性能・価格・ヤマハらしさ
良きバランスのベストバイク
トライアンフのストリートトリプル675が登場するやいなや世界中で大ヒットとなったのはもう10年以上前の話。並列3気筒というエンジン形式で、4気筒よりも常用回転域からトルクフルかつ官能的。それでいて高回転域も非常にスムーズに回り、100馬力ほどを発揮し世界中の二輪ジャーナリストから絶賛され、獲得した賞も数しれない。
そんな中、国産車に頑張って欲しい筆者は「かつてGX750というトリプルを持っていて、かつスノーモビルの世界では3気筒もやっているヤマハこそ、このカテゴリーでトライアンフの独走を止めるメーカーでしょう!」と強く思ったもの。2014年、やっとMT-09が登場し世界中でヒットした時には大変嬉しく思った。ストリートトリプルよりも大きな排気量としたことでさらに常用域でのトルク/パワーは強大で、高回転域も伸びやかで官能的なエンジン。国内外で高く評価され、オンロード大排気量スポーツとモタード的要素を組み合わせたMTシリーズの展開により新たなカテゴリーの創設までしたモデルであった。
国産車久しぶりの並列3気筒
そしてMTワールドの創設
しかし独特のポジションやオフ車のようなセッティングのサスペンションはかなり特徴のあるもので、それがMTワールドを作り出している個性であると同時に、いわゆる「普通のネイキッドモデル」に慣れているライダーからすると完全に新しい体験となったはずだ。とても魅力的なモデルであることは間違いないのだが、筆者のイメージとしては非常に元気なエンジンを支えるにはちょっと足周りがフワンフワンすぎるような感があり、アクセル開け始めのレスポンスの良(過ぎ)さもサスの柔らかさによりギクシャク感に繋がってしまうことがあると感じた。最初は「万人向けの乗り物ではないな」という印象を持っていたのだ。
そんな心配をよそに確実にファンを獲得してきたこの国産3気筒は熟成を重ね、今では足周りをグレードアップしたSPバージョンと、このヘリテイジモデルと呼ばれるクラシカルテイストなXSR900がラインナップに追加されている。
ある意味容赦のない、
速度感と実際の速さ
今さらではあるが、XSRに乗って最初の感想は「なんという速さ!」であった。MT-09の試乗経験は豊富でこのエンジンの元気さは良く知っているつもりだったが、久しぶりに乗ったXSRは、本当に速かった。
アイドリング+αから既に潤沢なトルクがあり、スタンダードなMTよりも幾分ダンピングが効いているサスペンション設定のおかげかアクセル開け始めの神経質さも(少なくともスタンダードのパワーモードにおいては)ない。駆動がかかった瞬間から「ちょちょちょ!待って!」と言いたくなるほどどんどん前に進んでいき、ツインのようなドコドコ感も4気筒のような回転上がり待ちもなく、もうとにかくグイグイと進んでいき、ストリートを流すだけでも直感的に「うわ速いな!」と感動が続く。
慣れてきてアクセルが開くようになり、走る場所も幹線道路や高速道路に移ると、これがなお速いのだから面白い。あまりにパワフルで速度も出てしまうため各ギアで引っ張り切るのは至難の業なのだが、引っ張り切らなくともとにかくどこでも速いのだから、楽しいのと、なんだかもう、容赦ないというか、とにかくスゴイのだ。
フルスロットルで加速していくといとも簡単にフロントが浮き、トラクションコントロールを介入しやすい「2」に設定しているとわりに唐突に介入してフロントを再び接地させる。いかに自分の意図よりも早い段階でフロントが浮いていたのかを実感させられた。
刺激的な試乗の後、こういったネイキッドアップハンドルスタイルのバイクにおいて、この速さはちょうど限界域、ではないかと思った。パワー的にはもっと数値が大きいのも珍しくないが、コンパクトさや軽さ、そして3気筒ゆえの回転域を問わないパワー感は唯一無二。重ねて書くが、本当に速いし速いということを常にライダーに感じさせてくれる。
ちなみにパワーモードはスタンダードの他、さらに打てば響きまくるAモードと、いくぶん柔らかいBモードが用意されている。最初はBモードで走り出した方が賢明だが、慣れてくるとこのバイクらしさを感じられるのはやはりスタンダードやAモードだと気づく。また通常のMT-09ではサスペンションの柔らかさゆえか、アクセルのツキが気になりAモードよりもスタンダードモードの方が使いやすい印象があったが、このXSRではAモードでもツキが気になるということはなく、慣れてくるとずっとAモードで走っていた。
車体姿勢がもたらすもの
MT-09との一番の違いはルックスだが、そのルックスを作り上げているのはより長いタンクや高くなったシート高。車体が前後方向に伸びたようなスタイリングになったことでクラシカルなテイストを演出すると共に、実際に乗っても着座位置が変わったことでかなり違う乗り物という印象になっている。MT-09はタンクが極端に短くモタード的なポジションなのに対して、XSRはいわゆる普通のネイキッドというか、誰もが普通にフィットできる位置にシートやハンドル、ステップがあり跨った時にはMTのような強烈な個性はない。むしろルックス通り、どこか懐かしさを感じさせるような、ホッとできるポジションに思う。
このポジションとなっているおかげで、ライディングの基本であるハンドルに力を入れないことであるとか、適宜ニーグリップをするだとか、そういった操作が自然にできるのが嬉しく、またそれが自信にもつながると思う。また着座位置が後ろに下がったことでこれまで以上に尻で後輪を感じることができ、特に日常使いにおいては安心感も生んでいるのではないかと感じる。
現実的な速度領域でのんびり走っていてもバイクとの一体感が高い。当初MTに感じた「万人向けではないかな」という感情はこのXSRでは全くなく、このナチュラルなポジションとサス設定により誰でも違和感なくフィットできると思う。
XSRでコーナーを楽しもうと思うとどこかオールドスクールというか、ちょっと懐かしいような挙動もある。後輪を感じながらコーナリングする感じや、フロントが浮かないようタンクに覆いかぶさってアクセルを開けていく感じは、かつてのネイキッド世代のような感覚。もっとも、あの頃のビッグネイキッドに比べると格段にコンパクトで軽く、かつ速いが、でもやはりどこかMT以前の常識的操作感、もしくはモタードではなく一般的なロードスポーツ的なフィーリングがあり親近感を持ちやすい。
この懐かしい感覚を楽しみながら走らせていると、場面によってフレームがちょっと硬質に感じることが出てきた。バンク中にギャップを踏んだ時の反応がそのままハンドルにプルプルっときたり、もしくは荒れた路面の荒れた感覚がフレームでいなされずにそのままライダーに伝わってきたり、ということなのだが、これが今までMT-09に乗っていては感じたことがなかった感覚だから不思議だ。
アルミダイキャストのボルト締結式フレームはMT-09と共通なのだが、あちらはサスペンションが柔らかくオフ車的なのと、着座位置がかなり前方で後輪の挙動がライダーに伝わりにくいといったことがあるのだろう。また、先述したように意図したよりも早めにフロントが浮いていたり、アクセルのツキがMT-09ほど気にならなかったりという違いも、サスの設定および着座位置によりライダーの重心が変わったため起きた違いではないかと思う。
バイク本体の重心位置も大切だがライダーが乗った時に生まれるライダーとバイクを合わせた状態で自然と導き出されやすい重心位置も大切であり、バイクの印象を大きく変えてくれる要素なのだなと改めて感じた。MT-09は独自の世界を作り出すために色々バランスされて作り出されたのに対し、XSRはその特殊な乗り物を「普通」に仕立てた直した派生モデルとも感じ、乗り込むことで「あぁ、だからMT-09はああいう構成だったんだな」なんていう答え合わせ的、もしくは逆説的な気付きももたらせてくれた。
純正カスタムの、その先のカスタム
ベースモデルに対してコレだけの変更を施し、まるで違う、かつ新たな魅力を持ったバイクに生まれ変わらせてくれたヤマハ。メーカー純正カスタムと呼べるものだが、では個人として所有した場合、さらにカスタムしたくなるような部分はあるのか。
これが、良い意味でほとんどないのである。とにかく大変に速いためパワー的な不満は皆無。エンジンフィール及び排気音も官能的でライダー心を刺激してくれるのに、排気音量そのものはウルサイと感じるものではなく大人のライダーとしての責任感も満たしてくれちょうどよい。ハンドルやステップなどポジションはとてもナチュラルでここにも不満はない。
メーター類やミラーは見やすく安全に感じるし、トラクションコントロールやパワーモードの切り替えも説明書を読まずとも直感的にできる設定。ヘルメットホルダーを備えるなど日常使いでの利便性も高い。
ただ、欲を言うならば、同時にMT-09 SPに乗ってしまったがゆえに、SPのオーリンズサスを付けたらなお良いだろうな! などということは想像してしまった。あのオーリンズの、路面をヒタヒタとなぞってく感覚はちょっと病みつきになるもので、XSRにアレをつけたら時たま感じることがあったフレームの硬質さみたいなものがスッと消えてくれる気がするのだ。
もう一つこれはとても気になった部分だが、ウインカーのスイッチとホーンのスイッチの位置が難しい。ホーンボタンがスイッチボックスの右上の方についているのだ。よっていざホーンを鳴らそうと思うと指が届かず鳴らせないのと、逆にウインカーを出そうとしてホーンを鳴らしてしまうということもあった。近年はホンダも似たようなスイッチボックス構成をしていてそちらにも必ず疑問を呈するようにしているが、ヤマハ版はスイッチ配置の使いにくさに加えボタンの小ささなど、さらに使いにくかったと言わざるを得ない。ただでさえ速いバイクの操作に集中していなければいけない時、スイッチ操作などは直感的にできなくては困ってしまうのだ。
派生カスタムモデルとしての完成度は非常に高いと思う。このまま乗っても「ココはちょっと」となる部分は(スイッチボックスを除いて)まず出てこないだろう。走りに貪欲なアナタだけは、ぜひともSPのオーリンズを投入してXSR-SPを作ってみて欲しい。
ヤマハならではの作り込み
XSRの各部のフィニッシュの上質さはぜひ触れておきたい部分。ヤマハでは「スポーツヘリテイジモデル」と呼んでいる、各社共にラインナップするこういった歴史を感じさせるモデルは、やはりベースモデルに対して特別感というか、上質感、カスタム感、他と違う感、などを演出しなければいけない運命にあるだろう。
その中でXSRは他社のようにオマージュする明確なアイコンモデルを持たずに、独自にヤマハの歴史を感じさせなければいけないという難題を見事に達成していると思う。全体を見渡せばテール周りなどはどことなくオフ車的テイストが感じられるし、このカラーリングについてはどこから見てもヤマハの伝統を感じさせてくれる。
しかしXSRを上質に見せているのはこういったちりばめられた懐かしさだけではなく、例えばメーターステーの、ワンオフ品かのようなアルミのプレートや、ヘッドライト後ろの配線をうまく隠すためのカバー類、もしくはタンク上面のカバーを留めるための特殊なボルト、専用のシート表皮、などに表れていると思うのだ。またライト裏のステーなど一部の部品はMTのものと共通のようだが、XSRの灯火類では使わないネジ山などがあれば、ソコをそのままにせずに、しっかりデザインとして処理するようボルトをはめ込んであったりするぬかりの無さなのである。
加えて、LED全盛の今の時代に敢えてヘッドライトをハロゲンにするだけでなく、ポジション灯にも豆電球を採用、さらにテールライトは被視認性に優れるLEDとしながら、ナンバー灯はやはり豆電球としたことでナンバーが黄色っぽく照らされているのも雰囲気だ(もっともナンバー灯に気付いたのは筆者ではなく松井 勉先輩だが)。そして丸型のメーターや、丸型のマフラー出口、柔らかい曲線のミラーなど、実はXSR専用の部品が非常に多い。
そして、106万1500円というプライスである。ライバル勢の価格設定を考えるとちょっと信じられないほどのバーゲンプライス。これだけ細部までこだわり、スキを見せない上質さも追及し、専用パーツもたくさん投入しておきながら106万円。これだけの速さがあり、これだけの感動性能を味わわせてくれ、才色兼備なのに106万円。このバイクはもう、買いだろう。筆者が今、新車を購入しようかと考えているタイミングだったならば間違いなく第一候補となるバイクである。
アクティブで、かつ獰猛さも秘める(?)あなたに
「自分で本気で欲しいと思っている」と書いても、それは万人向けの言葉ではないため、いつものように、締めにどんなライダーに薦めるかを書いておこう。
まず、のんびりと長距離ツーリングに出かけたいと思っている人にはあまり薦めない。快適なポジションやのんびり走ることも可能な設定ではあるものの、やはり本来とてもエキサイティングな乗り物であり、淡々と距離を稼ぎたいのならば他の選択肢もあろう。ツーリングなら日帰り、もしくは一泊程度といったイメージか。
XSRに乗るならいくらかアクティブなマインドを持っている人。高速道路だったら頻繁に追い越し車線に出ていくタイプのライダー。峠道なら「今の道、楽しかったな!」といってもう一往復してしまうようなライダー。話題のニュータイヤが出たらとりあえず履いてみて「たまにはサーキット走行会にも参加してみようかしら」なんていうスポーツ心も持っているライダー。が良いだろう。
加えて、ライダーのスタイルも選ばないというのも魅力だ。昔ながらの革ジャン&ジェットでも格好がつくし、革ツナギでキメても良いだろうし、パーカー&スニーカーで街を流しても良い。シンプルにスタイリングに惚れ込んでも良いのだ。ただ、スタイリング最優先の場合はパワーモードはBに、もしくは外装そっくりなXSR700という選択肢があることも忘れずに!
(試乗・文:ノア セレン)
■エンジン種類:水冷4ストローク直列3気筒DOHC4バルブ■総排気量(ボア× ストローク):845cm3(78.0× 59.0mm) ■最高出力:85kw(116PS)/10,000rpm ■最大トルク:87N・m(8.9 kgf・m)/8,500 rpm ■変速機:6段リターン ■全長× 全幅× 全高:2,075 × 815 × 1,140mm ■軸距離:1,440mm ■シート高:830mm ■キャスター/トレール:25°00′/103mm ■タイヤ:前120/70ZR17M/C 58V、後180/55ZR17M/C 73V ■車両重量:195kg ■車体色:ラジカルホワイト、マットグレーメタリック3 ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,061,500 円
| XSR900試乗インプレッション記事・松井 勉編はコチラ |
| | 2018年型XSR900の試乗インプレッション記事はコチラ(旧PCサイトに移動します) |
| 2016年型XSR900の試乗インプレッション記事はコチラ(旧PCサイトに移動します) |
| 2020年型XSR700の試乗インプレッション記事はコチラ |
| 2017年型XSR700の試乗インプレッション記事はコチラ(旧PCサイトに移動します) |
| ヤマハのWEBサイトへ |