今回のスペシャルインタビューに際し、事前に忠告を与えてくれたヤマハのマネージングダイレクター、リン・ジャーヴィスにまずは謝意を表しておこう。取材前、ジャーヴィスはこう言ったのだ。
「今日、ファビオを取材するそうだけど、うまく行くといいね。今朝、朝食で彼と一緒になったとき、まったく声が出ていなかったよ」
なるほど、それも当然だろう。決勝レースを4位でゴールした瞬間から大声で叫び、わめき、サーキットを後にしてからは朝までずっと夜どおしパーティを楽しんでいたのだから。
「本当に最高のパーティだったよ。家族とチームの皆と朝まで祝いっぱなしだった。夜の10時には皆でプールにも飛び込んだんだ。でも、リンは途中からいなくなってた。きっと逃げて部屋に戻ったんだな」
そう言ってファビオは笑った。
―MotoGPの世界チャンピオンとして、初めての朝を迎えた気分はどうですか?
「ヘンな感じだね。ぼくたちが達成したことの実感が、まだないんだ。きっと、もうちょっと時間がかかるんだろう。でも、これはきっと、とてつもないことなんだろうね。子供の頃からの夢だったけど、とんでもなく困難であることもまた、わかっていたつもりだ。1年でたった1回だけ、しかも世界でひとりのライダーしか、達成できないことなんだから。今年は、それがぼくだった。こんなに幸せな気持ちになるなんて想像できなかったよ。しかも、ぼくのスタッフたちの大半も、これが世界チャンピオン初体験なんだ。だから、ダブルでうれしいよ」
―家族の皆さんにとっても、かけがえのないことですね。
「本当にそうだね。現在のぼくがあるのは家族のおかげだから。ぼくがレースを始めて間もない頃、トレーニングのために父はいつも長い距離を運転してくれた。6万キロは軽く走ったと思う。その恩は一生忘れられないね」
―でも、御父君のエティエンヌさんは、あなたはお母さんのほうによく打ち明け話をしていた、と言っていましたよ。
「そうなんだ。場合によっては、あまり事情をよくわかっていない人に打ち明けるほうが気持ち的にラクだったりすることもあるんだよね。なんでそう思うのかは自分でもわからないけど」
―友人のトム(・モーバン)氏との間柄も、端から見ていても仲がよさそうに見えますよ。
「最初に会ったのは、6年ほど前。ぼくがジェットスキーを借りにいったとき、ニースのボートクラブで働いていたんだ。何度か一緒に過ごすことがあって、それ以来、ずっと親友だよ。いまではほぼ毎日会ってるんじゃないかな。ヤツはマティルダ(Tech3チームのマネージャー、エルベ・ポンシャラル氏の娘)と一緒に暮らしてるんだけどね」
―肉親と同様に、ヤマハもいまではあなたにとって家族のような存在ですね。
「表彰式のときに、DORNAのスタッフからは登壇してよいのは家族だけだと言われたんだけど、ぼくとしては皆に表彰台に上がってほしかった。だって特別な瞬間なんだから、全員で祝福するのが当然だと思ったんだよ」
―あなたは、自分のバイクに名前をつけているんですか?
「いやいや、名前はつけてないけど、けっこうバイクに話しかけることはあるよ」
―では、昨日(日曜日)はバイクに何を話しかけたんですか?
「ほとんど話しかけなかった。バイクと話すのはもっぱら予選で、決勝ではあまり話さないんだ。それにこの日曜は、レース中はかなり緊張していたし」
―今シーズンは、フランチェスコ・バニャイア選手が強敵でしたね。
「ペコとはいい関係を維持していると思う。ひとつの夢を追いかけて相争っているときに、あんなふうにいい関係を保ち続けるのはなかなか難しいと思うけど。ピットレーンでぼくを迎えて祝福してくれたときは、ほんとうにすごい男だと思った。世界チャンピオンを争っていて、いままさに負けたばかりだというのにあんなふうに振る舞えるなんて、ふつうの人にはとてもできないことだよ」
―ペコもそうですが、どの選手ともいい関係を維持していますよね。
「そうだね。自分がチャンピオンを争っているときに、15番手の選手となら仲良くできても、タイトルを競う直接のライバルと仲良くするのは、なかなか簡単なことじゃないのかもしれない。だからこそ、皆といい関係を築き上げることは大切なことなんだと思う」
―フランス人初の最高峰クラス王者ですよ。
「信じられないよ。人生最高の幸せな瞬間だと思う。でも、この気持ちを言葉でどう表現すればいいのか、いまもまだよくわからないんだ。ほんとにすごいことなんだと思っているんだけど」
―あなたがチャンピオンを決めたミザノは、バレンティーノ・ロッシ選手のお膝元です。じっさいに、多くの人たちがペコを応援していました。でも、最後には皆があなたへ拍手喝采を贈り、タイトル獲得を讃えました。ちょっとあり得ないような風景でしたよ。
「バレの地元でペコと勝負をするなんて、自分の人生でも滅多にできない素晴らしい経験をさせてもらえた、と思っているんだ。ウィニングランでまず序盤の3つのコーナーを回りはじめたとき、観客席の黄色い人たちがまるで壁のようで、その人たちが皆、ぼくを祝福してくれていた。まさかそんなふうになると思っていなかったので、信じられない思いがしたよ」
―あなたを見ていると、飾り気のないところがとても良いなと思うんです。取り澄ましたり格好をつけたりは、しませんものね。
「ぼくはこのままだよ。どうすればカッコつけられるのか、わからないし。日曜もそうだったと思う。30分でたぶん50回くらい泣いたんじゃないかな。飲んだものが全部目から出ていったよ」
―今シーズンのキーポイントになったレースは?
「ムジェロだと思う。ペコが転倒したのも事実だけど、あのウィークの前にぼくはスペインGPで悪化した腕上がりの手術をして、レースに臨んだ。ムジェロはドゥカティの地元で、ここ3年は、ドヴィツィオーゾ、ロレンソ、ペトルッチ、とずっとドゥカティのライダーたちが勝ってきた。そのサーキットをヤマハで勝てたことで、自分たちはいいところにつけていることがわかった。あの勝利で、だいぶ自信をつけることができた」
―最もお気に入りのオーバーテイクは?
「とくにこれというものがあるわけじゃないけど、あえていえばオーストリアの3コーナーかな。ヨハン(・ザルコ)を抜いたときで、テレビには映らなかったけどブレーキングで40メートルくらいは詰めたと思う。他にもいろいろあるけどね」
―2022年は、マルケス選手とバニャイア選手があなたに挑みかかってきます。バスティアニーニ選手も来るかもしれません。
「いまはまだそこまで考えられない。タイトルを獲得したよろこびで気持ちがいっぱいだから。でも、2022年は厳しいシーズンになるだろうね、ペコやマルクやマルティンや、他にも強い相手はたくさんいる。ミル、リンス、等々……」
―あなたはバレンティーノに憧れて育ってきましたよね。そのあなたが、彼と揃ってファンの声援に応える様子は、とても胸に迫るものがありました。彼はここから去ってゆく一方で、あなたはこれからロードレース界にストーリーを編んでゆきます。なんというか、象徴的ですね。
「かもね。コース上にバレンティーノがいて、ぼくを祝福してくれる姿は、なんだかすごく特別なものだと感じたよ」
―心に迫るメッセージはもらいましたか?
「まだ全部は見ていないんだ。でも、F1ドライバーやサッカー選手や陸上選手や、いろんなスポーツ界の人たちがメッセージを送ってくれた。本当にほんとうに、うれしい気持ちでいっぱいだよ」
―将来に犯したくない過ちはありますか?
「人格が変わるようなことはしたくない。ずっとこのままのファビオでいたい。たしかにチャンピオンは獲ったけど、それで自分が今とはなにか違った人物になるわけじゃないんだから」
―自分自身になにかご褒美をあげますか?
「自分用に車を買うかも。ポールポジションアワードの賞品として去年もらった車は、父にあげてしまったし、今年ももらえそうだけど、それもまた家族の誰かにあげると思う。ホントに、なにもかも家族のおかげだからさ」
【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。
[第22弾ジョアン・ミルに訊くへ|第23弾|]