2021年シーズンも残り2戦、こういうときは英語表現に「最後からふたつめ」ということを意味する”penultimate”という単語があるのが便利でよろしい。日本語でも「ラス前」などという表現があるにはあるけれども、麻雀由来だし、正規表現ではないあくまで俗語のようなものなので、公式な場で使用するのはやはり少々憚られる。
で、第17戦のアルガルベGPである。場所はポルトガルのアウトドロモ・インテルナシオナル・ド・アルガルベ、通称ポルティマオサーキット。同地ではすでに4月にも第3戦ポルトガルGPを開催しており、今回は7ヶ月ぶりのシーズン2回目開催、ということになる。
ちなみに4月のポルトガルGPでは、ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)がポールトゥフィニッシュで、じつに印象的な優勝を飾った。そのクアルタラロは前戦のエミリアロマーニャGPでチャンピオンを確定させ、今回のレースはある程度リラックスして純粋にレースを愉しんでいる模様。同様の雰囲気は、ほかの選手たちの間にも漂っていたような、いないような。とはいえ、ランキング2位以降はこの段階でまだ決定ではないし、チームタイトルとコンストラクタータイトルはヤマハとドゥカティの間でそれぞれ熾烈な争いが続いている、という緊迫した側面も残っている。
そんな週末に圧倒的な速さを見せたのが、前回のレースで転倒し、逆転タイトルの可能性を潰えさせてしまったフランチェスコ・〈ペコ〉・バニャイア(Ducati Lenovo Team)だ。
予選では圧巻のスピードでポールポジション。これで、9月の第13戦アラゴンGPからなんと5戦連続のPPである。日曜の決勝レースでも、他を寄せ付けない強さを見せつけて独走、シーズン3勝目を達成した……、とはいっても、今回のレースはラスト2周になってイケル・レクオナ(Tech3 KTM Factory Racing)とミゲル・オリベイラ(Red Bull KTM Factory Racing)が絡む転倒が発生して赤旗中断。残り周回数がほとんどないために、この中断でレース成立、となった。ちなみに、転倒で絡んだオリベイラとレクオナは、ともに大きな怪我はナシ。また、たとえこの転倒がなかったとしても、バニャイアは後続に対して2.5秒近い差をすでに開いており、彼の優勝はいずれにせよ揺るがなかっただろう。
「とてもハッピー。今回の第17戦はMotoGPでベストのウィークになったような気がする。全セッションをすごく愉しめた」
という優勝後のコメントも、じつに滑らかな口調である。また、チームメイトのジャック・ミラーが3位に入ったことで、ドゥカティはコンストラクターポイントでヤマハに34点を開き、タイトルを確定させた。チームチャンピオンシップでも、ドゥカティはヤマハに対してかなり優位な状況で、おそらくこちらについても次の最終戦、バレンシアGPで手中に収めそうな雲行きだ。
それにしても、後半戦になってバニャイアは切れ味のいいスピードに加え、高い安定感も確実に身につけている。前戦でトップを走行中に転倒してしまったのが玉に瑕、ではあるものの、8月以降のレースは毎回フロントローを獲得。タイヤ選択をミスしたスティリアGP(11位)とイギリスGP(14位)は大きな失敗で、「これでシーズンの帰趨が決まった」とはバニャイア自身も述べていたことだが、この2戦および転倒で終わった前回以外の後半戦は、すべて優勝もしくは表彰台である。来シーズンは新チャンピオンのクアルタラロたちと、熾烈で緊張感に充ち、しかもさわやか(←ここ重要)なタイトル争いを繰り広げてくれることでありましょう。
このバニャイアからやや離れたものの、2位にはジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)が入った。前回のエミリアロマーニャGP後は、精神的な落ち込みがひどく、一週間ほどバイクからまったく離れてリフレッシュを図った、と週末の早い時期に明かしていたが、それもむべなるかな。思いどおりに進まないタイトル防衛のプレッシャーとストレスが相当なものだったことは想像に難くない。が、その大きな抑圧は「外部からの影響ではなく、自分が自分に課すプレッシャーがどんどん高まっていた」のだという。ならば、その精神的な重圧はなおさらだろう。
そこから解放され、おそらくはじつに久しぶりにのびのびとウィークを走ることができた効果だろう、予選ではポールポジションを争ってフロントロー3番グリッド。じつはちょっと意外なことに、彼が「予選で」1列目を獲得するのはMotoGP昇格後これが初めてである(フロントローそのものは、昨年のスティリアGPでレースが赤旗中断後の仕切り直しになった際に、中断時の順序で最前列に並んでいる)。決勝も、周回を重ねるにつれバニャイアとの差が広がっていったものの、スタートを成功させたあとは最後まで安定して2番手を走行し続けた。
「今日のレースはいいパッケージだった。最後はペコと争いたかったけど、今日のペコはとにかく速かった」
と、今回は追いつけなかったライバルへエールを贈る表情からも満足感がうかがえた。
「表彰台に乗れてうれしい。結果そのものよりも、ウィークの進め方やプロセスがよかった。今回はチームのおかげで予選でPPを争えたし、決勝でも優勝を争えた。ペコのほうがもっと〈効率的〉に乗っていた。ミスしないかとも思ったけど、しなかった」
ミルが称賛するバニャイアの完璧なレース運びについては、3位のミラーもこんなふうに冗談交じりで高評価している。
「(レース序盤から中盤に2番手を争っていたとき)たとえば5コーナーでは前を走るジョアンがややはらみ気味になって、その後ろにいたアレックス(・マルケス/LCR Honda Castrol)がさらにワイドになって、さらにその後ろにつけていたおいらが、いちばんだだぶくれのワイドになった。でも、ペコはまったくミスせず完璧だった」
話をスズキに戻すと、チャンピオンを獲った昨年も今年のレースも、スズキは後方からじわじわ追い上げて行って上位に食い込んでいく展開が多く、これは反面、予選位置の低さが明らかに大きな課題だった、ということも意味していた。だが、今回の第17戦の推移を見ればわかるとおり、スズキもやはり〈やればできる子〉である。予選でいいグリッドを獲得できれば、しっかりと序盤から優勝争いを繰り広げられるのだ。これについては、8位でレースを終えたチームメイトのリンちゃんことアレックス・リンスも以下のように証言している。
「決勝レースでは、スタート後にクラッチが滑るような少しヘンなかんじがした。それで出遅れて、(フランコ・)モルビデッリの後方(13番手あたり)になってしまった。自分が本来いるようなポジションじゃなかったし、前を抜くのが難しくて苦労したけど、(上位陣と同様に)1分39秒台のいいペースで走れた。つまり、予選が重要、ということ」
さて、表彰台は惜しくも逃して4位に終わる結果になったけれども、今回の決勝レースで大きな存在感を発揮したのが、ミラーも上記のコメントで少し言及していたアレックス・マルケスだ。今シーズンのマルケス弟は苦しい戦いが続いていたが、今回の予選では3列目8番グリッドを獲得。決勝レースでも最後まで表彰台圏内を争った。
じつは日曜の決勝レースでは、ホンダ陣営の選手は全員がリア用にハードコンパウンドのタイヤを選択している。ミシュランは「ホンダには合わない」と推薦しない方向だったようだが、土曜にマルケス弟が試してみると予想外に良好で、チームメイトの中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)も日曜午前のウォームアップでハードを試したところ好感触。これでホンダ全員が、リア用にハードを選ぶことになったようだ。
「紙の上ではクリアではなくて、ミディアムを使おうかとも思ったけど、ハードを試してみたらとても良かった。皆、ちょっと驚いていたみたいだけど、非常によく機能した」
とはマルケス弟の弁。
「(3番手の)ジャックに迫っていってどこで抜けるか探った。(赤旗で惜しくも表彰台に届かなかったが)レースはあくまでもあれが結果」
と、じつにサバサバした表情で振り返った。今回のレースで自信を取り戻す手応えをつかんだことは間違いなさそうだ。ポル・エスパルガロ(Repsol Honda Team)は6位で、前回の2位表彰台と比較すれば課題も残る側面もあった模様だが、彼もリア用のハードコンパウンドが奏功したことは確かなようで、その意味ではまずまずの週末になった模様。
中上も、予選で大失敗して最後尾スタートというかなり厳しい状態だったが、そこから追い上げて11位フィニッシュだから、キビシい状況からでも健闘を見せたといってよさそうだ。
ところで、前戦でフランス人史上初最高峰クラス王座を獲得したファビオ・クアルタラロは、7番手グリッドからのスタート。しかし、終盤21周目に転倒して、今季初のノーポイントレースになってしまった。
一方、いよいよ現役最終レースが近づく二輪ロードレース界のレジェンド、バレンティーノ・ロッシ(Petronas Yamaha SRT)は土曜の予選を終えて6列目16番グリッド。今年の彼はQ2に進出せずQ1で終わるのも珍しいことではなくなってしまったが、予選を終えた際にはこんなことを話していた。
「好リザルトはレースを楽しむためにとても重要。前回のミザノは悪くなかった(10位)。明日はレース展開次第だけど、ポイント獲得を目指してトップテンを目標にしたい」
このようなことばを聞くのはやや寂しい印象もあるが、それもまた、現実として受け止めるべきなのだろう。結果は13位。トップテンには届かなかったものの、ポイント圏外から着実なリカバリーを見せた、という意味ではまずまず、といったところだろうか。いよいよ次戦は、現役最終戦である。
最高峰クラスはおおむねシーズンの帰趨が定まったものの、Moto2クラスとMoto3クラスではタイトル争いが大詰めを迎えている。
Moto2は、レミー・ガードナー(Red Bull KTM Ajo)とラウル・フェルナンデス(同)のチームメイト対決。ガードナーがフェルナンデスを8ポイント上回ればタイトルが確定、という条件だったが、決勝レースではこのふたりが優勝争いを繰り広げ、序盤はフェルナンデスが引っ張ったものの、最後はガードナー優勝、フェルナンデス2位、という結果に終わった。つまり、両者は23ポイント差で最終戦にタイトル決定が持ち越し、となった。
フェルナンデスが次で逆転タイトルを決めるためには、自らが優勝してガードナーがポイント圏外になることが必要になる。条件としてはかなり厳しい。一方、ガードナーはほとんど無理をする必要がない。かなり余裕を持って王座獲得に挑めるわけだ。
フェルナンデスは「(優勝できず)ポイントを獲り逃したことがなにより残念」と、悔しそうな表情ながら、「レミーはすごいレースだった。祝福したい」と紳士的にフェアな態度も崩さなかった。一方のガードナーは「プレッシャーのある中でうまく走ることができた。とても厳しかったけど、たぶん自分のベストレースのひとつになった」
と相好を崩した。とはいえ、油断しすぎると足もとをすくわれてしまうのは世の常である。最終戦の帰趨は、緊張感を持って見届けることにいたしましょう。
Moto3クラスでは、スーパールーキーの17歳、ペドロ・アコスタ(Red Bull KTM Ajo)がチャンピオンを獲得した。タイトルを争っていたデニス・フォッジャ(Leopard Racing)は前戦エミリアロマーニャGPで優勝し、逆転チャンピオンの可能性を力業で今回へもつれ込ませた。今回の決勝レースでも終始トップを走行し、アコスタと激しい優勝争いを繰り広げたが、最終ラップになんと他車の不用意な挙動にやっつけられる格好で転倒。これで勝負が決定した。フォッジャにしてみれば、なんとも無念やるかたない幕引きになってしまった。一方、チャンピオンを獲得したアコスタは堂々の優勝で自らのチャンピオンを祝福した格好だ。
ルーキーイヤーのタイトル獲得は1990年のロリス・カピロッシ以来。開幕直後から新人離れした走りで世界じゅうの度肝を抜くさまは、このコラムでもシーズン序盤から何度か紹介してきた。2022年は、現在所属するチームからMoto2クラスへ昇格することがすでに決定している。最高峰へ昇格してくるのも、おそらく時間の問題なのだろう。
と、駆け足になりましたが第17戦は以上。次回はいよいよ2021年最終戦のバレンシアGPであります。この2年間は世界じゅうが新型コロナウイルスに翻弄され、いまもなお大変な状況は続いている。そんななか、バレンティーノ・ロッシがいよいよ現役最後のレースを迎える。世界はまだ予断を許さない状態だが、とはいえ、この歴史的な瞬間はやはりこの目でしっかりと見定めておく必要があるだろう。
というわけで、ちょいとこれからバレンシアまで行って来ます。では皆様、それまでしばらくごきげんよう。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
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