Facebookページ
Twitter
Youtube

レース・イベント

丸刈り頭の彼の風貌は、ライダーというよりもむしろ海兵隊員のようにも見える。「皆そう言うんだよね。でも、この2年ほどはずっとこの髪型なんだよ」とはいうものの、ジャック・ミラーのヘアスタイルは、セバスチャン・ベッテルが髪をバッサリ切って大いに話題を集めたのとは少し事情が異なるといっていいだろう。「最初に彼のニューヘアスタイルを見たときは、正直、ちょっとビックリしたよ。でも、イタリアメーカーと長いこと付き合ったあとは、そういう気分になるのかもね」そう言って笑う26歳のミラーは、今週末のカタールテストから、ドゥカティのファクトリーライダーとして新たな一歩を踏み出すことになる。
■取材・文:パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri) ■翻訳:西村 章
―ジャック、休暇期間が終わりましたね。

「短い冬休みだったよ。ポルトガルで昨年の最終戦終了後に、2017年の日本GPで右脛骨を骨折した際に挿入したプレートを外す手術をしたんだ。プレートを固定していたスクリューが皮膚に当たって鬱陶しかったから。手術後の安静期間で、オーストラリア帰国後の隔離期間を消化できると思っていたのに、隔離9日目に傷が感染症になってしまったので、その2日後に新型コロナ感染症センターに運ばれてしまったんだ。検査では僕は4回続けてずっと陰性だったのに。結局、19日間の隔離になってしまい、自宅で過ごしたのはたった28日だけだった。とはいえ、たとえ短い期間でも普通の生活に戻れて自由を満喫できたので、よかったよ」

―1月中旬に欧州へ戻ってきてからは、かなり忙しくあちこちを行き来していたようですね。

「バルセロナを出たり入ったりして、その後はチームの撮影でイタリアへ行き、それが終わると今度はヘレスへ向かい、他のドゥカティライダーたちとパニガーレV4でトレーニングをした。それが終わってバルセロナへ戻ってきたので、おそらく6000キロ以上はクルマで走ったんじゃないかな。いわば、オーストラリアの実家とフィリップアイランドを往復するくらいの距離だ。イタリアではモトクロスもやったよ。ドヴィツィオーゾと会った日もある。ミラノのあたりの景色は素晴らしいね」

―今はまだロックダウン期間中なので、ショッピングに行けなかったのは残念ですね。

「(笑)。なんたってファッションは僕の生きがいだからね。なーんちて。いつももらいものの服ばっかり着ているけど、それで充分に満足なんだよ。色も、黒だと面倒がないし、汚れを気にせずしばらく着ていられるのがいいよ」

―ジャック・ミラーという人物をひと言で表すとすれば?

「真剣(マジ)。そのひとことに尽きるね」

ジャック・ミラー
ジャック・ミラー(Jack Miller):1995年1月18日生まれ。オーストラリア出身。8歳からレースを始めダートやモトクロスで活躍。世界選手権では2014年、Moto3クラスでKTMのマシンを駆りチャンピオン争い、その活躍が認められ翌年には飛び級で最高峰MotoGPクラスにホンダのマシンでデビュー。2016年オランダGPで初優勝。2017年にはハルク・プロより高橋巧、中上貴晶とともに鈴鹿8耐にも参戦。2018年にドゥカティ陣営へ移籍。2020年はランキング7位。

※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。





ジャック・ミラー

―ドゥカティのファクトリーチームに入ったことで、内面での変化などはありましたか?

「ノー、といいたいところだけど、自分でも意識しないような変化は何かあるかもしれないね。シーズンに備える気持ちも、今までより純粋なものになっているのかもしれない。去年からバイクに乗ってないから、新しいレザーに袖を通すときはきっと……」

―どんな気持ちになるでしょうね。

「感無量だと思う。レザーもバイクもカラーリングも、何もかもがファクトリーチームなんだ。子供のころからずっと、いつかファクトリーライダーになることに憧れてきた。気持ちが高ぶるのも当然だよね。僕とドゥカティの双方にとって、素晴らしいシーズンにしてみせるよ」

―マーヴェリック・ヴィニャーレス選手は、あなたを要警戒選手に挙げていました。

「ぜひとも、期待に応えてそうなりたいもんだね」

―今年の目標はチャンピオン獲得、ですか?

「もちろん。今年初めて、それが現実的な射程範囲に入ったんだ。去年はルマンでエンジンが壊れたり、ミザノではエアボックスに捨てバイザーを吸い込んだり、アラゴンで転倒に巻き込まれたり……といったこともあったけど、シーズン全体では安定して高いレベルで戦闘力を発揮できたので、自分自身のドゥカティでの成長を見せることはできたと思っている。だから、僕たちのポテンシャルに疑問はないといっていい。ライバルたちとタイトル争いをするうえでも、これといった死角はみあたらないよ」

―2020年は、レッドブルリンクの2戦目やバレンシアの2戦目など、惜しいところで優勝を逃したレースがありました。なぜ優勝に届かなかったのでしょう? 運がなかった、ということなのでしょうか??

「レッドブルリンクは、運だね。オリベイラが迫っていることに気づかなかった。バレンシアでは、フランキー(・モルビデッリ)とのバトルになったけど、もう少し違った戦い方はできたのかもしれない。でも、後悔はない。いいバトルだったよ」

―ドゥカティに対して何かスペシャルな要求をしていますか?

「いや、べつに。彼らは去年も僕からのフィードバックがあったわけだし、僕に必要なものも彼らはわかっている。皆がハッピーになるように、いまは全力でがんばってくれているよ」

DUCATI
DUCATI

―2020年のドゥカティは、どのコースでも高い性能を発揮していましたが、ライダーの顔ぶれはいつも異なっていました。安定性を向上させるという面では、これは課題ですね。

「去年は、僕がグリップの低いコースでとくに苦労を強いられたけど、そういうサーキットでは他のライダーたち、とくにザルコをじっくり観察していたんだ。でも、シーズン後半になると、最も高い戦闘力を発揮していたうちのひとりは僕だったと思う。コンストラクターズタイトルを獲ることができたのは、ドゥカティにポテンシャルがある証だと思うね」

―あなたとペコ・バニャイア選手はともにサテライトのプラマックからファクトリーへ移ることになりました。やはりファクトリーのほうが有利ですか?

「とくに何かが大きく変わるとは思わないね。ガレージの隣側には相変わらずペコがいるわけだから。彼の仕事の進め方はよく知っているし、お互いにいい関係を保っている。メカたちも同じだから、チームは変わったとはいえ、他は何も変わらない。いい感じだよ」

ジャック・ミラー

―アンドレア・ドヴィツィオーゾ氏は、あなたはライディングに集中して政治的なことや技術的なことにも深入りしないから、ドゥカティ向きだ、と言っていました。

「自分の周りで何が起こっていたとしても、僕はライダーだからね。べつに、気にならないよ。技術者みたいに大学を出ているわけじゃないので、自分が思って感じたことを伝える、それが自分の仕事だと思っている。もちろん、開発を牽引していくという自覚はあるけど、何をどうするべきかという細かいことを考えるのは技術者たちの仕事だ。僕は中卒だから、機械工学的なことには深入りするつもりもない。自分のことをものすごく頭がいいと思っているライダーもなかにはいるみたいだけど、僕はむしろ、僕たちを速く走らせようとがんばってくれる人たちの能力を信じたいほうだね」

―ジジ・ダッリーニャ氏との関係はどうですか?

「上々。とても良いと思うよ。最初の頃は、セッションが終わってジジが僕のボックスへ来るたびにどう接すればいいのかよくわからないこともあったけど、今ではとてもいい関係を築いている。彼を笑わせるツボもわかっている。でも、マジメな話をするときは、おたがい真剣だ。ジジは、僕が勝てるライダーだとわかってくれているんだ」

DUCATI
ジジ・ダッリーニャ

―あなたはパドックの人気者ですからね。

「パドックでは、自分の悪口はあまり聞いたことがないね。僕は誰に対しても分け隔てなく接しているつもりだ。中には気分を害している人もいるかもしれないけど、でもまあ皆に好かれるなんて不可能だからね」

―契約は単年ですよね。なにか理由があるのですか?

「ここ数年はずっと、毎年単年で契約してきたから、それに慣れてる、ってだけのことだよ。それに、単年契約のほうが緊張感があるし」

―今季のドゥカティ勢にはエネア・バスティアニーニ、ホルヘ・マルティン、ルカ・マリーニ、と3名の新人ライダーがいます。

「おそらく、スズキがリンスとミルのふたりで達成したことを参考にしたのかもしれないね。いいアプローチだと思うよ。今の時代は新しい世代が成長してきたので、前の時代からずっと残っているのはバレンティーノただひとりだ。ストーナーやドビ、ロレンソ、ペドロサといった、僕がレースを見ていた世代の選手たちも、今ではもういない。にもかかわらず、バレンティーノはロバーツJrやビアッジ、バロス、ジベルナウたちと争った時代を経て、今も第三世代の選手たちを相手に戦い続けているんだ」

―ロッシ選手はどこまで戦えると思いますか?

「どこまでも。彼の限界がどこにあるのかわからないし、ひょっとしたらそんなものはないのかもしれない。年々キツくなっていることは間違いないし、時間を巻き戻すことはできないのに、彼は今もトップクラスといっていいと思う。メンタル面でも強靱で、勝ちたいという意欲にも溢れているよね」

Repsol Honda

―とはいえ、チャンピオンシップという意味では、やはりミル選手が倒すべき相手になりますか?

「確かに彼はチャンピオンだ。でも、倒すべき相手じゃない。むしろ、それはフランキーだと思う」

―ヤマハでファクトリーバイクに乗らない唯一の選手なのに?

「そこが僕にはよくわからないんだよ。去年のフランキーはランキング2位なのに、最新スペックを与えないなんてね。僕なら納得できないし、可哀想だとも思うね。速さも安定感もあって、結果を出してきたのに」

―あなたがドゥカティのファクトリーライダーになるまでは、長い道のりでした。もっとも感謝をしている相手は誰ですか?

「もちろん、僕を信じてくれたドゥカティとダビデ(・タルドッツィ:チームマネージャー)、パオロ(・チアバッティ:スポーティングディレクター)。あとは、僕がMotoGPで走るチャンスを最初に与えてくれたホンダの人たち。だって、ここに到達することがそもそも狭き門なんだからね。ホンダ時代はサテライトの所属だったのでなにかと苦労もあったけど、フランキーやラバト、ルティたちにも聞いてみれば、きっと僕と同じような言葉が返ってくると思うよ。とはいえ、苦しい思いもしたけど、たくさんのことを学べたし、レースに勝ったのもいい思い出だよ」

―そういえば、脊椎をケガしたまま走ったこともありましたよね。同じような負傷をしても、また走りますか?

「もちろん」

―懲りないんですね

「じいさんみたいに聞き分けのないガンコ者なのさ」

Repsol Honda

【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。


[第16弾アンドレア・ドヴィツィオーゾに訊くへ]





2021/03/03掲載