ちょっと旧いライダーならば、KLXと言えば「闘う4スト」を掲げた水冷DOHCハイパフォーマンスマシン。もう少し最近のライダーならば2020年に登場した空冷2バルブ232ccの新生KLXもご存知だろう。この新生KLXが最新規制に対応しただけでなく、派生機種「シェルパ」も投入して復活だ。
■試乗・文:ノア セレン ■撮影:富樫秀明 ■協力:カワサキモータースジャパン ■ウエア協力:アライヘルメット、アルパインスターズ
ここから本命。KLX新章
空冷SOHC2バルブ232ccとして2020年に復活したKLXブランド。このサイズ感、この排気量、そしてこの気軽な設定とくれば当然あのヤマハの名車を連想する人もいたことだろう。そのKLX230だが、今回のモデルチェンジで多くの変更が加えられており、むしろ2020年モデルは「まずは出してみた」というものに感じさせるほどだった。
2025年モデルとなるこの型はフェイスリフトによりルックスもリフレッシュしたが、それだけでなくエンジンはそもそも得意だった低回転域でのレスポンスを向上させ、足着き を向上するべくサブフレームも見直された。これによりシート高が下がったうえに、シートウレタンもプラスすることで快適性も確保。またアルミスイングアームを採用することなどで軽量化も実現している。
こうしてより扱いやすくなっているにもかかわらず、前後のサスストロークは先代よりも増やされており、オンロードでの快適性とオフロードの走破性をアップ。細部まで作り込まれた2025年モデルに接すると、「先代ではやり切れなかったことをすべてやりました!」と胸を張っているかのようだ。
かつては「闘う」KLXだったが、2020年デビュー、そして熟成の2025年KLXは「寄り添う」KLXだろう。そして懐かしのシェルパブランドが追加されたことで、さらに広く浸透しそうだ。
スタンダードモデルと「S」モデル、そしてシェルパの再来
2025のKLXシリーズは、「S」がつく「KLX230S」がスタンダード版となる。Sの方がシート高が低いバージョンなのだが、これはSの付かないKLXのローダウン版というわけではなく、そもそもSモデルでしっかりオフロードパフォーマンスも確保できるよう車体から設計されており、一部ローダウン車に見られるサスストローク不足などはなく先代よりもストロークは増やされている。
ではSのつかないKLXはというと、さらにロングサスストロークを確保しているバージョンでありつつも、シート高は880mmと高く、新生KLXが持つフレンドリーな印象というよりもコンペモデル的立ち位置になるだろう。今回の試乗にはこのKLXは用意されていなかったが、開発者の言葉では「足着き に不安のない人や、エンデューロレースなども視野に入れた人に選んでもらえれば」とのこと。公道走行や林道を楽しむような使い方を考えると「S」モデルがメインと考えて間違いない。
さらに今回追加されたのは「シェルパ」だ。KLXがコンペモデルのKXをイメージした戦闘的なフォルムとしているのに対し、シェルパはかつてのスーパーシェルパがそうであったようにもっとフレンドリーなデザイン&カラーリング。公道環境だけでなく、ツーリング先や林道、あるいはキャンプ場といったシチュエーションにより溶け込みやすいスタイリングと言えそうだ。
その中身はほぼKLX230Sと共通だ。車体やエンジンは共有し、シートの快適性やタンク容量も同じ。サスペンションの設定も含め走行性能の部分ではKLX230Sと「同じ」と言っても問題ない。ただハンドガードやエンジン下のアルミ製スキッドプレートが標準装備となるのが魅力。シックなスタイリングとアクセサリー純正装着により、(価格的にも)KLX230Sの上位版という位置づけがその実情だが、「シェルパ」ブランドの復活は素直に喜びたいし、コンペとは切り離した、親しみやすいそのコンセプトも歓迎したい。
見た目よりもフレンドリー
空冷2バルブで正立フォークというだけでなんだか手の内感がある気がしてしまうが、KLXのルックスはライムグリーンも眩しいKXルック。見た目だけで言えばコンペモデル的であり、詳しくない人からしてみれば「速そう!」となりそうだ。オフロード車はやはり道なき道を行ったり、飛んだり跳ねたりという印象もあるだろうからKXのもつ活発なスタイリングとしたのだろうが、跨ってみるとサスの初期沈みは大きいし横から見ると薄そうなシートは意外や幅があって快適。足着き性も良好でハンドル位置もヘンに広かったり遠かったりせずあくまでナチュラル。誰でもすぐに馴染めるポジションだし、どんなスキルレベルのライダーにとっても親しみやすいことだろう。
始動はセルのみ。タカタカっとメカニカル音を発しながらも排気音は静かで、そういう意味でも身構えることなく走り出せる。アクセルは軽く、クラッチも軽く、ハンドル切れ角も大きく、発着場であった駐車場をスルスルと抜けるのに苦労はゼロだ。公道に出ると僅か数キロでもうずっと乗ってきた愛車かのような一体感を味わえた。エンジンのベースを共有するW230とは段違いに活気があるのはクランクマスが軽いことと、ギア比が低いからだろう。速いかと言われればそうでもないが、クラッチをスパッと繋いでバイーン!ッバイーン!とギアを繋いでいくのはメリハリがあり楽しいし、軽量車体を小気味よく加速させてくれるためそこにまどろっこしさは無い。
このKLX230は東南アジア市場にあったKLX150(144cc)の上位版という位置づけでもあるわけだが、排気量アップに加え6速ミッションを採用しているのも大きなポイントに感じる。6速にしたことで限られたパワーでもギアの繋がりが良く、かなり活発に走らせることも可能だし、逆にトップギアに入れてのクルージングも楽々。最高速は115km/h程度でリミッターが作動するが、この速度には5速で到達可能。6速はオーバードライブ的に使うことができ、特にシェルパの方の使い方では重宝しそうだ。
なお今回オフロードでの試乗はできなかったが、さらに上質になった低中回転域トルクと手に取るようにパワーを取り出せる6速ミッションなどにより、林道ツーリングやちょっとしたゲロアタックなどもしっかりサポートしてくれそうな印象。これはオフロード試乗が楽しみである。
完全なる兄弟車?「シェルパ」
世の中の注目度は、KLXよりもシェルパの方が高いような印象がある。かつてのスーパーシェルパはそんなにバカウレモデルだったとも記憶しておらず、むしろシブめの選択肢という印象だったが、そこは時代が追いついたのだろう。セローも絶版となってしまった今、こういったトコトコ系のトレールバイクは1台はあってほしいもの。しかしKLXのような競技志向のルックスは気恥ずかしい、という人は昔から一定数いた。個々人のライフスタイルを重視する昨今の世の中にこそ、新シェルパはジャストフィットするように思う。
かつての「スーパー」シェルパからスーパーがなくなり普通の「シェルパ」になったわけだが、その内容はKLXとほとんど変わらない。トコトコ系トレールモデルと言えば低いシート高やツーリングも想定した十分なタンク容量などの専用装備もなんとなく期待してしまうフシがあるが、いやいや、KLXの時点でそれら項目はクリアされており、現時点で特別に何かを変更する必要はなかったというのがカワサキの判断だ。というのも、そもそもKLXがかつての「闘う」から「寄り添う」に変化しているのだから。
とはいえ、ではシェルパがKLXと全く同じかと言えばそうでもないのが興味深い。ルックスがより優しいというか馴染みやすいことによるプラシーボもあるかとは思うが、それを差っ引いてもシェルパの方がどこかシットリ落ち着いた操作感に思えた。標準装備されるアクセサリー類による重量増によるところなのか、それともファットバーを採用したことによる剛性感なのか……その理由は特定できないものの、KLXとは違った「シェルパ感」が確かにあるのだ。
さらに嬉しかったのはオンロードでのコーナリングだ。KLXではブロックタイヤの特性なのか、それともハンドリングの軽さがそう感じさせるのか、いくらかフラフラするというか、あくまでオフ車のハンドリングだと感じたのに対し、シェルパはここでもどこかシットリした感覚があり、タイヤのブロックがグニャグニャと負けてしまうまで寝かして開けてという楽しみ方ができてしまった。ほぼ同じ車体なのにそんな違いがあるカシラ?と自分の感覚を疑ったが、いや、たしかなシットリさが隠れているように感じたのであり、それはまさに「シェルパ」的であった。開発の方は「かつてのスーパーシェルパオーナーが使っていたような使われ方を想定しています」と言っていたように、かつてのシェルパオーナーも納得することだろう。
逆に今回は叶わなかったオフロードでの走りではKLXの方に分があるのかもしれないが、いずれにせよその差は僅かであり、KLXでもシェルパでも、それぞれオンロードもオフロードも十分こなす懐を持っているはずだ。
ほぼ共通の車体でこのわずかな変化を生み出せるのならば、シェルパはさらにフロントを19インチにするなどすれば差別化(&さらなる低シート化)ができて面白そうだ、などと想像もさせてくれた新シェルパだった。
すべてのライダーに
筆者はメインバイクとしてヤマハトリッカーを所有しており、この万能さには乗るたびに感心している。気楽に乗れるし街乗りも得意、オフロードだって楽しめちゃうし燃費も良い。ワインディングだってけっこうなペースが可能なのだ。高速道路だけはいくらか苦手だけれどそれ以外はバイクの楽しみの全てが詰まっており、なぜ他のメーカーはこういったものを作らないのか、と不思議がっていた。
そこにKLXとシェルパだ。まさに同じコンセプト。筆者がトリッカーに感じている魅力をすべて持っており、かつフルサイズホイールによりオフロード性能では上を行くだろう。開発者は「幅広い年代・スキルの人に乗って欲しい」と言っていたが、まさにその通り。ビギナーでも怖がらずに乗れるだろうし、ベテランにとってもバイクの楽しみが全て詰まっていると納得できるはず。体力に自信がない人にとっても軽くて扱いやすいし、コンパクトな車体は駐車スペースの制約も少ない。誰にとっても楽しめること請け合いである。
どんな素晴らしいバイクでも2、3の注文はあるものだが、KLX/シェルパについては何も思いつかなかった。全てのバイク乗りに買ってほしいマシンである。
(試乗・文:ノア セレン、撮影:富樫秀明)
■エンジン:空冷4ストローク単気筒SOHC2バルブ ■排気量:232cm3 ■ボア×ストローク:67.0×66.0mm ■圧縮比:9.4 ■最高出力:13kW(18PS)/8,000rpm ■最大トルク:19N・m(1.9kgf-m)/6,400rpm ■全長×全幅×全高:2,090<2,080>[2,080]×845<845>[920]×1,170<1,140>[1,150]mm ■軸間距離:1370<1,365>[1,365]mm ■シート高:880<845>[845]mm ■車両重量:133<133>[134]㎏ ■燃料タンク容量:7.6L ■変速機:6段リターン ■タイヤ(前・後):2.75-21 45P ・ 4.10-18 59P ■ブレーキ(前・後):シングルディスク・シングルディスク ■車体色:ライムグリーン<ライムグリーン、バトルグレー>[ホワイティッシュベージュ、ミディアムスモーキーグリーン、ミディアムクラウディグレー] ■メーカー希望小売価格(消費税8%込み):594,000<594,000>[638,000]円 ※< >はKLX230 S、[ ]はKLX230 SHERPA
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