●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Ducati/Yamaha/Honda/Pirelli
はいどうもみなさんお暑うございます。2024年後半戦がスタートいたしましたね。第10戦はイギリスGP、シルバーストーンサーキットであります。
前半後半を厳密に数字で分けるとするならば、じつは全20戦の第11戦目となる次戦オーストリアGPから後半戦、という区分が正確なのかもしれませんが、そこはまあ、サマーブレイクを経て前と後ろという体感的な分けかたに従っているわけで、長年それでやってきて特に違和感もないのだから、それで問題ないじゃあありませんか、ということでありますね。
で、今回のイギリスGPは、二輪ロードレース世界選手権の75年を祝うイベントとして、MotoGP各チームがレトロカラーで臨んだ……わけですが、じつはこれ、開幕前にもいくつか指摘があって数字に敏感な方ならご存じのとおり、じつは1949年の二輪ロードレース世界選手権開始から数えると、2024年の今年は76年目にあたるわけなんですよね。レースを運営するDORNAが大々的に75年と謳っているため、もはやなんとなくなし崩し的に「まあそういうことでいいか」という雰囲気になっているようですけれども。
あまり無粋なことを言っていてもしかたないのでいつまでもうだうだ言うのは差し控えますが、いちお、指摘だけは念のためもういちどここでしておきます。あるいは、75年を無事完遂したことを76年目のシーズンに祝う、という意味なんでしょうか。でもふつうそういう祝い方しますかね。
ともあれそれはそれとして、
はい、グランプリ75年、めでたい。
というわけで、MotoGPクラス各チームは木曜にそれぞれ歴史的に意義深いレトロカラーをお披露目し、金曜と土曜は通常どおりのカラーリングで走行したうえで日曜の決勝日に改めてその色合いで臨んだわけですが、とくにオールドファン諸兄姉は、各陣営の様々なカラーを見てそれぞれに思うところがいろいろとあったのではないでしょうか。各チーム各様に工夫が凝らされていたように思うのですが、ひとつだけ注文を出すとすれば、できればアプリリアはやはり「レーシンゲ」で行ってほしかった。日本人としては、そこはどうしてもそう反応してしまいますよね。うん。
さて、レース。
土曜のスプリントはエネア・バスティアニーニ(Duicati Lenovo Team)が1等賞の金メダル。2等賞の銀メダルは、来年からアプリリアファクトリーへ移籍するホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)。そして3等賞の銅メダルは、ポールポジションスタートのアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Raing)。ちなみに、バスティアニーニのスプリント勝利は今回が初めて。
今回はグランプリ75周年イベントなので、表彰式のプレゼンターにひょっとしたらシークレットゲストみたいな人が登場するのかも、と少し想像していたのですけど、なんてことない、いつものホルヘ・ビエガス氏でありましたね。そういえばもうだいぶ昔に、イギリスGPがまだドニントンパークで開催されていた時代ですけど、マーク・ノップラーがプレゼンターに登場したことがあって、会場がものすごく盛り上がった記憶があるんですが、ご記憶の方がいらっしゃれば手をあげてください。手を挙げてもこっちからは見えませんけど。
で、日曜の決勝レース。
序盤はペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)がトップを走行し、それをマルティンとバスティアニーニたちが追う展開から、やがてマルティンがトップに立ち、そこからバニャイアが遅れはじめて、最後2周でバスティアニーニがグイッと勝負を仕掛けて逃げ切り、チェッカーフラッグ。
決勝レース今季初勝利で土日を連覇したことで、ランキング首位まで46ポイント差。シーズンはまだ10戦もある状態でこのギャップならば、充分にタイトル争い圏内、ともいえそうだが、本人はあくまで謙虚に「いやいや、自分はまだそこまでじゃない」とかわしてみせた。
「現状では自分はチャンピオン候補じゃない。だって、ペコとホルヘは、自分と比べると毎戦トップ争いをして高いレベルで安定しているから。自分の場合は、そこに入れると思うときもあれば、追いつけないときもある。これからタイトル争いに加わるのなら、その部分をもっと改善していかなければならない。ここから仕切り直すつもりで、シーズン残りをこの調子で戦っていきたい。それでシーズン終盤にチャンスがあるなら、がんばりたい」
2位はマルティン、3位はバニャイアとなったことで、これでランキングはマルティン241、バニャイア238、バスティアニーニ192、となった。といっても次戦が(くどいけれども)シーズン折り返しでこれから最大370ポイント((12+25)×10)を獲得できるわけだから、現在179ポイントでランキング4位のマルク・マルケス(Gresini Racing/ Ducati)もまだチャンピオンの射程圏内にいると考えて差し支えないだろう。
それよりもなによりも今回は、ドゥカティ勢の強さが改めて際立ったレースであったことは特筆しておきたい。表彰台のドゥカティ独占は、今シーズンこれで7戦連続。第4戦スペインGP以来ずっと続いているのだから、つまり欧州ラウンドのレースはすべてドゥカティ勢が独占していることになる。ドゥカティ陣営以外のライダーで表彰台に登壇したのは、開幕直後の3戦でブラッド・ビンダー(QAT:2位)ペドロ・アコスタ(POR:3位、AME:2位)、マーヴェリック・ヴィニャーレス(AME:1位)、の3名計4回のみ。
参考までに、メーカーの表彰台独占連続記録について過去の記録をひっくり返してみると、1976年のスズキ(アッセン-スパ・フランコルシャン-アンダーストープ-イマトラ-ブルノ)と、1996年のホンダ(ヘレス-ムジェロ-ポールリカール-アッセンーニュルブルクリンク)の各5回。こうやって比較すると、今のドゥカティの圧倒的な強さがよくわかる。
この無類の強さについて、バニャイアは以下のように話している。
「最強のライダーたちが同じバイクに乗っていて、8台のバイクすべてに勝つ可能性があるわけだから、こんなふうに独占する結果は充分にありえること。その8台の中でも5~6名はトップ中のトップといってよく、こういうリザルトになるのも当然。そのライダーたちが毎回それぞれ刺激しあい、データをチェックしている。それがさらにモチベーションを刺激しあう誘因になる。ドゥカティにとって素晴らしいリザルトだけれども、これは自分たちがいつも懸命に切磋琢磨してきたことの帰結だと思う」
一応、日本メーカー勢の順位も記しておくと、最高位はファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)の11位。ヨハン・ザルコ(CASTROL Honda LCR)が14位、中上貴晶(IDEMITSU Honda LCR)が15位。ルカ・マリーニ(Repsol Honda Team)は、中上のひとつ前でゴールしたものの、レース後にタイヤ空気圧違反が判明して16秒のタイムペナルティが科されたため、リザルトシート上では17位という結果になった。また、ジョアン・ミル(Repsol Honda Team)はレース中にダッシュボードの警告灯が点灯してピットへ戻り、リタイアしている。
それにしても、ヤマハ・ホンダ勢の最上位のクアルタラロは、レース中にダブルロングラップペナルティを実施したフランコ・モルビデッリ(Prima Pramac Racing:10位)よりも後ろでゴールしているのだから、この差はちょっといかんともしがたい。ホンダと比べるとまだ改善傾向の見えるヤマハでこの結果なのだから、いわんやホンダにおいてをや、である。
じつは今回のイギリスGPの2週間ほど前、7月末の鈴鹿8耐でHRC二輪レース部長の石川譲氏に一対一でタップリと話を伺う機会があった。苦戦が続く現状については「日本の開発スタッフにできるだけ現場へ行ってもらい、三現主義(現場・現物・現実)をさらに徹底することで開発を進めていきたい」と述べる石川氏に、どれくらいの時間軸でトップレベルへ復帰できると見込んでいるのか、と訊ねてみた。
このような質問を投げかけると、たいてい日本メーカーの首脳陣や技術者たちは「できるだけすみやかにチャンピオン争いに復帰しなければならない」「まず半年で追いついて、次の半年で優勝争いをしたい」などと判で押したようにお約束の定型句が返ってくる。
しかし、これだけの苦戦が続いている現状では、半年やそこらで一気に巻き返すようなことなど、控えめに言っても現実的ではない。いわば、南3局でハコ割れ寸前の北家がダブル役満で一挙逆転のトップを目指すようなものだ。
現実問題として、中長期的ところまで見据えた復活プランをどう考えているのか石川氏に訊ねると、以下のような言葉が戻ってきた。
「今年チャンピオンになりますかと言うと、そこはやはりなかなか厳しい状態です。では、来年チャンピオンになるんですか、というのも、それもそんなに簡単なことではないだろうと思っています。ただ、2026年までの階段の中では優勝争いをできる状態にしなきゃいけないと考えているので、今のレギュレーションのうちになんとかそこまで持っていくべく日々努力をしている、という状況です」
ドゥカティがこれだけの快進撃を続けている以上、そこに追いつくまでの道のりは、彼らが去年想像していた以上に、あるいは今年の開幕前に思い描いていたよりもさらに長く険しいものになるのだろう。あまりにも高い壁をどう克服して乗り越えてゆくのか、その過程をじっくり腰を据えて見させていただくことにいたしましょう。
Moto2クラスでは、小椋藍(MT Helmets-MSI)がポールポジションスタートながら、決勝ではペースを上げることができずに14位でゴール。ま、そういうこともときにはあるでしょう。次、行きましょう。優勝はイギリス人ライダーのジェイク・ディクソン(CFMOTO Inde Aspar Team)。地元のヒーローがホームグランプリを制する場面は、見ていても気持ちがよいですね。おめでとうございます。
というわけで常体敬体入り乱れた文章になりましたが、次戦はオーストリアGP・レッドブルリンク。わたくしはエナジードリンク的なものをこれまでほとんど口にしたことがないんですが(単に好みの問題)、モータースポーツもアーバンスポーツも、いまの世はどこを見てもおしなべて強壮砂糖水一色でありますね。では、また。
(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Ducati/Yamaha/Honda/Pirelli)
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!
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