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レース・イベント

■取材・文:パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri) ■翻訳:西村 章 ■写真:aprilia
 二日間のミザノテストが終わった。今週末の第13戦アラゴンGPで、アプリリアのマーヴェリック・ヴィニャーレスがデビューを果たす。ヤマハを離脱した直後だが、ロレンツォ・サバドリ(右足負傷による手術からの回復途上)の代わりにファクトリーライダーとして走ることになる。サバドリは2022年のテストライダー契約を締結しているが、今シーズンの残る数戦でワイルドカード出場をするものと見られている(アプリリアにはコンセッションルールが適用されているため、6戦のワイルドカード参戦が可能)。ヴィニャーレスを即座に戦列に投入するのは、理にかなった意志決定ともいえるだろう。

「ヴィニャーレスを獲得したのなら、できるかぎり早くレースへ参加させたいと考えるのは当然でしょう。しかし、彼のような繊細なライダーの場合は、まずその前にテスト走行でバイクの確認をして自信をつけ、チームとの信頼関係を築くのが妥当だと思います」

 そう話すのは、アプリリアレーシングのマネージングダイレクター、マッシモ・リヴォラだ。今回のテストは、リヴォラにとっても上々の内容になった模様だ。

「彼の参加で、我々の目標が変わるということはありません。ただし、期待は高くなるのが当然ですし、2022年のバイク開発にすごくよいチャンスとなることは間違いありません。マーヴェリックは走り出してすぐにエンジンを気に入ってくれたようですし、車体に関してもいい感触を得たようです。我々の開発哲学がヤマハとそんなにかけ離れたものではない、ともいえるかもしれませんね」

 ヴィニャーレスの笑顔が、それをなによりも雄弁に物語っている。テスト二日目を終えた彼は、114周を走って1分32秒4に到達。これは、ドゥカティのミケーレ・ピッロよりも0.1秒速いタイムである。

マーヴェリック・ヴィニャーレス

―マーヴェリック、レースを走れなかったこの2戦は、辛かったのではないですか?


「とても長く感じた。火曜に走り出す前は、体が錆びついているみたいだった。最初の数周を走ってみて……ああ、久しぶりだなあ、と思ったよ」

―この夏はいろんなことがありました。レース人生で最も厳しい期間だったのでは?


「厳しいどころか、むしろ自分の人生で最も幸せな期間だったような気もする。大切なのは、冷静さを保つ、ということ。だから、喧噪からは離れて家族といっしょにいたんだ。またふたたび走ること、能力を最大限に発揮する方法を見いだすこと、そして、自分の持てる力を出しきること。目指していたのはそこなんだ」

―アプリリアの期待に応えましたね。ところで、あなたがヤマハとの契約を破棄してアプリリアへ移るという噂が出たのは6月のアッセンでした。いつ頃から交渉を始めていたのですか?


「アレイシとは、いつもよく話をしているんだ。昔からいい関係だし、彼の感触を自分でも理解したかったんだ。彼の走りを見るとハードに攻めていたし、ポテンシャルもあるようだった。一方、自分はというと、思う存分走れたことがなかった。年間5戦ほどならできたけど、シーズン全体ではとてもムリだった。だから、これ以上あそこにいてもしようがない、と思ったんだ。ライダーとしての自信も失っていたしね」

―2019年のシーズンオフには、ドゥカティとかなりいいところまで話が進んでいたようですが、その後、カタールへ行き、その足で日本へ飛んで契約を更新しましたよね。いまから振り返ると、別の選択肢もあり得た、と思いますか?


「いや、あのときはあれが正しい選択だったんだ。だから、あのときに別の選択肢があったとは思わない。とくにこの数ヶ月に様々なことがあったからこそ、その結果としていろんなことを学んだ結果、いまの自分があるわけだからね」

マーヴェリック・ヴィニャーレス

―ちょっと早いアプリリアへの到着でしたが、彼らと、そしてあなた自身にも最高のプレゼントになりましたね。これは2022年に向けて貴重な期間ですよ。


「そうだね。来年に備えるためには、レースするのが最高の準備になるわけだから。アラゴンでさっそく、いろんなことを勉強できる。今回のテストでは最初に3周ほど走って、レースしたいなあ、と思ったよ」

―今のMotoGPでは、あなた以上に高額の報酬を得ているのはマルク・マルケス選手だけです。かなりの額のお金を諦めたことになるのでは?


「うん、たしかにかなりの額だよ。でも、人生で大切なのはお金じゃない。幸せになることのほうが、ずっと大切だ。さらにいえば、幸せになることよりも、達成感を得ることのほうがさらに重要だと思う。ぼくには、それがなによりも必要なんだ」

―リヴォラ氏によると、あなたは彼に毎日、「早くバイクに乗りたい」と連絡していたそうですね。RS-GPに乗ってみて、印象はいかがですか?


「大事に走ったよ、転倒しちゃいけないから(笑)。冗談はともかく、とにかく早くレースをしたいし、全力を出しきりたいし、それになにより、チームの皆を引っ張って早く一緒に素晴らしい場所にたどり着きたい、そう思ってるんだ」

―アプリリアが歴史的な偉業を達成したところから、あなたの旅路がスタートします。イギリスGPのレースをテレビで観ていて、どんな気分でしたか?


「ずっとアレイシを応援していたよ。昔から応援しているけど、今回はとくに力が入ったね」

#41
アレイシ

―あなたのチームメイトになる人は、手強いライダーです。打ち負かすのは容易ではなさそうですね。


「レースで打ち負かしてやろうなんて、まったく思ってもいないよ。ぼくはバイクをしっかり理解して学ばなきゃいけないし、着実に一歩ずつ前進していくつもりさ」

―バイクの印象はどうですか?


「第一印象では、自分のライディングを向上させてくれそうな気がする。エンジンブレーキは扱いやすくて、かなり効果を発揮できそうだ。ラクにコーナーへ入っていける。前はそれが難しかったんだけど。フロントの感触もいい。走り始めてすぐにわかったよ。アレイシとサバドリがすごくいい仕事をしてきた、ということだね。ぼくはアレイシのセットで走り始めたんだけど、最初から気持ちよく乗ることができた。ベースがいい、というだよね。もちろん改善の余地はたくさんあると思うけど、まだ自分がバイクをしっかりと理解できていないので、まずはいろんな角度から理解を進めていきたいと考えている」

―あなたはずっとインライン4のバイクに乗ってきましたよね。今回のマシンはV4なので苦労する可能性もあったと思いますが、アプリリアのスタッフは大いに感銘を受けたようです。あなた自身は、どうでしたか?


「まずは滑らかに走ることを心がけた。今までのバイク(YZR-M1など)とはかなり異なるから、攻めていくためには特性をしっかりと理解しないといけない。でも、たのしく走れた。ペース面でも、かなり速さを出せた。路面のグリップはあまり高くないけど、ユーズドタイヤで安定して力強いラップを刻むことができた。いい兆候だと思うよ」

―アラゴンはデビュー戦だし、その後の数戦もとくに過大な結果は求められないだろうと思います。自分自身では、どんな目標を設定していますか?


「もう一度レースをしたい、と心から強く思えること。それがいまはもっとも大切だと思う。もうレースをしたくない、と思っていた時期は辛かった。今の目標は、バイクを理解してチームを理解して、それをきっちりと噛み合わせてレースで速いタイムを出すこと、だね」

#12

―2022年の目標は?


「どうだろう。自分たちの側から限界を作ることはない、とは思っている。ぼくたち皆がしっかりと仕事をできれば、おのずと結果はついてくるだろうから」

―あなたには、愛情を受け止めてしっかりと支えてくれる人が必要なんでしょうね。


「ここの雰囲気は全然違うよ。情熱が伝わってくるんだ。ぼくは、自分が全力を出しているときには他の人たちもそうであってほしいんだけど、ここならきっとそれができる、という確かな手応えがあるんだ」

―以前のチームメイト、ファビオ・クアルタラロ選手は、シルバーストーンであなたが陣営から離れたことについて訪ねられた際、自分の関知することではない、と、素っ気ない返答でした。一方、バレンティーノ・ロッシ選手は、例によってあなたのことを良く評価していました。


「ファビオとはずっといい関係だったので、そんなふうに言うとは思わなかった。でも、いまはチャンピオンシップをリードして自分のことに集中しているから、ああなるのかもしれない。そんな返答になるのも当然だろうね。バレンティーノとは、うん、ずっといい関係だよ。少しぎこちないときもあったけれども、いつもお互いを理解しようとしてきた。彼にはたくさんのファンもいるしイメージというものもあるから、本当の身内になるのは難しい面もあるけど、総じてピットの中でも外でも、いい関係を続けてきたと思っている」

―以前はあなたのボスだったリン・ジャーヴィス氏は、ロッシ選手がペトロナスに行ったことであなたがヤマハのリーダー的役割になるだろう、と考えていたようですが、そういうふうにはなりませんでしたね。


「さっきも言ったけど、時が経って皆が収まるべきところに収まった、ということなんだろうね」

#12


【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。


[第20弾マルケスに訊くへ]
[第21弾ジョアン・ミルに訊くへ]





2021/09/06掲載