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レース・イベント



●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Ducati/Pramac Racing/Aprilia/Yamaha/Pirelli/西村 章

“Cathedral of Speed”(ロードレースの大聖堂)ことTTサーキットアッセンの第8戦は、現在もなおダッチTTの名称で親しまれているオランダGPである。

 多くのレースファンがご存じのとおり、二輪ロードレースの歴史でも最も古い格式と伝統を誇るイベントである。かつては「TTウィーク」としてサイドカーやヨーロッパ選手権等、様々なカテゴリーのレースが次々と開催され、その大トリを飾るのがグランプリのレース、という流れだった。MotoGP時代になってもこの伝統は継承され、その慣行に則って決勝レースは長らく6月最終土曜日に行われていたが、2016年からは他の開催地同様に日曜にレースが行われるようになった。つい最近のことのようにも思うが、その変更からすでに8年が経過しているので、ひょっとしたら近年になってMotoGPを観戦し始めた若いファンにはあまり馴染みのない「歴史的事実」かもしれない。

 この長い歴史が当地の生活文化へ浸透している様子はこれまでに何度も記してきたので今回はざっくりと割愛するけれども、今年のレースもこの伝統に根ざしながら、なおかつそれがさらに上書きされる、という当地に相応しい結果になった。

 土曜のスプリントと日曜の決勝でともに圧倒的な強さを見せて優勝を飾ったのは、ペコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)。2022年以来の3年連続勝利で、これはミック・ドゥーハン以来の記録だとか。ちなみに、ドゥーハンはアッセンで1994年から98年まで5年連続優勝を飾っている。

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 バニャイアに話を戻すと、今回の勝利でMotoGP 23勝目(41回目の表彰台)を達成。ケーシー・ストーナーがドゥカティ時代に達成した勝利数に並び、そのドゥカティ総表彰台獲得数42まであとひとつに迫った。

 それにしても、この週末のバニャイアは本当に強かった。金曜午前のFP1で最速、予選振り分けを決める午後のプラクティスでもトップタイム。土曜午前のFP2も最速。続く予選Q2ではオールタイムラップレコードを更新(1分30秒540)してポールポジションを獲得。昨年の記録はマルコ・ベツェッキの1分31秒472(2023年)なので、1秒近く塗り替えたことになる。

 午後のスプリントでは、トップグリッドからスタートしてホールショットを奪うと、誰にも前を譲らず一等賞で勝利。日曜の決勝レースもポールポジションスタートで1コーナーへ真っ先に飛び込んでゆき、26周を誰よりも前で走り続けてゴール。つまり、ふたつのレース計39周177.138kmを終始一貫して先頭を走り続けた、というわけだ。

「リザルトについていえば、MotoGPのベストだと思う。全セッションでリードするのはいつもできることではないし、それを実際に達成できたのは、自分でもすごいことだと思う。じつは(Moto2時代の)2018年にも同じことをやっていて、全セッションでトップを記録し、ウォームアップのみ4番手だったところまでまったく同じ(これは本人の記憶違いで、2018年の決勝朝ウォームアップは8番手タイム)。要は何がいいたいのかというと、チームをとても誇らしく思っているということで、週末を通して一緒に素晴らしい仕事をできた。バイクのフィーリングは極上で、週末の走り出しに他の選手たちより苦労していた高速コーナーで微調整した程度だった。そこを合わせこんでからは、すべてが完璧だった。決勝でも勝つことができて、本当にうれしい」

 レース後にそう述べたコメントにも、まったく隙がない。この完璧な週末で圧倒的な優勝最有力候補と目されていたことについては、以下のように話している。

「2021年の終盤や2022年のシーズン中盤、去年の序盤等々、バイクのフィーリングが最高だったことは過去に何度もあった。自分たちのポテンシャルについては、自分自身がいちばんよく理解している。毎回優勝争いをできることは自分でもわかっているし、実際に達成もしてきた。それがさらにモチベーションにもなる。レースペースや週末の仕上がりを見ても優勝候補最右翼だ、2位は負けみたいなものだ、と皆に言われてレースに臨むと、そこから受けるプレッシャーもまた大きいけれども、まったく気にしなかったし、ただ愉しみながら走ることができた。このコースが大好きだし、そこでフィーリングを全開にして速さを発揮することにも喜びを感じる。だから、何も問題なく、すべてを愉しむことができた」

 ……そりゃあこんな無敵マリオ状態で走っている王者には、誰も太刀打ちできませんわな。

 土曜スプリントを2位で終えたホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)は、日曜の決勝レースでも2位。土曜スプリントの3位はマーヴェリック・ヴィニャーレス(Aprilia Racing)で、決勝レースの3位は持ち味の粘りでぐいぐいポジションを上げてきたエネア・バスティアニーニ(Ducati Lenovo Team)。

 ちなみにこの3名、皆様よくご存じのとおり、来シーズンはそれぞれチームを移籍する。マルティンはアプリリアのファクトリーチームへ、ヴィニャーレスとバスティアニーニはともにエルベ・ポンシャラルのTech3からKTMのファクトリーマシン体制で参戦することになった。ちなみにこの一連の大型玉突き移籍のトリガーを引いたのがマルク・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)のドゥカティファクトリー移籍であることもまた、周知の事実でありますね。

#オランダGP

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 で、このダッチTTウィークエンドに正式発表された大型「移籍」がもうひとつ。かねてから噂のあったプラマックチームがドゥカティ陣営を離れ、来シーズンからはヤマハのサテライトチームとなる。ヤマハもプラマックも詳細を発表していないが、おそらく7年という長期の契約関係であろうとも言われている。

 それにしても、ドゥカティにとって長年にわたり最も頼りがいのあるサテライトチームであったプラマックがついに陣営を離れるのか、と思うとちょっと感慨深いものがある。

 プラマックがドゥカティ陣営に加わったのは2005年からだから、ここまでかれこれ20年も協力関係を続けてきたことになる。その前の彼らはというと、じつはホンダ陣営に属していた。MotoGP元年の2002年、原田哲也がホンダへ移ったことは大きな話題になったが、そのときに彼の所属したチームが、プラマックホンダレーシングチームだった。原田のレザースーツの胸元やバイクのサイドカウルにあのロゴが大きくフィーチュアされたデザインを、おそらくオールドファンならよくご記憶だろう。このシーズンはMotoGP初年度ながら2ストローク500ccのマシンも混走。原田は前年度のチャンピオンマシンNSR500で参戦したものの、彼の能力をもってしても4ストローク990cc勢には太刀打ちできず、この年の最終戦で現役活動に終止符を打った。

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 翌年、玉田誠がこのチームに抜擢。レザースーツやバイクのデザインは前年度の絵柄を踏襲したものの、バイクはRC211Vを支給されている。このチームを切り盛りしていたのがジャンルカ・モンティロンで、後年、JiR(Japan Italy Racing)を組織する。このジャンルカ・モンティロンのチームは2004年にシト・ポンスのチームと合流し、キャメルホンダとして引き続きホンダ陣営で参戦している。チーム名称はキャメルホンダで、外から見るとふたりのライダーを擁するチームに見えるのだが、中身はキャメルという同一タイトルスポンサーの屋根の下にポンスチーム(マックス・ビアッジ)とモンティロンチーム(玉田)が同居している状態だった。タイヤブランドも、玉田のモンティロンチームはブリヂストンで、ビアッジのポンスチームはミシュラン、とそれぞれ異なっていたが、プラマックのロゴは両選手のRC211Vアンダーカウルやレザースーツ上腕部分など、目立つ位置に貼付されていた。

 2005年にプラマックはホンダを離れ、当時ルイ・ダンティンが運営していたドゥカティ陣営のダンティンMotoGPチームをスポンサーし、ここからプラマックとドゥカティの20年に及ぶ蜜月関係がスタートする。2005年にはチームダンティンプラマックという名称で参戦し、2006年はプラマックダンティンMotoGP、2007年はプラマックダンティン、と基本的には同じ名称で参戦を継続した。

 2008年にはイタリアのIT企業アリーチェをタイトルスポンサーに迎え、アリーチェ・チームという名称でチーム登録。シーズン途中には、ダンティンが解任される恰好でチームを離れるという大きな出来事が発生する。この出来事があったドイツGP終了後のドレスデン空港で、知り合いの同チームスタッフから一連の事情について興味深い話をいろいろと聞かせてもらった記憶があるが、それについては機会があればということでまた改めて。

 ともあれこの結果、現在のプラマックレーシングの母体が出来上がって、翌2009年からはプラマックレーシング、とチーム名称にも企業名が復活して現在に至る。

 プラマックは産業用発電機や倉庫用物流管理機器を扱う世界的企業だが、もともとは1960年代に建設機材を扱う家族経営の企業としてスタートしたという。2002年以降、様々な紆余曲折がありながらもレース界から出たり引っ込んだりするようなことをせず、一貫してチームを支え続けているのは、やはり二輪ロードレースというスポーツ文化に対する欧州的ノブレス・オブリージュ思想のあらわれでもあるのだろう。もちろん、企業のスポンサー活動は無私のボランティア行為であるわけがなく、功利的な面も大きい。MotoGPのカタールをはじめ、シンガポールやアブダビで行われるF1のナイトレースで使用される発電設備は、すべてプラマックの製品だという。他には、チリのアタカマ砂漠にある鉱山やセネガルの橋梁、エチオピアのダム等々、様々な大規模建設事業も支えているようで、要は国際的な大企業だ。

 そのCEOが、MotoGPのパドックでもよく見かけるパオロ・カンピノッティだ。国際映像などでその姿をご覧になった人も多いと思う。企業のモータースポーツ広報責任者のような部門長ではなく、企業全体のてっぺんにいるCEOですよ。わかりやすい例を挙げれば、伊藤園の社長が毎戦ドジャースの試合の現場にいるようなものである。たとえがヘンかな。まあいいや。出光興産の社長がほぼ毎戦、レース現場に来てチームのガレージにいるようなものだ。これなら、企業規模はともかくとしても喩えとしては成立するかな。

 なんだかものすごく長い余談になってしまったけれども、要するにまあそれくらいMotoGPに熱意のある企業に支えられているチームが、来季はヤマハ陣営のサテライトチームになる、というわけです。

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 ヤマハのサテライトチームといえば、かつてのTech3ヤマハやラズラン・ラザリのペトロナスヤマハ(後のRNF)の時代は、前年度の型落ちマシン、メーカー側の言葉だと「実績がある信頼性の高いマシン」を与えられることが通例になっていて、ファクトリースペックから一段劣る戦闘力がサテライトチーム側の不満の種になっていたけれども、どうやら来年以降のプラマックには、ファクトリーマシンを支給する方向で話が進んでいるようだ。おそらくヤマハ側としても、ドゥカティをはじめとする欧州勢に一刻も早く追いつくためにマネージメント戦略も見直している、ということなのでありましょう。しらんけど。

 では、そのヤマハ勢の現状でのドゥカティとの実力差を、今回のレース結果からちょいと見てみよう。

 優勝を飾ったバニャイアのレースタイムは40分07秒214。ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)は12位でゴールしているが、ゴールタイムは40分31秒271。バニャイアから24秒057の差である。

 ちなみに昨年のダッチTTで、バニャイアの優勝タイムは40分37秒640。今年のクアルタラロよりも遅いタイムだ。この1年で、ドゥカティとバニャイアは総タイムを30秒426縮めている。一方、去年のヤマハ最上位はフランコ・モルビデッリで、ゴールタイムは29秒335遅れの41分06秒975。優勝者とのタイム差は、2023年と2024年を比較すると5秒程度縮まっていることがわかる(29秒335→24秒057)。

 では、両陣営のレースタイム改善を1年間の上げ幅で見てみよう。

・ドゥカティが40分37秒640→40分07秒214で、30秒426の短縮。
・ヤマハはの41分06秒975→40分31秒271で、35秒704の短縮。

 1年を経たタイムの短縮はヤマハのほうが5秒ほど大きいものの、ざっくりといえばほぼ同じ程度の詰め幅だ。つまり、ヤマハも一年間でドゥカティ同様の大きな改善を果たしているといえそうだが、その改善した分だけドゥカティはさらに前へ進んでいる。つまり、アキレスと亀のパラドックスそのままの状況で、同じようなタイムの改善幅ではとても追いつくことはできない、ということがハッキリとこの数字に表れている。

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 参考までに、ホンダ陣営の成績も見ておきましょうか。

 今年のホンダ陣営最上位は、ヨハン・ザルコ(CASTROL Honda LCR)の13位で40分49秒981。優勝したバニャイアからは 42秒767遅れ。12位のクアルタラロとは18秒710差。2023年のホンダ陣営最上位は中上貴晶が8位に入り、レースタイムは40分52秒256。優勝から14秒616遅れでゴールしている。2023年から24年にかけて、ホンダのレースタイムは2.275秒しか短縮できていない。タイムアップがこの程度では、優勝者とのタイム差は去年より今年のほうが大きく広がっているのもむべなるかな、である。嗚呼。

 さて、長くなったうえになんだか鬱々とした方向へ話が流れてしまいましたが、最後に一服の清涼剤を。

 Moto2クラスの決勝レースでは小椋藍(MT Helmets-MSI)が優勝。前々戦カタルーニャGPに続く今季2勝目を挙げた。この結果により、チャンピオンシップポイントも124となり、首位のチームメイト、セルヒオ・ガルシア(138pt)まで14ポイント差に迫っている。

#79
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 シーズン序盤ではややスタートダッシュに出遅れた感もあったものの、ここに来て好成績を続けてランキングもじわじわ上げてきたのは、持ち味の高い安定感を発揮するレース展開と同様の流れといえましょう。このようなレースが続いてゆけば、やがてチームメイト同士のチャンピオン争い、2000年チェスターフィールドTech3での中野vsジャック同門決戦(←古い)のような状況になってゆくのでしょうか。

 今週末はドイツGP、ザクセンリンクサーキットのレース展開を心して待つことにいたしましょう。ではでは。

(●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Ducati/Pramac Racing/Aprilia/Yamaha/Pirelli/西村 章 )

#オランダGP


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!


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2024/07/01掲載