シーズン最終戦、ポルトガルGPの舞台はポルティマオ・サーキット。もともとここは、予備開催地に設定されていた会場で、SBK等ではお馴染みのコースではあるものの、MotoGPのレースは当地で過去に開催されたことがない。人類文明全体が新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の世界的パンデミックに翻弄されつづけるなか、一時期はレースそのものの開催さえも危ぶまれていたものの、シーズン再開を目指す関係各方面の献身的な尽力で日程を再調整した際に、ここポルティマオが一年間の最後の一戦として組み込まれた。
……と、ある意味では今の世の中を象徴するような経緯が、今回の大会の背景にある。
初めてのMotoGP開催であるために、金曜日のフリー走行初日は慣熟の意味も込めて、MotoGP・Moto2・Moto3の3クラスとも、通常より長い時間を割いてセッションが行われた。
とにかく急激に変化する路面の高低差が特徴的で、これほどまでにダイナミックなレイアウトは現在開催中の会場では他に類を見ない。
そのコースで圧倒的な速さを見せたのが、地元出身のライダー、ミゲル・オリベイラ(Red Bull KTM Tech3)だ。土曜の予選では自身初となるポールポジションを獲得。現地時間午後2時にスタートした日曜の決勝レースでは、ホールショットを奪うと一気に後続を引き離して25周のレースを独走優勝。誰にも前を許さない、字義どおりの〈ポールトゥウィン〉を達成した。
「こういうレース展開を夢見ていたけど、実際にできるとは……」
と、ゴール直後には地元コースでの圧勝に、こみ上げる感情を隠さなかった。
「序盤3周はサインボードを見ないようにして、自分のペースと自分のラインで走ることに集中した。1.5秒ほど開いたとわかった後はその差を少しずつ広げて、レースをコントロールすることを心がけた」
やがて後続とのタイム差は3秒から4秒へと広がり、最後までそのギャップを緩めることなく25周を走りきった。2位のジャック・ミラー(Pramac Racing/Ducati)も、3位のフランコ・モルビデッリ(Petronas Yamaha SRT)も「あれはレベルの違う走りだった」「今日のミゲルはアンタッチャブル」と、ともに脱帽するほどの走りで、これぞまさにホームレース制覇、という圧巻の内容だ。来季のオリベイラは現在のTech3からファクトリーへと、KTM内での移籍が決定している。今回の最終戦で挙げた勝利は、ファクトリーチーム〈昇格〉に向けて、最高の形での弾みをつけたことになる。
優勝が独走で決まった一方で、今回は2位争いが熾烈を極めた。
前戦バレンシアGPの最終ラップでは、ミラーとモルビデッリが激しいバトルを繰り広げたが、ふたりは今回も激烈な争いを展開した。
バレンシアGPの最終ラップでは、後方のミラーが果敢に勝負を挑み、コース前半セクションで4回攻守を入れかえたものの、中盤セクター以降は前のモルビデッリが後ろにいるミラーの挙動を読み切ったかのようにラインを抑えきり、勝負を制した。
ポルトガルGPでもふたりはモルビデッリ―ミラーの位置取りで接近戦を続けていたが、今回は最終ラップ中盤に勝負を仕掛けたミラーが制した。モルビデッリも一度は反応したものの、ふたたび前を取られたミラーに最後まで抑え込まれた格好になった。
「先週と今週で、都合60周もフランキーを追いかけ続けたことになるよね」と笑うミラーは、今回の最終ラップのバトルについて「ホントはもっと早く仕掛けて勝負を結着させたかったんだけどね」と振り返った。「(何度かのオーバーテイクを経て)少しでも隙を作ってしまうとヤマハにあっという間にインを突かれてしまうから、14コーナーではドゥカティに可能な限りのコーナリングでインを閉めた」
一方、今回はミラーの後塵を拝することになったモルビデッリだが、
「ジャックを引き離したかったけど振り切ることができず、最終ラップに前に出られて、なんどか抜きあうことになった。やり返したかったんだけど、その隙を与えてくれなかった」と最後の攻防について述べた。
ミラーは2位、モルビデッリが3位でゴールしたことにより、ミラーはドゥカティのコンストラクターズチャンピオンシップ獲得を決定づけるライダーになった。自身のランキングは7位。6位と同ポイントで、ランキング3位まではたった7点の差にすぎない。
「今季は多くのポジティブな面があった反面、シーズンを振り返ると『あのときもしもああだったら』ということもたくさんある。それはおそらく皆が思っていることで、4戦のDNFがあることを考えればランキング7位で終われたのは悪くないけど、今年は誰にとっても『もしもあのとき……』というシーズンだったんだろう。来年は7位以上の結果を目指したいね」
2021年シーズンのミラーは、ドゥカティファクトリーへの〈昇格〉が決定している。
モルビデッリは前戦終了段階でランキング2番手につけていたが、今回も表彰台を獲得したことで、順位を確保。チャンピオンのジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)に次ぐ年間総合2位でシーズンを終えた。2戦でポールポジションを獲得し、シーズン最多タイの3勝を挙げた2020年シーズンは、彼にとって大きな飛躍の一年になったことはまちがいない。
「(開幕時は)表彰台を何度か獲りたいと思っていたけど、幸いにも、リザルトは期待を大きく上まわってくれた」と話すモルビデッリは、「今年はいままで以上に自分自身を信頼できるようになった。『できるんだ』という自信を持てるようになった」と、精神面での大きな成長を明かした。「だからこそ来年が重要で、ぼくはサテライトライダーだから、過剰に期待しすぎることなくがんばりたい」
メンタル面でこのような強靱さを獲得した選手は、それ自体が大きな武器になる。元来が冷静で理知的な選手だけに、フランキーは2021年シーズンも上位陣を脅かし続ける要注意選手のひとりだろう。
メンタル面の成長、といえば、日本人選手の中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)も幾度かの活躍と悔しい結果を経て、今シーズンは精神面の進歩を遂げているようだ。
「今までは外からプレッシャーを受けるようなことはありませんでしたが、今年はポールを獲って(テルエルGP)、大きなプレッシャーを感じる経験をしました。3戦連続でフロントローも獲得(テルエルGP―ヨーロッパGP―バレンシアGP)して、大きな進歩がありました。プラクティスでは10回ほどトップタイムを記録できたことも、良かったと思います。ただ、メンタル面では来年はもっと成長しなければいけないとも思っています。シーズン中はいつも、最大限の結果を狙って最高のパフォーマンスを発揮することに集中し、悪いことは考えないようにしてきたので、これからシーズンオフの期間に2020シーズンをしっかりと振り返り、クリスマスや正月が終わってから2021年シーズンに向けて準備をしていきます」
中上は、前戦では表彰台獲得を目指してポル・エスパルガロ(Red Bull KTM Factory Racing)に勝負を仕掛けた際に転倒を喫し、リタイアで終わった。今回もエスパルガロとの争いになり、結果こそエスパルガロの後方で5位フィニッシュになったものの、終盤3周で自己ベストタイムを記録していることなどから見ても、レースそのものは濃密な内容だったといえそうだ。
中上のひとつ後ろの6位でゴールしたアンドレア・ドヴィツィオーゾ(Ducati Team)は、来年2021年シーズンは参戦せず、一年間の〈休暇〉を取ることをすでに明かしている。その〈休暇〉前の最後のレースを終えたドヴィツィオーゾは、ひとまず満足そうな様子でレース結果と最終的なランキングについて振り返った。
「決勝は後方からのスタート(12番グリッド)で、ここはレイアウト的にもオーバーテイクが難しいから、レースが終わる前は、年間総合4位で締めくくるとは誰も思っていなかったんじゃないのかな。今年は苦労続きの一年だったけど、ランキングを4位で終われたことは良かった。今年は全員にとって奇妙なシーズンで、影響を受けた度合いは人によって様々だろうけど、僕の場合はバイクのフィーリングをなかなか得られず、強さを発揮できなかった。とはいえ、最後はドゥカティ最上位のランキングで終わることができた」
そして、2013年から8シーズンを過ごしたドゥカティについては、以下のようにコメントをした。
「自分たちがどういう状態からスタートしたのか、ということを忘れている人たちも多いかもしれないけど、そういう時代を経て、3年間(2017~2019)チャンピオン争いをするところまで持ってきた。その過程でドゥカティの中には強い信頼を築けた人々もいたし、これ(3年連続ランキング2位)を達成できたことは、ハッピーだよ」
ドヴィツィオーゾの場合は、あくまでも「一年間の〈休暇〉」ということになっているが、中上のチームメイトだったカル・クラッチロー(LCR Honda Castrol)は、このレースを最後にフル参戦ライダーとしての活動を終え、来年からはヤマハのテストライダーに就任する。テストライダー就任後も、チャンスがあればレースに参戦する方向のようだが、フル参戦契約選手としては最後のレースになった今回の決勝は、13位で終えた。午前のウォームアップではトップタイムを記録し、レースでも途中まで4~5番手を走行したが、終盤に大きくタイムを落として最後は13位でゴール。
「リアのグリップ、とくに右側が落ちてきて、最後はかなり辛かった」
と説明したが、やるだけのことをやりつくしたという気持ちは、さばさばとした口調と表情がなによりも雄弁に物語っていた。
「6年間を共に過ごしてきたチームには、とても感謝をしている。タカはいま、とてもよく乗れているし、来年はアレックス(・マルケス)も加入するので、来年もきっと強さを発揮してくれるだろう。自分は違うメーカーをサポートすることになるけど、家でMotoGPのレースを愉むことにするよ。
10年をMotoGPで過ごしたのはとても長い期間で、自分の人生でも大きな部分を占めている。ここにやってきたのは25歳のときで、今は35歳だから、ストップするにはちょうどいい時期なのだと思う。6年間をLCRホンダカストロールで過ごすことができて、ほんとうに良かった。ヤマハでは、自分の経験とスピードを活かして貢献したい」
そのヤマハは、今回のレースでは3位に入ったモルビデッリを除き、ファクトリー勢のマーヴェリック・ヴィニャーレス(Monster Energy Yamaha MotoGP)とバレンティーノ・ロッシ(同)がそれぞれ11と12位、来季はファクトリーチーム入りするファビオ・クアルタラロ(Petronas Yamaha SRT)が14位で終えた。
芳しいとは決していえない結果だが、レースそのものは充実していた、とヴィニャーレスとロッシはともに話している。
「レースは楽しかった。11位だけど、ファビオたちと争うこともできた。あと2周あれば、ヨハン(・ザルコ)やアレックス(・マルケス)に追いつけたかもしれない。予選順位は低くて焦ったけど、レースを愉しむことができた。トップや2番手からのスタートなら、また違うレースになっていたかもしれないけれどもね」(ヴィニャーレス)
「とてもタイトなレースだった。オリベイラやトップ3以外はリズムがとても接近していた。かなり後方からのスタートだったけど、今日のレースはいいラップタイムでコンスタントに走ることができた。リザルトは芳しくないものの、バレンシアよりもトップとのタイム差が少なかった。バトルをたくさんできて、愉しかったよ」
ロッシは来季、長年過ごしてきたファクトリーチームを離れて、サテライトチームへと移る。ファクトリー契約で、マシンもファクトリー体制のままとはいえ、ホンダ―ヤマハ―ドゥカティ―ヤマハと過ごしてきた時間のうち、2002年から2020年までずっとファクトリーチームに在籍してきた彼が、サテライトチームへ移るのは、ナストロアズーロホンダで過ごした2001年以来、20年ぶり、ということになる。
さて、前戦バレンシアGPでジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)がチャンピオンを確定させ、20年ぶりに悲願の王座を獲得したスズキ陣営だが、チームチャンピオンシップもすでに手中に収めており、今回は彼らにとってコンストラクターズタイトルも獲って史上初の三冠獲得を達成するための重要な一戦だった。
ドゥカティとスズキは同ポイントで、先にゴールをした方がコンストラクターズタイトルを獲得する。結果は上記のとおり、ドゥカティ勢のミラーが2位で終えたことに対して、スズキ勢はミルが電子制御のトラブルによりリタイア。チームメイトのアレックス・リンスは15位で1ポイント獲得にとどまったため、コンストラクター部門はドゥカティが王座を獲得し、スズキの三冠制覇は来年以降へお預けになった。また、ライダーのランキングでも、モルビデッリが年間総合2位、リンスはランキング3位で1年を締めくくった。
スズキは前戦でミルがチャンピオンの座に就いた勢いを駆って、三冠獲得とライダーの年間総合順位1-2独占、という完全制覇を達成してしまうのではないかとも思わせたのだが、やはり現実はマンガと違ってそこまで甘くない、ということなのでしょう。
これはつまり、MotoGPの水準はそれほどに高く厳しい、ということのあらわれでもあり、スズキにとっては、来シーズンに向けた大きなモチベーションを獲得した、ともいえる。そしてこれはまた、ファンにとっては来シーズンの見どころがさらに増えた、ということでもあるのだろう。
さて、今回のポルトガルGPは、Moto2とMoto3両クラスのチャンピオンが決定する最終決戦の天王山でもあった。
Moto2クラスは、エネア・バスティアニーニ(Italtrans Racing Team)、ルカ・マリーニ(SKY Racing Team VR46)、サム・ロウズ(EG 0,0 Marc VDS)の三つ巴状態で、マルコ・ベツェッキ(SKY Racing Team VR46)も計算上はタイトル獲得の可能性を残していた。
レースは彼ら4名がいずれも上位で争い、マリーニが2位、ロウズは3位、ベツェッキ4位、バスティアニーニ5位でそれぞれゴールをした。その結果、ポイント面でリードしていたバスティアニーニがチャンピオンを獲得。9ポイント差でマリーニがランキング2位。ロウズもマリーニと同ポイントながら、シーズン中の成績差によりランキング3位、ベツェッキはバスティアニーニから21ポイント差で年間総合4位となった。ちなみにこのレースで優勝を飾ったのは、レミー・ガードナー(Onexox TKKR SAG Team)。Moto2クラス初勝利である。また、チャンピオンのバスティアニーニとランキング2位のマリーニは、2021年はともにMotoGPクラスへステップアップ。ドゥカティ陣営からの参戦が決定している。
そして、Moto3クラスである。
日本人的には、このタイトル決戦がポルトガルGPのメインイベント、という人々も多かったのではなかろうか。
チャンピオンシップポイントをリードするアルベルト・アレナス(Gaviota Aspar Team Moto3)と、それを8点差で追う小椋藍(Honda Team Asia)、小椋の3点背後にトニー・アルボリーノ(Rivacold Snipers Team)という緊迫した状況。土曜の予選を終えて、小椋は2列目5番グリッド、アレナスはその隣の6番グリッドを獲得。一方で、アルボリーノは予選に失敗して9列目27番グリッド、という圧倒的に不利な位置に沈んでしまった。
決勝レースで、アレナスと小椋は他のライダーたちに混じって序盤から真っ向勝負を繰り広げ、アルボリーノは猛烈な追い上げを開始した。アルボリーノはレース終盤にトップグループに追いつく気魄に充ちた走りで、最後は5位フィニッシュ。小椋は8位、アレナスは12位でチェッカーフラッグを受けた。
ポイント加算はアルボリーノが11点で小椋は8点、アレナスが4点。その結果、彼ら3人の得点は小椋とアルボリーノが同点となって、彼らを4ポイント上回るアレナスがチャンピオンを獲得した。小椋とアルボリーノは、優勝の有無でアルボリーノがランキング2位、小椋が3位となった。
厳しいレースをぎりぎりの状態で凌ぎきって、チャンピオンの座に就いたアレナスも見事だが、最後まで己の可能性を信じて走り抜いた小椋と、ほぼ最後尾からトップグループまで渾身の追い上げ見せたアルボリーノのふたりも、ともに万雷の拍手に値する。この私見に異論のある人はまずいないのではないかと思うのだが、いかがだろうか。
彼ら3名はともに来シーズン、Moto2クラスへステップアップする。2021年も、今季の戦い同様に気合いの入ったバトルを見せてくれることを愉しみに待ちたい。
というわけで、2020年シーズンのMotoGPはこれにて終了。来シーズンは、昨年までのようにサーキットから各種動向をお伝えできる状態に世の中が落ち着いてくれればよいのですが、世界的な感染状況がふたたび厳しさを増しつつある昨今、果たしてどうなりますやら。2021年シーズンは、まずは2月にマレーシア・セパンサーキットで恒例のプレシーズンテストが予定されてはいるのですが、このテストが無事に開催されることを祈りつつ、今回はひとまずここまで。では、また。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。
[MotoGPはいらんかね? 社会的距離篇第14戦| 第15戦 |2021年カタールテスト]