●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Gresini Racing/Ducati/Pramac Racing/Yamaha/Pirelli
それにしてもこのようなコンディションになると、マルク・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)という人は俄然強さを発揮しますね。第13戦サンマリノGPの決勝レースは、朝からどうにもピリッとしない空模様で、午後2時にスタートした全27周のMotoGPの決勝レースでは3周目に白旗が提示されてフラッグトゥフラッグの展開に。とはいっても、けっして降りが一気に強まるわけではなく、天候が悪化してゆくのか通り雨で終わってしまうのか判然としない状態で、こういう微妙な状況こそ、まさにマルケスの大好物。
皆がペースをぐっと落として1分40秒台や39秒台で走行していた7周目から8周目に、マルケスは1分37秒台半ばのラップタイムで一気にトップへ浮上。その後、コンディションが小康状態を維持して全員がドライペースの31~32秒台に戻した後も、マルケスは後続との差を巧みにコントロールして優勝。まさに文字どおりの独壇場である。
「上位陣と遜色ないペースがあることはこの週末ずっとわかっていたけど、9番グリッドからのスタートはなかなか厳しく、しかも序盤数周で自分とエネア(・バスティアニーニ/Ducati Lenovo Team)は前から引き離されてしまった。でも、雨粒がスクリーンに落ち始めてコース上にも降ってきたので、勝負に出て攻めようと決め、1ラップのうちに5人を抜いてトップに立った。そこからは調子よく走ってレースを引っ張っていくことができた。
自分でも驚いたのはレース後半で、すごくいいペースで走れて、レース中の最速タイム(1’31.564:LAP20)を記録することになった。すごくスムーズに走れて、プラクティスで有利だったところはさらにうまく走ることができたので、絶好調のフィーリングだった」
そう振り返るとおり、最強時代を髣髴させる無敵っぷりを披露したレースになった。
それにしても、今回のマルケスの言葉を聞いていて改めて感じたのだが、この選手は2013年(とタイプしてはたと気づいたけれども、もう11年も前のことなのですねえ)に最高峰クラスへ昇格した当初から、”take a risk”(勝負に出る)という言葉を誰よりも多く使用しているような気がする。テキストマイニングのような手法を使って調べたわけでもなんでもない、ただのざっくりとした印象だけれども、おそらく間違っていないはずだ。
高いリスクを取って勝負に出ても、そのリスクをコントロールしきってしまう自信と技術が、2019年までの圧倒的な強さを支えていた要因のひとつだろう。今回の勝ちっぷりを見ていると、あの当時のような技術に裏打ちされた自信を確実に心のなかで増幅させているのだろうことが、容易に想像できる。
この”take a risk”(勝負に出る)ということに関しては、2位に入ったフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)の以下の言葉と比べてみれば、じつに対照的であることがわかる。
「今日はなんとしても勝ちたかったけれども、雨が降ってきてホルヘ(・マルティン/ Prima Pramac racing/Ducati)がピットに(バイク交換のために)戻っていくのを見たとき、『これで彼はポイントを取れないだろうから、無理しなくてもいいぞ』と自分に言い聞かせた(”I saw Jorge entering the box and the pit, I said, I don’t have to take any risks. He will not take any points.”)。ちらりと降っていたけれども、空気に雨の匂いはしなかったし。
それはともかく、降りはじめたときも高いレベルで走るように心がけていたけれども、そこにマルクが猛追してきた。こういうときの彼は誰よりも腹が据わっていて、オーバーテイクされた。抜き返しにかかろうかとも思ったけれども、そのチャンスがなかった。このコンディションだと爆弾を抱えに行くようなものだし、適切だとも思えなかった」
ピンチはチャンスとばかりに嬉々としてバクチを打ちに行くマルケス、あくまで冷静に状況を考えて今回は無理押しをしなかったバニャイア、そして逆のバクチを打って早々にマシン交換に出たものの、それが裏目に出て惨敗したマルティン、と三者三様の結果になった。マルケスはマルティンのバイク交換に関して、以下のようにコメントしている。
「もちろん、マルティンの作戦は特別におかしかったわけじゃない。あのまま雨が続いていたら、あれが正解になっていただろう。自分の場合は、地元選手に従おうと考えていた。彼らのほうがここの土地柄をよく知っているわけだから。だから、彼(バニャイア)がステイすれば自分もステイする、という作戦だった。じっさい、イタリア人選手は全員ステイしたよね」
結果論とはいえ、たしかにマルケスが指摘するとおり、地元イタリア出身の選手は誰ひとりとしてマシン交換でピットインをしていない。雨が来たときにレインタイヤのバイクに交換したのは、マルティン、アレイシ・エスパルガロ、ラウル・フェルナンデス、マーヴェリック・ヴィニャーレス、アレックス・リンス、ペドロ・アコスタ、と偶然ながらすべてスペイン勢だ。彼らは全員、2~3周後に、もういちどピットへ戻ってスリックタイヤのバイクに乗り換えている。
さて、土曜のスプリントで勝利してバニャイアとのポイント差を26に広げたマルティンだったが、この決勝レースの大失敗で15位に終わったために、7ポイント差に詰められてしまうというもったいない結果になった。
レース後、マルティンはピットに入ったタイミングについて
「雨が降っていたから」
と、自らの判断について述べた。
「モルビデッリが転倒したくらい、濡れていた。あのまま(降り続けていた)なら自分が勝っていただろうけれども、(バイクを交換して)ピットを出て1~2周ほどしたら止んでしまった」
「チャンピオンシップよりもこのレースで勝つことを考えていたから、ピットへ戻った。(結果としては)様子を見るのが正解だったので、今度からはペコの動きを見て、同じようにしようと思う」
路面の濡れ具合の判断が勝負をわけるレースといえば、近年では2021年のオーストリアGPを想起する方も多いだろう。雨脚が強くなってきた終盤、続々とトップグループのライダーたちがマシン交換でピットインするなか、スリックで最後まで押し切る判断をしたブラッド・ビンダーが優勝した、じつにドラマチックな一戦だった。
さらに古い例では、強い雨が降り始めたにもかかわらずピットからのサインを無視してウェット路面をスリックで走り続けたアレックス・バロスの判断が奏功し、これが大きなアドバンテージを築く誘因にもなって岡田忠之とのコンビで1999年鈴鹿8耐の優勝を飾った、なんていう例もある。ものすごく古いうえに、しかもMotoGPじゃなくて申し訳ありません(余談ついでに言えば、このときバロスと激しいトップ争いをしていたのが玉田誠。加藤大治郎とのペアで参戦していたのですが、玉田誠というライダーの名は、このときのバロスとのバトルで一躍世に広く知られるようになったように記憶しています)。
閑話休題。
今回のサンマリノGPに話を戻すと、ヤマハがこの週末に投入した車体は、課題もそれなりにありながら、まずまず良好なパフォーマンスを発揮したようだ。金曜初日の走行を終えた段階で
「2週間前のテストのときよりも1秒速く走れた。テストのときはレースモードじゃなかったことも理由かもしれないけれども、それでもかなりフィーリングがいい」(A・リンス)
「エッジ(グリップ)がよくなっている。いいステップを踏めていると思う。日本の技術陣は少しずつ進めていくことを好むけれども、たとえ小さくても前進してることを感じ取れる。そのステップが早くなっているし、これこそが今の自分たちに必要なこと」(F・クアルタラロ)
と、両ライダーはともに好感触を伝えていた。
クアルタラロは土曜のスプリントで9位、日曜の決勝レースで7位。理想からはまだほど遠い位置だろうが、それでも上記の言葉にもあるとおり、着実に前進していることをはっきりと感じ取れるリザルトであることはまちがいないだろう。
もう一方の日本勢、ホンダ陣営はというと、以前から噂のあったレプソルのタイトルスポンサード終了がついに正式発表されたり、そのRepsol Honda Teamの両ライダーはともに決勝レースに出走しなかったり、となかなかに厳しい週末になった。陣営トップはヨハン・ザルコ(CASTROL Honda LCR)が12位、中上貴晶(IDEMITSU Honda LCR)が13位、ステファン・ブラドル(HRC Test Team)が14位。
Moto2クラスでは、小椋藍(MT Helmets-MSI)が今季3勝目。チャンピオンシップを争うチームメイトのセルジオ・ガルシアが12位で終えたことにより、第12戦終了時に12ポイントあった差を逆転して、9ポイントをリードする首位に立った。ひとまず有利な状況とはいえるだろうが、この9点差は残り7戦でいかようにも変化しうる。たとえば、2021年シーズンのMoto2クラスも今年の小椋とガルシアのような同チーム対決だったが、7戦を残した時点でのランキングはレミー・ガードナーが19ポイント差でラウル・フェルナンデスをリードしていた。ところが、終盤3戦になって9点差まで詰め寄られている(最終的にはガードナーがタイトルを獲得)。また、2022年に小椋とアウグスト・フェルナンデスがシーズン最終戦まで激しい戦いを続けたことは、多くの方々も鮮明にご記憶だろう。
ここから先は、一戦を戦うごとにポイントの重みが増してゆく。ガルシアよりも小椋に有利な点があるとすれば、現在の9ポイントという点差以上に、僅差でチャンピオンを争うプレッシャーと緊張感を2020年のMoto3時代と2022年に経験している、というところだろうか。
ともあれ、次戦は2週間後。ふたたびこのミザノにて、エミリアロマーニャGPと名を改めて開催される。それまでしばらく、ごきげんよう。このエミリアロマーニャGPが終わった頃には、去年の阪神タイガース岡田監督じゃないですけど、Moto2クラスの状況について、「(15年ぶりの)あれ」とそろそろ言うようにしたほうがいいでしょうかね。
(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Gresini Racing/Ducati/Pramac Racing/Yamaha/Pirelli)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!
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