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MoToGPはいらんかね



●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Pramac Racing/GASGAS/Ducati/Honda Racing

 適切な比喩がちょっと思いつかないくらいの完全無欠な圧勝である。第12戦アラゴンGPのマルク・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)は、金曜午前の走り出しから日曜午後の決勝レースまで終始最強最速で、文字どおり誰も寄せ付けなかった。全セッショントップタイム(ただし厳密に言えば、今回のマルケスは日曜午前のウォームアップではウェットコンディションを勘案して走行しなかったため、全セッション制覇ではない)、という強さを発揮するライダーはときおり発生することがあるが、今回のマルケスの完全勝利が印象的なのは、ドゥカティ移籍後初ということはもちろん、前回の勝利(2021年エミリアロマーニャGP)から1043日という長い時間が開いていたことも大きな理由だろう。

 土曜午前の予選Q2では、2番手のペドロ・アコスタ(Red Bull GASGAS Tech3/KTM)に0.840秒という大差をつけてポールポジションを獲得し、このタイムからも充分に予想できたとおり、午後のスプリントでは早々に後続に大差を開いて独走モードを作り上げ、1等賞の金メダル(ちなみにこれがスプリント初勝利)。2等賞の銀メダルはホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)、3等賞がアコスタ、とスペイン選手のそろい踏みである。

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 スプリントで初勝利を達成したマルケスは、決勝後に

「(この圧倒的な強さは)残念ながら、ここモーターランド限定だろうと自分では感じている。前戦のレッドブルリンクでも、トップに非常に近いところで走れたけれども、いろいろな理由から上位陣に迫りきることまではできなかった。明日もこの調子で走りたいと思うけれども、路面のグリップ状態がよくなればペコやホルヘがきっと調子を上げてくるだろうし、そうなると自分には厳しい展開になると思う。ともあれ、彼らを抑えきるようにがんばるけれども」

 と、冷静に分析し、ライバル選手たちの動向にも一定の警戒を見せた。とはいえ、この落ち着いた分析が自信の裏返しであろうこともまた、容易に想像できる。

 じっさいに日曜午後の決勝レースではホールショットを奪うとあっという間に後続選手たちを引き離し、2周目で2秒、10周目には3秒、という大差を開いてしまった。そして23周のレースを終えて、4.789秒のリードを易々と守りきってトップでチェッカーフラッグ。2位はマルティン、その10秒後にアコスタが3位のゴール。

「レースは序盤から絶好調のフィーリングだった。とても長いレースで、どんどん厳しくなってきて、ゴールラインを通過したときは3~4kg体重が減ったんじゃないかと思ったほど。こうやって勝利を達成できたのは本当にうれしい。勝った瞬間には、ここまでの苦しかった過程とそれを支えてくれた人々、家族、ガールフレンド、弟のことが頭に浮かんだ。皆の支えはとても心強かったし、なかでもグレシーニレーシングのおかげでこの勝利を手にすることができた。次の目標に向かってこれからもがんばりたい」

 そう言って率直に喜びをあらわしたマルケスは、今回の勝利はMotoGPレースキャリアの中で最も重要なもののひとつだ、と述べた。

「今日の優勝は、大ケガから復帰して本当に意義深い一戦になった2021年のドイツとまったく同じくらいの、特別で別格の勝利だった。今までに60回優勝してきたけれども、このふたつの優勝は、自信をより深めることがさらなる高みへ自分を押し上げてくれるという点で、MotoGP初勝利(2013年アメリカズGP)と並んで最も重要な勝利だ。

 長い間、あまり自信をもって走ることができなかったので、さらに自信を持つことができる意義はとても大きい。今週末は、気持ちよく乗っていると、あっという間に過ぎていった。流れるようなイメージで走ることができて、どんな些細なミスも犯さないように細心の注意を払うだけでよかった。

 とはいえ、先ほど(プレスカンファレンスで)ホルヘが言っていたように、今週は自分たちが速くても、シルバーストーンではエネア(・バスティアニーニ)が速かった。これからは安定性を高めていきたいけれども、これはまた、達成するには極めて難易度が高いターゲットでもある」

 というわけで、今回はスプリントも決勝も同じ顔ぶれのスペイン人ライダー3名が表彰台を占拠したわけで、ヘレス以来8戦続いたドゥカティ勢の表彰台占拠がこれでようやく途切れることになったという話題もかすんでしまうほど、マルケスの圧倒的な強さが何にも増して強い印象を残したアラゴンGPでありましたね。ただ、ちょっと思ったのが、今回の表彰台は全員がサテライトライダーで、このような事態って最近あったっけ、あったような気もするなと思って調べてみたら、何のことはない、去年のフランスGP(1位ベツェッキ、2位マルティン、3位ザルコ)がそうでした。どっとはらい。

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 さて、今回のレースは兄マルケスが圧倒的な強さで話題を独占したけれども、注目度では弟のアレックス・マルケス(Gresini Racing/Ducati)も負けちゃいない……というと語弊があるが、ペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)と3番手を争っていた18周目に、両者が絡む転倒が発生しておおいに物議を醸した。

 アクシデントが発生したのは12コーナーから13コーナー。サーキットの一番奥から降ってきて左右と切り返し、やや逆バンク気味になっている場所だ。弟マルケスが前にいた12コーナーからの立ち上がりでバニャイアがアウト側からオーバーテイクして前に出た。で、そこから13コーナーの進入で右へ倒しこんでいくときに、「後方から弟マルケスが突っ込んできた」というのがバニャイアの言い分だろうし、弟マルケスにしてみれば「アウト側からいきなり前へ出てきてラインを塞がれた」という言い分になるだろうか。

 スチュワードの裁定は両者に処分ナシ、となったのだが、レース後の当事者ふたりの主張はそれぞれ以下のとおり。

[バニャイアの主張]

「切り返す前から、完璧に自分のほうが前にいた。だから、データをみればよけいに腹立たしく感じてしまう。10コーナーに入っていったとき(※13コーナーの勘違いもしくは言い間違いと思われる、以下も同)、自分のほうが前にいて、彼がそこにいることもわかっていたのでスペースは空けていたし、スピードはこっちのほうがかなり出ていた。だから、前でラインを塞ぐ必要なんてなかった。

 10コーナーに入ってすぐ、彼がスロットルを開けていくエンジン音が聞こえた。これはいいことじゃない。さらに悪いのは、転倒が発生した際に向こうがスロットルが40~60パーセント開けていたという(データから読み取れる)事実を見てしまうと、余計にね……。

 あんなふうに相手を巻き込むのは、とても危険だと思う。普通なら接触を避けるものだと思うけど。誰かに接触するなんてしたくないし。実際に発生したことのデータを見ても、意見が違う人もいるみたいだけれども」

[A・マルケスの主張]

「僕たちは限界まで攻めていて、グリップ状況は理解していた。12コーナーで僕は少しワイドにはらんで、ラインから2メートルほどはずれた。そこから彼が急接近してきて、僕のアウト側から勝負を仕掛けてきた。最初は彼が見えなかった。ここはハッキリしておくけれども、(後ろにいるのが)ペコだとは思わなかった。うちのチームのピットボードでは、名前を表示しないから。で、そのとき自分はすでに身体も頭も右側にリーンしていた。そして、接触したのを感じた。ウォールにとても近い場所だったので、それを避けることに懸命だった。なんらかの経緯があってこっちのバイクが接触されて、残念ながらふたりともそこでレースは終わってしまった。

(13コーナーへの進入は、速度もリーンアングルも適切でしたか?)

 うん。むしろ低速だったかもしれない。というのも、少しアウト側から入っていく恰好だったから。ペコはアウト側から仕掛けようと決めて、勇敢かつ明確に攻めてきた。でも、彼は僕がそこにいることをわかっていた。だから、せめて1メートルの余裕を作っておいてほしかった。それ以上とは言わないけれども。接触を避けることができるとすれば、彼のほうだった。僕がそこにいるとわかっていたわけだから。僕にはまったく彼が見えなかったし、まさか接触するなんて思ってもいなかった。本当にウォールまでギリギリだったんだ。

(ペコによると、ワイドにはらんだあなたが戻ってくる際に気をつけるべきだった、とのことですが、その主張は首肯できますか? あるいは、あなたにスペースを残しておくのが彼の責務だったのでしょうか?)

 コースを外れたところから戻ってくる場合なら、彼の言うことは納得できる。もしも僕が、グリーンやその外側に出てしまっていたのであればね。でも、僕はほんのこれくらい(と指先で数センチの幅を示す)縁石に接触した程度だった。つまり、コース内にいたんだ。後ろからやってくるライダーは、そういったことすべてに注意を払わなければならない。アウト側から仕掛けようと思ったのなら、相手がイン側にいることを理解しなきゃならない。理解していれば、縁石側にラインを完璧にふさぐようなことはできるはずがない。僕は(回避する)スペースがなかった。こっちが縁石から2メートルほど外側にいるのなら、彼(の行動)を理解することもできるけれども、そういう状況ではなかった。彼はあまりにも縁石側を塞いでいて、そこに自分がいた。それだけのこと。

(相手が彼だとわかっていたら、自分の挙動は変わっていましたか?)

 それはないと思う。というのも、自分には相手が見えていたわけではないから。だからそれは関係ない。でもひとつハッキリさせておくと、『タイトル争いをしている選手を尊重すべきだ』と人は言うけれども、こっちはそもそも彼であることがわかってなかった。見えていなかったんだ。だから、接触は避けようがなかった」

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 この出来事に対する他のライダーたちの見解も、ざっと紹介しておこう。

 マルク・マルケスは、不運な出来事としながらも、そこはやはり兄弟だからか、弟の過失とは考えていないようで、やや同情的なようにも見える。

「アレックスがワイドになったけれどもコース内に残り、そこから例の右コーナーに達した際には、ペコがそこにいるとは思ってなかった。ペコはアウト側から追い抜けると楽観的に考えていたんだろう。だから、コース上の汚れていないラインを使ってオーバーテイクしようとした。というのも、汚れているラインに出てしまうとリスクが一気に大きくなってしまうから。だから、あれは本当に運が悪かったんだと思う」

 ホルヘ・マルティンは、路面の汚れに理由を求めながらも、それが弟マルケスの挙動に影響したと考えているようだ。

「あのクラッシュは(判断が)本当に難しい。路面のあっち側はかなり汚れているので、アレックスはあれ以上リーンできなかったと思う。Moto2のジョー・ロバーツ(が決勝レースで転倒した状況)みたいなね。結果的に接触してしまった。接触後は、バイクに絡みそうな感じで転がっていったので、ふたりとも次のレースには無事に参加してほしいと思っている」

 一方、ミゲル・オリベイラは、明らかに弟マルケスの過失と考えているようだ。

「あれはやりすぎ。あくまで自分の見方だけれども。奇妙な状況で、アレックスがワイドになって、ペコがアウト側からのラインで来るのがわかっていた。で、結果的にコーナーでやらかしてしまったわけだけれども、バイク半分くらいはペコの後ろにいた。そこから、もたれかかるようにリーンしていった。スロットルを閉じることができていただろうけれども、一瞬の出来事で相手のバイクに突っ込み、万事休すとなった。

(ペナルティ対象でしょうか、あるいはレーシングインシデント?)

 僕はもっと軽微なことでも、ペナルティを受けたけどね(笑)。ま、審査する人間でもレースディレクションでもない、これはあくまでタダの僕の意見」

 ファビオ・クアルタラロも、弟マルケスのほうが過失度合いは大きい、という意見のようだ。

「何か意見を言うのは難しいけれども、12コーナーのような場所でワイドになると、汚れているので一気に素早く切り返すことができない。一方で、ペコがとったラインも汚れていた。とはいえ、あの場合はアレックスのほうにちょっと過失があるようには思うけれども……。タイヤも汚れていたうえに、かなりワイドになっていた。だから、12コーナーで、ラインをはずれてかなりアウト側になっていた」

 一方、アレイシ・エスパルガロは、むしろバニャイアのほうが譲るべきだったという見立てのようだ。

「常に皆が同じ意見、というふうにはならないだろう。これまでMotoGPで何度も見てきたし、最近もあったようなクラッシュだ。僕の考えでは、今回のペコのようにアウト側から来る場合は、イン側にいるバイクに余裕を残しておかなければならない。アレックスはそこから消える、なんてことができないんだから。スロットルを閉じることはできるだろうけど、なぜそうする必要がある? これはレースなんだ。だから、接触を避けたいのであれば、もう少しスペースの余裕を与えるべきだ」

 ルカ・マリーニは、バニャイアの過失ではない、と話している。

「映像でまだ一回見ただけで、自分の意見はあるけれども、議論の余地ありということならば、それはリザルトに反映されるべきだろう。ペコはアレックスのバイクの下になってかなりヤバい状況だったので、ケガをしなくてラッキーだった。ああいう事態はあり得るのだろうけれども、ペコのミスではない」

 バニャイアと弟マルケスは、後にメディアやカメラ等の目がなく、チーム関係者の誰も同席しないまったくプライベートな場所で、ふたりで話し合ったという。何を話したのか、それがどんな内容だったのかは知るよしもないが、本人同士でじっくりと話をできたのであれば、彼らの性格を勘案しても、感情がこじれて持ち越すようなことにはおそらくならないだろう。

 ところで、今回のレースウィークに先立つ木曜日、中上貴晶(IDEMITSU Honda LCR)が今シーズン限りでMotoGPフル参戦にひとまずの区切りをつけ、来シーズンはテストライダーとして活動することを発表した。2018年から7年間、唯一の日本人MotoGPライダーとして多くの期待を背負って走り続けてきたが、とくにこの数年はホンダ陣営全体がかつてないほどの低迷を強いられる状況の中で、モチベーションの維持にもかなり苦しんできたのだろうことは想像に難くない。

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 そんな彼の今季のリザルトを見てみると、ここまでの12戦中8戦でポイントを獲得している。ポイント獲得が評価の対象になるのはいかがなものかと思わないでもないが、現在のホンダの戦闘力がそれほどの状況にあることを考えれば、この成績は素直に高く評価してしかるべきだろう。しかも、現在のランキングはホンダ陣営の4選手中で彼が最上位につけている。今回の決勝レースでは、シーズン自己ベスト、しかもホンダ陣営全体でも今季ベストリザルトの11位という結果を獲得した。来年からの中上は、同じく今季限りで現役に終止符を打つアレイシ・エスパルガロとともに、戦闘力を底上げする開発活動に尽力することになる。とはいえ、現役活動の区切りとなるバレンシアまでは、まだ8回のレースがある。

 というわけで、今週末のサンマリノGPでもさらなる奮起と活躍を期待しています。ねえ、タカちゃん。
(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Pramac Racing/GASGAS/Ducati/Honda Racing)

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#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!


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2024/09/02掲載