●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Pramac Racing/Ducati/Gresini Racing/GASGAS/Pirelli/Honda Team Asia
シーズン前半戦を締めくくるドイツGP、ザクセンリンクサーキットは全カレンダー中でも屈指の大動員数を誇る会場である。今年の来場者は総計25万2826人。現在の公式集計方法では「プレウィークエンド」として木曜の来場者もカウントしているため、金土日の3日間を対象にしていた過去のデータと単純比較はできないのだが、それでも今年もものすごく大勢の観戦客が詰めかけたことはよくわかる。参考までに、吉祥寺を擁する東京都武蔵野市の人口は約15万人。その1.6倍くらいの人数が、この週末のうちにザクセンリンクサーキットを訪れたことになるわけだ。
で、この会場、都市部からの交通の便がよいのかというとけっしてそういうわけではない。サーキットからそれなりの距離の街といえばケムニッツやツヴィッカウがあるものの、宿泊施設はけっして潤沢なわけではない。山間部のちいさな集落にもいろいろと施設はあるようだが、宿探しはそれなりに苦労を強いられる。それでも毎年これだけの規模の観客が集まるのだから、毎度のことながらほんとうに感心する。
さて、レースの話題に移りましょう。土曜午後のスプリントは全15周の争いで、ホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)が1等賞でゴール。2等賞はミゲル・オリベイラ(Trackhouse Racing/Aprilia)。そして3等賞の銅メダルがペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。全長3671mで小さいコーナーが多い当コースは、かつてのドゥカティには最も苦手なサーキットだったが、動力性能も旋回性もアジリティもオールマイティな強さを誇る現在の彼らには、もはや苦でもなんでもない。参考までに、昨年は土日ともにマルティンが制している。
ドイツGPといえば、周知のとおりかつてはマルク・マルケスが圧倒的な強さを誇った会場だ。ホンダ時代は前人未踏の8年連続優勝(しかもあの右上腕骨折事故を挟んでの記録で)を達成している。今回も彼のパフォーマンスには大きな注目が集まったが、金曜に転倒して肋骨の打撲と左手人差し指を骨折。土曜午前の予選ではQ1から浮上できず、5列目13番グリッドになった。そして午後のスプリントも6位、と彼にしてはやや精彩を欠いた結果である。
で、日曜の決勝レース。序盤周回はマルティンとチームメイトのフランコ・モルビデッリが1-2状態で、プラマック久々のダブル表彰台を達成するかに見えた。プラマックについては前回の当欄でも詳しく言及したが、同社のCEOパオロ・カンピノッティがこの週末は現場に入り、終始パドックに入り浸りでチームを鼓舞し続けた(このあたりの気合いの入り具合が、おつきの重役連中をぞろぞろ引き連れて数時間だけ「視察」に来る会社社長さんとの違いである。閑話休題)。
レース展開はというと、レース中盤以降にモルビデッリは少しずつポジションを落とし、最後は5位でゴール。とはいえ彼にとっては今季ベストリザルトである。
一方のマルティンは、序盤から快調なペースで走行を続けた。やがて、後方のチームメイトをオーバーテイクしてバニャイアが2番手に浮上してきたものの、0.7~0.8秒差の距離を保ちながら、終盤まで安定感のある周回を続けた。ところが、ラスト2周に入った1コーナーで転倒。じつにもったいないノーポイントとなってしまった。
これでバニャイアは後顧の憂いがない安心独走状態となり、トップでゴール。このバニャイアの優勝レースタイム40分40秒063は、昨年の記録(40分52秒449)よりも約12秒4の短縮に成功している。
ちなみに、バニャイアは今回のレースがグランプリ200戦目(Moto3-69、Moto2-35、MotoGPー95)という節目のレースだった。また、これで最高峰クラス通算42勝となって、ケーシー・ストーナーと並ぶドゥカティ最多勝ライダーになった。さらにいえば、今回の勝利はカタルーニャGP以来の決勝レース4連勝。また、自身の優勝による25ポイント追加とマルティンの転倒ノーポイントで、ランキングでも10ポイント差の逆転首位に立った。
「今日のレースでは、とにかくリアタイヤ(の温存)に正確を期した。終盤に自分のほうがタイヤが残っているとわかっていたので、万全の努力をした。プラマックのふたりにオーバーテイクされたとき、ふたりともちょっとペースを上げすぎだと思ったので、自分は抑えるようにした。その後に攻めはじめたとき、フランキーの後方で少し我慢しすぎたために、ホルヘとの差は1秒以上開いていた。その差をリカバーするためにプッシュして、かなり接近したところでホルヘが不運な転倒をした。あの転倒がなければ、最終ラップはきっと最高のバトルになっていたと思う。ともあれ、勝ててよかった。決勝レース4連勝で、最高の形でサマーブレークに入ることができる」
勝者のコメントはいつも心情的にも内容的にも充実度が高いことが大半だが、バニャイアのこのことばからは、ゆるぎない風格のようなものも感じ取れる気がするのだが、どうでしょうかみなさん。
一方、トップを走行しながらノーポイントに終わったマルティンは、この転倒でランキング首位の座を明け渡すことにもなり、二重の意味で痛恨のリザルトになった。
「自分でも理解しがたい転倒だったので、説明のしようがない」
と、決勝レース後に話す言葉からは困惑が隠しきれない様子だった。
「まだ分析をできていないけれども、時間をかけてしっかりと見極めようと思う。何が起こったのか、落ち着いてじっくり分析するのがいいと思う。だから、今ああだこうだといっても仕方ない。まだチャンピオンシップの中盤で、今日で何もかもがおしまいというわけではないのだから」
また、自分でも転倒に驚いた、ともマルティンは明かしている。
「とても上手くコントロールしていると思っていた。速いペースで完璧に乗っているつもりだった。ものすごく集中できていたと思う。フロントもリアもタイヤをしっかりマネージしていたし、プラクティスや予選のときよりもすごくいい感じだった。とても乗れていると思っていたのに、転んでしまった。
この経験から学ばなければならない、という意味で、自分のレースキャリアにはきわめて重要な日だったと思う。ヘレスの転倒もムジェロの転倒も(註:スペインGPの決勝レースでトップを走行中の10周目にバックストレートエンドで転倒した一件と、イタリアGPのスプリントで3番手走行中の8周目に1コーナーで転倒した一件)、そして今回もまったく同じような転倒だった。自分の乗り方なのかどうかわからないけど、何か(原因)があるはずだ。自分は頭で理解できていない。でも、転んでしまう何かがある。だから時間をかけて検討し、そこから学ぶことで修正したい」
2位はマルク・マルケス。金曜の転倒と負傷、そして土曜スプリントの様子からすると「えッ……」と驚くようなリザルトである。5列目13番グリッドスタートのマルケスは、レース中盤あたりまではセカンドグループの後ろでおねおねしていたのだが、そこからモルビデッリと弟マルケスが視野に入ってくるとぐいぐいプッシュしはじめ、まずはラスト5周でモルビデッリを抜いて4番手に浮上。さらに、0.7秒ほど開いていた弟との差を詰め、ラスト2周でオーバーテイクして2番手につけ、30周を走り終えて2位でゴールラインを通過。伊達や酔狂で〈キングオブザリンク〉と呼ばれていたわけではないことを、見事に満天下に示す結果になった。
そこから少し遅れて弟アレックス・マルケスも3位でチェッカー。グレシーニ・レーシングにとってはダブル表彰台という最高の結果である。兄弟で最高峰クラスの表彰台に登壇するのは、1997年の青木宣篤・拓磨兄弟(シティオブイモラGP:宣篤2位・拓磨3位)以来。参考までに、このイモラで優勝したのはミック・ドゥーハン。宣篤と拓磨が2位と3位を獲得したことにより、ホンダが表彰台を独占したレースだった。当時はホンダが圧倒的な強さを誇っていた時代で、連覇街道を驀進していたドゥーハンと上記の青木兄弟(ちなみにふたりともこの年が最高峰デビュー)、A・クリビーレ、岡田忠之といった顔ぶれが入れ替わり立ち替わり毎戦表彰台に上っていた。それから20数年を経て、現在はドゥカティ勢が同じようなことをやっている。まさに〈禍福は糾える縄のごとし〉である。
さて、今回のドイツGPでもうひとつ重要な結果を紹介しておこう。超弩級ルーキー、ペドロ・アコスタ(Red Bull GASGAS Tech3/KTM)が7位で終わったことにより、開幕前から期待されていた最年少優勝記録(20歳63日:M・マルケス:2013)の更新は、ついに実現しなかった。アコスタのようなちょっと並外れた早熟の天才をもってしても塗り替えることができなかったのだから、今後もマルケスの記録を上回るライダーは当分出てこないのだろう。ちなみに史上2番目の最年少優勝記録(つまり、マルケスが塗り替える前の記録)は、フレディ・スペンサーの20歳196日(1982年)。アコスタの誕生日は5月25日で、そこから196日後は12月7日なので、今シーズン中に優勝を達成すればスペンサーの記録を上回ることになる。
今回のレースでアコスタは1周目に大きく出遅れ、14番手まで順位を落としているのだが、その理由はフロントデバイスが解除できなかったからだという。
「3コーナーまでデバイスが効いたままでチャタも激しく、解除するために3コーナーでかなり強いブレーキをしなければならなかった。これでだいぶタイムをロスした。そこからベツェッキをオーバーテイクするのにけっこう苦労して、その後にラウル(・フェルナンデス)を抜くのにも時間がかかった。今回は悪い週末だったけれども、あれやこれやがあった割に最悪の事態は回避できたと思う」
Moto2クラスでは、3列目7番グリッドスタートの小椋藍(MT Helmets-MSI)が、最終ラップの熾烈なバトルを制して3位。前戦アッセンの優勝に続き2戦連続表彰台となった。前半戦でももっとも相性が悪いと自認するザクセンリンクでこの力強い結果は、今後に向けてもじつに頼もしい。ランキングでも、首位に立つチームメイトのセルヒオ・ガルシアまで10ポイント差。サマーブレイク後は、ますます緊迫した争いが繰り広げられることでありましょう。
Moto3は古里太陽(Honda Team Asia)が2位。表彰台獲得は開幕戦以来の今季2度目。
「カタールからここまで長かったです。いつもチャンスがあったものの、何かが足りず表彰台には届きませんでした。今日はこの結果を期待していませんでしたが、ちょっとしたミスもあって優勝には届きませんでした。でも2位はいい結果だし、誕生日前にこの結果を得ることができてよかったと思います。最終ラップでは、前との差を詰めようと思ってスロットルをいつもより開けすぎてリアがスライドし、それで2位キープに気持ちを切り替えました」
とのこと。
というわけで、これで2024年のMotoGP各クラスはシーズン前半戦を終了し、数週間のサマーブレイクに入る。後半戦は8月4日のイギリスGPから再開……ですが、その前に7月21日決勝の鈴鹿8耐がありますね。今年の鈴鹿もまた、様々なドラマが待ち受けているのでありましょう。現地観戦の皆様は、くれぐれも暑さ対策をお忘れなきよう。ではでは。
(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Pramac Racing/Ducati/Gresini Racing/GASGAS/Pirelli/Honda Team Asia)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!
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