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レース・イベント

●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 第3戦ポルトガルGPの舞台は、コースの高低差、つまりフィジカル面のキツさではシーズン屈指のポルティマオ(アルガルベ・インターナショナル)サーキット。今回最大の話題は、マルク・マルケス(Repsol Honda Team)の復帰だ。昨年初戦のヘレスで右上腕を骨折し、チタンプレートとスクリューで固定する大けがを負ったものの、超人的な意思で早期復帰を狙った行為が逆に災いして患部をさらに傷めることになり、その結果、さらに2回の手術を含む9ヶ月もの長期欠場を強いられることになってしまった。

 今回の復帰にあたり、果たして彼がどれほどの走りを披露するのか、ということが世界じゅうから大きな注目を集めたわけだが、過去にも数々の度肝を抜くようなことを成し遂げてきた人物だけに、そのパフォーマンスはまったく予想がつかない。だからなおさら、このウィークの彼の一挙手一投足には大きな注目が集まる。それこそがまさに、マルク・マルケスというライダーのスーパースターである証なのだろう。では、じっさいに彼は日曜午後の決勝でどんなレースをしたのか……、ということは少し後段に回すとして、まずは表彰台を巡る争いから。

 優勝はファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)。前戦ドーハGPに続き2連勝。今回はウィークを通じて安定した速さを見せており、決勝レースでも優勝候補筆頭と目されていた。ポールポジションからスタートしたものの、スタートで少し位置を下げた後も落ち着いた走りで着実に前へ出て、中盤でトップに立つとその後は速いペースでレースをコントロールしながら後続を引き離しにかかって独走に持ち込む、という完璧な展開。

「これほどのハイペースで走ることができるとは思っていなかった。とくにレース中盤はすごくいいペースで走れた。今日は愉しみながら走ることできた」
 と、充実した内容のレースを振り返った。

#20

ファビオ・クアルタラロ
ファビオ・クアルタラロ
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。





 じっさいにラップタイムを見てみると、レース中盤にはクアルタラロと、その直後にピタリとつけながらも転倒で終わったアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)のふたりだけが1分39秒台中盤を連発しながら周回を続けた。2位のフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lonovo Team)と3位のジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)はともに、前2台が39秒台中盤で走行しているときも39秒後半ギリギリが40秒台のタイムだったために、少しずつ引き離される結果になっている。

 彼がこのように高い安定度を見せて勝つことができたことには、いくつかの要因があるようだ。

 ひとつは、リアタイヤにハードコンパウンドを選択したことが挙げられるだろう。バニャイアとミルはそれぞれミディアムを選択しているが、ハードを選択した理由について、クアルタラロはレース後に以下のように説明している。
「ミディアムのフィーリングもとても良かった。土曜のFP4で両方を試して、ミディアムも(パフォーマンスの)落ちはなかったけれども、ハードは最終セクターで右側(のパフォーマンス)が良かった。ハードを選んだのはいい決断だったと思う」

 ポルティマオサーキットは、最終区間で右コーナーが連続する。ここのトラクションの良さが差をつける大きな要因になった、ということだろう。

ファビオ・クアルタラロ
ファビオ・クアルタラロ

 もうひとつは、2021年型YZR-M1のレスポンスの良さ。クアルタラロはじめヤマハの選手たちは、2019年型の車体は2020年型よりも良好なフィーリングがあった、とよく話していたが、今年の車体はその2019年の感覚に近いのだという。これは、クアルタラロに限らず、チームメイトのヴィニャーレスもバレンティーノ・ロッシも類似のコメントを述べている。

 今年のマシンの素性の良さは、クアルタラロによると以下のとおり。
「去年はエンジン(の使用可能基数)が厳しく、制御面でも苦労をしていた。その点で今年はノーマルな状態から始めることができている。車体からのフィードバックも良く、カタールでもフロントをしっかり感じることができたので、限界まで攻めることができる。制御もOKで、タイヤのベストの状態で最後まで走ることができる」

 さらにもう一点。これはドーハGPで優勝した際にも彼自身が述べていたことだが、精神面の安定も、高い水準で落ち着いた走りを続ける重要な要素になっているようだ。

「去年はアラゴンから後が(好結果を残せず走りも噛み合わなくて)大変だった。バイクがうまく走らないときはどうしてもネガティブ思考になってしまいがちだったけれども、今年はなにごともポジティブに考えるようにしている」

 精神面の強さに関しては、おそらく今後、厳しいレースを戦わざるをえない局面が訪れたときにさらに試されることになるのだろう。とはいえ、自らを御する方法を獲得しつつあることは間違いなさそうで、その意味では今年のファビオ・クアルタラロは去年よりもしぶといライダーに成長している、といえそうだ。

 ところで、レース中盤までクアルタラロと激しいトップ争いを繰り広げながら転倒に終わってしまったリンちゃんことアレックス・リンスだが、レース後取材対応ではじつにサバサバとした表情で、やるだけのことはやりきった、という悔いのなさが覗えた。

「限界で走っていたけれども、いい限界だった。うまく走れていたし、タイヤのスピンや消耗もコントロールできた。ファビオと同じ39秒台や40秒台前半で走れていたので、クラッシュしなければ同じペースでついていけたと思う。彼に勝つのは難しかったと思うけど、獲れたはずの20ポイントを失ってしまったのが惜しい」

 19周目の5コーナー進入でフロントを切れ込ませた転倒については、
「データをチェックしてみても、なにも間違ったことはしていなかった。前の周回と同じ場所で、同じ力でブレーキしていた」
 と説明し、おそらく決勝の路面コンディションはウィークで一番高くなっていたので、それも要因だったのではないか、と述べた。

「ウィーク全体でも、今回は金曜からとてもいい進め方をできた」
 と話すとおり、今回のリンちゃんは土曜の予選で2番グリッドを獲得している。

アレックス・リンス
#アレックス・リンス

 予選位置の低さはスズキにとって昨年来の課題で、それは開幕2連戦のカタールでも顕著に現れていた。今回はいままでと予選のアプローチを変えることで、一発タイム出しに成功したのだという。一方、チームメイトのジョアン・ミルは予選9番手で3列目スタート、と「いつもどおり」のグリッドだったのだが、その理由は「予選でQ1からQ2へ勝ち上がっていったときにタイヤを使い切ってしまい、Q2では充分にアタックする余裕がなかった」からだという。ここでタイヤ戦略を過たずにフレッシュな1本を残していれば、「おそらくフロントローも狙えた」という。スズキ勢の予選パフォーマンスが本当に改善しているのかどうかについては、次戦のヘレスで再度確認をできるだろう。

 決勝レースに話を戻すと、2位のペコことフランチェスコ・バニャイアは、
「予選11番手からのスタートだったので、トップファイブが現実的な目標だった。ひとりひとり捕まえて、最後は2番で終われたのでとてもうれしい。去年のポルティマオではすごく苦戦したけど、今年は2位で終われてうれしい」
 と話した。その言葉にもあるとおり、全周回を通じて着実かつ猛烈な追い上げを見せたのはじつに見事だが、今回はそもそも4列目11番手というグリッド位置を強いられたことも、彼が巻き返しを狙う大きなモチベーションになっていたのではないかと思われる。

 じつは、予選Q2の終盤にペコは1分38秒494という驚速を記録(クアルタラロのポールタイムは1分38秒862)しているのだが、このタイムは黄旗無視によって残念ながら取り消されることになった。

 このときの黄旗は9コーナーでミゲル・オリベイラが転倒したために提示されたもので、オリベイラはこのとき左に旋回する9コーナーのアウト側(つまり右側のグラベル)にいたことになる。マーシャルポストはこのコーナー手前の右側に設置されており、そこでフラッグが提示されていたわけだが、乾坤一擲のタイムアタックで全神経を次のコーナーへのアプローチに集中していたペコは、9コーナー側へすでに視線を向けていたことが公式映像からも確認できる。あくまでも「ルールはルール」であり、彼が黄旗を無視してしまったことも事実ではあるものの、渾身のタイムアタック中に次の左コーナーへすべての集中力を向けているライダーに対して、右側マーシャルポストを視認せよ、というのはやや酷かもしれない。ダッシュボードにアラートが表示されていても、この瞬間に視認するのは難しいだろう。過去にも同様のできごとは幾度もあったが、たとえばヘルメットのバイザーの隅にアラートを3D表示する等の手段が発明されてライダーの認知がドラスティックに変化しないかぎり、こういった事例の根本的な解決は難しいのではないか、という気もする。いや、素人考えですがね。

#63
#63

 予選のタイムキャンセルについてさらにいえば、マーヴェリック・ヴィニャーレスも、最後の最後に叩き出した1分38秒732を取り消されている。こちらの場合はトラックリミット違反で、コースの端を超えてグリーン部分へはみ出した、というものだ。昨年は基本的に視認による判定だったこと等もあって、トラックリミット違反の妥当性は何度も議論の対象になった。その対応として、今年からは圧力センサーによる感知でグリーン部分への接触を判定するようになった。

 この技術が最初に導入されたカタールでは、総じて皆がこの新技術導入を歓迎したのだが、今回は「はみ出していない」とあくまでも主張するヴィニャーレスの体感と圧力センサーの検知が一致しなかったために、ライダーは予選後におおいに不満を募らせることになった。

 とはいうものの、この検知はヴィニャーレスのみに恣意的に作動しために彼のラップがキャンセルされたわけではなく、他の選手は当該コーナーのグリーンはみ出しを検知されていないのだから、それはおそらく、人間の感覚では察知できないごくわずかな程度の接触にも圧力センサーは繊細かつ敏感に反応する、ということなのだろう。この機械判定の精密さと人間の感覚の齟齬は、たとえば陸上100m走のフライング判定などでも何度か話題になったことと同類の事象、といえるだろう。たぶんね。

 決勝レースからまた話が逸れてしまったので、ふたたびそこへ話題を戻すと、3位でゴールしたジョアン・ミルは、「暑くて長くてたいへんなレースだった」と決勝レースを振り返った。

「レース中盤にフロントが厳しくなったけれども、その後、良くなってきて挽回できた」
 と話していたので、そのフロントの問題はカタールのレースでも発生していたのか、と訊ねてみた。すると
「いや、カタールでは他のことで苦労したけれども、フロントに問題は発生しなかった。ただ、去年は今回と同様の問題がアラゴンなどで何回か生じたことがあったので、今シーズンの戦いを進めていくうえで、この課題を潰しこんでおくことは重要だと思う」
 とのことばが返ってきた。

マーヴェリック・ヴィニャーレス
マーヴェリック・ヴィニャーレス

 転倒に終わったリンちゃんも
「ファビオの後ろについて走ることで、ヤマハとの違いがちょっとわかった。(スズキとヤマハは)バイクの特性が似ているけど、今回は最終セクターで向こうのほうが速かったし、今後に向けていい情報を得ることができたと思う」
 と話している。

 これらのことばにもあるとおり、ライダーとメーカーの要素が様々に絡み合いながら、今後のレースも緊張感のある拮抗した戦いが繰り広げられそうである。

 その戦いをさらに面白くしそうなのが、冒頭にも記したマルク・マルケスの復帰だ。

 金曜午前のFP1から、9ヶ月ぶりのレースとは思えないパフォーマンスで度肝を抜き、土曜の予選では6番手タイム。決勝では3番手で1コーナーへ飛び込んでいったものの、少しずつ順位を下げて、最後は7位でゴール。優勝したクアルタラロとは13.206秒差。ピットボックスへ戻ってきたときは、ヘルメットを脱いでシートに腰を下ろすと、うなだれるように頭を抱えてタオルで涙を拭った。

#93

#93
#93

「ふつうは感情をあまり表に出さないんだけど、ピットに戻ってきてメカニックやスタッフの姿を見ると、気持ちを抑えられなくなった」
 と、後刻にこのときの心情を振り返った。

「この日のことを、MotoGPのレースを走り終えるときのことを本当に長い間待ち焦がれていた。(完走したことは)復活に向けてリハビリを進めてきたことの最大のステップになった。MotoGPライダーであることを実感したいとずっと思い続けてきて、やっと今日それを達成できた。ピットに戻ってきたときは、もちろん疲労困憊していたけれども、それ以上に、この昂ぶる気持ちを抑えきることができなかった。でも、ほんとうによかった」

 レース序盤に上位につけていたときは、いまの自分がいるべき場所ではないような感覚で、年長の男の子たちとサッカーをして弄ばれるような状態だった、と笑いながら話した。

「どんどん追い抜かれて、自分の居場所に落ち着いてから、少しずつリズムを取り戻して自分のレースを続けていった」と述べ、レース終盤に自己ベストタイムを出せたのも良かった、と笑みを見せた。

「(レース終盤には)エスパルガロ(兄)を捕まえようともしたけれども、体がもう、いうことをきかなかった。最後の5~6周はただ走っているだけという状態だったので、とにかくレースを走り終えることに集中した。クアルタラロとたった13秒差なのだから、上出来だと思う」

 7位でゴールしたマルケスの後ろを走っていたのは、弟のアレックス・マルケスだ。彼が最高峰デビューを果たした昨年の緒戦で、兄は転倒骨折を喫したため、今回が初めて兄弟揃ってチェッカーフラッグを受けたレース、ということになる。

 弟は8位の自分の目前でゴールした兄の完走について問われると
「全然うれしくなかった」
 と答えた。

「あんなやつ、くそったれだよ。初めて走った一緒のレースで負けちまったんだから。ずっと後ろを走りながら、『なんだよこいつ』ってずっと頭の中で言っていたよ」

 肉親だからこそ言える最高の賛辞、というべきだろう。そして、弟は兄に対する素直な心情を正直に述べた。

「ボックスにもどってきたときにああなった(感極まった)のも当然だと思う。自分自身の状態は自分が一番よくわかっているのだから。だからこそ、7位は素晴らしい結果だと思う」

#73
中上貴晶

 さらに今回の決勝レースでは、渾身の走りを見せた選手がもうひとりいる。

 中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)は、金曜のフリープラクティスで転倒して右肩を強打。骨折こそしなかったものの、土曜は午前のFP3のセッションを中座してクリニカモビレへ痛み止めの注射を打ちにゆき、午後のFP4と予選は走行をキャンセル。そのため、日曜の決勝レースは最後尾21番グリッドからのスタートになった。

 走りきることが可能かどうかも危ぶまれるような状態だったが、1周目で最後尾から14番手まで順位を上げ、その後も前の選手を着実にオーバーテイクして、最後は10位でゴール。

「朝のウォームアップを走ってみたときに行けそうだったので、レースをしようと決めました。とても厳しいレースだったので、トップテンで終われるとは思っていませんでした。とくにブレーキングが厳しく、このコンディションでも走りきれるように支えてくれたクリニカモビレとチームの皆に心から感謝をしています」

 中上は、2019年のドイツGPの際も、足に負傷を抱えて松葉杖が必要な状態だったにもかかわらずレースへ臨み、完走を果たしている。そのときと今回と、どちらが辛かったのか訊ねてみた。
「たぶん、今回ですね」
 と中上。

「今回はなにより(フリープラクティスで)周回をできなかったし、データも得られませんでした。タイヤについてもバイクについても、まるで情報がない状態だったので、厳しいことはわかっていましたが、それでも最後までタイヤをうまくマネージできたし、ベストを尽くすことができました」

 骨折こそしていないとはいえ、痛み止めの注射(要するに局所麻酔)を施した体で250馬力超のモンスターマシンをフルスピードからガツンと急減速で踏ん張るわけで、しかもそんな拷問のようなすさまじい行為を数秒おきに40分間も続けるわけだから、多少歯が痛むくらいでぴーぴー泣くような我々一般人にはとても真似のできることではない。

 いや、ライダーという人種は本当にすごいですね。超人です。

 というわけで、では、また。

ポルトガルGP

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【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は絶賛発売中!


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2021/04/20掲載