第19戦バレンシアGPが閉幕し、2019年シーズンのMotoGPが終了した。今回の週末は、木曜にホルヘ・ロレンソ(Repsol Honda Team)が電撃的な引退発表を行ったことで、各陣営の来季へ向けたチーム構成の変更やそれを巡る様々な噂が行き来して、にわかに慌ただしさを増した四日間になった。
その経緯と顛末は後述するとして、まずはレースそのものの展開から。
優勝はマルク・マルケス(Repsol Honda Team)。2位がファビオ・クアルタラロ(Petronas Yamaha SRT)、3位にジャック・ミラー(Pramac Racing/Ducati)という顔ぶれの表彰台になった。ちなみに、この3名はいずれもフロントローからスタートしている。
クアルタラロは、今季6度目のポールポジションながら、またしてもマルケスに優勝を阻まれた格好だ。一方のマルケスは2番グリッドからのスタートで、土曜の予選を終えて「ヤマハ勢、特にファビオの一発タイムがとても速いけど、レースペースで見ると(自分は)とてもよい」と決勝で優勝を争う自信を隠す様子もなかった。
「明日はファビオとマーヴェリック(・ヴィニャーレス/Monster Energy Yamaha MotoGP)が速いと思う。決勝では表彰台を目指したい」と言葉の上では微妙に謙虚な様子を見せながらも、「ドゥカティはスタートが良いし、しかも、ジャックはアグレッシブ。数字上ではファビオとヴィニャーレスが強そうだけど、ジャックも来ると思う」と、まさに予想したとおりのレース内容になった。
シーズン全19戦を終わってみれば、マルケスは優勝12回、2位6回、という圧倒的な内容である。今年がレースキャリアのベストシーズンだと話し、「とても愉しめた一年だった」と振り返ったが、そりゃあこれだけ勝てて表彰台に上がり続ければ、愉しくないわけがないだろう。
年間最多勝利を挙げたのは、2014年の13勝。この年は開幕10連勝と6連続ポールを獲得しており、この年をマルケスのベストシーズンとする声が多かったのもたしかにうなずける。今年は勝利数でその2014年に一戦及ばないものの、19戦中18表彰台、しかも優勝以外はすべて2位、という水準の高さである。2014年は優勝以外で表彰台に登壇したのは1回のみ、という内容と比較すると、今年のずば抜けた水準の高さがさらに際立つ。
しかも、これで現在まだ26歳である。選手として今後、ますます脂がのってくる二十代後半から三十代前半にはたしてどんなレースをするのかと想像すると、やや空恐ろしくもある。ちなみに、バレンティーノ・ロッシ(Monster Energy Yamaha MotoGP)が現在のマルケスと同じ年齢の26歳だった2005年は、ホンダからヤマハへ移った二年目で、シーズン11勝を挙げている。その後のロッシは、したたかさと強さをさらに高めて、2008年と2009年を連覇した。また、1990年代に圧倒的な勝ちっぷりで5連覇を成し遂げたミック・ドゥーハンが初めて世界タイトルを手にしたのは、29歳のときだ。そう考えると、これから先の数シーズンをかけてマルケスの速さと強さと巧緻なしたたかさがさらに極まっていくのは、火を見るよりも明らかである。
今回のトップスリーに続く4位でレースを終えたのは、アンドレア・ドヴィツィオーゾ(Duacti Team)。予選6番手の2列目スタートで、「このコースは自分たちドゥカティにとってベストのコースではない」と決勝前に話していたとおりの結果になった。ドヴィツイオーゾは3年連続のランキング2位。ドゥカティのデスモセディチは圧倒的な動力性能を誇る一方で、旋回性には厳しい一面があり、この短所はドヴィツィオーゾ自身が「ドゥカティのDNA」と評するとおり、積年の課題になっている。マルケスの後塵を拝しつづける〈永遠の二番手〉から脱するためにも、どんなコースでもまんべんなく高い戦闘力を発揮できる状態に仕上げることは、彼らにとって喫緊の急務であろう。
そして、そのドヴィツィオーゾに肉迫しながら、オーバーテイクするには微妙に及ばなかったのが、今季の躍進著しいリンちゃんことアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)である。
レースを終えたリンちゃんに、ドヴィツィオーゾを追いきれなかった理由を訊ねてみたところ、「タイヤチョイスは正解だったんだけどね」とかすかに苦笑を泛かべた。
「スズキ以外にも(リア用に)ソフトを選択した選手たちはいたし、自分たちにはそれがベストの選択だった。レース中はずっと力強く走れたけど、ドビと戦えるほどではなかったのは、向こうは自分たちよりも直線のトラクションが良く、その差を埋め合わせるためにブレーキで限界まで攻めたんだけど、直線でまた差をつけられるという展開が続いたからなんだ」
来季に向けた改善課題は「トラクションとトップスピード」と述べた。
「バイクも良くするとともに、自分自身ももっと高い水準で安定して走れるように努力をしなきゃいけない。皆がチャンピオンを狙っていて、毎年どんどん厳しい戦いになるから、来年は安定して何戦も勝てるようになることを目指したい」
日本人選手の結果にも、簡単に触れておこう。
Moto2クラスに参戦する長島哲太(ONEXOX TKKR SAG Team)は21位。金曜の初日は表彰台圏内も狙えそうな走り出しだったのだが、日を追うにつれて右肩下がりになり、ポイント圏も逃す位置でレースを終えてしまった。長島自身も、「このチーム最後のレースなので、いい形で締めくくりたかったけれど、情けない結果になってしまい残念……」とうなだれた。来季は名門のRed Bull KTM Ajoへ移籍する。新天地で存分に力を発揮するためにも、この冬からしっかりと準備を進めてもらいたいものである。
Moto3では、レース序盤からトップ争いを繰り広げながら、またしても惜しいところで表彰台を逃し、3位と0.066秒差の4位でチェッカーを受けたのが鈴木竜生(SIC58 Squadra Corse)。来季のチャンピオン獲得に向けた取り組みを今回のレースウィークでも行っていたが、2020年シーズンは序盤から高い水準で戦うことができれば、まちがいなくタイトル候補の一角に食い込んでくるだろう。
小椋藍(Honda Team Asia)は10位。10列目28番手という低い位置からのスタートになったが、赤旗中断によるレース進行の順延と周回数短縮、レース再開後も転倒車続出、という荒れた展開にも助けられてトップテンでレースを終え、世界選手権一年目はランキング10位で締めくくった。
チームメイトの鳥羽海渡(Honda Team Asia)は13位。鳥羽も小椋同様の低位置スタートで、9列目25番手グリッドだったが、最後はポイント圏へ浮上していった。ただし本人はレースを終えて「最悪です……」と浮かない表情。鳥羽も来季はRed Bull KTM Ajoへ移籍し、環境を一新して新たなシーズンに臨む。
真崎一輝(BOE Skull Rider Mugen Race)は16位。予選の転倒などでマシンセットアップが充分に決まりきらない状態ながら、なんとか最後まで走りきった。来季はFIM CEV レプソル選手権のMoto3クラスへ戦いの舞台を移す。ここでチャンピオンを争い、2021年にはふたたび世界選手権の場へ復帰すべく、捲土重来を狙ってもらいたい。
佐々木歩夢(Petronas Sprinta Racing)は、前戦マレーシアGPで骨折した右手の負傷を抱えた状態で、厳しい体調ながら決勝レースを最後まで走りきって19位完走。2020年はKTM陣営のRed Bull KTM Tech3へ移籍する。
さて、冒頭でも触れたとおり、第19戦のレースウィークで最も大きな注目を集めたのが、ホルヘ・ロレンソの電撃的な引退発表だ。
2002年の第3戦スペインGPでグランプリデビューを果たし、以後現在まで125ccクラス46戦、250ccクラス48戦、そして最高峰のMotoGPクラスで203戦の計297戦を走りぬいた。3クラス合計で68勝152表彰台を獲得し、5回の世界王座に就いた。ポールポジションは69回、ファステストラップも37回記録している。今回のバレンシアサーキットが現役生活最後の走行になったが、当コースで2016年に記録した1分29秒401のラップレコードは今も破られていない。
今回でプロフェッショナルレーシングライダーとしての生活に終止符を打つとはいえ、湿っぽい愁嘆場のようなシーンはいっさいなかった。それどころか、これまでずっと抱えてきた様々な重荷を両肩から下ろし、身も心も軽くなったすがすがしさのほうがむしろ強く感じられた。
最後のゴールラインを通過し、チェッカーフラッグを受けた瞬間は、大きな開放感をおぼえたという。これからしばらくは長い休日を過ごす、と話すロレンソは、時間が経てばやがてパドックで何らかの重要な役割を果たす人物になるのかもしれない。だがその前に、まずは18年間耐えてきた重圧や責務から離れ、32歳の青年としてしばらくは落ち着いた時間を過ごすのだろう。長い間、お疲れさまでした。
ロレンソが抜けたRepsol Honda Teamのシートに関しては、様々な憶測とドミノ効果のようないろんな噂が乱れ飛んだが、これを書いている現在では、アレックス・マルケスがMoto2クラスから昇格し、兄弟ファクトリーチームになるという見方が支配的だ。おそらく皆さんがこれをお読みになっている頃には、すでに大勢が判明しているかもしれない。
19日(火)からは、2020年シーズンに向けた二日間のテストが当地でスタートする。少なくともその頃には、かなりの情報が判明しているだろう。
というわけで、2019年シーズンはひとまずこれにてお開きである。では、また。
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはMotosprintなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。
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