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バイク承前啓後

バイクと出会って半世紀。子供の頃、バイクのカタログ集めに夢中になった山形の少年は、学校を卒業すると念願だったホンダに入社。1994年からは二輪広報を担当し、2020年定年退職するまで四半世紀、一貫して広報活動に従事した。バイクブームのあの時代からの裏も表も知り尽くした高山さんの視点でふりかえる、バイク温故知新の四方山話。それが「バイク・承前啓後(しょうぜんけいご)」。

第14回 カタログに見る「スクランブラーモデル」の誕生と変遷 -カワサキ編- 

【難しいカワサキブランドの歴史】

 カワサキの二輪車の歴史を調べますと、川崎重工業のホームページでは1953年に二輪車用エンジンを生産したのがルーツと紹介されています。
 その後1961年にカワサキブランド第1号車「B7」が誕生。製造会社は、川崎航空機工業でした。
 1989年に川崎重工業が、川崎航空機工業と川崎車輛を吸収合併。ここから川崎重工業製のカワサキブランドが始まります。そして、2021年10月に川崎重工業のモーターサイクル&エンジン事業は、新会社「カワサキモータース」が継承していくことになりました。カワサキブランドの二輪車が誕生してから60年。ホンダ、ヤマハ、スズキに比べると「若いカワサキ」であることが分かります。
 では、本題のスクランブラーの歴史を紐解いてみたいと思います。
 カワサキブランドの二輪車が誕生した2年後の1963年、兵庫県青野ヶ原で開催されたモトクロス大会に出場した「B8モトクロスマシン」が、1位から6位まで独占という圧倒的な強さを発揮しました。新しいブランド「カワサキ」を強くアピールしたのです。モトクロスブームとともに、赤く塗られたカワサキのモトクロスマシンは広く知られるようになっていきました。現代のモトクロスマシンのカラーは、カワサキがグリーン、ホンダがレッドですが、当時はレッドがカワサキのカラーでした。
 1965年には、早くも市販モトクロスマシン「B8M(124cc)」、「J1M(82cc)」を発売し、ファン拡大を図っています。

120-C2SS
120-C2SS
1967年120-C2SS。“SS”は、スーパースポーツの意味を込めたものと思われます。同時にスクランブラーも訴求しています。カタログには、「街を走る スクランブラータイプ」のコピーがあります。モトクロスマシンイメージのレッドが鮮烈でした。

A1SSと250-A1
A1SSと250-A1
1967年250-A1SSと250-A1。諸元表の下には、両車の違いを紹介しています。川崎航空機工業とカワサキオートバイ販売の2社が記載されています。

250-A1SS
250-A1SS
250-A1SSは、万能型スーパースポーツと紹介されています。アップマフラーやユニバーサルタイヤ、エンジンガードなどを装備したストリートスクランブラータイプです(カタログではスクランブラーの記述は見当たりません)。250-A1SSは、1969年にモデルチェンジし「250-A1SS スペシャル」となり、セパレートタイプのメーターや、タックロール付シートの採用などで、一段とシャープなスタイリングになりました。

250-A1/A1SS
250-A1/A1SS

世界チャンピオン獲得の広告
1969年 250-A1/A1SSのカタログは、”男カワサキ”のイメージです。カタログには、川崎重工業とカワサキオートバイ販売の2社が記載されています。この年から川崎重工業が製造会社となっています。

「A1SSはオフロードも楽しめます」のコピーから想像すると、A1SSはオフロードで楽しめるイメージが弱かったのかもしれません。1970年には、早くもモデルチェンジされ、タンク形状が変わっています。豪快なアップマフラーは引き続き採用。250-A1SSは、これが最終モデルになりました。

1970年250/350シリーズ
1970年250/350シリーズ
1970年250/350シリーズ。この当時は、性能曲線図が掲載されていました。

250-A1SS
250-A1SSは、オフロードを走るよりも街中で目立ちたいと思うような鮮やかなイエローをまとっています。

【ストリートスクランブラーからトレールへ】

 1969年、90ccクラスに「90-SSS」が新たに仲間入りしました。ロードスポーツの90SSをベースに、アップマフラーやブリッジ付ハンドルを採用したモデルです。
 1970年には、本格的なオフロードモデルとして「90-TR トレールボス」が新登場し、時代はトレールに移り変わっていきます。

1970年 90シリーズ
1970年 90シリーズ
1970年 90シリーズ。若者に人気な90ですから、ラインアップも豊富です。

90-SSS
このカタログには、1969年発売の90-SSSと、1970年発売の90-TRが並んでいます。性格が全く違うモデルなのが分かります。

1970年90-TR トレールボス
1970年90-TR トレールボス。イラストを大胆にあしらった楽しいカタログです。
1970年90-TR トレールボス
オフロード走行に適したトライアルユニバーサルタイヤやロングストロークのサスペンションを採用するなど、装備も本格的でした。

 250ccクラスでは、「250-TR バイソン」が新登場します。ヤマハDT1、スズキハスラー250と同じく2ストローク単気筒エンジンを搭載したトレールモデルです。

250-TR バイソン
250-TR バイソン
1970年 250-TR バイソン。フロントアクスルを3段階調節でき、キャスター角とトレール量を変えられる優れものでした。

 
 カワサキトレールシリーズは、125-TR ボブキャット、350-TR ビッグホーンを加えて、1970年前半のオフロードシーンで存在感を高めていきました。カワサキのスクランブラーモデルは少なかったものの、個性的なモデルがその後のトレールシリーズにつながる役目を果たしたのだと思います。

【番外編】

 国内販売モデルではありませんが、1968年に「W2TT」が輸出モデルとして登場しました。4ストローク2気筒 624ccエンジン搭載のカワサキ最大排気量モデルです。圧倒される迫力を持ったストリートスクランブラーです。国内で販売されていたら、どのような評価を受けていたのでしょう? そんな事を考えるのも楽しみの一つです。

W2TT


高山正之
高山正之(たかやま まさゆき)
1955年山形県庄内地方生まれ。1974年本田技研工業入社。狭山工場で四輪車組立に従事した後、本社のモーターレクリエーション推進本部ではトライアルの普及活動などに携わる。1994年から2020年の退職まで二輪車広報活動に従事。中でもスーパーカブやモータースポーツの歴史をPRする業務は25年間に及ぶ。二輪業界でお世話になった人は数知れず。現在は趣味の高山農園で汗を流し、文筆活動もいそしむ晴耕雨読の日々。愛車はホーネット250とスーパーカブ110、リードのホンダ党。


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2021/10/21掲載