朗報ととらえる人はきっと多い
KLX230 Sは、これまでのKLX230よりシートが低いローダウン版だ。見た目には、「どこが変わったの?」という印象。すぐに見つけられるような違いがわからない。それでもじっと見ていたら、スイングアームのタレ角が以前より小さくなっていることに気がついた。シート高885mm のKLX230は、身長170cm体重66kgの私で両足の先が地面になんとか届くというもの。それより55mm低いシート高830mmのKLX230 Sに跨がってみると、見事なくらい両足がベタ着きである(下の足着き写真を参照ください)。
うん、この仕様を待っていた人は多いと思う。
2019年に発売されたKLX230の発表会と試乗会に参加したことを思い出す( https://mr-bike.jp/mb/archives/2530 )。その時に、スチール製の燃料タンクをフレームの中に落とし込んで7.4Lの燃料タンク容量を確保しながら上面を低くおさえ、オフロード走行に必要な段差のない長いシートと前後体重移動を邪魔しないようにした、と開発担当者は語った。加えて理想のプロポーションにもこれが重要だったとも。KLX230 Sは、その部分はまったく変わっていない。なだらかなカーブで段差がなくシームレスに燃料タンクまでつながっているのはそのまま。デザイン段階でもモトクロスライダーに乗ってもらい前後の動きやすさを確認してもらったというだけあって、動きやすくスタンディング走行もお茶の子さいさいだ。シート高を驚くほど低くしたのにスタイル的には今まで通り。街で走っているのを見かけても、外装に小さく入った「230 S」の文字に気が付かなければ見分けがつかないだろう。
シートではなく足を短くした
これまでのスタイルを維持しているところやスイングアームのタレ角の違いからわかるように、前後のサスペンションに手を加えて低シートにしている。スペックを確認すると、ホイールトラベルがフロント220mm→158mm、リア223mm→168mmと短くなっている。この違いから走りがどう変わったのかがみんなの気になるところ。
この車両のために新設計した空冷4ストローク単気筒SOHC2バルブエンジンは、相変わらずクセがなく、スロットルワークに対するレスポンスの良さがありながら、トルク変動が少なくギクシャクしない乗りやすさ。低回転でゆっくりトコトコと進むのも楽だし、ビュンビュン回して走るのも爽快。回転の途中でつっかえたり、あきらかにトルクが落ちるようなところもない。バランサーが入っていることもあってスムーズなフィーリングがずっとある。
3速、4速、5速がクロースしていて、6速がオーバードライブになった変速比は変わらない。舗装路で発進すると1速、2速はすぐにチェンジアップして、3~5速は引っ張るように走ると速度の伸びがスムーズ。232cc単気筒なんだから、加速がすごいなんてないけれど、日常的な使い方でもどかしく感じない走行ができる。オーバードライブの6速があるから、高速道路だけじゃなく、ツーリングなどのシチュエーションで時速50~60kmで巡航するときも回転を下げて燃費を伸ばせるのがいい。ホイールベースが1380mmから1360mmと20mm短くなっているけれど、これは意図的ではなく、単純に足を短くしたからと思われる。それに加えて当然、重心は低くなっている。コーナー進入の動きの切れ味がよく、より操作しての反応が素早くなった。ワインディングでの切り返しでも、荷重抜重で前後のサスペンションが伸びて縮んでのテンポが速いので軽快。
このバイクに乗ってロードで攻めるなんてあまりないと思うが、がんばって速く走ってみると、リアのボトムリンク式ユニトラックサスペンションが入りお尻が若干下がった姿勢になりやすい。体格や体重、走るシチュエーションによってリーンしていく時にフロントタイヤの接地感がほんの少し希薄に思えるかもしれない。そういう時はせっかくシートが前後に長いのだから、気持ち前の方に座って、フロント荷重をかけてやればその感覚も消える。エンジンは極低回転でも粘りがあってスロットルを閉じるとすぐにエンストなんてないし、以前からUターンをやりやすいバイクだったけれど、KLX230 Sになってさらに簡単になった。シートの低さから、小柄ながらいざとなったら足がつく安心感から積極的にやれようになる。
フロントホイールは21インチのオフロードに適したタイヤが履けるサイズ。以前から21インチを忘れる旋回性で、一般的な250ccトレールよりひと回り小さく感じる乗り味だった。その良さを失うなんてことはなく、逆にコンパクトなフィーリングが増量したようだ。タイヤはこれまでと同じIRC製オールラウンドタイヤのGP-21/22。ブロックパターンでも、リーンアングルを深くしていく動きが自然でグリップもなかなか。街中で日常の移動手段としてもオススメできる。いつも林道ばかりを走るなんて少数派だから。アップライトで楽なポジションと軽くて扱いやすいので、オンロードメインのライダーにも対応できる高い汎用性がある。高速域でのスタビリティも申し分ない。
ダートでの恩恵は舗装路より大きい
ホイールトラベル量が減りダートではどうかな? と思っていたけれど、林道も拍子抜けするほど普通の感覚で走れた。前後サスペンションは初期の沈み込みが速く柔らかく、砂利、土、凸凹で弾かれる強いあたりはない。ロードで感じたフロントサスペンションよりリアサスペンションの入り込んでいくような特性は、前後の荷重バランスを体重移動やスロットルでコントロールする経験がとぼしいオフロードビギナーでも、前荷重がかかりすぎず、気がついたら段差や凸凹を乗り越えていけているなんてことも。舗装路と一緒で、その分、ペースを上げていくと曲がりにくいところが顔を出すので、オンロードより少しおおげさに前荷重をする姿勢でいくとスムーズ。ドライのダートだったらトラクションも問題なし。予想はついていたけれど、さらにスピード域を上げると、KLX230との違いが顔を出す。サスペンションの底づき感があり、路面に追従しきれない場面が出てきてコントロールの難易度がちょっとあがる。これはしょーがない。
しかし、それを差し引いても、足つきが良くなったことの方がメリットを感じる人は多いと思う。林道の狭い場所でUターンをするときも足をついて切り返すのが楽ちん。ハンドル切れ角は左右45°あるし。例えそれが斜面だろうが、段差があろうが両足で支えられるのは大きい。不安定になりやすい難所でも倒さずにすむ。最低地上高が265mmから210mmになっているけれどよっぽどハードなところじゃなければ平気。最悪、お腹がつっかえて亀の子になっても余裕で届く両足でこげばいい。景色を愛でながらトレッキングするように余裕を持って進むと気持ちいい。BOSCHと共同開発したカワサキ発となるオフロード車向けABSは、土の上でもひんぱんに介入してこないからストレスにならない。もちろんブレーキをギュッとかけると少しロックしながらもちゃんと働く。ABSの解除不可をぼやかないでいい。このさじ加減は絶妙だ。
速さが求められるオフロード競技をするわけじゃないのだから、飛ばしたときの走りよりも、どんな場面でもゆっくり確実に行ける方が楽しい。特にこれから林道に挑戦しようと思っているなら、走るよろこびへの近道はシートが低くなったこっちだ。これまで足がつかないことで導入候補車から外されることもあっただろう。KLX230 Sが選択肢に入ってくる人が増えそうだ。いちじるしくネガティブな要素はない。ある意味で万人向けデュアルパーパースとしてまっとうな進化を遂げたと言えよう。
(試乗・文:濱矢文夫)
■エンジン種類:空冷4ストローク単気筒SOHC2バルブ ■総排気量:232cm3 ■ボア×ストローク:67.0×66.0mm ■圧縮比:9.4 ■最高出力:14kW(19ps)/7,600rpm ■最大トルク:19N・m(1.9kg-m)/6,100rpm ■全長×全幅×全高:2.080×835×1,110mm [2105×835×1165mm] ■ホイールベース:1360mm [1380mm] ■シート高:830mm [885mm] ■車両重量:136kg [134kg] ■燃料タンク容量:7.4L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤ(前×後):2.75-21 45P × 4.10-18 59P ■ブレーキ(前・後):油圧式シングルディスク(ABS)・油圧式シングルディスク(ABS) ■懸架方式(前・後):テレスコピック式・スイングアーム式 ■メーカー希望小売価格(消費税8%込み):506,000円 [486,000円] ※[ ]はKLX230
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