●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Honda/Husqvarna Motorcycles
史上最長の2023年シーズンもいよいよ大詰め。足かけ3ヶ月に及ぶフライアウェイの掉尾を飾る第19戦カタールGPであります。例年なら、カタールはシーズンオープナーとして3月中旬頃に麗々しくナイトレース興行を行うことが通例になっておりますが、今年はコース路面の葺き替え(及びパドック設備の再構築)により、この時期の開催となったのは皆様御存知のとおり。
思い返せばカタールGPのパドック設備は、ピットビルディングが竣工当初から現代的な設備と構造だった反面、チームオフィスエリアは初開催の2004年以降20年近くもずっとプレハブ設備だったのですね。なので、大がかりな建て直しで豪奢な施設の設営が行われるのも、ま、当然といえば当然のことではあります。なんといっても、同国のMotoGP開催は国家の威信を賭けた一大イベントなわけなのでね(このヘンの事情については、11月17日に発売された拙著最新刊をご参照ください)。
さて、コースの路面と設備が一新されて開催された今回の週末は、カレンダーこそシーズン最終盤となったものの、タイムスケジュールは当然ながらナイトレース。今年から始まった土曜のスプリントも、とっぷりと日が暮れた午後8時にスタートした。全11周で争われたレースは、激しいトップ集団のバトルを経て、ホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing/Ducati)が1等賞の金メダル。2等賞の銀メダル獲得者は、ディッジャことファビオ・ディ・ジャンアントニオ(Gresini Racing MotoGP/Ducati)。そして3等賞の銅メダルがポールポジションスタートのルカ・マリーニ(Mooney VR46 Racing Team/Ducati)。
マルティンが8回目のスプリント金メダル、というこの勢いもすごいが、今回もまたドゥカティが表彰台占拠、しかもすべてサテライトチーム、という圧倒的な事実も、あらためてドゥカティ陣営の他を圧する選手層の厚さと幅広さを見せつけた恰好だ。ちなみに、4位はアレックス・マルケス(Gresini Racing MotoGP/Ducati)、5位がランキング首位のフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)とここまでトップファイブがドゥカティ陣営。
そしてこの結果で、優勝したマルティンが12ポイントを獲得し、バニャイアが5位で5ポイント獲得したことにより、ふたりの差は7ポイント縮まって7点差になった。つまり、翌日の決勝レースがどのような結果で終わったとしても、2023年のチャンピオンシップは次の最終戦バレンシアまで持ち越されることになったわけだ。力ずくで勝負を年間最終戦まで引っ張ったマルティンは、スプリント終了後に
「(日曜日は)たとえ1ポイントでも点差をリカバーしたい。バレンシアに向けて少しでも差を縮めることが重要で、今の自分たちはいいところにつけていると思う。今日は力強く走れたので、明日もこの調子で行きたい」
と述べた。一方、バニャイアは走行前の木曜段階でも「チャンピオンシップの帰趨はバレンシアまで引っ張ると思う」と述べていたのだが、土曜スプリントを5位で終えたのはやや予想外だったようだ。トップグループにいまひとつ肉薄できなかったのは
「リアのグリップがとても低かった。スロットルを開けるとすぐに滑りはじめて、スプリント前のセッションのように走れなかった」
と、敗因を振り返った。
ところで、このスプリントで2位に入ったディッジャだが、数戦前まではマルク・マルケスが離脱してシートが空くレプソルホンダチームの最有力候補と見られていたものの、前戦の当欄でも記したとおりパドックの風向きがルカ・マリーニ方面へ吹き始めた模様で、レプソルのシートはどうやらルカへ、そしてディッジャは依然として帰趨が定まらない、というか不透明で不安定な状態へ戻ってしまった。
「僕は魔法なんて別に信じちゃいないけど、今年はいくつかちょっと奇妙なことが起こる。自分にできることは、いつものようにただ全力で走って、あとは結果を待つのみ。僕のような(結果を出している)ライダーが最終戦の一週間前にまだシートが決まらず、他の選手たちが安泰なのは極めて奇妙な状況だけれども、そうはいってもこれが現実なのだから、自分はとにかく集中してバイクに乗る一瞬一瞬を愉しみ、がんばっていきたい」
ここまでインドネシアGPの決勝レースで4位、翌戦オーストラリアGPでは3位表彰台、そして今回のスプリント銀メダル、と結果を出してきたにもかかわらず、来季の去就が決まっていない現状は、当人にしてみれば理不尽このうえない状況だろう。その割り切れない気持ちは、外野からも容易に想像できる。なんとかして、いい場所に落着してほしいものであります。
……などなど、様々な思惑を孕みながら決勝レースを迎えた日曜夕刻。
このレースでは、マルティンが予想外に低位に沈んだ。スタートから大きく出遅れ、その後も前方グループへ肉薄できず、最後は10位。6ポイントの加算に終わった。
「スタートからリアタイヤがしっかりと作動しなかった。バイクをうまく停めることができず、旋回や立ち上がりでも苦労して、ウェットコンディションで走っているみたいだった」
と苦戦の原因を振り返った。ちなみにマルティンのタイヤ選択は他の選手と同じくフロントリアともにハードコンパウンドなので、この原因はメカニカルなトラクションか制御面の微妙な齟齬、ということになるのだろうか。
バレンシア最終戦へ持ち越したタイトル争いがやや不利な状況になってしまったことについては、
「レースでは何があっても不思議ではない。ペコがミスをするかもしれないし、僕が(土曜と日曜で)2連勝するかもしれない。タイヤが今日みたいじゃなければ勝つ自信もある。今日の結果には少し不満もあるけど、自分は落ち着いているし、いい形で最終戦のレースをしたい」
と述べた。
チャンピオンシップをリードするバニャイアは2位で終えているため、ふたりのポイント差は21に広がった。これはバレンシアのスプリント結果でふたりのポイント差が25点以上に開けば、土曜午後にバニャイアのチャンピオンが決定する、ということだ(日曜の結果で同点に並んだとしても、バニャイアが決勝勝利回数で優るため)。両選手のポイント差が24以下ならば、日曜の決勝レースまでタイトルが持ち越すことになる。
一方、この決勝レースで2位のバニャイアを抑えて、というか終盤にグイッと抜き去って世界中のアドレナリンを一気に放出させたのが、土曜スプリントで2等賞に入ったディッジャである。レース後半は、バニャイアの後方にピタリとつける快調なペースで周回を続けていたが、終盤の18周目にピットからディッジャに対して〈MAPPING 8〉のダッシュボードメッセージが出た。
詳しい方なら御存知のとおり、これは2017年終盤戦にドゥカティ陣営がホルヘ・ロレンソに対して「アンドレア・ドヴィツィオーゾを前へ出して先行させるように」と指示したときの符丁である。その合図をロレンソが守らなかったことで、当時は大いに議論になったことをご記憶の方も多いだろう。
今回の〈MAPPING 8〉指示も、「ああ、つまりディッジャに対してチャンピオンのかかったペコを先行させろと指示しているのだね」と大方の人々は理解したと思う。その矢先にディッジャがバニャイアの前に出たために、「すわ、2017年の再現か」とも思わせたのだが、直後にバニャイアが1コーナーの進入でオーバーランしてディッジャとの差が大きく開いてしまったために、先行を指示するこの「MAPPING 8」は事実上意味を成さないメッセージになってしまった。
最後は、ディッジャが独走してドラマチックな最高峰クラス初勝利。これほどの成績を残しても来季のシートが決まらない状態は、なんだか日本の優秀な非正規労働者が雇い止めに遭う悲哀を目の当たりにしているようなやりきれなさも感じるが、これだけ高い能力を持っている選手なのだから、2024年に向けて良い落ち着き場所がみつかってほしいものです。
3位にはマリーニが入って、ポールポジション、土曜スプリントで銅メダル、日曜の決勝は3位、と〈三方よし〉の結果。そしてまたしても、ドゥカティが表彰台を独占。ちなみに、今回のレース結果により、Prima Pramac Racingがチームチャンピオンシップを獲得。おめでとうございます、はい。
Moto2は、前戦でチャンピオンを決めたペドロ・アコスタ(Red Bull KTM Ajo)が8位でゴール。優勝を飾ったのはフェミン・アルデゲル(Beta Tools SpeedUp)で、タイGP以来これで3戦連勝。彼もまた、図抜けた逸材であることはこの成績にも明らかで、今後の去就に各方面から青田買いの注目が集まっているのも当然のリザルト。小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)は、4列目12番グリッドのスタートから持ち味の追い上げを存分に発揮して、最後は表彰台まであと一歩の4位でゴール。
Moto3では、ジャウメ・マシア(Leopard Racing)がここカタールでマッチポイントを迎えた。マシアとチャンピオン争いのライバルである佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)のポイント差は13であるため、さらに12ポイント以上の差がつく結果ならマシアの2023年チャンピオンが決定する。
このような条件下で行われた決勝レースは、佐々木が2列目4番グリッド、マシアは4列目10番グリッドからスタートした。全16周の戦いは、トップグループのライダーたちが何度もポジションを入れ替える、Moto3ならではの激しいバトルが続いた。その際に、佐々木がマシアやマシアのチームメイトと絡んで大きくポジションを落とす局面が何度か見られた。佐々木はいったん大きくポジションを落としても、冷静かつ粘り強い走りで着実に順位を上げてふたたび上位に浮上する気魄の走りを続けた……が、最終的にはマシアが優勝して佐々木は6位。その結果、マシアが2023年のチャンピオンになった。
このレース映像を何度か再生して確認したが、佐々木とマシア、あるいはマシアのチームメイトが絡んだ場面は、やはり物議を醸しそうな挙動という印象が強く、あまり気持ちの良いバトル場面には見えない。とはいえ、いまさら何をいっても〈たら・れば〉になってしまうのもまた事実で、結論をいえばマシアと彼のチームはいろんな意味で(強さやしたたかさも含めて)一枚も二枚も上手だった、ということなのだろう。
最後まで正々堂々とクリーンに戦いぬき、最終ラップまで諦めずに走りきって高潔なファイティングスピリットを貫いた佐々木には、最高の敬意を表したい。今回のレースは苦い経験になってしまったようにも思うが、この教訓を踏まえ、Moto2へステップアップする来年の佐々木は、きっとさらに強いライダーに成長することだろう。
というわけで、今週末はいよいよシーズン最終戦。では皆様、バレンシア郊外チェステでお会いしましょう。11月末なので防寒具をお忘れなく。
●文:西村 章 ●写真:MotoGP.com/Honda/Husqvarna Motorcycles
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!
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