いやじつに良いレースでしたね。肉薄し、追い上げ、突き放す、と、言葉にすれば王道そのものの展開ながら、第4戦サーキットオブジアメリカズ(COTA)で繰り広げられたライダーたちの攻防は、まさに二輪ロードレースならではの醍醐味が各所にぎっしりと詰まった、緊迫感溢れる好勝負でありました。
優勝はエネア・バスティアニーニ(Gresini Racing MotoGP)。
いまやトレードマークになった、彼ならではの「追いつめる」走りで、まるでハードボイルドドラマにも似た静謐な凄味を今回も存分に発揮した。2列目5番グリッドからスタートを決めて3番手につけると、終始安定したラップタイムを刻みながらここぞというタイミングで前の選手を抜き、終盤になると、トップを走行していたジャック・ミラー(Ducati Lenovo Team)に迫り、抜き去ったあともペースを緩めずそのままじわじわ差を開いてゴールし、今季2勝目。
「前半はミラーが飛ばしていた。中盤からはリンスが迫ってきて、何度も勝負を仕掛けてきたので、勝負どころを見計らって前に出た。フロントタイヤの温度が高くなっていたけれども、最後は鬼のように攻めて走った」
とレース展開を振り返った。
バスティアニーニは周知のとおり、ドゥカティ勢のなかでも昨年型の2021年仕様に乗っている。2022年型の最新スペック勢と比較した場合の有利不利を尋ねられると、
「ブレーキから進入にかけての部分は、とても速く入っていくことができている。その後の旋回は、データを見てみるとジャックやマルティンよりも遅いので、そこをもっと改善したい」
と述べている。一方で、最新型のGP22を駆るミラーは序盤からトップを快走したものの、終盤にバスティアニーニに追い抜かれ、最後はアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)との勝負になって、最終的に3番手でゴールした。バスティアニーニに終盤でオーバーテイクされ、差を開かれてしまったことに関しては、マシンの仕様差というよりもバスティアニーニの技倆にあると説明した。
「バイクが暴れているときでも、落ちついて対応し安定感のある走りをしている。コンパクトに乗っているので、ストレートでもとても速い」
と、そのライディングを分析し、
「昨年一年かけて19年型に乗ってきた分、とてもスムーズに走っている。立ち上がりもなめらかだし、タイヤマネージメントもうまい。自分もその点は学んでいきたい」
と後輩ライダーに対して謙虚な姿勢で高い評価を与えた。
このふたりの間で2位を獲得したりんちゃんことアレックス・リンスはというと、
「今日は表彰台を取れると思わなかった。いつもなら序盤に順位をかなり上げていけるけど、今日はそうじゃなかったから」
と、正直に述べ、この日の戦いを振り返った。3列目7番グリッドスタートのりんちゃんは、上記の言葉にもあるとおり、スタートで後方の選手に抜かれて少し順位を落とした。だが、そこからはじわじわとポジションを回復して少しずつ順位を上げていったのは、じつにスズキらしい戦いかたで、前回に続く2戦連続の表彰台。チェッカーフラッグ後は、コースマーシャルに手渡されたウクライナの国旗を手に、クールダウンラップでコースを周回した。
コースマーシャルの人々がこの旗をあらかじめ用意しているあたりはさすがアメリカ、という気もする。そして、それを受け取って皆の思いを自らの手でアピールするりんちゃんの心意気もまた、素晴らしい。「スポーツに政治を持ち込むな」という、特に日本でよく耳にする常套句は、一見賢明な警句のようでもあるが、現在のような世情ではこのような言辞こそがじつはもっとも政治的である、ということをしっかりと肝に銘じておきたい。
閑話休題。話をりんちゃんに戻します。
「スズキは車体がいいので、3~6コーナーでは(ブレーキでがんばって)前のライダーとの差をしっかりと詰めていくことができた。加速が厳しい分、そこで埋め合わることができた。総じて、バイクはとてもうまく走ってくれた」
とりんちゃんは自分のレースを振り返る一方、レース終盤にバスティアニーニに食らいついていけなかった理由については、以下のように説明した。
「エネアはスマートに走っていた。後ろにつけているときは何度も抜こうとしたけど、タイヤと体力をうまく温存していたようだ。彼がプッシュしはじめてからはついて行くのが厳しかったので、自分のペースを維持するようにした」
また、スズキはこの2位表彰台でグランプリ500表彰台、という節目に到達した。初表彰台は、1962年マン島TTの50ccクラスでエルンスト・デグナーが挙げた優勝。ちなみにデグナーはこの年、同クラスで4勝を挙げてスズキの世界初タイトルも獲得している。スズキがここまで獲得してきた表彰台のうち、最も多いのは最高峰の500/MotoGPクラス(316回)で、マルコ・ルッキネリが300表彰台、ケビン・シュワンツが400表彰台の節目を飾っている。
今回のスズキ陣営は、ジョアン・ミルも8番グリッドスタートから4位で終えている。りんちゃんが2連続表彰台となった一方で、ジョアンはここまでまだ表彰台を獲得していないものの、6位―6位―4位―4位という結果。ランキングでも、首位に返り咲いたバスティアニーニ(61pt)、リンス(56pt)、A・エスパルガロ(50pt)に続き、46ポイントで4番手につけており、苦戦が続いた昨シーズンと比較すれば、スズキは総じて高い戦闘力を発揮しているといえそうだ。
とはいえ、今回3位のジャックが
「ランキングは7番手だけど、4戦目で表彰台を取れたのはポジティブだし、シーズンはまだまだ先が長い」
と話すとおり、チャンピオンシップは戦いの舞台を欧州に移すこれからがいよいよ本番。ここまで4戦続いた序盤のフライアウェイは、もちろん一戦一戦が重要な戦いではあるものの、これらの結果だけで長いシーズンの帰趨を見極めることが難しいのも事実である。
その意味では、開幕前から今年のチャンピオン候補筆頭としてしばしば名を挙げられながらも苦戦が続く、ペコことフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)も、ヨーロッパラウンドでの捲土重来を狙っていることだろう。今回はフロントロー3番グリッドという有利なスタート位置ながら、最後は5位でゴール。
「もっとコンスタントに走れると思っていた」
と、決勝後に戦いを振り返ったペコは、
「タイヤの摩耗がキツかったので、レースは守りの走りになってしまった。今日は5番手が望める最大の結果だった」
と敗因を振り返った。21年型のバスティアニーニが優勝した一方、22年型の自分は苦戦が続いていることについては、最新型の煮詰めがまだ十分ではないところに原因があると述べた。
「(自分の同じ22年型の)ジャックは、今日のレースで最初から速かった。(だから自分は)もっと走り込んで(セットアップを)詰めていくことが必要なのだと思う。今後も、しっかりと仕事を続けてヨーロッパラウンドに臨みたい。次戦のポルティマオは、去年のレースでも力強く走れたので、自分たちの現状を理解した上で、さらに改善を目指していきたい」
そして、ペコの後ろで6位のチェッカーフラッグを受けたのが、〈キングオブCOTA〉の名をほしいままにしてきたマルク・マルケス(Repsol Honda Team)。いや、すごいレースでした。
マルケスは、第2戦インドネシアGPの決勝午前にハイサイド転倒を喫し、それが原因で複視が再発。第3戦のアルゼンチンGPは欠場し、今大会アメリカズGPからの復帰となった。
土曜の予選は9番手。金曜と土曜の走りもやや苦戦傾向が感じられて、さすがの〈キングオブCOTA〉も今回ばかりは厳しいか、とも見えた。だが、日曜の決勝レースではトップ争いにこそ加わらなかったものの、優勝とは別のところでこの人ならではの凄味を存分に見せつけてくれた。
スタートで失速。文字どおりの最後尾になったマルケスだったが、そこから怒濤の追い上げを開始した。こういう状態に追い込まれたとき、マルケスは頭の中で何かが発火したような尋常ではない速さを発揮する。過去に何度も見られた光景で、Moto2時代の最後のレースになった2012年最終戦バレンシアでは、最後尾スタートから優勝、という、まるで少年マンガのような展開になったことをご記憶の方も多いだろう。
今回もまさに「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」というような勢いで前の選手たちを続々とオーバーテイク。トップグループにこそ届かなかったものの、ビックリするような猛追を最終ラップまで続け、最後は5位に手が届きそうな6位でチェッカーフラッグを受けた。
「スピードを発揮できていたので、残念な結果。後方からかなり順位を回復したとはいえ、(トラブルがなければ)25ポイントを獲得することもできたと思う」
と、レース後にこの日のパフォーマンス振り返ったマルケスは、最初の失速について
「スタート前に、ダッシュボードに警告メッセージが出ていた」
と明かした。おそらく、そこでピットに戻ってしまえばレースそのものを諦めてしまうことになるため、バクチのような気持ちでグリッドについたのだろう。案の定、スタートでは失速してしまったが、
「(スタート時のテクニカルな)すべてが解除された後は、バイクがとてもよく走ってくれて、後方からどんどんポジションを回復していった。抜いていくときに少しミスもあったけど6位でゴールできたし、スピードは発揮できた」
と総括し、今回のレースの大きな収穫として
「(走りに)自信を持てたことが大きな成果」
と述べた。昨年終盤戦の複視による欠場以降続いてきた、マルケスを巡る不確実な状況は、今回のレースで一気に払拭されたと見ていいのかもしれない。上記でも多くの選手が述べているとおり、戦いの舞台を欧州に移す今後がシーズン本番で、チャンピオンシップは当然ながらワイドオープン、ということを考えれば、波瀾の戦いはこれからさらに激しさを増していきそうだ。
Moto2クラスでは、小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)が前戦に続く2連続表彰台で、今回は2位を獲得。ゴール直後にパルクフェルメで行う公式インタビューでは、安堵の笑みを見せながらも
「もっと行けると思っていたけれども、苦戦を強いられた。だから100パーセントハッピーというわけじゃないけど、20ポイント取れたのは良かった」
と決勝の内容を振り返った。では、何に苦労していたのか、とレース後の彼に訊ねてみると、
「スピードです」
と苦笑気味に答えた。
「(序盤からトップを快走していた)カネット選手たちと比べると、スピードが足りなかったので、彼らと戦うことができませんでした。ハードなレースでしたが、でも、なんとかマネージして2位で終えることができたので、そこはよかったです」
いつも自分に厳しく高い目標を設定する(これは自分に対する自信の、裏返しの表現でもあるようにも思う)じつに小椋らしい言葉だ。今回の結果でランキング2位に浮上した小椋は、今後の欧州ラウンドも高い水準を維持して戦っていくことだろう。
さて、公式サイトの中継やテレビ放送等で今回の第4戦をご覧になった方はひょっとしたらお気づきかもしれないが、MotoGPのパドックでは、日曜のMotoGPクラス決勝レースから屋外でのマスク着用義務が解除されることになった。密閉空間の室内は従来同様にマスク着用義務が継続するが、たとえばグリッドやピットウォール等にいる場合なら、チームスタッフや取材関係者もマスクを外して活動できるようになった、というわけだ。
新型コロナウイルス感染症の蔓延はまだ予断を許さないが、欧州や米国などでは、このように少しずつ常態を取り戻しつつあるのもまた、一面の事実だ。世界的な規制緩和まではまだしばらく時間がかかるかもしれないし、手洗いや手指消毒の励行等、感染対策がなにより肝要であるという点については、いうまでもなく今後も変わらない。
ともあれ、次の第5戦はポルティマオ、ポルトガルGP。また何かそして別の素晴らしい戦いを期待いたしましょう。では。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
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