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「新しい形のレース活動」としてのスズキの挑戦──。カーボンニュートラル、すなわちCNチャレンジが走り出し、それは確実に「形」となっている。昨年、昨年、サステナブルアイテムを使用して鈴鹿8時間耐久レースに参戦することを宣言し、8位という成績を残した。そして2025年、スズキの挑戦は、終わらない。
■文・佐藤洋美 ■写真:赤松 孝

2024年、8耐の結果は8位。
「上にまだ7台いるってことは悔しくもあり、新しい目標ができたのだと思った」

 スズキがMotoGPでチャンピオンを獲得したのは2020年。ジョアン・ミルが、2000年のケニー・ロバーツJr.以来20年ぶりに獲得したタイトルであり、とても大きな反響と称賛を集めた。企業としての誠実さ、粘り強さ、そしてチームの結束力がもたらしたドラマチックな成功だった。
 だが、スズキは2022年7月に突如として参戦終了を発表。チーム関係者も全く予期しておらず、「巨大な衝撃」と呼ばれた。リビオ・スッポ(チームマネージャー)やアレックス・リンスらは「スズキはまだ勝つために戦えるチーム」と強調し、想定外の参戦終了に動揺を隠さなかった。
 スズキ経営陣は、MotoGPよりも「EVや次世代モビリティ」を優先すると語った。企業戦略としては未来技術への再配置という明確な背景とビジョンがあった。

 2024年春のモーターサイクルショーで「チームスズキCNチャレンジ」の鈴⿅8時間耐久への参戦が発表された。マシンはさまざまなサステナブルアイテムを採⽤し、過酷なレースとして知られる8耐の「実験的」を意味する「エクスペリメンタルクラス」というカテゴリーでのチャレンジを決めたのである。環境問題への配慮や再⽣をキーワードとし、「バイクの魅⼒を未来に残し続ける」ための選択だった。このニュースは、MotoGP参戦終了理由でもあった“未来へとつながる挑戦”として、世界中のモーターサイクルファンに届いた。

#チームスズキCNチャレンジ
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 鈴鹿8時間耐久へ挑むために、MotoGPで采配を振るった佐原伸一チームディレクターを中心とし、半数は公募で集められた社員で構成されたチームが誕生した。ライダーは、2017年にSERTで鈴鹿8耐を走った濱原颯道、これまでエスパルスドリームレーシングを率いて鈴鹿8耐に参戦してきた生形秀之、ヨシムラSERTのレギュラーライダーであるエティエンヌ・マッソンが、0号車「チームスズキCNチャレンジ」として参戦した。車両はGSX-R1000R ヨシムラSERT MOTUL EWC仕様をベースとしたCN(カーボンニュートラル)仕様で、燃料をはじめタイヤやオイルなどのサステナブルアイテムを採⽤し、それらを提供するパートナー企業とともにレースに臨んだ。未来の環境負荷低減の推進と走行性能向上の両立を担ったGSX-R1000Rは、強豪チームを押しのけ決勝は総合8位となった。
 チームを率いた佐原が、昨年の8耐を振り返る。
「メンバーを募集してチームの形になったのが、4月末から5月上旬。そこから7月の本番に向けジタバタして本番ウイークを迎えました。スケジュールを消化する中で、決勝ではいわゆるファクトリーチームとして、胸を張って言えるレベルにはできたのかなと思っています。チームには未経験者も半分以上いる。彼らは初めてレースを経験し、完走して嬉し涙を流してくれた。社長は『出来過ぎ』と言ってくれたのですが、上にまだ7台いるってことは悔しくもあり、ゴールしたことで新しい目標ができたのだと思いました」

 スズキCNチャレンジは、環境負荷低減を図りながら鈴鹿8耐という過酷なレースを完走したことによって、内燃機関やモータースポーツの将来に向けて意義のある一歩を踏み出したと言える。
「チームスズキCNチャレンジ」は、このままでは終わらない。
 課題の克服とともにサステナブルアイテムの拡充を図り、さらなるサステナビリティへの挑戦のための技術開発に取り組む。CN=カーボンニュートラルの枠を超えて、広く環境負荷低減をテーマとした。

#チームスズキCNチャレンジ
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スズキが8耐にかける「本気」

 新たな目標達成のために、テストライダーとして津田拓也に声をかけた。スズキのテストライダーとして10年のキャリアがあり、共に戦ってきた互いの信頼があった。佐原は津田について「テストライダーとしての分析能力は高く、同じ言語で我々と話せること。レーシングライダーとしてもトップレベルであること。津田君とやろうという事に迷いはなかった」と言う。
 津田はスズキのMotoGP参戦終了を受け、AutoRace Ube Racing Teamから全日本参戦をしていた。2025年には、ワールドスーパーバイクでタイトルを獲得したBMWと同等のマシンでの参戦の計画があった。ライダーとしての勝敗だけを考えたら、開発中のCNチャレンジマシンのテストライダーよりも、ワークスBMWの方が勝算は高いはずだ。
 だが、津田はスズキを選んだ。
「スズキと挑戦したいと思いました。開発ライダーとして、スズキスタッフと仕事をした時間は何物にも代えがたいものでした。GP参戦終了となり、そのスタッフたちの落胆や、無念さを共有していたので、また一緒に仕事ができる、スズキと仕事ができるのは気持ちが昂る事でしたし、これはライダー人生において最後のチャンスかもしれないと迷いはなかった」

#チームスズキCNチャレンジ
#チームスズキCNチャレンジ

 スズキがMotoGPでタイトルを獲得した2020年は、コロナ禍の影響で海外への移動が制限されていた。テストは国内で行うしかなく、この時テストを担ったのは津田のみだった。テストパーツを海外に送るにも通常より時間がかかる。
 津田は「もし開発パーツの評価が悪ければ、次の対策までに大幅な時間のロスが生まれる。レースに間に合わなくなってしまうのでミスができなかった。このパーツが力を発揮できなければ終わりだと、スタッフの緊張感はマックスでした。ランキングが上がるたびに、その緊張感が高まりました」と大きな重圧の中でテストを重ねた。
 チャンピオン争いをするミルの予選想定タイムの2秒以内に走行しなければテストの意味をなさず「毎週がタイムアタックだった」と津田は振り返る。祈りを込めるように極限で繰り返されるテストから生まれたパーツが良ければ、ミルのタイムが上がり競争力が増した。

 タイトル決定戦を見守る津田の手は強く握られ、汗でびっしょりだった。自分がコースを走っているような集中力で戦いを凝視していた。タイトル決定のチェッカーを受けたときの喜びを津田は強烈に覚えている。
「自分以外のライダーのレースで、こんなに嬉しいことがあるのかと思った」と言う。
「だから、スズキが新たなチャレンジをするのであれば、たとえ苦しい道だとしても、そこに自分も加わりたかった」
 40歳になるライダーの決意は固く、目標は明確になった。

 津田を迎えて、スズキCNチャレンジは動き出す。
 スズキ株式会社代表取締役社長・鈴木俊宏氏はこう語っている。
「より高いレベルで環境負荷低減の推進と走行性能向上の両立を図るために、昨年の40%バイオ由来燃料に対し、今年は100%サステナブル燃料を使用し、その他さまざまなサステナブルアイテムを機能させるための車両開発を進めています。耐久レースの厳しい条件下での実走行を通した環境性能技術の開発加速という、昨年同様の目的を持ちながら、より高い目標を掲げて全社で取り組み、今後の製品への技術フィードバックにつなげていきます」

 レースマシンのGSX-R1000Rにはさまざまなサステナブルアイテムだけではなく新しい技術も投入された。昨年より大きなウイングが装着されるなど、MotoGPで鍛えられた技術力によって戦闘力が向上した新たなGSX-R1000Rは、昨年のヨシムラ仕様とは違い一から組み上げられた。テストは3月に始まり、津田はテストコースを2回走っている。

#チームスズキCNチャレンジ
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 そしてスズキは、全日本へのスポット参戦を決めた。
 佐原がその意味を語る。
「レースでは準備が大事なのです。しっかり準備をするために、鈴鹿以外も走ることで得るデータも重要ですし、ライバルとの比較はテストコースだけではわからないことなので、そこで課題が明確になります」
 一方ライダーの津田は「当初の計画では全日本参戦は入っていませんでしたが、全日本参戦を決めたスズキの8耐に懸ける本気を感じた」と言う。
 津田は昨年までのチームを離れることを表明していたが、今季の進退については触れられていなかったため、動向を心配していたファンは津田の参戦に安堵し応援に熱が入った。

 2025年4月19日〜20日に行われた開幕戦・もてぎ2&4にはスズキワークスチームが参戦し、ホンダワークスもスポット参戦。レギュラー参戦のヤマハファクトリー、昨年からのドゥカティワークス、さらに今年はBMWファクトリーと同等のマシンが参戦を開始し、例年にない盛り上がりを見せた。スズキは開幕戦の事前テストから参加し、6位となった。
 佐原は「開発目的の参戦ですが、トップ3に離されてその差は大きいと感じました。それでも、しっかりとした課題が見えた」と語った。

 対策を重ねて挑んだ第2戦SUGOでは、レース1決勝で津田が3位表彰台に登った。だが、黄旗無視のペナルティを取られて降格となる。津田は黄旗を確認していたが、周回遅れのライダーのペースが遅く、前に出るようにラインを譲った。抜かなければ追突の危険もあり、津田は前に出た。それが黄旗無視とされてしまった。安全のためにとった行動がルール違反とされた。表彰台には上がったが、記者会見には繰り上がり3位となった別のライダーが現れた。
「それならば、周回遅れのいないレースをすれば良い。予選通過タイムを、より厳しくするべきだ」と憤慨する関係者や、「なんのための⻩旗か」といった様々な意⾒が⾶び交うことになった。チームは主催者と協議し、今後のペナルティ決定方法の見直し検討を求めながら、今回の判定については真摯に受け止める判断をくだした。
 スズキも津田も、レース2へと賭ける思いが強くなる。津田は序盤からトップに立つ積極的なレースを展開し、3位でチェッカーを受け堂々と表彰台へと登った。
「表彰台のチャンスは、いつも訪れるわけではないので、レース1で取りこぼしたことは、本当にスズキのスタッフのみんなに申し訳なく思っていました。3位で、こんなに喜んだことはないくらいに嬉しかった」と、津田は涙ぐんだ。佐原も「落ち込んでいたぶん、この表彰台が何倍も嬉しいものになり、スタッフのモチベーションにもつながった」と讃えた。
 リザルトとしては、2レース連続3位とはならなかったが、スズキの力が表彰台レベルにまで上昇したという手応えは残った。

#チームスズキCNチャレンジ
#チームスズキCNチャレンジ

 鈴鹿8耐の公開テストが6月に行われた。計4日間のテストとなり、前半は雨、後半は気温が上がり酷暑となった。2回目のテストには、ヤマハファクトリーが参戦を表明し、連覇を狙うHonda HRCを始めEWCフル参戦組のヨシムラやカワサキ、BMW、全日本参戦トップチームのドゥカティ、Honda勢が揃った。鈴鹿8耐参戦チームは55台、そのうちの41台が参加した。
 気温30℃超え、強い陽差しが照りつけるなか、エティエンヌ・マッソンと津田が参加した。マッソンはヨシムラSERT MOTULのレギュラーライダーだが、昨年同様、この鈴鹿8耐においてはCNチャレンジのメインライダーだ。

 初日の総合トップはHonda HRCが2分6秒022。スズキは11番手で2分6秒999を記録。2日間の総合トップもHonda HRCで2分5秒395と、5秒台に入れてきた。スズキは14番手で2分6秒999。5秒台が上位2台、3番手から14番手までが6秒台にひしめいた。
 マッソンが充実したテストを振りかえる。
「昨年よりもレースペースも、アタックしたときのタイムも大きく向上したし、確かな進化を感じている。普段乗っているヨシムラのマシンと見た目はよく似ているけど、エンジンもシャシーもフィーリングが異なる。サスペンションのセットアップやエンジンのマッピングも違うが、この2日間で良い形になり、自信を持って走れるようになってきている。ウイングレットは、特に高速コーナーで安定感が増してアドバンテージになっている」
 津田がテストの意味を語る。
「ライバルとのタイヤの違いから、これまではコーナーで足を出したことはなかったが、今年はバランスのために足を使うなどライディングを変化させている。路面温度の高い難しい条件の中でも、昨年のチームベストを超えている。どうしても他のチームのラップタイムと比べたくなるが、コンセプトも使っているパーツも異なり、1周のタイムだけを求めてはいない」
 佐原は確かな手応えを感じていた。
「セッション毎にマシンのポテンシャルは向上し、最後はロングランのレースシミュレーションでマシンとサステナブルアイテムが正常に機能することを確認できた。今年も新たに公募したスタッフが加わっているが、チームの動きもテストを重ねるたびに良くなっており、本番までにさらにレベルを上げていきたい」

#チームスズキCNチャレンジ
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 スズキはチームスズキCNチャレンジの3人目のライダーとして、アルベルト・アレナス選手の起用を発表した。アレナスは2020年Moto3世界チャンピオンの実績を持つ現Moto2ライダーで、昨年の鈴鹿8耐ではヨシムラSERT MOTULのライダーとして表彰台獲得に貢献している。
 チームディレクターは佐原伸一、テクニカルマネージャーは田村耕二、クルーチーフは今野岳。ライダーは津田、マッソン、アレナスのトリオで表彰台獲得も視野に入れている。
 佐原の目標は明確だ。
「戦う以上、トップを目指すのは当然です。上を目指さなければ表彰台へたどり着くことはない」

 環境問題と切り離すことのできないレースが生き残っていくためには、サステナブルへの取り組みを無視することはできない。各カテゴリーでバイオ燃料が使われ始めている。2024年の鈴鹿8時間耐久では、総合8位と好成績を収めた。環境配慮型レースマシンの可能性を示す大きな成果であり、業界内外から高い評価を得た。
 今年は100%サステナブル燃料へ移行し、リサイクル素材やバイオオイル、エコチタン部品など多彩な環境配慮技術を搭載。この本格的な取り組みは「環境と競技力の両立を目指す挑戦」として、モータースポーツ業界だけでなく一般からも注目されている。佐原は、この取り組みの講演依頼で、さまざまな公共機関や学校を訪れている。
 そして津田には願いがある。
「スズキは世界最高峰の戦いに相応しいチームです。この取り組みの先に、スズキのMotoGP復帰があってほしい」

 チームスズキCNチャレンジは、サステナビリティと競争力の両立を目指す戦いだ。さまざまな課題を乗り越えながら、スズキは未来のレースを体現している。佐原は「他メーカーの参戦を待っている」と語った。この取り組みが他メーカーに影響を与え、このクラスが最高峰クラスの戦いへと発展する可能性も秘めている。スズキの挑戦に、ファンならずとも注目せざるを得ない戦いが始まる。
 鈴鹿8耐本番(2025年8月1〜3日)は、三重県鈴鹿サーキットで行われる。
(文:佐藤洋美、写真:赤松 孝)

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2025/07/18掲載