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ヤマハ陣営にとって2020年シーズンは、「悲喜こもごも」ということばがまさにふさわしい一年だった。シーズン序盤の2戦で連勝して快調な滑り出しを見せたものの、中盤戦以降は厳しいレースが続いた。そして、終盤にはテクニカルレギュレーション違反によるチャンピオンシップポイント剥奪等も重なり、不完全燃焼の一年になってしまった印象は拭いきれない。7月のスペイン・ヘレスで2連勝を挙げてスタートダッシュを決めたファビオ・クアルタラロ(Petronas Yamaha SRT:優勝3回、PP4回)は全14戦を終えてランキング8位、ファクトリーチームのマーヴェリック・ヴィニャーレス(Monster Energy Yamaha MotoGP:優勝1回、2位2回・PP3回)とバレンティーノ・ロッシ(Monster Energy Yamaha MotoGP:3位1回)はそれぞれランキング6位と15位で終えている。その一方で、シーズン最後まで粘り強い走りで表彰台争いを続けたフランコ・モルビデッリ(Petronas Yamaha SRT:優勝3回、2位1回、3位1回・PP2回)はランキング2位で終え、めざましい存在感を発揮した。

この1年の振り返りと来たるべき2021年シーズンに向けた抱負について、MotoGPマシン開発を束ねるヤマハ発動機MS統括部のモトGPグループ グループリーダー、鷲見崇宏氏に話を伺った。今年も昨年同様に、一問一答を織り交ぜながらシーズン全体の総括的なレビューを聞かせていただいた。「ポジティブとネガティブのそれぞれが、山と谷のようにくっきりと表れた1年」と話すその振り返りから、まずはスタートするといたしましょう。では、どうぞ。
●インタビュー・文:西村 章 ●取材協力:ヤマハ発動機 https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/

*   *   *   *   *

「全14戦を戦って7勝、勝率は5割。PPは9戦で獲っています。結果として、ヤマハという枠で見るかぎりでは、速さとレースの強さを発揮できる場面は去年より増えました。

 山あり谷ありのなかで、とくにチャンピオンを期待していたマーヴェリックとファビオが後半に低迷し、逆にフランコは後半に向けて安定性を高めてゆき、最後はランキング2位まで登り詰めてくれました。とはいえ、安定性という面では、悔しいけれどもスズキのジョアン・ミル選手には叶いませんでした。ミル選手の優勝は1回、3戦でリタイアしていたにもかかわらずチャンピオンを獲りました。一方で、我々のライダーたちは何度もフロントローやセカンドローを獲り、決勝レースでもたびたび派手に活躍してくれたにもかかわらず、最終的には一番欲しかったものを得られませんでした。チャンピオンを獲るためには何が必要なのか……、つまり〈安定性〉が足りなかったのだ、ということを如実に突きつけられたシーズンでした。

鷲見祟宏(すみ たかひろ)氏
今回、お話を伺ったヤマハ発動機 MS 統括部 MS 開発部 プロジェクトリーダー 鷲見祟宏(すみ たかひろ)氏。 ※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

 シーズン緒戦で負傷したホンダのマルク・マルケス選手が戦っていれば、状況はまた違ったものになっていたのかもしれませんが、事実としては以上のような結果になりました。この悔しさをバネに、ヤマハ全体として2021年こそチャンピオンを獲得するために必要なことを見極め、準備を進めているのが現在の状況です」

 マルケス不在のシーズンとなったとはいえ、ヤマハとしての戦いかたそれ自体には大きな変化がなかったという。だが、毎戦目まぐるしくライバルが変わる状況に翻弄された面は否めない、とも鷲見氏は話す。

「毎戦異なる強烈なライバルたちをどうやって攻略し、毎回変わるレース展開のなかで我々の課題がどこにあるのか、というターゲットがやや見えにくくなる面がありました。それが開発に若干の影響を与えたようにも感じています」






#46 #12

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 そんな2020年を戦ったヤマハ陣営各ライダーに対するインプレッションは、以下のとおり。まずはファクトリーチーム、Monster Energy Yamaha MotoGPの両雄から。

「マーヴェリックは、チャンピオン候補のひとりとして期待をしていました。決勝レースで彼本来の速さを発揮できない、というパフォーマンス面の課題を2020年も払拭しきれずにチャンピオンを獲り逃してしまい、充分なサポートをできなかったことが残念です。

 ブレーキやエンジンなど、マシンの課題が彼に多く降りかった影響で集中を乱す要因になってしまったことは、我々としてとても申し訳なく思っています。2020年のマーヴェリックはライダーとしても人間としても成長をしてくれて、流れが悪い方向に傾きかけたときでも、以前より落ち着いた姿勢でポジティブな面を引き出せるようにがんばってくれました。苦しい中でも常に希望を失わず、可能なかぎりベストの状態で戦ってくれたので、2021年こそチャンピオンを獲得できるように全力でサポートしてゆきます。

 バレンティーノについては、シーズン中盤戦までの彼のパフォーマンスには非常に満足をしています。いいベースセッティングを見つけることができて、シーズン序盤からフィーリングのいい走りで期待に添ったパフォーマンスを披露してくれました。シーズン中盤になると、トップに近いところを走っていてさらに上を狙ったときに転倒する、といったレースが続きました。結果を残せなかったのは残念ですが、このような〈若さ〉が出てしまうのは彼のいいところでもあるので、気魄のある走りには我々も納得をしています。

 シーズン後半になると、新型コロナウイルス感染症に罹患して数戦を欠場したため、復帰後も完全に調子を取り戻すには至りませんでしたが、中盤戦までの走りを見れば彼の健在ぶりは明らかです。若いライダーが多い中で、経験豊富なバレンティーノのコメントとフィードバックは貴重なので、ヤマハ全体のレベルアップのためにも今後も期待をしています」

マーベリック・ビニャーレス
マーベリック・ビニャーレス
バレンティーノ・ロッシ
バレンティーノ・ロッシ

 サテライトチーム、Petronas Yamaha SRTの両選手は、シーズンの前半と後半で明暗が対照的になった格好だ。

「ファビオは初戦で優勝し、翌週も引き続き勝ってくれたので、この2連勝で流れに乗るものと思いました。しかし、レッドブルリンクではブレーキングで苦労をし、その後、深刻な成績不振で苦戦する状況になってゆきました。マシンセッティングを変えるなどしてフィーリングを取り戻すように取り組んできたのですが、まだ2年目の若い選手でもあり、一度失った感覚を取り戻すのにたいぶ時間がかかってしまいました。それでも最終戦は、結果はともかくとしてもいいフィーリングが戻ってきて前向きにシーズンを終えることができました。この経験を糧に2021年はさらに大きく成長し、強いライダーとして新たなシーズンを戦いぬいてくれると信じています。

 一方、フランコは、ファクトリーマシンで戦った3名と違って、ヤマハで唯一、Aスペックと我々が呼ぶマシンでシーズンを戦いました。乗り慣れたバイクの強みを理解し、ひとつひとつしっかりと積み上げて、地元のミザノで待望の一勝目を挙げてくれました。その後は、自信を持って常にトップ集団で戦い、ランキング2位でシーズンを締めくくりました。乗り慣れたバイクで落ち着いて才能を発揮してくれたフランコと、チームの進め方がうまく噛み合った結果だと思います」

ファビオ・クアルタラロ
ファビオ・クアルタラロ
フランコ・モルビデッリ
フランコ・モルビデッリ

 ちなみに、このAスペックと通称される仕様とフルファクトリースペックとの違いを訊ねたところ、鷲見氏から以下のような答えが返ってきた。

「2019年のバイクをそのまま使うということではなく、ファクトリースペックの中から良いと思われるモノを入れた仕様です。つまり、前年度仕様をベースに、ファクトリーで実績のある部品を投入して2019年よりも性能を向上させたものがAスペックです」

 では、マシン面に関する2020年の包括的レビューへ話を進めよう。

「エンジンのパワーアップと、ヤマハの良さであるドライバビリティ・ハンドリングを両立して強さを発揮する、という戦い方で進めてきました。パワーは向上したものの、ライバルとの相対的な力関係を改善できなかったのは我々の力不足と感じています。最高速のギャップはまだ大きいのですが、それでもサーキットによっては着実に差を縮めている実感があり、方向性としては間違っていないと考えています。長所を維持しながら全体のパフォーマンスを向上させていくのは〈言うは易く行うは難し〉という面があって、乗り味の完成度では成熟しきったバイクに比べて煮詰めきれず、そこが不安定さを招く要因になったと認識しています。フルファクトリースペックを3名のライダーに託して戦ってきたなかで、共通の課題もあればそれぞれの課題もありますが、とくにシーズン後半でうまく合わせられなかったことも、チャンピオンを逃した要因のひとつです。これらは2021年に向けた課題として、まさに現在、取り組んでいるところです」

YZR-M1

YZR-M1
YZR-M1

YZR-M1
YZR-M1

YZR-M1
YZR-M1

 マシンスペックに関連する話題としては、異なる製造元の(ヤマハ側の表現によると)『エンジン内部部品』を使用したことがテクニカルレギュレーションに違反するとして、そのエンジンを使用したレースで獲得したポイントを剥奪されたことが今季のヤマハ陣営の成績に大きく影響した。シーズン序盤のエンジントラブルに端を発したこの一連の出来事により、ヤマハ勢は使用できるエンジン数が他陣営よりも制約されることになったが、この厳しい条件のなか、どうやってエンジン距離管理を凌ぎきったのか、鷲見氏に訊ねてみた。

―ヴィニャーレス選手は既定数を超える6基目のエンジンを第13戦ヨーロッパGPで投入し、モルビデッリ選手の場合には第7戦以降最終戦までの9戦を2基のエンジンのみで戦いきっていますね。今季のエンジン距離管理について、可能な範囲で教えてください。

「可能なエンジンでシーズン最後まで戦うために計算と実験を行い、この仕様と使い方であればシーズン最後まで戦える、ということを開発側で常にフォローアップしながらエンジンを持たせてきました」

―回転数を抑えるなどの具体的な方法は?

「エンジンの様々な制御とも関わってくることなので、単純にパワーを絞るのではなく、エンジンパフォーマンス全体を落とさないことを最大限に考え、パラメータの組み合わせでパフォーマンスのメリット/デメリットを見据えながら乗りきりました」

―エンジンはどれくらいの距離を走ったのですか?

「見る方が見れば、おそらくおおよその想像はつくのかもしれませんが(笑)、申し訳ないのですが我々の口から具体的な数字は明らかにはできないんですよ」

 マシン面の技術的話題で言えば、もうひとつ、ホールショットデバイスは各陣営が2020年に三々五々投入してきたことで大きな注目を集めた。スタート時にサスペンションの動きを機械的にロックして、より効率的な路面への動力伝達とウィリー抑制を図るこの装置は、メーカーによってフロントサスペンションに動作するもの、あるいはリアサスを制御するものなど、機構はメーカーごとに独自の方式を採用しているようだ。

鷲見氏

―ヤマハの場合は、2020年2月のセパンテストの段階で、すでにトライをしていたようにも見えましたが……。

「そうですね。以前から準備を進めていましたので、比較的早い時期に投入し、最終的には4名全員が使っています」

―実戦ではいつ頃から使用を開始したのですか?

「ごめんなさい。それは伏せさせてください」

―当然、ファクトリーから優先して投入したのですよね?

「はい。どのパーツに限らず、我々はそのスタイルで進めています」

―機構は、フロントサスもしくはリアサスの、どちらに作用するモノなんでしょうか。

「そこはまさにいま旬の開発項目なので、詳細については述べさせていただくわけにはいかないんですよ。フロントかリアのどこかについている……、とさせてください」

―この機構は、2020年シーズンにどのメーカーも競って投入したようですが、このシステムから将来的に量産車へ転用可能な要素技術はあると思いますか?

「ニーズがあれば、何かしら展開はできるモノだとは思いますが……どうなんでしょうね。オートバイレースに関しては、たとえばモトクロスでは昔から使われている技術なので、(レースの中では)ニーズはあるのかもしれませんが、現状では競争することを第一義的な目的として作っているので、一般のお客様が乗る量産車のメリットになる部分があるのかどうか、ということについては、これから考えていきたいところではありますね」

―この機構をレース中のコーナー立ち上がりで使っているメーカーもあるようですが、ヤマハの場合はどうなんでしょうか?

「ここは今はまさに、皆さんが他社のバイクを見ながら研究なさっているホットな分野なのだと思います。我々も、自分たちにできることを探りながらやっているところです。なので、すいません。しているともしていないとも、今はまだお答えできないんです……」

YZR-M1

YZR-M1
YZR-M1

YZR-M1
YZR-M1

 では、2021年シーズンの話題に移ろう。テクニカルレギュレーションの取り決めでは、エンジンは2020年と同じスペックで戦うことが定められている。つまり、すでに封印されたエンジン内部には手を着けることができないため、動力性能の改善で2021年に開発を進めることができるのは駆動系や吸排気系等、ということになる。エンジン性能改善が2021年の大きな課題のひとつであることは、鷲見氏がすでに上で述べているとおりだが、では、具体的にはどのような方策を考えているのだろう。

「たとえば、最高速は明らかに我々がライバルメーカーに追いつかなければいけない分野です。エンジン内部そのものに手を入れられないとしても、パワーを向上させるためにできることはまだまだ他にもあります。他にも、たとえば空力では、来シーズンは外装の空力デザイン変更を1回トライできることになっています。

 また、最高速は加速の集積ですから、加速を良くするという方向から考えると、ある意味では何でもできる、ともいえます。触れることのできる部分は確かに少ないのですが、実際面でシーズン中にやるべきことは変わらないので、例年と同じような開発作業を進めていくことになると思います」

鷲見氏

―2021年は車体開発や電子制御をメインに、より重箱の隅をつついていくような作業になるのでしょうか?

「そうとも思わないですね。封印されたエンジン内部以外はすべて改善できるので、2020年のバイクでスタートしなければいけない、というわけでは決してありません。むしろ、他のところでたくさんできることを探して吟味していく、という作業になりますね」

―2021年はカル・クラッチロー氏がテストライダーとしてヤマハ陣営に加わりましたが、彼を採用した理由と、実戦に参戦することもあるのかどうかという可能性についても教えてください。

「テストでは、レースライダーと違うマインドが必要になります。カルと契約したのは、2020年までレースを走っていたので、現役選手に非常に近いパフォーマンスを発揮できることと、開発作業に対するマインド ―ヤマハのバイクを速くしてライダーたちを勝利に近づけるという目的― の面で合意に至ることができたのが理由です。必要であれば、開発という目的の中でレースに出ることはあるかもしれませんが、今のところそこはまだ具体的な計画にはなっていないし、特に予定もありません」

―では最後に、2021年シーズンのヤマハ陣営4選手に対する期待と目標を教えてください。

「『チャンピオンをとるぞ!、そのために我々は最大限のサポートをします』、ということに尽きます。そのためにも、ファクトリーのふたりには先頭でがんばってもらうことになるし、サテライトも劣るところはないはずなので、2020年のようにチャンスがあれば上位を狙ってほしいですね。我々はヤマハ全体の底上げを図るために、まずはオートバイのベースを上げることに集中します。(ヤマハ陣営の)選手たちがお互いにライバル同士として戦いながら、彼らのチャンピオン争いを我々がサポートする、という状況が実現することを目指しています」

ミル

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。


[2020年 行った年来た年MotoGP SUZUKI篇へ]

[2019年 行った年来た年MotoGP YAMAHA篇へ]






2021/01/25掲載