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試乗・解説

■取材・文:松井 勉 ■撮影:富樫秀明 ■取材協力:ホンダモーターサイクルジャパン

新型トランザルプに乗った。その出来映えは控えめに言ってもかなり良かった。試乗をしてまず感じたのは、その走りの一体感によって、乗り手の心が躍り出すこと。満たされる動きの軽さと同時に欲しい落ち着き感のバランス。ああ、なんて良いんだ。うっとりするまでさほど時間は必要ない。乗った感はしっかりアドベンチャーバイクなのに、このバイク、ホーネットと同じフレーム、同じエンジンを持つという。どうやって非なる物を同時に作れたの?
トランザルプを造った開発チームの首脳陣の佐藤まさとしさんと細川冬樹さんにお話を伺った。

 このお二人、実はスーパースポーツモデルCBR-RRの開発にも深く関わってきただけに、どんなストーリーが聞かれるのかとても興味深かった。25分程度の短いインタビューセッションから、いかに思慮深くトランザルプをホンダの開発チームが作り出したかが透けて見えた。コストという制約の中、フレーム、エンジンともに新設計という2023年から始まる新しい時代に向けた開発という話になるのかと思いきや、そうでもなさそうだ。インタビュー時間が短いだけに暖機運転なし。いきなり本題となっている点も考慮して開発の世界に没入をしていただきたい。

- 実はこのトランザルプ、いつでるのか、とずっと気になっていました。というのも、2017年に海外取材中に知り合ったCRF1000Lアフリカツイン乗りのフランス人ライダーからソーシャルメディア経由でこんなメッセージをもらいました。「750のアフリカツインが出るらしいが、ホンダからなにか聞いていないか?」乗り換えを考えているから、情報をくれ、と言うのです。火のないところに煙は立たない、という例えからすると、フランスで、もしくはヨーロッパでは速い段階から750への待望論があったのは間違いない。もちろん、国内で事情通に話を聞いてもそのへんは輪郭すらまだ見えてこない時期のこと。そこで、実際にそのへんのニュースソースはメディアが造ったエープリールフール的な話題だったのか、それともヨーロッパサイドが開発を動かすための手段とした種まきリーク的なものだったのか。そのへんがもし開発段階での話題にリンクするのであれば是非教えていただきたい!


細川「それはまた速い段階での情報ですね!」

佐藤「最終的にその質問への着地点に到達するかも知れませんが、まずは事業的なところからお話させて下さい。今回、のXL750トランザルプとホーネットの2機種を同時開発しました。ストリートファイターとアドベンチャーです。ホンダのラインナップを見ると、どちらのセグメントもほど良いミドルが存在しませんでした。例えばアドベンチャーモデルの場合、トランザルプが登場する以前は、上にはプレミアムクラスとも言える、アフリカツイン、CRF1100Lシリーズがあります。また、下には導入クラスでもあるCB500X、400Xがあります。その間を埋める750クラスのモデルがありませんでした。
このミドルアドベンチャーがない状況がしばらく続いていて、このことを欧州も気にしていました。トランザルプが欲しい、ミドルアドベンチャーは造らないのか、とずっと言われてきました。そこでラインナップの見直しもあって開発に着手したというのが全体の流れです。
 その中で、実は開発当初、CRF750という企画がありました。これは欧州市場でもライバルとなるヤマハさんのテネレ700とまっこうから当たるような、オフロード性能を高めたモデルとして描かれました。その後もモデル開発の方向性は常に欧州と対話しながら描いて行くのですが、実際そこまでバリバリにオフロードを意識したモデルが必要だろうか、という声もあり、CRFからXLであるトランザルプへとシフトして今回のモデルへとつながります」

開発者
本田技研工業株式会社 二輪・パワープロダクツ事業本部 二輪・パワープロダクツ開発生産統括部 商品開発課 チーフエンジニア
佐藤まさとしさん(写真左)

本田技研工業株式会社 二輪・パワープロダクツ事業本部 二輪・パワープロダクツ開発生産統括部 商品開発 商品開発課 課長 チーフエンジニア
細川冬樹さん(写真右)

– なるほど、実際にはCRFつまりアフリカツインからトランザルプへ、という流れがあった、と。


細川「トランザルプというモデルが浸透して長い欧州では、トランザルプそのものが文化のようなものでもありました」

- 先代までのトランザルプは何所へでも行ける、何所でも走れる、アスファルトが得意、長距離も快適、という一言でいって超便利なバイクとして定着していましたね。前段のお話をまとめると、数年前からこの新トランザルプは開発に向けてうごめいていた、というイメージですね。


佐藤「そうなりますね」

– 2023年の今、環境規制が段階を追って厳しくなる、エンジンや車体のパッケージをリファインしながら継続するにも限界がある、そこで新規の車体、エンジンとなると、開発のコストも大きなものになる、と想像します。その点で今回もトランザルプとホーネットを同時開発というながれがあったと思います。同じエンジン、基本を一にしたフレームを使って開発をするご苦労は多々あったと思います。そのへんのビハインドストーリーがあれば教えて下さい。


佐藤「そうですね、バイクのキャラクターとして両極端なモデルを同時に造ったので、例えて言えばどちらかがどちらかの足を引っ張る、と言いますか、影響を与える部分が出てしまう。その部分をしっかりとみていかないといけない。片や転蛇角が40°欲しいバイクと、片や極端にいえばその半分程度で充分なバイクを造っているので、周辺のレイアウトは影響を受けやすいですね。特にオフロード走行も意識したトランザルプの場合、前輪の径と転蛇角の関係から冷却水のラジエターをエンジン側に引き寄せる必要がある。しかしオンロードモデルであるホーネットの場合、それをやるとデザイン的に首が長くなったように見えてかっこ悪くみえてしまう。オフでは良くてもストリートファイターのデザインとしては成立しない、そんな部分をどうするのか。レイアウトとして完成車への影響を与える部分なので、そのへんは苦労をしました」

- なるほど……。他には?


佐藤「フレームボディもそうでした。とにかくどちらのモデルも軽く造りたかったんです。まずはホーネットを軽く造るということを先行させました。そこで軽くできるダイヤモンドフレームという形式を採用しています。オンロード用ではアンダーループを付けると重たくなってしまいますし、なくても性能的に成立する。でもオフロードでの走行を考えるとアンダーループが欲しい。こうした部分を両立させるのにとても苦労をしています」

– そうした部分は細川さんが担当された完成車まとめ領域ではどのように問題の洗い出し、解決をしたのでしょうか。


細川「まったく異なるコンセプトのバイクを同時に造ることになるので難しさはありました。例えば双方にベースとなる車両が存在して、それを目的に合わせて改修しながらテストをして煮つめてゆくという方法が取れれば答えは見つけやすいのかもしれません。しかし今回の場合、ホーネットとトランザルプ、どちらとも車体もエンジンもオールニューなので、ベースがありません。物で試せない分、諸元等を机上で検討しながら進め、CAE解析をしつつ車体の剛性バランスを見ながらテストし、そのテスト部門と対話し、煮つめてゆくという手探りが多かった印象です。つまりベースとなる物がないもどかしさ、というのでしょうか。それが難しい部分でした」

XL750 TRANSALP

- そのへんをもう少し詳しく聞かせてもらえますか。


佐藤「例えば剛性バランスという面からすると、ピボットプレートです。あの部分は板金でモナカ形状となっています。剛性バランス的にいうと、ピボットプレートの板厚、それが両車でそれぞれ求める部分が異なっていました。ホーネットでは軽量化を狙って板厚も薄目に設定していました。それで充分、というカタチで進めていました。その後、トランザルプを造るなかで、どうしても強度、剛性バランスを合わせこむのにピボットプレートの板厚を上げさせて欲しいという要望が開発チームからでてきました。しかしホーネットではそれは重量増につながるので容認できない。でも、トランザルプが成立しないと、このプロジェクトが成立しない。そんなジレンマです。結果的にその板厚はトランザルプに合わせています。ホーネットでは重量が増加した分、他の箇所で軽量化を図り狙った車重に抑えるという作業をしています」

- ホーネットではその増加分をどこで取り返したのでしょうか。


佐藤「色々とやっています。例えばフレームなどの溶接ビードの長さを短くして見るなど、ミリ単位、グラム単位の詰めを各所で行うコトになります」

- フレーム本体は基本的に両車同一である、ということですよね。


佐藤「一部車両で専用化している部分はありますし、完成車になった時、対地角はホイールサイズなどで変化はありますが、物は基本的に同じです」

細川「パイプの通し、ピボットプレート、ヘッドパイプなどは一緒です」

佐藤「製造工程を考えると同じフレームを2台で共有出来るため、生産工程で使用するフレームの溶接ジグなども共用ができるのも大きな利点ですね」

- アンダーループを持たないフレームでホーネットとトランザルプを造る。そのご苦労があったと思います。ライバル機種で言えばヤマハのテネレ700、今春デビューしたスズキのVストロム800DEも同様にアンダーループを剛性成分として持たないブリッジスタイルを採用しています。また、スズキもGSX-8Sと800DEがエンジン、メインフレーム部分を共有するという似たコンセプトになっています。


細川「実は、オフロードで大きなジャンプをするという場面を想定すれば、強度的な担保としてアンダーループが欲しいのは間違いありません。しかし、そこまでハードな走りをするコトを想定したアドベンチャーモデルではないトランザルプの

場合、無いと困るなぁ、という場面はほとんどありません。しかし、ツーリングの中で走行する可能性がある悪路を想定した際、必要な強度は持たせないといけません。ホーネットとの共用ではその線引きを何所にするのか、という境界の見極めが難しいところでした」

XL750 TRANSALP

- 例えばトランザルプで必要なピボットプレートの板厚を共用するホーネットでは、その部分の強さが変わったコトで、全体のどこかで剛性バランスを取らないといけない、というような作業もあったのでしょうか。


佐藤「何点かはありましたが、それが致命的なものではありませんでした」

細川「トランザルプ用として仕立てた部分がホーネットでは硬さとなって表れ、ハンドリングに重たさが出るというような現象がありました。そのためフレーム本体は同じでも、トランザルプ用ではホーネット用に加えて、ヘッドパイプから前側上部のエンジンハンガーへとつながるパイプを同一形状ながら強度を変えています。外側の径は同一なのでジグなどの造り方は変わりません。また、ガセットの追加もしています」

- 実際、オフロードで求められる強さを満たした剛性バランスのフレームをホーネットにポン付け採用すると、実際にはどのような方向性になるのでしょうか。


細川「例えばスーパースポーツのモデルでは剛性バランスを高めて造っています。ライダーの操作に対してレスポンス良くパパっと動きますが、実際に動かすときには重さが伴います。スーパースポーツほど高い剛性バランスを求めないホーネットで考えると、必要な剛性バランスとして適度なしなやかさを持たせたフレームが求められます。ライダーの操作に少しの遊び感は出るものの、ロールへの動き出しは軽くなります。これはワインディングでは活きてきて、軽快なハンドリングにつながります。

こうした部分、実はトランザルプにも欲しい部分でして、最終的にはまとめ上げることができた部分です」

- なるほど。アンダーループある、なし問題や重量面で両車で共有する点でご苦労があったのが解りました。そもそもアンダーループがあると有利、という点を解説頂けますか。


細川「ダイヤモンドフレームの場合、エンジンも剛性部材としてフレームの一部になります。そしてダイヤモンドのレイアウトを考えると、オフロードを走る時、前後のタイヤがギャップをひろい入力を受けます。またジャンプをして着地をすることを考えますと、その衝撃が大きくなるほどフレームが前後に開く方向に力が加わります。こうした衝撃に耐えるためにオフロードバイクではアンダーループをもっているのが一つの理由です。これは主に高いオフロード性能を求めるバイク、ガチなオフ車というイメージです」

XL750 TRANSALP0
XL750 TRANSALP0

- ダート路をトランザルプで走った印象ではとても扱いやすく軽快でパワフルで高い完成度を持ったハンドリングにまとまっていると感じました。


細川「現在ミドルクラスのアドベンチャーバイクではヤマハさん、スズキさん、BMWさん、KTMさんなどもダウンチューブがないバイクがほとんどです。製品化する段階で通常の使用状況を超えた部分にある

ホンダ基準のテストでしっかりとパスした物をお届けしています。
さらに開発中は、軽量化したフレームで基準値をクリアできないところまでしっかりと見極めるテストも行っています」

佐藤「強度にしてもその塩梅を見る。それがトランザルプ、ホーネットというバイクを開発の肝だったと言えると思います。その担保は難しいところでした」

- 軽量化について教えて下さい。強度のために重量増となった部分をトランザルプの場合、どのような部分を見たら軽量化の痕跡があるのでしょうか。


佐藤「いやぁ、それは難しい質問ですね。ここ、という特定部位では語れないですね。例えばフレームなどに強度を保つためにパッチを貼りたい、という要請が開発チームからあった場合、重量にして10グラム程度だとすると、じゃ、それをどこで削るの? というやりとりを延々と続けてきました。例えばですが、アッパーフレームで200グラム重たくなる部分があったとすると、その200グラムをまるごと削れるような部分は他にもありません。そのため、ここで5グラム、ここで1グラム、ここで1.5グラム、というような積算して重量増分を相殺するような軽量化を施しています。これもフレームだけで削れるとは限りません。エンジン内部であるとか、電装のハーネスの長さを10mm短くしてみました、というようなあらゆる部分で減量作業が行われました」

細川「最初はフレームならフレームの担当領域の中で増加分を削るという作業を検討してもらいました。しかし、それにも限界が出てくると、他の領域の開発チームに頼んで軽量化を実現する。開発中は各領域の開発チーム同士で、重量増があると、他のチームに重量での借金を造る、貯金がある、なんていうこともありました」

XL750 TRANSALP

- そんな中でひょうたんから駒、ではありませんが、特許を出願するようなソリューションもあったのではないですか?


佐藤「吸気の渦ダクトは狙って特許を取りに行きましたが……」

細川「先ほど佐藤が言ったように重量増を取り戻す軽量化は地道なもので、ボルトの長さを短くするように泥臭い作業の連続で取り返した、というものでしたね」

- 比較するわけではありませんが、アフリカツイン、CRF1100Lのダブルクレードルフレームとの造り方、考え方の違いのような部分があったら教えて下さい。


細川「アフリカツインのダブルクレードルフレームの中にエンジンという重量物を抱えているような場合、車体の動きとどうシンクロさせて動かすかという部分があります」

- それがアフリカツインの場合だとエンジンハンガーのプレートの厚み、形状によって素早い動きには追従性がよく、ゆったりとしたロール方向の動きにはエンジンの重みを感じさせないような動きになるようにチューニングした部分ですね。


細川「トランザルプの場合はダイヤモンドフレームで、エンジンそのものが剛性部材の一つですから、その点ではかなり違っています」

- ミドルクラスのアドベンチャーバイクのトレンドを見ると、フロント21インチ、リア18インチというようなオフロード走破性を意識したものが多くなっています。方や、フロント19インチ、リア17インチという選択も、キャラクター的にはアリなのかと思うのですが、そのへんの選択は視野に入ったりしていたのでしょうか。


佐藤「その議論には入り口がいろいろありました。例えば細川入り口と佐藤入り口と(笑)。ソレはどういうことかというと、佐藤入り口とは、欧州の市場からの要望、営業からの要望、過去のトランザルプへのリスペクトから入る部分などですね。そういう切り口から入ります。そうした部分から見るとフロント21インチというサイズは「価値」を生んでいます。実は開発初期には21か19か、という議論が欧州でもありましたが、最終的には21インチという選択になりました。で、運動性能を見るという点で

細川入り口に関しては細川が語ってくれます」

細川「チームの中でも使い勝手を考えたら19インチという選択肢はありだよね、という声は多くありましたし、開発中盤までそれを主張する声もありました。しかしトランザルプの歴史を考えて見ると、初代は21インチですよね。3世代あるうちの最終型がフロント19インチでした。そのなかでもっともトランザルプらしいモデル、受け入れられていたモデルとしては初代ではないか、と。その背景にはオフロード性能を犠牲にせず、その上で高いオンロード性能も持っている。それがトランザルプ像です。もし19インチのフロントタイヤを採用すると、明らかにオンロードよりにしたというメッセージになってしまう。ユーザーの使われ方の中で見ても、ほとんどのかたがオンロード主体だと思います。しかしトランザルプの場合、だからといって舗装路に車体の仕様を合わせ込むのはちがうんじゃない? それだとオフロードに行きたいと思ったときに躊躇するよね、と


XL750 TRANSALP

- たしかに今日、スクランブラーというジャンルもフロント19,リア17という選択をしているバイクが多いなか、トランザルプが

採用したアフリカツインと同サイズの前後タイヤは何所へでも行かれる、という強い意志を示していますね。


細川「たしかに舗装路だけをみれば19インチの前輪を採用すればさらにアジリティーを上げることはできたと思います。しかし、舗装路での良さを引き出すのに21インチのフロントタイヤでも出来るということは解っていますし」

- その部分も試乗して異論を挟む余地がありませんでした。最後になりますが、メーターパネルのコトを教えて下さい。メーターパネルの表示スタイル(デザイン)が4パターン、さらに背景色がホワイト、ブラック、アルミヘアライン調と3パターンが用意されました。これの狙いとは?


佐藤「メーターのデザインに関してはユーザーそれぞれで好みがあると思います。針式のものが好みの方もいますし、見やすさではグラフ状のものも見やすい。そういったユーザーのニーズに合うものも入れておく、針式のメーターでも異なったスタイルを選んでいただけます。

また、背景は白、黒、という見慣れた、見やすい背景を用意したうえで、オシャレな雰囲気を出すために付加価値としてアルミヘアライン調の背景を用意することで選択肢を提供するという意味を込めています


■おわりに
 価格面を含めまずは手の届く設定という中でミドルクラスアドベンチャークラス(激戦である)に戻ってきたトランザルプ。その乗り味は走り重視の人でも大満足のパッケージだった。それだけにプレミアムクラスの重量、パワーだけではない物を求めるライダーにも訴求力があることを確認できた新型トランザルプだった。今後、得意な高速道路移動を快適にこなすクルーズコントロールの装備などを期待しつつ、さらに要望に応えてくれる1台へと成長することを期待してインタビューを終えたのである。
(インタビュー:松井 勉、写真:富樫秀明)

XL750 TRANSALP

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2023/08/07掲載