●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Pramac Racing
いやあ、シーズンの掉尾を飾るにふさわしい、じつに濃厚で稠密な週末でありましたね。
2024年第20戦は、当初に予定されていたバレンシアが今月上旬に甚大な水害の被害を受けたため、開催地は急遽バルセロナ郊外のバルセロナ=カタルーニャ・サーキット に変更され、Solidarity(連帯)GPという名称での開催になったのはご存じのとおり。
Moto3クラスは日本GPで、そしてMoto2クラスはタイGPですでにチャンピオンが確定しており、この最終決戦の場で最高峰クラスMotoGPの雌雄が決する。第19戦が終わった段階で、ランキング首位のホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Duati)と2022/23王者のペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)のポイント差は24。スプリントでさらに2ポイント以上の差が広がれば、土曜でチャンピオンが決まる、というマルティンが圧倒的に有利な状況でこの週末を迎えた。
有利な立場にあるマルティンは「目標は表彰台。流れを引き寄せるためにもいいターゲット設定だと思うので、そこに向けて集中していきたい」と話しながらも、チャンピオン獲得が目前に迫った緊張感はやはり隠しきれない様子だった。一方のバニャイアは「もはや勝つしか自分には選択肢がないのだから、落ち着くのはむしろ簡単」と開き直り気味の言葉を述べ、かなりリラックスした様子。そこはさすがにチャンピオン、追う立場(2022年)と追われる立場(2023年)の両方を経験してきた強みを感じさせた。
土曜午前の予選を終えて、バニャイアはポールポジション、マルティンは2列目4番グリッドを獲得。午後のスプリントではバニャイアが1周目でトップに立つと、あとは一度も前を譲らずにトップで走りきってチェッカーフラッグを受け、1等賞の12ポイントを獲得した。マルティンは3位で7ポイント。ちなみに、2位にはバニャイアのチームメイト、エネア・バスティアニーニが入っている。これで両者の点差は5ポイント縮まって19となり、タイトル決定はついに日曜午後の決勝レースへもつれ込むことになった。
バニャイアにしてみれば、2年連続チャンピオンの意地を見せて最後の最後に決着の場を引きずり込んで見せた恰好だ。一方のマルティンは、リスクを冒してまで土曜のうちにムリに決着させる必要はなく、さらに自分が有利に戦える日曜まで最終決着を持ち越す余裕を見せた、ともいえる。
バニャイアがチャンピオンを獲得するためには、最低でもこの19点差を詰めなければならない。つまり、たとえ自分が決勝で優勝しても、マルティンが9位で7ポイントを加算すれば、チャンピオンの座を追われることになる。
「(決勝では)できるだけたくさんのライダーに入ってほしいと思うけれども、(自分とマルティンの)お互いの実力はよくわかっている。それくらいの別次元で自分たちは戦っていて、どちらかがトラブルを抱えてもせいぜい2位で終わるくらいで、それ以下にはならない」「だから、明日はなるようにしかならないけれども、自分としては今日のようなレースをしたい。ただ、ホルヘはリスクを冒さなくてもただ無難に走ればいいので、だいぶ余裕がある。明日ぼくが勝ったとしても、彼は9位で終えればいいのだから」
そう話すバニャイアに対してマルティンは、
「戦い方はやはり、リスクをコントロールしながら表彰台を獲得すること。今日はエネアとバトルをしているときにずっと集中できたので、それが(決勝の)目標。集中してレースを楽しみ、もしも終盤に何かあったとしても、うまく対処してバトルには絡まない。タイトルを獲得するために、やるべきことをしっかりやりぬきたい」
という言葉にもあらわれているとおり、圧倒的に有利な状態を維持して無事に走りきることを第一目標に掲げていた。
このふたりがそれぞれ置かれている状況に対して、マルク・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)は
「ホルヘにとって9位獲得はたやすいけれども、レースは何が起こっても不思議ではない」
と多少の留保を社交辞令的に置きながらも、
「ペコは今日みたいに走ればいい。ホルヘも、今日みたいに走ればいい」
と両名に対してエールを贈った。
そして日曜の決勝レースは、まさにマルケスがエールを贈ったとおりの結果になった。
バニャイアは2022/23年王者の意地を見せて、ポールトゥフィニッシュで勝利。マルティンは高水準かつ安定感の高い走りを最後まで維持して3位のチェッカーフラッグ。これでマルティンがバニャイアとのポイント差を最終的に10とし、2024年チャンピオンの座に就いた。ちなみに2位に入ったのは、上記発言のマルケス。
バニャイア、マルティンともに、世界最高の座を争うにふさわしい、圧倒的かつ圧巻の戦いでありました。しかも、少年時代から切磋琢磨しあいながら成長してきたライバル関係を現在も維持し、最後の最後までともに敬意を抱きあいつつ戦う様子が、見ていてもじつに清々しいチャンピオン攻防戦でありましたね。
このふたりが繰り広げた2024年の戦いを振り返ると、新チャンピオンのマルティンはスプリント7勝、決勝レース3勝。バニャイアもスプリント7勝で決勝レースは11勝。一方、取りこぼしの数を見れば、マルティンはスプリントで1回、決勝で2回のノーポイントに留めているのに対して、バニャイアはスプリントで5回、決勝で3回のノーポイントがある。このあたりの差が、最終的にチャンピオンシップの帰趨に大きく影響したといえそうだ。
バニャイア自身は、イギリスGP(スプリント―転倒:決勝―3位)の結果がなにより痛恨だった、と述べている。
「8回のノーポイントのうち4回は自分の過失ではないので、運に恵まれなかったときもある。そういうことも時にはあるけれども、それでも4回は多い。なかでもシルバーストーンはかなり(理由が)ハッキリしていて、攻めすぎたあまりの転倒だった。これは明らかに自分のミス。他のノーポイントは、運とミスが組み合わさった結果。残り3回の自分のミスも、データを見ると、進入速度が遅すぎてタイヤに負荷をかけることができず、フロントを切れ込ませている」
チャンピオンを獲得したマルティンは、レース終了後のタイトル決定セレブレーションでコース上に設けられた〈MART1NATOR〉のボックスの中へ入った。ご存じのとおり、彼のニックネームはジェームズ・キャメロンの映画『ターミネーター』シリーズに由来している。どちらかといえば、シリーズ全体の中でもとりわけ傑作の誉れ高い『T2:Judgement Day』のイメージだろう。会場に映画のテーマソングが流れるなか、ボックスに入った〈マルティネーター〉は、A・シュワルツェネッガー演じるT-800を髣髴させるヘッドスカルを着用した恰好で外へ出てくると、少し離れた位置にある箱を指鉄砲で粉砕。中からチャンピオンヘルメットが出てくる、というなかなか凝った仕掛けだ。この流れで”You could be mine”が流れたりすればさらに大昂奮、となったところでしょうが、まあそれはそれとして。
表彰式を終えたマルティンは
「残り7周で、いろんなことが頭の中を駆け巡った。(コースサイドの)画面に家族、父と母、ガールフレンドが映っていて、ポケットバイクに乗っている頃に母が作ってくれたパスタのこととかいろんなことを思い出し、ここまでの半生が一気に脳裏に浮かんできた。それから、今シーズンここまで頑張ってきたことを考えてすぐに頭を切り替えた。『まだ何も終わっちゃいないぞ。しっかり走りきらなきゃいけない』と自分に言い聞かせて集中し、楽しみつつ走り抜いた」
と、レース終盤の心境について振り返った。さらに、ここまで到達することができた理由は、今を生きること、とも述べた。
「以前よりも改善すること。あんなことができていたはずだ、などと過去にこだわるのではなく、その時よりもよくすること、同じ失敗を繰り返さないようにし、将来がどうなるのかはまだわからないのだから、とにかく今に集中し、100パーセント全力で臨む。それが重要なカギだと思う」
そして、最後に、映画の決めゼリフ”Hasta la Vista!”(じゃあ、また会おう)と締めくくった(余談だが、『ターミネーター』シリーズの映画字幕では「地獄で会おうぜ、ベイビー」となっていることが多い)。
ともあれ、長かった2024年シーズンの戦いもこれにて幕を閉じた。参考までに、ランキング3位はM・マルケス。来季はバニャイアのチームメイトとしてドゥカティのファクトリーライダーになる。また、バニャイアの今季チームメイトだったバスティアニーニは、2025年にKTM陣営へ移籍する。
さらに、中上貴晶(IDEMITSU Honda LCR)とアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)は、今回のレースでフル参戦ライダーとしての活動に区切りをつけ、来年からはともにホンダのテストライダーとして新たに活動を開始する。レース翌々日の火曜に行われる事後テストでは、中上はLCR後任のソムキアット・チャントラをアシストする役割にとどまる一方で、エスパルガロはさっそくテストライダーとして走り込む予定だという。このテスト情報も、番外編として数日後にお伝えする予定なので、気長にお待ちいただきたい。
Moto2クラスでは、来シーズンから最高峰クラスへ昇格する2024年チャンピオンの小椋藍(MT Helmets-MSI)が、「今回は表彰台で終われればうれしいですね」とレース前に語っていたとおり、最後の最後まで激しい表彰台争いを繰り広げたが、最後は0.043秒の僅差で惜しくも表彰台を逃して4位。ちょっと悔しい締めくくりになった。
決勝レース後に、今季のパフォーマンスは100点満点でどれくらいか自己評価を訊ねてみたところ、やや顔をしかめながら「んー、怪我で欠場とかしてますからねえ。70点くらいですかねえ……」と語るところは、いかにもこの人らしい沈着冷静さというか自分に対する厳しさというか。
Moto3クラスではもてぎでチャンピオンを決めたダビド・アロンソ(CFMOTO Valresa Aspar Team)がシーズン14勝目。20戦中14勝だから、3戦に2回は勝っている計算である。この激戦クラスでこの記録は、今後も当分は破られることがないでしょうね。
というわけで、最終戦の翌々日からさっそく2025年シーズンが動き出します。月曜には当サーキットで、来シーズンから数戦ほどカレンダーに組み込まれる予定の〈キング・オブ・ザ・バガーズ〉のお披露目が行われる予定なので、可能であればそれもテストレポートと合わせてお伝えしたい。おたのしみに。ではでは。
(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Pramac Racing)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!
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