73年に及ぶMotoGPの歴史でも、大きな転換点になった一戦だった。走行が始まる前の木曜から一貫して最大の注目を集めたのは、今回の第18戦バレンシアGPを最後に、26年間の選手活動に終止符を打つバレンティーノ・ロッシ(Petronas Yamaha MotoGP SRT)だ。現役432戦目のレースは、トップテン圏内の10位でフィニッシュ。最高といっていい形でライダー生活に幕をおろした。
表彰台は、優勝がフランチェスコ・〈ペコ〉・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。2位がホルヘ・マルティン(Pramac Racing)、3位がバニャイアのチームメイト、ジャック・ミラー、とドゥカティ勢が独占。これは彼らが2003年に最高峰クラスへ参入してから初の快挙で、こちらも歴史の大きな節目を象徴するできごとになった。優勝を飾ったバニャイアは、今季4勝目。強さと速さと安定感、という隙のない三拍子を今回もみごとに揃えて勝利を掴み取った。
VR46アカデミー出身ライダーでもあるバニャイアは
「(ロッシへのオマージュとして)自分たちにできるのは、こういう形でレースに勝つこと。今日の勝利はバレンティーノに捧げたい」
とレース直後に述べた。VR46アカデミー出身/所属選手たちはいちように、ロッシ引退レースへのオマージュとしてレプリカヘルメットを被ってそれぞれ決勝レースに臨んだ。
彼らが使用したレプリカはそれぞれ以下のとおり。
フランチェスコ・バニャイア:Che Spettacolo(2004年チャンピオン獲得記念)
ルカ・マリーニ:2008年5大陸
フランコ・モルビデッリ:1999年ラブ&ピース
チェレスティーノ・ビエティ:2005年セパンテスト
マルコ・ベツェッキ:月と太陽(2003/2005仕様)
ステファノ・マンツィ:月と太陽(1996仕様)
アンドエア・ミニョ:2001年仕様
ニコ・アントネッリ:2005年ラグナセカ
アルベルト・スッラ:月と太陽(2020仕様)
バニャイアがこの2004年チャンピオン記念モデルを選んだのは、
「ヤマハに移籍した最初の年にタイトルを獲ったこのときのデザインはとても大好きで、2004年は簡単じゃないシーズンだったことはまちがいないので、それにしようと思った」
のだという。
後半9戦のバニャイアは全戦フロントロースタート(うち5戦連続PP)で、優勝4回を含む6表彰台。ランキングは2位で終えたものの、シーズンを終えたポイント数はチャンピオンを獲得したファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)と26点差。この内容を見ても、来季のバニャイアは誰が見てもタイトル候補の一翼を担うことは明らかだろう。
2位のマルティンはポールポジションスタートながら、じつは土曜から体調を崩して夜も眠れず、食事もろくに取れない状態で決勝レースを迎えていたことをレース後に明かした。この2位獲得により、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。だが、体調が依然として思わしくないとのことで、表彰台会見等はスキップした。今シーズンのマルティンのパフォーマンスについて、ファクトリーのバニャイアとミラーはともに高く評価している。
「開幕直後から速さを見せて2戦目で表彰台にあがり、3戦目のポルティマオではケガをして数戦欠場したけれども、復帰後の活躍でいいシーズンになったと思う。ドゥカティは簡単なバイクじゃないけど、迅速に学習をして成長し、とても高い戦闘力を発揮している」(バニャイア)
「序盤数戦を休んだけど、復帰してからはプロフェッショナルの根性を見せた。自分の場合は慣れるまで時間がかかったけど、ホルヘは迅速に学んでいる。自分にもいい刺激になるし、彼にとってもすごくいい年になったと思う」(ミラー)
そのミラーは3番グリッドスタートで3位フィニッシュ。土曜の予選後には
「ペコは3勝しているし、マルク(・マルケス)も3勝しているので、おいらも3勝クラブに入りたいよ」
と優勝への意欲を見せていたが、結果は上記のとおり。とはいえ、一時は表彰台圏内からこぼれ落ちそうになりながらも、落ち着いた走りで中盤以降にきっちりと盛り返して追い上げたのだから、まずは上々の結果だろう。
「歴史的表彰台の一部に加わることができて、とてもうれしい。今回の表彰台独占は、チームと技術者たち全員ががんばってきた成果。今のドゥカティは、皆が乗りたいと思うようなバイクに仕上がっていて、自分もこの開発の一助になれたことがうれしい。ランキングは4位で、もっとうまくできたかもしれないけど、ペコはランキング2位で、チームとコンストラクターのタイトルを取ることができた」
この言葉にもあるとおり、ライダータイトルはクアルタラロが獲得したものの、コンストラクタータイトルは前戦でドゥカティが勝利。また、今回のリザルトにより、チームタイトルでもDucati Lenovo TeamがMonster Energy Yamaha MotoGPに53点差を開いて王座を獲得した。
2022年のドゥカティは4チーム8台の体制になるが、量もさることながら質の面でもまちがいなく主要勢力になりそうな気配である。
そのドゥカティの後塵を拝する格好の4位で終えたのが、ジョアン・ミル(TEAM Suzuki Ecstar)。途中まで表彰台圏内を争いながらも、徐々に引き離された結果だけに、ミルはかなり落胆した様子でレースを振り返った。
「とてもがっかり。こんな気持ちでレースを終えることになるとは思わなかった。決勝中はフロントが厳しく、グリップがあまりよくなかった。ドゥカティ勢と戦うための有利な材料がなかった。フラストレーションが溜まるし、もっといい位置で終えたかった……」
と述べ、
「彼らのうしろにいると、去年は弱点も見つけることもできた。たとえば、最初からすごく飛ばしていくと、終盤に旋回や加速でも苦労していたけど、それはパワーで走っている以上当然の帰結だと思う。今年の彼らは、終盤に厳しくなるどころかむしろ強くなっている。弱点がないのがやっかい」
「ドゥカティの後ろにいると、フロントが蓄熱してしまうのはたしかに問題。でも、ドゥカティのうしろにいるのは自分だけじゃなくて、ドゥカティの後ろにドゥカティがいても、でも自分と同じ問題は発生しない」
と、彼我の差についてクリティカルに分析している。2020年のチャンピオンだったミルは、2021年シーズンを総合3位で終えて、チームとコンストラクターでも年間3位という結果になった。スズキ陣営が2021年に苦戦を強いられた理由と現状の課題、そして来季に向けた展望などについては、今回の第18戦バレンシアGPパドックで、チームを率いる佐原伸一氏からタップリと話を聞くことができた。そのインタビュー内容については、〈敗軍の将、兵を語る〉(仮題)と題して近日中にお届けする予定である。
2021年シーズンチャンピオンのクアルタラロは5位。
「ジャックの後ろで走っていると、明らかにすごい馬力だった。ヤマハに対してリクエストは出しているけれども、まだその部分は改善できていない」
と、やはりドゥカティの強烈なアドバンテージを指摘した。
「今回はフィーリング面でもとても厳しいかった。そんな状態でもトップファイブで終えることができているのは、すごいことだと思う」
ヤマハのバイクが、取り回しの良さに優れる反面、動力性能では一歩譲る傾向があるのは、昔からの特徴だ。2021年にはドゥカティが無敵艦隊のような勢力を構成しそうな状況に対して、チャンピオンライダーのクアルタラロとヤマハが自分たちの武器を活用しながらどう戦っていくのか、ということについては、こちらもレースウィーク期間中にたっぷりと、技術開発を牽引する鷲見崇宏氏から話を聞くことができた。ヤマハ陣営のインタビューについては〈勝軍の将、兵を語る〉(仮題)と題して、これも近日中にお届けをしたい。
クアルタラロに話を戻すと、今回の決勝を振り返る際に
「レースが終わってバレンティーノのTシャツ(”Grazie Vale”と大きなロゴの入った黄色のシャツ)を着ることができているのも(ヤマハのメンバーとして)とてもうれしいし誇らしい」
と述べている。そのバレンティーノ・ロッシは、冒頭に記したとおり10位で現役生活最後のチェッカーフラッグを受けた。
金曜日1万5034人、土曜日5万6136人、そして日曜日7万6226人、という3日間総計14万7396人の観客数は、ほぼ全員がロッシの最後のレースを観るためにやってきた人々といっても、おそらく間違いではないだろう。それくらい、この週末は様々なイベントや企画がすべてロッシを中心に動いていた。決勝レースのチェッカーフラッグは、ロッシがファンであることを昔から公言する元サッカー選手のロナウドが振った。
「彼は自分のアイドルで、モータースポーツ以外では最高にファンだったスポーツマン。自分がロッシファンの人々に与えたようなよろこびを、ロナウドは自分に対して与えてくれていた。だから、今日はとてもうれしかった」
26年間もの長きにわたり、世界最高峰の場で現役生活を続けたロードレース界の至宝に、引退レースでは最高の週末を過ごしてもらいたい。誰に強制されるでもなく、皆が自然とそう考えるのは、これまで彼の生きてきた道のりとその姿勢に誰もが敬意を抱いているからだろう。ロナウドのチェッカーフラッグは、その象徴だ。冒頭に記した、バニャイアたちアカデミー門下生のロッシレプリカヘルメット着用も同様だろう。
「今週はホントにスペシャルなウィークになった。こんな週末になるなんて、予想もしてなかった。自分のレースキャリア最後の週は、はたして集中できるのだろうかとか哀しい気持ちになってしまうのだろうかとか、いろんなことを以前は考えたけど、木曜からとても素晴らしいウィークになった。パドックの皆とMotoGP全選手が、ホントに支えてくれて敬意を示してくれた。そこまでやってくれるなんて、ふつうのことじゃない。心から御礼をいいたい」
ロナウドがチェッカーフラッグを振るゴールラインを通過した後は、ルイス・ハミルトンや、キアヌ・リーヴス、トム・クルーズ、ミック・ドゥーハン、ケーシー・ストーナーたちがメッセージを述べる映像が流れた。チェッカー後のコース上では、2コーナーで待ち受けていた全ライダーが祝福を贈った。
「最後のレースはトップテンで終わることができた。世界最速の10名としてライダー人生を終えたことの意味は大きい。現役最終戦でもトップテンで終えた、と後々になっても言うことができるんだからね(笑)。レースの後には皆が、まるでレースに勝ったみたいに祝福してくれたことも、忘れがたい」
クールダウンラップを終えてピットレーンへ戻ってきたロッシを、チームやメーカーの垣根を越えて皆が喝采と抱擁で迎えた。ロッシの背後でレースを終えたVR46アカデミー卒業生のフランコ・モルビデッリ(Monster Energy Yamaha MotoGP)はこんなふうにレースを振り返った。
「レース中はずっとバレの後ろで走れることができた。直後につけたときは、攻めようとしたけれども、速くて隙がなくてアタックできなかった。最後のMotoGPをバレの後ろという特別なポジションで終われてよかった。本当に上手く乗っていたし、じつに巧みだった。しかも、最後にはしっかりとペースをあげていた。本人も、レースをとても愉しんでいたと思う」
表彰式では、バニャイアの優勝を祝うイタリア国歌が流れた。それはあたかもロッシを祝福する凱歌のように聞こえたし、「自分たちにできるのはせめてこれくらい」とバニャイアが言っていたのは、まさにそういう意味だっただろう。
ピットボックス前では、相変わらずロッシが様々な人々と大騒ぎを続けている。湿っぽくないのが、なによりいい。
2021年第18戦は、ロッシ以外の何名かの選手たちにとっても節目となる週末だった。そのひとりが、ダニロ・ペトルッチ(Tech 3 KTM Factory Racing)だ。世界不況の対策としてMotoGPがCRT/オープンカテゴリーという区分を苦し紛れに作り出したときに、そのチャンスを活かす格好で2012年から参戦を開始。2019年にはドゥカティファクトリーのシートを掴むところまで進んだが、2021年はKTMサテライトチームへ移籍、2022年シーズンはダカールラリーの挑戦へと舞台をスイッチすることになった。庶民的な環境から少しずつ実績を積んでチャンスを掴んでいった経歴もさることながら、温厚で柔らかいユーモアセンスの持ち主で、パドックの多くの人々に好かれている。決勝前には、この日が引退レースとなるロッシが彼のもとへ歩み寄り、抱擁を交わして互いの健闘を讃えあった。ペトルッチが所属するチームのある関係者は、レース前にこんなことを話していた。
「世の中の人々は皆、今日はバレンティーノの特別な日だという。わたしの両親は、今日はわたしの誕生日だよ、という。でも、わたしにとっては、今日はなによりもまず、ダニロの日」
決勝レースは、18位で終えた。
「グリッドについたときには皆が挨拶にきてくれて、だから『ちょっとトイレに行ってくる』、と言って席を外した。泣かないでおこうと思ったんだけど」
この短いことばに、彼の人柄がとてもよくあらわれている。
「長年ずっと最後尾で誰からも相手にされないなかで、『自分を信じてやるのは自分しかいないんだ』と思って最後まで諦めなかった。凡人でもやればできる、ということを結果で示すことができたし、ムジェロ(2019年イタリアGPの優勝)では、〈1日だけのヒーロー〉にもなることができた」
そんな謙虚すぎる自己評価に対して、彼をよく知るドゥカティファクトリーの両名は高い称賛を贈っている。
「世界選手権を走るライダーは、全員が卓越した才能の持ち主。ペトルッチもそう。今のMotoGPのレベルはとても高くて、ほんの0.3秒差で15番手になってしまう。ダニロは並外れた才能の持ち主だとぼくは思う」(バニャイア)
「そう、ペコのいうとおり。皆、(成績には)アップダウンがあってあたりまえ。ファビオがジュニアチャンピオンシップのときは、どうだった? おいらのMotoGP1年目はどうだった? ペコだってそう。皆、特別な才能の持ち主で、でも成績には波があるものなんだよ。ダニロは優れた才能の持ち主。Ioda(CRT勢のチーム)で参入したときは顔がムッチムチだったけど、いまはしっかり肉体改造もしているじゃないか」(ミラー)
ダカールに転身したあとも、ペトルッチに関する報道はきっと続く。バレンティーノ・ロッシの最後のレースを最高のものにしてほしい/させてあげたい、と多くの人が思ったように、ペトルッチのレースを知ってほしい/伝えてあげたい、と思う人はつねに一定数いるはずだ。
なぜなら、レースを戦うことは、あなたの人生を物語ることだから。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!
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