その若者にはじめて対面取材を行ったのは、2017年のアルゼンチン、テルマス・デ・リオ・オンドサーキットだった。Moto3クラスにフル参戦デビューした前年シーズンの振り返りや、KTMからホンダのMoto3マシンに乗り換えた今シーズンのバイクのフィーリング、2週間前の開幕戦カタールGPで優勝したときの印象などを訊ねると、いずれも明快なことばで回答が返ってきた。明るい表情と理解の早さ、ハキハキとした受け答えが非常に印象的で、言葉の端々からは19歳とは思えない聡明さも窺えた。ここまでのレースキャリアについて質問すると、若者は礼儀正しい笑顔を見せてこう説明をした。
「初めてポケバイみたいなのに乗ったのはたしか3、4歳くらいだけど、レースを始めたのは10歳だから、スペイン人ライダーとしては遅い方で、経験は浅いのかもしれない。でも、3歳や4歳でバイクに乗り始めたって、自分が何をやっているのか理解できないだろうけど、10歳くらいになっていれば、どこをどうすればいいのか年齢なりにしっかりと自分の頭で考えることができる。だから、レースを始めたのは遅い方かもしれないけど、それはけっして悪いことじゃなかったと自分では思っている」
その数ヶ月後、ドイツのザクセンリンクサーキットでふたたび彼に30分ほどのインタビューを行った。そこまでのシーズン前半8戦ですでに4勝を挙げ、来シーズンはMoto2クラスへステップアップすることがすでに発表されていた。約束をしていたチームのホスピタリティを訪れると、知己のイタリア人ジャーナリストがすでに彼を取材していた。イタリア語での取材が終わると、気分転換のためか、若者は「ちょっと場所を変えましょうか」と英語で提案して、ふたつほど向こうのスツールへ移った。インタビューを開始する前に、話のマクラとして彼の名前の読みについて訊ねてみた。
「人によっていろんな名前の読み方をするみたいだけど、どの読みが正しいの?」
そう訊ねると若者は、面白そうに微笑んだ。
「いろんな呼び方をされるよ。ヨハンとかね。ジョーンという人もいるよ」
「スペイン人だからホアンという人も多いみたいだけど、自分では自分の名前をどう呼んでいる? あるいは、どう呼ばれたい?」
「ジョアン。マヨルカでは、そう呼ばれているね」
まだ7月になったばかりだったが、ジョアンはすでに来シーズンからMoto2クラスへのステップアップが決定していたということは、この段階で彼はすでに関係者からそれだけ高い注目を集めていた、ということだ。インタビューを終える時刻になると、ホスピタリティに今度はカタルーニャ人のラジオジャーナリストが入ってきた。ジョアンは、そのラジオ用インタビューには、カタルーニャ語で質疑応答を始めた。
そしてこの年の秋、第16戦オーストラリアGPで優勝を飾ったジョアン・ミルは、世界選手権参戦2年目でMoto3クラスのチャンピオンを獲得する。
翌年の2018年は、Moto2クラス初年度ながら第5戦フランスGPで3位に入り、中排気量クラスの初表彰台を獲得した。このレースウィークには、翌2019年にスズキからMotoGPクラスへステップアップが噂されていた。レース後の表彰台記者会見でジョアンにその真偽を尋ねてみた。すると「そこの後ろに、僕のマネージメントをしてくれている人物がいるので、その人に訊いてもらますか」と部屋の後方を指さした。会見後、そのパーソナルマネージャーに改めて質問をすると、翌年からのMotoGPクラスステップアップをスズキと前向きに交渉していることを認めた。余談だが、このミルのMotoGP昇格を知ったファビオ・クアルタラロは、フランスGPから自宅への帰路に、自分たちもヤマハとの契約締結を急ぐように自らのマネージメントを急かしたという。
Moto2を1年経験しただけでMotoGPへステップアップすることになった理由について、ミルのマネージメントを担当するパコ・サンチェスは次のように説明した。
「ジョアン自身はMoto2でチャンピオンを獲ってから最高峰へ昇格したい、という気持ちも強く、かなり悩んだようだ。しかし、MotoGPクラスの選手たちが契約更改する節目を考えると、このチャンスを逃せば次のタイミングが巡ってくるまでさらにあと2年待たなければならない。それを考えると、この機をむしろ逃すべきではない、というのが我々の考えなんだ」
そしてミルは、2019年にTeam SUZUKI ECSTARのライダーとして最高峰クラスへデビューを果たす。Moto3クラスでチャンピオンを獲得した後、Moto2を1年経験しただけでMotoGPへ昇格するという経歴は、同じくスペイン人で2歳年上のマーヴェリック・ヴィニャーレスと偶然ながら同じキャリアパスである。
ミルは、最高峰初年度の2019年をランキング12位で終えた。シーズン中のベストリザルトはオーストラリアGPの5位。
そして翌年の2020年に、11月15日のバレンシアGPで年間総合優勝を達成し、23歳で世界最高峰MotoGPのチャンピオンとなった。
「10歳のときから、これを目指してずっと戦ってきた」
レースを終えて上気した表情でそう話すミルは、続けてこうも述べた。
「MotoGP2年目の2020年にタイトルを獲得できるなんて思ってもいなかった。正直なところ、チャンピオンを獲れるのはもう少し先のことだと思っていた」
謙虚にも聞こえることばだが、この発言をよく観察してみると、その背後には〈必ず王座を掴んでみせる〉という強烈な自負が見え隠れしていたこともわかる。
ミルはタイトル獲得を決めた今回の第14戦バレンシアGPまでに、表彰台を7回獲得(優勝-1回、2位-3回、3位-3回)している。ランキング2位で今回のレースで優勝を飾ったフランコ・モルビデッリ(Petronas Yamaha SRT)は、ここまで表彰台4回(優勝-3回、2位-1回)。モルビデッリと4ポイント差でランキング3位のアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)の場合も、表彰台獲得は4回(優勝-1回、2位-2回、3位-1回)。こうして彼ら3名の成績を比べると、ミルの安定感が際立っていることがよくわかる。
チャンピオンを獲得したミルと同様に、チームマネージャーのダビデ・ブリビオにとっても、今回のタイトル獲得は感無量の出来事だったようだ。
「まるで、ちょっとした歴史的事業を成し遂げた気分だよ」
そういって、温厚な笑顔をくしゃくしゃにして喜びをあらわにした。
「映画の脚本を書いたとしても、おそらくここまでのものは作れないだろう。企業の創立100周年でグランプリ参戦60年、しかもこんなに困難な年にチャンピオンを獲得し、歴史的なことを成し遂げられるとは、想像もしていなかった。(活動休止を経て)このプロジェクトを始めたときは、ゼロからのスタートだった。技術者やメカニックを含め、多くの人たちが集まってくれたプロジェクトだが、その大半が過去に勝利を経験したことのない人々ばかりで、全員が必死になってに努力を重ねてきた。
とりわけライダーたちは、ジョアンとアレックスが素晴らしい走りを披露してくれている。今シーズンは両選手とも強豪として力を発揮し、とりわけジョアンは高い安定度でミスも少なく何戦も表彰台に上がって、ついにタイトルを獲得してくれた。ジョアンとアレックスが何度もダブル表彰台を達成してくれたことは、チームマネージャーとしてとても誇らしく思っている」
ブリビオは、スズキのチームマネージャーに就任する前に、ヤマハファクトリーチームでバレンティーノ・ロッシと行動を共にしていたことはよく知られている事実だ。弱小チームといわれていた当時のヤマハにロッシを招き入れて立て直し、2008年と2009年にはライダー・チーム・コンストラクターの三冠も達成しているが、その時代と比較しても、今回のチャンピオン獲得は格別な気分だという。
「バレンティーノと最初にタイトルを獲得したとき(2004年)も、たしかにものすごく感無量だった。チャンピオンシップに勝つことは、いつも特別な気分だ。けれども、今回は格別なんだ。そもそも状況が違うし、チームとライダーの全員がここで成長をしてきた。その点では、皆で長い旅路をともにしてきたような、そんな気さえする。本当に実感を得るまではまだしばらくかかるかもしれないけれども、いつまでも長く記憶に残るとても感動的なできごとであるのはまちがいない。タイトル獲得をずっと夢見てはきたものの、じっさいには非常に難しいのではないか、と正直なところ思っていたんだ。本当に、夢のようだよ。こんな夢を実現できて、私は本当にラッキーな人生だと思う」
とりわけ、今年は新型コロナウィルス感染症(Covid-19)の世界的蔓延により、春先にはレースの開催さえ危ぶまれる日々が続いた。初夏に再開した後は、欧州のみで連戦が続く特殊なカレンダーで、しかも人やモノの移動が厳しく制限される中でのレース開催、と、なにもかもが異例尽くしのシーズンになった。
人類史上希有な災厄の、この世界的パンデミック状況下でのチーム運営はどれほど難しかったのか、とブリビオに質問してみた。
「準備からなにから、すべてがいつもと異なっていた。プレシーズンのカタールテスト後に欧州ではCovid-19の影響でロックダウン(都市封鎖)が行われ、皆が自宅待機を余儀なくされた。しかし、我々の技術者たちはずっと仕事を続けていたんだ。
ロックダウンの時期でもミーティングを行い、開発の手を停めず、データ解析も続けた。やがてシーズンが始まることになったわけだが、なかでも大変だったのは、レースが3戦連続で行われることだった。さらに、2戦続けて同じ会場で戦うことは、私たちよりもむしろライバル陣営に利したかもしれない。我々はセットアップを比較的迅速に仕上げていったけれども、2週目のウィークになるとライバル勢の仕上がりが良くなってきて、厳しい戦いを強いられることが多かった。その意味では3週連戦と2大会連続開催は我々にとって厳しかったけれども、それでもなんとかうまく運営して凌いでこれたと思うよ」
さらに、上記のとおり今年はスズキの創業100年、WGP参戦60周年という節目のシーズンである。彼らにとって大きな節目の年を迎えているという事実が、チーム内部や浜松本社に強い意志を持って臨む〈魔法〉のようなものとして作用したのだろうか。そう訊ねると、ブリビオは柔らかな笑顔で否定した。
「もちろん、スペシャルな年であることはわかっていたよ。けれども、私たちはいつもどおりに仕事を進めてきた。100周年だからといって特にプレッシャーが大きくなったわけでもないし、気合いが入ったわけでもない。いつもと同じように全力を尽くそう、と考えて戦ってきた。この節目の年になにかを達成できれば、ものすごく意義が大きいことはわかっていたよ。けれども、だからといって何か特別なことをしたわけじゃない。いつもどおりに、全力を尽くして戦ってきたということだよ」
とはいえ、〈特別ななにか〉を否定するこのことばのなかにこそ、ブリビオの巧みなチームマネージメント手腕の秘訣が窺えるようにも思う。
さらに、あるジャーナリストから、大きな目標を達成した後の将来的なモチベーションについて訊ねられた際には、ブリビオは余裕のある笑みを泛かべながら、こう述べた。
「それに関しては、さいわいにも私には過去に経験があるんだ。勝ったことがない段階では、まず勝利を渇望する。そしてその勝利を達成すると、一時間かそこらすれば、また勝ちたくてしようがなくなってくるんだ。だから、すでに勝ったから、目標を達成したからといって、モチベーションが下がるようなことはけっしてないんだよ」
彼らの次のモチベーション、という意味では、おそらく三冠達成が来週の最終戦ポルトガルGPでの大きな目標になるだろう。今回の第14戦でライダーズタイトルを決め、チームタイトルもすでにTeam SUZUKI ECSTARが確定させているが、コンストラクターズタイトルは、現在ドゥカティと同点の201ポイントである。この部門は、所属メーカーのうちもっとも上位に入った選手1名のポイントが加算されるため、ドゥカティライダーとスズキライダーのうち、いずれか上位でフィニッシュをしたほうがタイトル獲得となる。
2020年シーズン最終戦となる次週の舞台は、初開催のポルトガル、ポルティマオサーキット。全選手が秋に一度だけ量産車でテスト走行したのみの、初体験の地である。どのような展開になるのか予測はまったく不可能。そこで果たしてどんな戦いが繰り広げられることになるのやら、金曜午前のフリープラクティスをまずは楽しみに待つといたしましょう。
ちなみに、この最終戦では、Moto2クラスとMoto3クラスのチャンピオンが決定する。
Moto2クラスは、ランキング首位のエネア・バスティアニーニ(194pt)から2番手のサム・ロウズ(180pt)、3番手のルカ・マリーニ(176pt)、4番手マルコ・ベツェッキ(171pt)までの4名にタイトル獲得の可能性が残されている。
Moto3クラスは、ランキング首位のアルベルト・アレナス(170pt)、小椋藍(162pt)、そして第14戦で優勝をもぎ取って力ずくで可能性を残したアルボことトニー・アルボリーノ(159pt)3名の戦いとなる。
両クラスとも、誰が勝ったとしても悔いの残らないよう、全力の真っ向勝負を期待したい。
では、今週末にアルガルベでお会いしましょう。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。
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