●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Aprilia
フライアウェイ3連戦の掉尾を飾る第19戦マレーシアGPを目前に控えた火曜と水曜、地球の反対側のスペインでは大雨が降り、その影響で甚大な水害が発生した。とくに、最終戦が開催される予定のバレンシア一帯は被害が深刻で、現地から送られてくる映像はいずれも目を疑うようなすさまじい様相を呈していた。
妥当な比喩ではないかもしれないが、今回の水害は横浜や神戸などの大都市がまるごと流されてしまうほどの大規模自然災害である。今年の能登半島地震や同地を襲った水害、さらにいえば、東日本大震災や阪神大震災を経験してきた我々日本人にはその被害の深刻さが容易に想像できるだけに、新たな情報が入ってきて犠牲者の数がどんどん増えてゆくたびに、現地からは遠く離れた場所でこの凄惨な事態をただ座視するよりない、やりきれなさや無力感に苛まれていた人々も少なくないだろう。スペイン出身者が多いMotoGPのパドックは、なおさらである。
スペイン現地では続々とボランティアたちが被災地に入って救援の手を差し伸べているようだが、バレンシアに本拠を置くホルヘ・マルティネスのAspar Teamは、今回の事態を受けて、オンライン募金サイトGoFundMeで支援を要請する活動を開始した。遠く離れた地にいても、少なくとも自分たちなりに何かをできるということだ。サイトには発災当初の被害を伝えるニュース映像が貼り込まれているので、状況の詳細をご存じないかたはまずこの映像をご覧いただきたい。ただし、過去の甚大な自然災害などで精神に深刻なダメージを受けた方にはかなり刺激が強いであろう映像も含まれているので、その点はご注意をいただきたい。
振り返れば、2011年3月に東日本大震災が発生した際、MotoGP開幕戦カタールGPのパドックでは即座に全員が被災地への連帯を示し、ライダーたちは〈がんばれニッポン〉のステッカーを掲げて走行した。そして、MotoGPクラスの決勝レースで優勝したケーシー・ストーナーは、表彰台上で日本の国旗を高く掲げた。このときのことをご記憶の方はきっと多いはずだ。
ならば今回は、我々がスペインの人々に対して連帯の意を示す番であろう。善行は隠れて積むべしともいうが、そんな体裁を繕った悠長なことを言っている場合ではない。たとえ自己満足でも偽善でも、多少なりとも被災地に対して実利が伴なうのであれば、その行為には大きな意味と価値がある。
と前置きをしたうえで、オンラインで募金をしようという篤志をお持ちの方々に簡単なインストラクションを記しておく。募金するには、上記募金サイトの〈Donar ahora〉(いますぐ募金する)をクリック。ちなみにその上にある〈Compartir〉は、SNSで当サイトのURLをシェアするボタンだ。〈Donar ahora〉をクリックすると、google payやクレジットカードを通じて募金する画面に移る。募金額はサイト上で幾通りか選択できるようになっているが、その金額に限らなくとも自分で自由に設定できる。簡単な画面なので、スペイン語や英語を理解しない人でも、直観的な操作で手続きができるはずだ。
この事態で、2週間後の最終戦をバレンシアのリカルドトルモサーキットで開催することは事実上不可能となり、その代替地をどうするのか、という問題がにわかに浮上してきた。
Moto2とMoto3はすでにチャンピオンが決定しているものの、MotoGPクラスはこの段階でランキング首位のホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)と2番手のペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)は17ポイント差。通常なら最終戦まで持ち越す可能性も高いだけに(さらに身も蓋もないことをいえば、世界中のテレビ放送に対する放映権などの問題もあるだろうために)、第20戦をやらずにすませる、というわけにはいかず、木曜の走行前から様々な憶測や可能性が取り沙汰された。
選手たちはいちように、今回の事態の深刻さに対する懸念と被災地への思いを吐露していたが、ここではアレイシ・エスパルガロが土曜のスプリント後に述べた言葉を紹介しておきたい。
「とても悲しい。でも、自分のこの感情はあまり公正なものとはいえないのかもしれない。というのも、今回バレンシアで発生した事態は世界の他の場所でも発生していることなのに、そのときには今と同じような感情にならなかったのだから……。おそらく自分の故郷のような場所で友人たちもいるから、こんなふうに感じるのだろう。
今週末は本当に最悪の気分だ。バレンシアでは最終戦を開催しないのが妥当だと思う。そこでレースをして募金を集めるなどの援助もできるかもしれないけれども、ぼくたちのスポーツはいわばショーでありパーティなのだから、そうである以上、(今のバレンシアは)パーティをやっていい場所ではない。(最終戦は)どこが相応しいのかわからないけれども、バレンシアのために何ができるのか、どうやって義援金を募るのか、いろんな人たちと話し合っている」
ちなみに土曜のスプリントは、バニャイアが転倒してノーポイントに終わった一方で、マルティンが1位で12ポイントを獲得したため、両者の点差は29になった。日曜の決勝レースを終えてふたりの点差が38になれば、マルティンのチャンピオンが決定する。このスプリントの2位はM・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)。3位にはバスティアニーニ(Ducati Lenovo Team)が入った。
日曜の決勝はタイトル決定のかかった一戦になったが、ここでバニャイアがチャンピオンの意地を見せ、マルティンに一歩も引かない気迫のこもった走りを披露した。ポールポジションのバニャイアと2番グリッドスタートのマルティンは、互いに抜かれれば即座に抜き返す意地の張り合いで、これぞ二輪ロードレースの醍醐味、というにふさわしいバトルを続けた。しかし、4周目にバニャイアがマルティンに対して0.8秒の差をつけると、その後もじわじわと距離を開き、レース中盤には2台のギャップは2秒ほどになった。
ポイント面で有利なマルティンにしてみれば、ここで無理して勝利を狙う必要はないわけで、転倒のリスクを抱えながら無理して追いかけるよりも2位で20ポイントを確実に稼いでおいたほうがよいことはいうまでもない。結果はバニャイア優勝、マルティン2位で、ふたりのポイント差は5点縮まって24になった。3位はバスティアニーニ。
バニャイアとマルティンのポイント差が24ということは、最終戦のスプリントでマルティンとバニャイアがともにポイント圏内でゴールした場合、マルティンがバニャイアよりも2点以上多く稼げば、そこでチャンピオンが決定する。土曜にチャンピオンが決定すれば、もちろん史上初の出来事だ。バニャイアのほうが先着した場合は、日曜の決勝レースに決着が持ち越される。
昨年のバニャイアとマルティンは、最終戦を前にバニャイアが21ポイント先行していたが、今年は立場が逆転し、マルティンがバニャイアに24ポイント先行している。また、マルティンがタイトルを獲得した場合は、チャンピオンナンバーの1番(をつける権利)を持って他陣営(今回の場合はアプリリア)へ移ることになる。
過去にそのような事例が発生したのは、2003年にホンダで王座を獲得してヤマハへ移籍したバレンティーノ・ロッシ(使用したバイクナンバーはもちろん46だったが)と、1988年にヤマハでタイトルを獲得してホンダへ移り、その年もチャンピオンになってヤマハへチャンピオンナンバーを持って帰ったエディ・ローソンの2名が近年では有名だ。
ところで、これだけチャンピオン争いの状況が緊迫していながら、バニャイアとマルティンの関係性には一触即発のような雰囲気がない。バニャイアの師匠にあたるバレンティーノ・ロッシの時代とは正反対だ。ロッシはライバルだったマックス・ビアッジやセテ・ジベルナウたちにサーキット内外で様々な心理的ゆさぶりをかけたことは広く知られている。現役晩年にもマルク・マルケスと様々な角逐があったことは、今も多くのレースファンが記憶しているだろう。
バニャイアとマルティンの関係性については、当事者である両名が以下のように説明している。
「簡単な話で、自分はコース外で相手に失礼な振る舞いをしたり、コース内で押し出したりするような、敬意のない過激で粗暴な行動に及ぶことをよしとするタイプじゃない、ということ。今までそういう行為をしたことがないし、僕とホルヘの間ではそうであったためしがない。もしも彼が今後そういう行動に出るのなら自分も態度を変えるだろうけれども、いずれにせよホルヘもぼくと同じだと思う。敬意を持って接することは何よりも大切で、それはホルヘに対してもそう。僕に言わせれば、なぜわざわざコース外で敵対したり口を聞かなかったり失礼な行為に及ぶのかがわからない」(バニャイア)
「ペコの説明に特に付け加えることもない。ペコとは2015年から知り合いで、ずっと仲の良い親友だった。今は当時みたいに親密ではないとしても、いい関係は続いている。彼が言ったとおり(コース外で敵対するのは)意味がない。今日もバトルをして、最終ラップまでとてもいい戦いをできて、とてもよかった。レース後には、そのことについて話をするし、それが楽しいと思う。ペコが言ったとおり、今後もこういう関係が続けば最高だし、これからもずっとこうでありたいと思う」(マルティン)
両者の決着は、最終戦へ持ち越しとなった。その最終戦の会場はバルセロナで調整が進んでいることが、DORNAチーフスポーティングオフィサーのカルロス・エスペレータ氏が公式サイトで述べている。詳細は、近々公式に発表される模様だ。
(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Aprilia)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!
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