―約2年ぶりに、まともな休暇を過ごしたのではないですか。5週間のサマーブレイクは、ライダーとしてのマルケス、あるいはひとりの人間としてのマルケス、どちらにとって有意義なものだったといえそうでしょうか?
「いい休みだった。久しぶりに、あたりまえの日常生活に戻ることができたよ。左肩の手術をして、右肩をやって、それで今度は右腕……と、この2年ほどはまともな休みにならなかったからね。十日間ほどは友人たちと過ごした。外界との連絡を遮断してビーチで遊んでリフレッシュし、家に戻ってからは腕の強化等、トレーニングを再開した。いまはまだ以前のような完璧な状態まで戻せていないけれども、ふつうの生活をできるようになったことは、とても意義が大きいと思っている。朝起きてから、自転車に乗り、ジムで過ごし、モトクロスをする。終始リハビリのことを気にする必要がないのは、とてもいいことだね」
―オーストリア1戦目は、高い水準の走りを期待していたファンも多かったと思いますが、少し苦労していたようですね(訳註: このインタビューはスティリアGPとオーストリアGPの間に行われている)。
「サマーブレイク前の2戦は、かなりいい感じだった。ザクセンリンクと、特にアッセンの場合はかなり苦戦すると思っていたから。だから、今週末のオーストリア2戦目がどうなるか、ちょっと楽しみにしているんだ。最近の体調からすると、二、三日も腕を休めてやればふつうの状態に戻ると思う。もし、疲労が長引くようなら、肩にも負担がかかって痛みも生じるだろうし、力も落ちてくるかもしれない」
―日常生活では痛みが出たりするのですか?
「毎日、というわけじゃない。でも、少し前は少し無理をすると痛みがぶり返していた。毎日トレーニングをする、ということはできなかったんだ。バイクに乗るのも二日おきか三日おきくらいがせいぜいだった。一番最近の医師の診断でも、骨はまだ100パーセントの状態ではない、という話だった。時間がかかるのは辛いけれども、こればかりはしようがない」
―そういえばつい先ごろ東京オリンピックが終わりましたが、観戦はしていましたか?
「陸上の男子100m決勝でマルセル・ジェイコブスが優勝したのは印象的だったね。面白いレースだった。日本とは時差があるけど、いろいろと観戦したよ」
―もしもライダーでなければ、たとえばオリンピックならどのような競技に参戦していたと思いますか?
「難しいけど、マウンテンバイクは好きだね。もともとオフロードバイクに乗っていたし、ジャンプならお手のものだから」
―長い期間レース活動から遠ざかることを強いられていましたが、その期間になにか新しいことに挑戦しようと考えたりはしませんでしたか?
「そういうことはとくに考えなかったな。ライダーとして自分の本来あるべき状態に戻すことに全力を傾注していたから。まだかつてのようには乗れていないので、それこそが自分のやるべき挑戦だし、いまはそのことしか考えていないんだ。これを達成すれば、また別の目標が出てくるのかもしれないけど、現在はこのことで精一杯だよ」
―あなたはいま、トップへ返り咲こうとしているところですが、一方で、バレンティーノ・ロッシ選手は今年限りで活動を終えることになります。
「彼ならもっと継続すると思っていた。辞めてほしくないという意見もSNSなどで散見したけれども、スポーツ選手はいずれ現役を退くときが必ずやってくる。26年のグランプリ活動で、彼がレース界と自分自身のキャリアに対して成し遂げてきたことは、まさに伝説そのものだよ。誰にもできないようなことを達成し、多くの人々をサーキットへ呼び寄せた。本当に素晴らしいことだと思う」
―彼がいなくなると、MotoGPはいままでとは違うものになってしまうでしょうか?
「スポーツとはそうしたものだよ。たとえば陸上100m競技にウサイン・ボルトはすでにいないけど、ぼくは相変わらずこの競技を観戦するし、すごく面白いとも思っている。ボルトが卓越した選手だったことは事実だけど、やがて彼と並ぶくらいの優れた選手はきっと出てくる。ペレやマラドーナやメッシを見ても、彼らの誰が最も優れているなんて比較できるような選手じゃないよね。それぞれに凄味があって、それぞれに時代を築いてきた。ロッシに関しては、とても長い間、彼の時代が続いてきた。ぼくと彼は個人的にけっして親しいわけではなく、お互いに我が道を往く、という態度でいることは、多くの人が知っていると思う。でも、偉大な人物がこの世界からいなくなってしまう、という認識は当然ながらぼくも感じている。それでも、MotoGPはこれからもずっとMotoGPであり続けるし、バイクを愛する人たちは今後もずっとレースを追いかけ続けてくれると思う」
―オーストリアでは優勝をまだ経験していませんが、2戦目はどういう結果なら満足ですか?
「表彰台を獲れれば、ハッピーだね。優勝とはいわない。実際に、いままでここで勝ったことがないし、達成も難しそうだから、表彰台ならOK、というところかな」
―オーストリア1戦目では、ダニ・ペドロサ氏がレースへ復帰し、内容も上々でした。KTMが現在のような強さを発揮するようになったのは、彼の貢献によるところが非常に大きいようですが、ホンダが彼を手放したのは大きな失敗だったと思いますか?
「それは、ぼくもときどき考えることではあるんだ。ダニはKTMでとてもいい仕事をしているけれども、それはKTMが良い仕事をしている、ということでもある。たとえ優秀なライダーでもチームの実力が伴っていなければ、ライダーはいい仕事をできないよ。ダニはぬきんでた才能の持ち主だけど、我々にはステファン・ブラドルという優秀なテストライダーがいる。彼は、昨年しっかりと力を発揮してくれた。優れたライダーには優れたチームが必要だ。それはミケーレ・ピッロにもいえることで、彼はドゥカティで良い仕事をしているけれども、それは同時に、ドゥカティがピッロに対して良い仕事をしている、ということでもあるんだ」
―この1年半を見てわかるのは、あなたはホンダにとってますます必要不可欠な人物となってきている、ということですね。
「あまりいいことではないよね、ぼくにとってもホンダにとっても」
―というと?
「だって、同じバイクで力を発揮出来る強いライダーがたくさんいれば、それだけレベルもさらに上がっていくわけだから。ぼくたちのバイクはある面で非常にピンポイントなので、思ってもいないときに転んだりすることがある。でも、過去11年を振り返ってみると、一番勝っているバイクはホンダなんだ。そして、勝利を重ねながら、ぼくたちはなぜバイクを変えていかなければならないのか、ということを自問し続けるんだ。去年以来、苦戦が続いているけど、いまは技術者もぼくもチームも、全員が頂点にふたたび返り咲くことを目指して必死でがんばっているんだ」
―HRCが今後繰り返してはいけない過ちとは、何なのでしょう?
「スポーツでも人生でも、過剰に自信を持ちすぎると過ちを犯しやすい。自分たちは勝者である、というところからスタートするのはつまずきのもと。だから、そう思ってものごとを始めちゃダメなんだ。成功を勝ち取るためには、絶えず努力を続けないと」
―ドイツGPでは、あなたのチームメイトのポル・エスパルガロ選手が「来年のホンダはコンセッション(優遇措置)が必要になるかもしれない」と発言して、その翌日にあなたが優勝を飾りました。彼の発言が発奮材料になったのではないですか?
「ホンダにとって、コンセッションはかならずしも好材料にはならない。もしもそれが適用されて来年勝ったところで、コンセッションで有利になったからだと言われるのは目に見えている。ぼくたちは、皆と同一条件のものとで勝利し、頂点の座につかなくてはならない。ホンダとぼくが望むのはただひとつ、皆とまったく同じ条件で競って勝つ、ということなんだ」
―弟のアレックス・マルケス選手は今シーズン、苦戦が続きますが、ファクトリーチームからルーチョ・チェッキネロ氏のサテライトへ移ったことも精神的になにか影響しているのでしょうか?
「いや、バイクのちょっとした変化のほうが大きな影響を与えているんだと思う。ひとりだけが苦戦しているのなら精神的な影響も考えられるかもしれないけど、いまは全員が苦戦傾向だからね。LCRに移ったことは、むしろ彼のために良かったと思う。いまの状態でファクトリーにいるほうが、精神的にはさらに苦しかっただろう。去年のフィーリングを早く取り戻して、チームとともに本来の実力を披露してほしいよね」
―ヴィニャーレス選手はヤマハから出場停止処分を受けました。
「詳しい事情は知らないけど、ついに行くところまで行き着いてしまったかんじだね。ここ数戦、関係はかなり厳しい状態だったようだから」
―2022年にアプリリアから参戦することはほぼ確実なようです(訳註:このインタビュー時にはまだ正式発表に至っていない)。
「それについて自分の思っていることを話すのは、正式な発表があるまで待ちたい。ただ、ヤマハを去る決断はかなり難しいものだったと思う。彼は強いライダーだけど、いまはクアルタラロのほうがさらに強い。自分よりも若くて速い選手に負けるのは、受け入れがたいことだったんだろうね」
―そのクアルタラロ選手のチームメイトは、モルビデッリ選手になるようです。
「フランコは、充分それに相応しいライダーだと思うよ。ずっと貢献して懸命に努力をしてきたし、コース上でも力を発揮する選手だからね。でも、私見ではクアルタラロのほうが強いと思う。初年度のペトロナス時代から実力を発揮していたし、いまのところ最強の選手だ。クアルタラロにとってフランコは、〈居心地の良い相方〉になると思う」
―自分がベストの状態に戻ったときに、誰が最も手強いライバルになると思いますか?
「クアルタラロは間違いなくそうだろうね。あとはバニャイアも。最強のライバルは、おそらくこのふたりじゃないかな。あとは、KTM勢のオリベイラも悪くない。来年はMoto2からラウル・フェルナンデスやレミー・ガードナーが上がってくるし、やがてMoto3からペドロ・アコスタもやって来るだろう。ぼくにできるのは、自分がトップの場所に戻れるように努力を続けることだけだ。毎年、新しい才能が現れてはどんどん速くなってくるわけだから」
―今年はだれがチャンピオンになるでしょう?
「誰がチャンピオンになるかはぼくにはわからない。けれども、誰が取り損ねる可能性があるか、ということならわかる。クアルタラロだよ。速くて、ポイントもたくさん稼いでいる。まちがいなく、強いライダーだ。だからこそ、負ける可能性を抱えているのもまた、彼ただひとりなんだ」
【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。
[第19弾マックス・ビアッジ訊くへ|第20弾|第21弾マーヴェリック・ヴィニャーレス訊くへ]