―ジョアン、今年はチャンピオン防衛に際して、もう少し違ったシーズン展開を予想していたのではないですか?
「そうだね。自分では、もういちど2020年のようなシーズンを繰り返したい、と思っていた。去年はMotoGPでまだ2年目だったけど、今年はさらに速さも身につけたし、ポイントの取りかたもうまくなっている。でも、問題は皆がさらに速くなっている、ということだった」
―この結果は、やはり残念ですね。
「もちろん残念だよ。でも、それは結果に対してであって、自分の走りに対して、というわけではないけど」
―何が足りなかったのでしょう?
「僕たちはライバル陣営ほど改善が進まなかった、というのが現実なんだろう。今年の僕たちはさらに速くなっていたけど、去年は限界まで攻めなくても表彰台を獲得できていた。今年は、大きく引き離されるようなことはないにしても、優勝争いをできていない。スズキ内部では、今シーズンもチャンピオン争いをできるパッケージだと僕たちは考えていた。でも、どうやらそういうわけでもなさそうだ、と日本側が気づいて、リア用ホールショットデバイスなどの開発を進めていった。導入はしたけれども、まだ改善の余地はあるので、いまはそこに取り組んでいる最中だ。もしもこれが開幕に間に合っていれば、ひょっとしたらライバル勢と同じくらいのレベルで戦えていたかもしれない」
―昨年に「最もバランスの良いバイクは?」と訊ねると、ほとんどの人が「スズキだ」と即答していました。
「今年は誰もそう答えない、って? たしかに、ウチのバイクは去年とてもよく走っていたよね。現に、いまも高い戦闘力があるよ。でも、ライバル勢が力を上げたほどには、僕たちは上げきっていなかったんだろうね」
―今シーズン、まだ勝てていないのは厳しいですね。
「うん。去年の実績や今年の出足を振り返っても、いつも優勝争いをするだけの力はあると思っているんだけど」
―去年はチャンピオンを獲ったけど優勝は1回しかしていない、という批判は耳が痛いですか?
「べつに。そういうことを言いたがる人たちは、僕がスズキに20年ぶりのチャンピオンをもたらしたという事実に対しては目を背けたがるんだよ。でもまあ、誰しも好きなことを言いたいように言うものだし。僕はMotoGP初年度にたくさん転倒したし、ケガもした。そして2年目にチャンピオンを獲得した。夢のようだよ。そして3年目の今年、現在のランキングは3番手だ。もちろん、もっと高い成績を求めている。でも、自分にできることは200パーセントで取り組んでいるんだ」
―いまの自分たちに足りないものは何でしょうか。
「予選を良くすること。でも何より重要なのは、決勝レースで優勝争いをすること、そしてクアルタラロを追い込むことだろうね。ランキング2番手とは48点差、僕とは67点差でかなり余裕のある状態だけど、どんどん点差を詰めて追い上げ、焦らせていけば、ひょっとしたらまだ目はあるかもしれない」
―あなたとファビオはかなり対照的な性格ですね。ファビオはショーマン的な面もありますが、あなたの場合は真面目で物腰も落ち着いています。
「自分がマジメな性格だとは思わないけど、控えめではあるかも。フリータイムに家で過ごしたりバイクでトレーニングしたりするのは好きだけど、ユベントスのチームキャンプに合流して一緒にいるところを写真に撮ってもらったり、なんていうのはあまり好きじゃない。そういうのも悪くないとは思うけど、家族と一緒にいるほうがいいね」
―話題は変わりますが、この夏にアレハンドラさんと結婚しましたよね。夫としてのジョアン・ミルは、どんな人物なんでしょうか。
「いままでと何も変わらないよ。安心して暮らすことが大切だと思っているし、トレーニングをして、家に帰ってきたら落ち着いて過ごす。それがすべてさ」
―料理はするんですか?
「しないかな。でもバーベキューは上手だよ」
―子供がほしいと思いますか?
「いまはまだ父親にはなりたくない。子供がいると、何もかもが変わってしまうような気がするんだ。だから、いまはまだ自分自身に集中していたい。僕は犬を3匹飼っているんだけど、そのうち1匹が少しでも調子が悪いと、心配ですごく落ち込んでしまうんだ。犬でさえそうなんだから、子供がいたらもっと大変だよ。身の回りや自分に見える世の中すべてがガラリと変わってしまうだろうし、そういう状態が少なくとも10年くらい続くことになるんだろうからね」
―マーヴェリック・ヴィニャーレス選手は、子供ができたことで心の安らぎを得たようです。とはいえ、彼がヤマハからアプリリアへ移った件は、驚きましたか?
「ここ数年の状況や彼がメディアに言っていたことなどを考えると、とくに驚きはしない。でも、いつもトップ争いをしているヤマハを離れるというのがいったいどういうことなのか、それは僕たちライダーにしか理解できないと思う。それだけになおさら、残念だと思う。外からはわからない、いろいろなことがあったのだろうけど。僕は、ヴィニャーレスは才能のある選手だと思うし、MotoGPにいるべきライダーだとも思っている。この競技に大きな貢献をしてきた人物だよ」
―スペイン国内で、人々のあなたを見る目は変わりましたか?
「そうだね。多少は人目を惹くようになったけど、いわゆる世界チャンピオン並みの注目、というほどでもない。僕はまだ24歳だし、世界選手権を戦い始めてまだ7年目で、名前もそれほど世間に浸透していない。でも、そんなのべつに気にするようなことじゃない。有名にならなくても全然構わないし、むしろ静かな生活と日常のほうを失いたくない」
―マルク・マルケス選手はあなたに対してあまり良い印象を持っていないようにも見えるのですが。
「ライバルだからね。それに僕は、このパドックにたくさん友人がいるわけじゃないし。ひょっとしたら、僕がバレンティーノの大ファンだったことも少しは関係しているのかもしれないけど、彼は僕をファーストネームでけっして呼ぼうとしないよね。向こうがそうなら、僕も同じように対応するまでだけど(笑)」
―来年は多くの選手の契約更改時期です。
「マーヴェリックの件もあったし、何があってもおかしくない。僕としては残留したいと思っている。でも、一番大事なのは、勝つ、ということなんだ」
―そのためには、スズキはあなたを引き留めておくために何をしなければならないのでしょう?
「今シーズンをどんなふうに締めくくるか、そして、皆がどれくらいタイトル奪還に闘志を燃やしているか。そこが、去就を決める大きなカギになると思う」
―ダビデ・ブリビオ氏の離脱後、スズキは新たなチームマネージャーを探していますね。
「ダビデがいなくなったのは、個人的にもかなりインパクトの大きな出来事だった。その影響で、佐原さんの負担がかなり大きくなっているようにも思う。でも、僕は佐原さんを信じているし、彼の仕事がスズキに大きな貢献を果たしていることも間違いないよ」
―佐原氏に対して、新しいチームマネージャーの提案などはしているのですか?
「いや、とくに僕からはしていないけど、今後は話すこともあるかもね。スズキに必要なのは、真面目な人柄で、チームをしっかりまとめつつ日本とヨーロッパの調和を取ることができる、そんな人物なのだと思う。でも、そういう人を探すのは大変だよ」
【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。
[第21弾マーベリック・ビニャーレスに訊くへ|第22弾|第23弾ファビオ・クアルタラロに訊くへ]