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新車プロファイル2024






全日本ロードレース選手権シリーズ第4戦は、「スーパーバイクレース in もてぎ」が栃木県・モビリティリゾートもてぎで開催された。最高峰となるJSB1000クラスは2レースが実施された。「鈴鹿8耐よりも暑い」と誰もが口にする酷暑となった戦いを、AutoRace Ube Racing Teamの#31浦本修充がダブルウィンを飾った。
■文:佐藤洋美 ■写真:赤松 孝

 JSB1000のトップライダーたちの多くは、鈴鹿8時間耐久の戦いを終え、残暑厳しいもてぎへとやって来た。鈴鹿8耐で2位に入った#2中須賀克行(YAMAHA FACTORY RACING TEAM)は、プライベートテストで転倒しあばら骨3本にひびが入った状態での参戦だったことを明かし「もう、大丈夫」だと語った。SUGO戦の前の事前テストで肩を痛めた#3水野 涼(DUCATI Team KAGAYAMA)も鈴鹿8耐に参戦後、もてぎ戦での本格復帰を目指した。CNチャレンジで注目を集める#7津田 拓也(Team SUZUKI CN CHALLENGE)も参戦した。

 今季、浦本はスペイン選手権から帰国。ワールドスーパーバイク選手権(WSBK)でタイトルを得たBMWのワークスマシンと同等とみられるマシンで参戦しており、昨年のDUCATIの水野同様に話題となっている。開幕戦となったもてぎのデビュー戦で3位となり、第2戦SUGO戦でポールポジション(PP)を獲得。レース1はトラブルでリタイア、レース2は中須賀とトップ争いの末に2位となり実力の片鱗をみせている。
 浦本は、鈴鹿8耐フリー走行でJSB1000レコードに迫る2分4秒台を記録した。MotoGP、WSBK、全日本トップライダー、ワークスBMWのライダーを凌ぐ速さを示した。予選、トップ10トライアルと速さを発揮し、その力を示し続けた。決勝も優勝を争うライダーたちと変わらぬタイムで周回し続けた。だが、8耐はひとりで戦うわけではなく、最終的には6位となり、悔しさを抱えることになった。
 浦本は、それでも得たものの大きさを感じていた。
「テストからレースウィークと本戦とバイクに乗り込むことが出来て、理解度がチームも自分も深くなった」
 全日本初優勝へのカウントダウンは、すでに始まっていたのかも知れない。

#JSB1000-Rd4
#JSB1000-Rd4

 予選は#4野左根 航汰選手(Astemo Pro Honda SI Racing)がPPを獲得、浦本は決勝を見据えて、あえてアタックすることなく3番手でフロントローに並んだ。レース1は、ライダーの体力を試すかのような午後の最も気温が上昇する2時過ぎに行われた。鈴鹿8耐の1時間走行に比べれば短いが、タイムアタックのような集中力を持続しなければならないスプリントレースであり、その過酷さは想像を絶する。気温は約35℃、路面温度は60℃に迫っていた。
 野左根がホールショットを奪い、中須賀、津田、浦本が続く。野左根がオープニングラップを制し、それを追う浦本、中須賀、津田がトップ集団を形成する。野左根と浦本のトップ争いとなり、4周目、自己ベストを更新する浦本が野左根を捉えて首位に立つと独走体制で初優勝を飾った。2位に中須賀、3位に津田が入った。

 チェッカー後、初優勝に歓喜するチームスタッフに迎えられた浦本の元に、中須賀、津田が祝福に駆けつけた。浦本にとって中須賀は、「全日本昇格した2009年には、すでに全日本王者で、雲の上よりもはるか上にいる存在、全日本を走っているライダーで、中須賀さんを尊敬していないライダーはいない。今も昔もこれからも変わらない凄い存在」と、「スズキ車に乗っていた時は、良く面倒を見てもらいました。実力者である先輩」である津田。その二人を従えての表彰台だった。
「まだ、レース2が残っているので」と喜びを語ることなく、浦本はレース2に挑んだ。

#JSB1000-Rd4

 レース2も酷暑は変わらずで、さらにレース1より5周多い20周の設定。ライダーの安全を考慮して周回数を減らした方が良いとの意見もあったようだが、変更されることなく、レース1以上の過酷なレースのスタートが切られた。
 激しいトップ争いとなり、中須賀、野左根、津田、#8岩田 悟(Team ATJ)らが続く。2コーナー立ち上がりで野左根が首位に立ち、中須賀が追う。その背後に#10長島哲太(DUNLOP Racing Team with YAHAGI)が浮上して、中須賀、野左根を次々にパスしてトップ浮上する。長島がオープニングラップをトップで駆け抜けた。
 浦本が2番手に上がり、長島を追い激しいトップ争いとなり、浦本が長島を捉えた。長島、野左根、中須賀、水野、津田が数珠つなぎで続いた。浦本はペースアップして独走体制へと持ち込む。中須賀が、野左根、長島を捉えて2番手浮上して浦本を追うが、その差が詰まることはなかった。浦本は逃げ切り優勝を飾り、2位に中須賀、3位には、長島との激しい3番手争いを制した水野が入った。

#JSB1000-Rd4

 レース1の時は、レース2があると控えめな喜びだったが、レース2も酷暑の戦いで「本当に暑くきついレースだったので……。あと、どれくらいで終わるのかと思ったら、まだ8周も残っていて……。チェッカーの瞬間は、喜びよりも、あ~、終わったと……。でも、もちろんすごく嬉しいです」と語った。
 浦本はレース1、レース2とファステストラップを記録、どちらも独走優勝だった。
「尊敬する中須賀さんや津田さんと一緒に表彰台に上がれたことは、とても光栄なことです。ホンダのキット車で走る野左根選手、タイヤ開発しながら参戦する長島選手、後輩の水野選手も、速く強いライダーで、素直にすごいライダーたちと競えていることを嬉しく思います。スペイン選手権では、たくさんの経験をさせてもらいました。いいことも、悪いこともあり、思い返すと辛い時間だったなと……。なので、今、チームに恵まれて、支えてもらって、皆が喜んでくれるレースが出来たことが良かったなと思います」

#JSB1000-Rd4
#JSB1000-Rd4

 浦本は公園でポケバイに乗る子を見て、バイクに乗りたいと親にせがんだ。7歳から74Daijiroに乗り始める。始めた時から身体が大きく、ポケバイに乗る姿は「スーパーマリオに出てくるドンキーコングみたいだった。バイクが小さくて、ステップに足を置き、ハンドルを握ると背中が丸く大きく見えたと思う。操るのが大変だったけど楽しかった」と振り返る。同期には大久保 光や長島哲太がいる。ミニバイク時代には野左根とやりあった。水野は、ハルク・プロに所属していた時の後輩だ。

 その後浦本は2009年J-GP3にデビュー、その時も長身で目立つライダーだったが、身長よりも非凡な才能で目を引き注目を集めた。デビューから関係者が、一目置く存在だった。2010年には名門ハルク・プロへ移籍。2015年までハルク・プロでST600、J-GP2、JSB1000とステップアップし、次期ホンダのエースとして注目された。だが、2016年スズキ車を駆りJ-GP2でタイトルを得る。翌年にはJSB1000参戦。2018年からスペインスーパーバイク選手権参戦を開始する。トップ争いの常連となり幾度も表彰台に登り、勝利も挙げ、2024年まで戦い続けた。途中、WSBK、イギリススーパーバイク選手権、世界耐久選手権などにスポット参戦し腕を磨いた。
「世界で戦うという目標に近い選択がスペイン選手権でした。ここからWSBKに参戦するライダーも多く、自分もチャンスを掴みたかった」と振り返る。しかし、2023年の途中でチームの事情で参戦が断たれてしまった。

#JSB1000-Rd4

 2023年、ハルク・プロからの要請で鈴鹿8耐に参戦し2位に入り、その実力を誰もが再認識した。現チームのチーフエンジニアの伊神常高は、浦本がJ-GP2でチャンピオンを獲得した時のメカニックであり、浦本の才能を誰よりも知る人物でもある。伊神は浦本に声をかけた。
 浦本は決意した。
「最後まで戦うことが出来なかった2023年は、もう自分のレースに向ける強い気持ちを捨てなければならないのかと思っていました。世界を目指してスペインに来て、そこだけを見て走っていたのに、もう、諦めなければならないのかと……。でも、声をかけてもらえた。BMWに乗ってみたかったこともありますが、このチームの方向性が世界を向いていて、その可能性があると思えたことで決断することが出来ました」

#JSB1000-Rd4
#JSB1000-Rd4

 スペイン生活の間、全日本の戦いは欠かさずチェックしていた。「凄い戦いを繰り広げる全日本のトップライダーのすごさを感じていました。でも、見ていた理由は。単純にレースファンとして面白かったから」だった。そこで戦うライダーたちの力を感じていたことも、全日本参戦を前向きなものにした。全日本を戦うことで、学びも成長もあると感じたことが浦本の背中を押した。
「簡単に勝てるわけはない」と謙虚にレースに向き合った浦本は、簡単に勝ってしまったのではないかと思うほどの独走優勝を見せた。やっと、自分の力を示すことのできるマシン、チームに出会うことが出来たのだろう。浦本は、「まだ、自分なんて」と言うが、その力を伸び伸びと示し、燃やし続けたレースへの情熱と正面から向き合っている。

 現在、中須賀に次ぎランキング2位につけているが、浦本は続く2戦を欠場し、EWC最終戦のボルドール24時間耐久へと向かう。戻ってくるのは、全日本最終戦鈴鹿となる。
チームディレクターの中井貴之は「最終戦の鈴鹿は8耐も走っているので、高い戦闘力で戦えるようにしっかりと準備したいと思います。ボルドールで結果を残し、さらに速くなって我々は全日本に戻ってくることを約束する」と語った。

 全日本第5戦オートポリスは9月13~14日に開催される。EWCボルドール24時間耐久は9月18~21日に開催される。
(文:佐藤洋美、写真:赤松 孝)

#JSB1000-Rd4
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2025/09/09掲載