詰め込まれた進化の足跡。
トレーサー9 GTはスポーツ、ツアラーとして両方の才能を兼ね備えたクロスオーバーマシンだ。アドベンチャーというより、ダート路は移動程度ね、とクッキリ舗装路重視の線引きをした守備範囲に、逆にしっかりとした多様性が描かれているように思う。パッケージなどは先代から引き継がれているが、各部は惜しみない改善を受け魅力はしっかりと引き上げられている。
まずエンジン。直列3気筒DOHC4バルブという様式はそのままだが、先代からボアはそのままにストロークを3mm伸ばして排気量を拡大。845㏄から888㏄へとなり、最高出力は3kWアップの88kW/10000rpm、最大トルクは6N.m増加し93N.m/7000rpmに。
一番のトピックはその出力特性だ。特定部位からグンと盛り上がりを見せていた先代から、よりフラットでなだらかにミドル域とトップを結んだカーブを描き、最大トルクの発生回転数を1500rpm下げるなどドライバビリティーにも新たなるトライがなされている。
車体も多くの革新が盛り込まれた。新設計のアルミダイキャストフレームを採用。そして全長を伸ばしたスイングアームはアルミパネルのボックス構造。軽量さと高剛性を両立している。特に、トレーサー9 GTで重視された「旅力」。パニアケース、トップケースといったラゲッジケースを搭載することを前提で車体バランスを作り込んでいること。MT-09系とは異なるスチールフレームを採用している。
足周りも最新の装備を盛り込んだ。KYB製の電子制御サスペンションを採用。ヨーロッパのプレミアムクラスでは、IMUの信号などをベースに減衰圧を適宜走行中にアジャストするセミアクティブサスペンションの存在が浸透し始めて久しい。その多くは上級機種に限られ、ミドルクラスではまだ多数派ではない。
移動中は荷物を積んでいても、ホテルについたら荷物を下ろし、ケースは付けたままだけど、中身を下ろした分、車体後部が軽くなるということはよくあること。そんな時はもちろん、高速道路を快適に移動する場面と、ワインディングを気持ち良いペースで駆け抜ける時で、ソフトとハード双方の減衰が欲しい時にも、車体の動きを察知しサスユニットが自動で減衰圧を変えてくれるのが電子制御サスのうま味だ。仮にフルアジャスタブルのサスを装備していても、調整がマニュアルであれば、場面どとにライダーが調整するのは面倒だろう。その点、電子制御サスはまさに走りの悦びを献身的に貢献してくれる。
足周りのトピックがもう一つ。鋳造のアルミホイールを継続採用しつつ、その製法を刷新。リム部を圧縮しながらローラーで伸ばすことで鍛造のように強度を上げつつ厚みを減らし、ハブ部分から遠いところを軽くすることに成功したのだ。効果的な方法でバネ下を軽くするなど生産技術でも攻め込んでいるのも特徴だ。
その他にもグリップヒーターやクイックシフター、オートクルーズコントロールなども同様。旅のアメニティーとして一度体験したら手放せないものをキッチリと搭載しているのもトレーサー9GTが「GT」としての矜持だろう。
3気筒のうま味と
扱いやすさの共演。
ルックスはトレーサー9 GTが先代までに築いたものを継承している。それでいてヘッドライトの搭載位置などをがらりと変え、目に見えるライトはコーナリングライトとなる。ここでもしっかりと新しさを主張する。スクリーンなど快適性を向上させる部分など細かく手が入っているのは車体周り同様だ。
また、スロットル制御系が変更されアクセル操作に軽さが出た。クラッチレバーの操作力、タッチの良いチェンジペダルなど一連の動作からもバイクとの一体感が伝わってくる。
跨がってみるとジワジワと新型の魅力に包まれてくる。今回、このバイクをコース上にシケインを設けたサーキットでテストをしたが、結論から言えばMT-09にも増して様々な場面で走りを楽しめる完成度に驚くことになった。
車重は220㎏とそれなりにあるのでMT-09と比較すると身軽な印象を走り出す前に想像するのは難しかった。しかし、クラッチを繋ぎ、スルリと動き出したトレーサー9 GTは、次第にその「重さ」の感覚が薄れていくのがわかる。目方より走ると軽いタイプだ。
乗り心地から察すると粘着感のあるハンドリングかと思いきや、アスファルトの風合いを見事に滑らかにしてくれる足周りでありがなら、ロール方向への動きは一体感があるなかで素早く、それでいて安心感のあるものだった。ライダーの意思に素直な印象なのも、電子制御サスのなせる技だろうか。減速時に感じるノーズダイブも姿勢変化に要する時間を自然に掛けてくれるので、あまり気にならない。
感心したのは加速時の所作だ。フェアリングやスイングアームを伸ばしたことによるフロント分担荷重の充実したせいだろう。粗暴に感じる場面もあったこの3気筒エンジンが、元気さそのままに手の内に入った印象なのだ。むしろ純度の高い加速の突き抜け感だけを楽しめる。他のエンジン形式では真似できない並列3気筒だけが持つ浮遊感とでも言おうか。
フル加速をした時の状況をもう少し解説すると、フロントタイヤが路上数㎝の高さをキープしながら滑空しているような無重力感。それをともなう突進が快感以外なにものでもない。クイックシフターによるシフトチェンジも相まって、加速トルクの途切れは極めて少ない。ナンという快楽だろうか。
ブレーキのタッチはあらゆる路面でコントロールの幅を持たせるよう尖った制動力を持っていないから、加速に酔いしれているとコーナーの手前で少々慌てることになる。いや、それほど増速力が凄いのだ。無理さえしなければスポーツツアラーとして全体のバランス感は上々。今回、巡航性などを試すことは出来なかったが、高速道路での扱いやすさ、快適性、そして狭い峠道を走った時の一体感なども想像がつくものだった。
こればかりは改めて試してみるしかないが、様々な部分でレベルアップが確認できたトレーサー9 GTである。最後にライディングモードとトラコン、ウイリーコントロールの制御マップについてひとこと。そのナチュラルさに介入度を悟らせないなかでしっかり仕事をする高い完成度を感じることができた。だからこそ慌てることなく繰り返し全力加速が楽しめたし、電子制御サスも相まって弦に弛みを一切感じさせないような綺麗なチューニングが生む走りを楽しめたのだから。
(試乗・文:松井 勉)
■エンジン種類:水冷4ストローク直列3気筒DOHC4バルブ ■総排気量(ボア×ストローク):888cm3(78.0×62.0mm)■最出力:88kW(120PS)/10,000rpm ■最大トルク:93N・m(9.5kgf・m)/7,000 rpm ■全長×全幅×全高:2,175×885×1,430mm ■軸距離:1,500mm ■シート髙:810 / 825mm ■車両重量:220kg ■燃料タンク容量:18L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ前・後:120/70ZR 17M/C・180/55ZR 17M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式シングルディスク ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,452,000円
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