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レース・イベント



●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com

 長いながいシーズンの掉尾を飾る年間最終戦には、やはり様々なドラマが凝縮されている。グランプリ史上最長の期間で争われた2023年のMotoGPは、今年から導入された土曜午後のスプリントレースがタイトル争いを複雑化させる効果を発揮して、最後まで行方が見通せない争いが続いた。

 最終戦までもつれ込んだタイトルの行方について、走行前段階での戦況をまずは簡単に整理しておこう。

 ランキング首位のフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)は19戦を終えて、スプリント4勝・決勝レース6勝。ランキング2番手につけるホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing)は、スプリント8勝・決勝レース4勝。最終戦で獲得できるポイントは最高でスプリント12点・決勝レース25点の計37ポイントなので、土曜のスプリントを終えてふたりの間に25ポイント差が開けば、土曜に2023年のチャンピオンが決定することになる。だが、スプリントを終えても両選手の差が25ポイント以内であれば、決着は日曜の決勝レースへ持ち越される。

 スプリントレースが導入されたことでイベントとしての娯楽性が増し、チャンピオン争いの興趣が増したことは事実だが、チャンピオンシップポイントが土曜にも加算されることによって、決勝の前日に王座が決定する可能性が生じてしまうのは、今年は偶々それが現実化しなかったとはいえ、なんとも微妙な印象も一面では拭いがたい。さらに、この新しいレースフォーマットにより、選手とチームは週末の全セッションで100パーセントの全力走行を要求されるために、負傷者が増えてしまうという副作用も生じている。このあたりをどうバランスさせて娯楽性と健全な競技性を両立させるのか、ということは来年以降の重要な課題だろう。

 さて、土曜午前の予選を終えてバニャイアはフロントロー2番グリッド。対するマルティンは2列目6番グリッドで午後のスプリントを迎えることになった。ふたりのポイント差が21ということは、スプリントでさらに4ポイントの差が広がれば、日曜の決勝を待たずにバニャイアの2年連続タイトルが確定する。この日に雌雄が決する可能性がある、しかもその主役を演じているひとりがスペイン人ライダーということもあって、土曜にもかかわらず観客席はびっしりと埋まっていた。ちなみにこの日の観客動員は8万5811人。もてぎの3日間合計(7万6125人)よりも1万人近く多いのは、さすがモータースポーツ大国スペイン。

 13周のスプリントは、日曜までなんとしても可能性を繋ぎたいマルティンが執念の走りで勝利をもぎとり、2等賞はブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)。そして3等賞には、この大会がホンダ最後のレースとなるマルク・マルケス(Repsol Honda Team)が入った。一方、バニャイアは5位でゴール。この結果、ふたりの点差は7ポイント縮まって14になった。だが、この14点差をひっくり返さない限りマルティンは逆転タイトル獲得を実現できないので、状況はバニャイアにかなり有利な状態ではあった。

#89
#表彰台
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 具体的にいえば、マルティンがチャンピオンになるためには、たとえ自らが優勝した場合でもバニャイアが6位以下に沈んでいることが必要で、2位の場合にはバニャイアは11位以下、3位なら向こうは15位以下でなければならない、というかなり厳しい条件である。

 一方、バニャイアはマルティンのリザルトにかかわりなく、自分が5位以内でゴールすればよい。と、このように見るだけでも両者のタイトル獲得条件差はかなり大きい。

 とはいえ、決勝レースでは何が起こるかわからない。特にここ最終戦バレンシアでは、ドラマチックな出来事がいくたびも形を変えて、過去に何度もくりかえし発生してきた。

 たとえば2006年には、圧倒的に有利な条件で迎えたはずのバレンティーノ・ロッシが2コーナーで転倒し、8ポイントのビハインドという不利な条件だったニッキー・ヘイデンが逆転チャンピオンを獲得する、という出来事があったことをご記憶の方も多いだろう。その3年後には、250ccクラス最後のレースが青山博一とマルコ・シモンチェッリのタイトル決定戦となり、シモンチェッリが2コーナーで転倒。その後、青山も1コーナーでオーバーランしてグラベルへ飛び出し、観客席のそこここで悲鳴や叫び声が上がった。青山は土埃を上げながらバイクをコントロールしてコースへ復帰し、波瀾万丈のレースを終えてチャンピオンを掴み取る、という出来事もあった。

 2012年の中排気量クラスでは、このときがMoto2最後のレースになったマルク・マルケスが最後尾の33番グリッドスタート。前にいる全選手をオーバーテイクして優勝するという、マンガでも描けないくらい劇的なレースがあった。2015年は、マルケスとロッシの確執がメーカー同士を巻き込む代理戦争のような状態にも発展して、かつてないほど不穏な週末になった。2017年は、チャンピオン争いをリードしていたマルケスを追うアンドレア・ドヴィツィオーゾをヘルプするチームオーダーを意味する〈MAPPING 8〉のサインがドヴィツィオーゾのチームメイトだったロホルヘ・レンソに出た。だが、ロレンソはこの指示を無視して前を譲らず、そのあげくに転倒。直後にはドヴィツィオーゾも転倒して、勝負が決着した。

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックがまだ収束しない2021年は、バレンティーノ・ロッシが現役最後のレースを迎えた。そのときに最終コーナーアウト側のビルに描かれた”Grazie Vale”の壁画は、今もそのときの状態で保存されている。そして、昨年の最終戦ではバニャイアがファビオ・クアルタラロとの戦いを制して世界チャンピオンの座についたが、それと同等かそれ以上に印象的だったのは、スズキにとってグランプリ最後のレースとなったこの一戦で、誰にも一度も前を譲らず圧倒的な速さを見せて優勝を飾ったアレックス・リンスの強さと意地と心意気に充ちた走りだった。

 と、このように振り返ってみると、このバレンシアGPでは多くの人々の記憶に残るじつに様々な勝負が繰り広げられてきたことがわかる。2023年最終戦の日曜日に行われた決戦も、様々な意味で印象的な戦いになった。

 MotoGPクラスの決勝レースを前に、午前のウォームアップ走行では、オイルを噴いていたマーヴェリック・ヴィニャーレスに対して至急のバイク停止を指示する黒地にオレンジディスクの旗が提示されたが、旗の指示に従わなかったとして3グリッド降格処分のペナルティがくだされた。これにより、ポールポジションのヴィニャーレスに次ぐ2番グリッドだったバニャイアがポールポジションへ繰り上がった。小さなこととはいえ、流れがバニャイアのほうへ向いていることを感じさせないでもない出来事だった。

 レースではバニャイアがホールショットを決め、マルティンも2コーナーでは2番手に浮上していた。マルティンはバニャイアを僅差で追っていたが、3周目の1コーナー進入で吸い寄せられるようにバニャイアの左後方から接触し、そのままオーバーランして8番手まで順位を落とした。そこから追い上げていた6周目には6番手まで浮上していたが、4コーナーで前を行くマルク・マルケスと接触してマルケスはハイサイド気味に振り飛ばされ、マルティンもグラベルへ飛び出して転倒。これでバニャイアのチャンピオンが決定した。

#バレンシアGP

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 バニャイアはその後、ムリをしない走行で少し順位を落とすひと幕もあったが、最後はトップでチェッカーを受け、2年連覇を優勝で飾った。ともに全力を出し尽くした戦いの結果は、極限まで高まったプレッシャーと緊張を経験している量の差が反映されたようにも見える結末になった。ちなみに、最高峰クラスで同一選手がタイトルを連覇するのはバレンティーノ・ロッシ(2008/2009)、マルク・マルケス(2018/2019)以来。

 チェッカーフラッグの直後には赤い煙の花火が打ち鳴らされ、表彰式後のチャンピオン記者会見には昨年同様にドゥカティのスタッフたちが乱入してバニャイアを胴上げする、という、いかにもイタリアらしい祝福の模様もあった。

 バニャイアに次ぐ2番手でチェッカーフラッグを受けたのはファビオ・ディ・ジャンアントニオ(Gresini Racing MotoGP)、3番手はヨハン・ザルコ(Prima Pramac Racing)で、ドゥカティがまたしても表彰台を独占した……かのように見えたのだが、表彰式とトップスリー記者会見を終えた直後に、タイヤ空気圧違反でディッジャに3秒加算のペナルティが発表され、これによりレースの正式結果はザルコが2位、4番手でゴールしたブラッド・ビンダーが3位へ繰り上がる、という結果になった。

 このタイヤ空気圧規定違反の罰則は、発覚1回目は警告で2回目以降はタイムペナルティという形をとっているが、2024年シーズンは規定違反が明らかになり次第、失格処分がくだされる。そもそもこのルールは、某陣営が故意に空気圧を低くしているという憶測や批判もあったために厳格なルール運用が実施されることになった、という側面もあるのも事実だ。とはいえ、レース展開やコンディション次第で変化する数値に対して罰則を適用するというこの規定は、不可知の自然現象を予測することを要求しているに等しく、故意の違反ではない場合にも罰則が適用されてしまう「悪法」という批判が多い。

#リザルト

 実際に、この罰則が運用されるようになったイギリスGP以降の違反者を見てみると、これらのすべてに参戦した選手のうち「無傷」で終わっているのは、ファビオ・クアルタラロと中上貴晶の2名だけだ。つまり、メーカーやチームにかかわらず、ほとんどの選手が少なくとも1回は違反警告を受けている、すなわち、意図的なズルではない自然現象に罰則が適用されているのだろう、ということが容易に推察できる。現在のルール運用をこのまま続けるのであれば、来シーズンは大半の選手が一度は失格処分を受けるのだろうし、それがひいてはチャンピオンシップの帰趨に大きく影響するのだろう、ということも想像に難くない。

「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」という論語の言葉を、DORNAとMotoGPスチュワードパネル諸氏にはお伝えしておきたい所以である。

 Moto2クラスはファミン・アルデゲル(CAG SpeedUp)が優勝。なんとタイGP以降の終盤4戦全勝、という圧倒的な成績で年間ランキングを3位としてシーズンを締めくくった。現チームでの最終レースになった小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)は11位。

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 Moto3は、前戦のカタールGPで優勝した選手とチームが世界中から強烈な批判を浴びた一方、彼らの執拗で卑怯な攻撃によってチャンピオンの可能性を奪われながらも、最後まで正々堂々と戦った佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)には、対照的に多くの応援と賞賛が集まった。佐々木自身も強い決意で臨んだ日曜の決勝レースは、予告どおりに優勝。Moto3最後のレースを最高の形で締めくくった。ウィニングランで両親と抱き合って祝福を交わした佐々木は、2024年にはMoto2クラスへステップアップする。

 Moto2とMoto3クラスは、来年から公式タイヤサプライヤーがピレリへ変わるため、レース翌日の月曜にはそのタイヤテストを兼ねた事後テストを実施。火曜には恒例のMotoGP事後テストも行われている。このテストレポートも、終わり次第できるだけ早めに当欄でお届けする予定です。

 というわけで、長いながい2023年シーズンのレースのオハナシは、ひとまずこれにてお開き。とっぴんぱらりのぷう。

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●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com


#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!


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2023/11/28掲載