいいレベルで走れて、今年はとても戦闘力が高い。プレッシャーもなく、毎週楽しんで走れている。いつも上位に迫ることができるのはとても気分がいいので、これからもこの調子で走り続けたい」
勢いと自信だけではなく、落ち着きも感じさせる兄の言葉である。
4位は、りんちゃんことアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)。
土曜の予選で失敗して8列目23番グリッド(要はビリからふたつめ)に沈んでしまったが、事実上の最後尾からロケットスタートを決めて、1周目でなんと10番手まで浮上。まるで往年の阿部典史選手が度々見せた〈理屈を超えたわけのわからないロケットスタート〉を髣髴させる大幅なジャンプアップで、その後もじわりじわりとポジションを上げていった。予選で高グリッドを獲得できなかったことがかえすがえすも悔やまれるが、ともあれ、全力の追い上げでレースを終えたりんちゃんはひとまず満足、といった表情で、
「23番手から多くの選手を抜くのは、ラクじゃなかった」
と第一声を述べた。そりゃそうでしょう。
「レース終盤はとくに、フロントタイヤが厳しかった。前の選手を追い抜くのに全力を使ったので、低速コーナーでフロントがかなり厳しい状態だった。表彰台も見えそうかと思ってアレイシを狙ったけれども、向こうの方が力強く走れていた。後半10周はフロント右側が苦しく、ラスト3周になると後方のオリベイラまで3~4秒くらいの差を開いていたので、チャンピオンシップのことを考えてこの順位でゴールすることにした」
4位でゴールして11ポイントを加算した結果、獲得点数では首位のクアルタラロと同点の69。これからのランキング争いも自信がある、と落ち着いた口調で述べた。
「特にこの週末は自分たちに厳しく、金曜のウェット路面ではかなり苦戦した。予選では作戦に失敗してグリッド位置が低くなったけれども、いいレースをできるはず、とずっと自分を信じていたし、実際にそうなった。チャンピオンシップについて語るのはまだ時期尚早だけれども、次は地元のスペインGPなので、存分にレースを楽しみたい」
地元ポルトガルのヒーロー、オリベイラは5位で終えた。2020年のレースでは優勝を飾り、今年は第2戦インドネシアで初勝利を挙げていただけに、このリザルトはやや残念な様子。
「もっといけるかとも思ったけれども、レースは厳しかった。気持ちよくバイクに乗れていたわけじゃない状態で、最後はなんとかトップファイブで終えることができたので、前向きな気持ちで次のヘレスに向かいたい。タイヤは、特に左側に熱を入れるのに苦労した。最も好みだったハードコンパウンドをフロント用に使えなくて、リアのグリップも最終セクターが厳しかった。それでも最後まで攻めて、地元ファンの前で5位でゴールできたのはよかった」
と、ここまではヤマハ、ドゥカティ、アプリリア、スズキ、KTM、という順位。ホンダ勢最上位はマルク・マルケス(Repsol Honda Team)の6位。このリザルトはちょっと厳しい順位、と言わざるを得ないが、それはマルケス自身がもっともよく自覚している様子だった。
「弟といいバトルをできたけれども、6位は目指していたポジションじゃない。トップからあまりに離れていた。今日はスピードがなかったし、バイクも気持ちよく乗れなかった。レース序盤に苦労してから少しずつ調子が良くなり、厳しい状態でもなんとか6位でゴールできたけれども、ヘレスで表彰台争いをするためには、さらに何かみつけないと」
と、レース後の言葉からも、かなり課題含みである様子が窺える。
「シーズンはまだ長い……、とはいえ、チャンピオンシップをしっかり戦おうと思ったら、ステップすることが必要。たとえば、いつもなら生乾きのコンディションでもうまく走れるけど、今回はそうじゃなかった。バイクだけじゃなくて自分もチームも、何かみつけなければいけない。ヘレスでは、いつものように高いモチベーションでがんばりたい」
ホントですよ。がんばってくださいね。
Moto3クラスでは、佐々木歩夢(Sterilgarda Husqvarna Max Racing)が今シーズン2回目の表彰台を獲得した。
10番グリッドからのスタートで、序盤から上位グループを構成した佐々木は度々トップにつける好走を見せた。5台のバイクがめまぐるしく順位を変えるMoto3ならではの激戦で、最後は3位でゴール。本人曰く、優勝も狙っていただけにちょっと残念なリザルト、なのだとか。
「今回は序盤からいいペースで前についていくことができて、スリップストリームを利用したりタイヤをうまく温存して、最後の5周はとてもいいかんじで走れました。表彰台に上がるのはいつもいい気分だけど、今日は本当に勝ちたかったので、3位はちょっと残念です。でも、今回はウェットでもドライでもうまく走れたし、自信も高まっています。次のヘレスは、プレシーズンにもいいテストをできた場所なので楽しみです」
今季の佐々木は、不運に襲われて好結果を残せないレースもありながら、予選・決勝でともに高いパフォーマンスを披露して、毎回上位陣を争っている。チーム名称が示すとおり、今季の彼が所属するチームのマネージャーは、あのマックス・ビアッジなのだが、その彼からどんな影響を受けたのか、レース後の佐々木に尋ねてみた。
「ライディングについては特に何か教わったわけでもないんですが、マックスはいつもいろいろと助けてくれます。レースウィークへ入るときの気持ちの持ち方などもそうだし、なかでも最大の変化はチームの雰囲気だと思います。パドックはイタリア人やスペイン人が多いので、アジア勢は馴染むのに苦労することもあるのですが、このチームはとても居心地がよく、自分にとてもよい環境を作って与えてくれています。過去4年間ではなかったくらいで、そのおかげで、自分のポテンシャルを存分に発揮して、最大限まで攻めることができるようになってきたんだと思います」
佐々木が発する言葉の端々からは、表彰台の頂点に登壇する日も遠くないと思わせる力強さを感じる。これは日本人ゆえの身びいきではないはずだと思うのだが、どうですか皆さん。
さて、Moto2である。
ご存じのとおり、小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)はレース序盤からトップグループを構成する快調な走りで上位争いを続けていた。が、雨が降り始めて、小椋を含む上位陣が9周目に同じ場所で同時に転倒。後続選手たちも続々と転倒し、レースは赤旗中断になった。大破したバイクもあれば、他車に追突されて炎上するバイク、引き起こしてエンジンを始動させるバイクなど、転倒車の状態は様々だ。選手たちはマシン修復のためピットへ慌ただしくバイクを戻し、レース再開に備えた。
バイクが戻ってきた各ピットボックスは、火がついたような忙しさである。
ところで、このレース再開に際してルール上では、「赤旗中断後5分以内に、ショートカットをせずにピットボックスへ戻らなければ再開後のレースに参加できない」と定められている。
ルールブックの[1.25 レースの中断]に記されている条項だが、2018年から現在まで、以下のような文言で記述の変遷がある(太字はその年の追加・変更部分)。
・2018年版
「赤旗の提示後5分以内に、モーターサイクルを押すもしくは乗った状態でピットレーンへ入っていないライダーには順位資格が与えられない」
・2019年版
「赤旗の提示後5分以内に、モーターサイクルに乗った状態で、指定されたピットレーン入口の計測ポイントを通過してピットレーンに入っていないライダーには、順位資格が与えられない」
(・2020年版と2021年版にはこの条項に関する変更はなし)
・2022年版
「赤旗の提示後5分以内に、モーターサイクルとともに、指定されたピットレーン入り口の計測ポイントを通過してピットレーンに入っていないライダーには、順位資格が与えられない」
これらの記述を比較してみればわかるとおり、ピットレーン入り口から(ショートカットせずに)ビットボックスへ戻らなければならない、と明記されるようになったのは2019年版からだ。また、この2019年では、ライダーがバイクに跨がった状態のみを認めるとしているが、2022年版では、ライダーとバイクが一緒の状態であればよい、と緩やかな制限へ訂正されている。
この部分が全チーム関係者や選手の間で周知徹底されていなかったために、ただでさえ慌ただしい再開直前のスケジュールがさらに混乱したのだろう。このルールの適用により、多くの選手が再出走不可となった。
赤旗中断後に選手とバイクがピットボックスへ戻ってきた直後に、「あなたのチームはリスタートする資格が{あります/ありません}」とレースディレクション等から手際よく即刻の通知があれば、この種の混乱を多少は防げたような気もするのだが、どうだったのだろうか。さらにいえば、この「5分ルール」のあり方そのものについても、今後に向けて修正の検討等があってもいいかもしれない。
ともあれ、再開後のレースは中断前8周目の順位でグリッドにつき、7周で争われることになった。優勝はジョー・ロバーツ(Italtrans Racing Team)。世界選手権初優勝だが、アメリカ人選手の優勝は2011年のダッチTT・MotoGPクラスでのベン・スピーズ以来である。ジョーは2018年の鈴鹿8耐にも参戦しているので、彼の名前と顔に馴染みのある方も多いだろう。優勝は、やはりいいものだ。おめでとう。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
[MotoGPはいらんかね? 2022 第4戦 アメリカズGP|第5戦 ポルトガルGP|第6戦 スペインGP]