はやいもので、あと10日ほど経てば2021年のMotoGPが開幕する。世界的な蔓延が続く新型コロナウイルス感染症の影響はいまだ払拭されず、例年なら2月上旬にマレーシア・セパンで実施される最初のプレシーズンテストはキャンセルされてカタールに代替され、その結果、今年はロサイルインターナショナルサーキットでのテストが2回行われる、ということになった。
日程は、3月5日にテストライダーとルーキーのみが参加するシェイクダウン、翌6日と7日の2日間が1回目のカタールテスト。2日間のインターバルを置いて10日から12日の3日間が2回目のカタールテスト、というスケジュールが組まれた。
カタールの開幕戦は例年ナイトレースとして行われているため、このテストも当然ながら、日中から夜にかけて行われる。走行は午後2時にスタートし、午後9時まで行われるが、選手たちと各チームが本気を見せてテストに取り組むのはおおむね日没後の時間帯である。カタールは6時過ぎくらいに陽が沈み、6時半くらいに夕闇が一帯を覆い始めるので、実質的に彼らがしっかりとしたテストを行えるのは全走行時間のうちの、おそらくは2時間程度、といったところか。
しかも今回は、2回目テストの3日目(12日)に強風が吹いて一時は赤旗が提示されるほどの状況になった。当然ながら、コース上に大量の砂塵が吹き込んだために走行する選手はほとんどおらず、この日は実質上、テストにならない状態だった。
結局、カタール1とカタール2の計5日間(新人ライダーは6日間)にわたるテストを終えて総合トップタイムを記録したのは、今季からドゥカティファクトリーライダーとなったジャック・ミラー(Ducati Lenovo Team)。1分53秒183は非公式記録ながら、マルク・マルケスのオールタイムレコード(1’53.380:2019)を上回る高水準の内容である。
ミラーはテスト最終日を走行しなかったが、「(テストで)やるべきことは済ませているし、準備はできている」と、開幕へ向けて総じて順調に仕上げてきた様子だ。テスト全期間を通じて常に高水準のパフォーマンスを発揮しており、昨年何度も優勝争いを繰り広げた実績と、今季からファクトリーへ昇格した実力の高さを充分に感じさせるテスト内容だったといってよさそうだ。2021年は、彼のレースキャリアで初めて優勝候補の一角に数えられるようになったシーズンだが、その指摘に対しても笑顔で
「今までなかったことだから、(この状況を)とても愉しんでいる。最高の気分だね。落ち着いてバイクを仕上げて、毎レース最高の結果を目指していくよ」
と話している。
ミラーと同じく今年からファクトリーチームへ昇格したフランチェスコ(ペコ)・バニャイアは、昨年もたびたび高い資質の片鱗を見せて表彰台にも登壇したが、シーズン後半戦は苦戦傾向が続いた。本人もそこは充分に自覚している様子で、
「テストではいい準備をできた。ふたとおりのセットアップを試し、そのうちのひとつを選んでロングランを行い、タイムアタックも上々の内容だった。開幕戦に向けて充分に準備はできているので、(予選では)上位2列目以内を目指してがんばりたい。決勝の目標はトップファイブ」
と述べた。優勝や表彰台争いという大きな目標を掲げないのは、「去年の後半戦はかなり苦戦が続いたので、まずは確実にトップファイブを狙うことにしたい」からだとか。このあたりの実直というか謙虚に聞こえる物腰は、しかし、一定水準では戦えるという確実な自信の裏返し、と見てもいいかもしれない。
ドゥカティといえば、プレシーズンテストで何らかの新技術を投入することが定番で、今回も旋回時にダウンフォースを稼ぐことを目的にしているのであろうと囁かれる空力デザインのフェアリングを導入した。
エアロフェアリングといえば、これまでは主に直進時の安定性やウィリー抑制などが主な目的だった模様だ。だが、ドゥカティがこの新デザインのフェアリングでホモロゲーションを取得してレースに使用し、一定の効果が表れるとなれば、おそらく他陣営も雪崩を打って一気にこの流れに追随するのではないかとも予想できる。
ただ、旋回時のダウンフォースを稼ぐことで、特にフロントタイヤへの負荷がどうなのかということが素人考えとして若干気になるところではあるのだが、そこに大きな影響がない、もしくは充分に対応可能と実証されれば、この空力技術が今後さらに押し進められてゆくことは不可避、なのかもしれない。知らんけど。
ちなみに、今回のテスト期間中にミシュランのモータースポーツ二輪マネージャー、ピエロ・タラマッソから話を訊いたところ、今シーズンのリアタイヤは昨年よりも1ステップ硬いコンパウンドが採用されている、とのことだ。昨年のソフトは摩耗が激しく挙動も大きいので、それを考慮して、リア用の全コンパウンドをワンステップ硬くしたのだとか。つまり、昨年のミディアムが今年のソフト、昨年のハードが今年のミディアム、ということになる。
さて、テストの仕上がりに話を戻すと、総合トップのミラーが要警戒陣営として挙げていたのが、ヤマハファクトリー、Monster Energy Yamaha MotoGPのマーヴェリック・ヴィニャーレスとファビオ・クアルタラロ、スズキファクトリーのTeam SUZUKI ECSTARで昨年度チャンピオンのジョアン・ミルとチームメイトのアレックス・リンス。そして、昨年度ランキング2位のPetronas Yamaha SRTフランコ・モルビデッリと、今年からホンダファクトリーのRepsol Honda Teamポル・エスパルガロ、という顔ぶれだ。
じっさいに、ヤマハファクトリーの2台とモルビデッリはテストの総合タイムを見ても、ヴィニャーレス2番手、クアルタラロ3番手、モルビデッリ4番手、という順位につけている。
ヴィニャーレスは新しい車体の感触も上々の様子で、テストを終えてフィーリングは非常に満足、と良好な手応えを掴んだことを明るい表情で述べた。クアルタラロも、3日目の悪天候のためにフルレースシミュレーションこそできなかったものの、「昨日(2日目)には18周走ったタイヤで1分54秒4を出せた」と、水準の高い仕上がりであることを示す。
ヤマハファクトリー、というかヴィニャーレスとクアルタラロは、昨年も条件が噛み合うレースでは手の着けられない速さを発揮していたものの、ライダーたちは様々な外的要因に翻弄されたこともあって、出来不出来の波が激しい不安定なシーズンになってしまった。2021年は、おそらく昨年のような不確定要素に攪乱されることはないとしても、どこまで安定した高水準を維持して戦えるかが、彼らのシーズンを大きく左右することになるのだろう。
ヤマハ陣営では、今季からサテライトチームへ移ることになったバレンティーノ・ロッシ(Petronas Yamaha SRT)だが、注目の大きさは相変わらずだ。テスト内容もよい方向にまとまりつつあるようで、「(バイクの)バランスはうまく仕上がってきた。グリップもフィーリングもまずまずで、タイムアタックもペースも悪くない」と、着実に準備を整えているようだ。不十分なテスト内容等の不安定要素も、長年の経験、というこの人ならではの武器があれば、歳下の選手たちを相手にしたたかで懐の深い勝負を繰り広げることは充分に可能だろう。ちなみに、来年以降の現役継続をどうするかについては、シーズン前半での自身のパフォーマンスを見てから決めたい、と話している。
一方、昨年王者のスズキ、ジョアン・ミルはというと、ラップタイムだけを見る限り、トップのミラーから0.677秒差の総合7番手でテストを終えている。最終日は他の選手同様に走れなかったため、「70パーセントくらい」とメニューの消化具合を明かした。
「ドゥカティは速いし、ヤマハもいい。ぼくたちも悪くないけどヤマハの数台ほどじゃない。ぼくは速いうちの一台だけど最速じゃない。テストで最強だったわけじゃないから、100パーセント満足しているわけじゃないね」
そう話す言葉は、チャンピオンとして常に最も高い場所を目指すことが彼にとって当たり前になっている、と示唆しているともいえそうだ。
スズキといえば、昨年末に技術者インタビューでプロジェクトリーダーの佐原伸一氏と技術監督の河内健氏にいろいろと質問した際、コーナー立ち上がりでサスペンションの動きを固定し、ウィリーを抑制して滑らかな加速に繋げるシェイプシフターの開発を進めている、と話していたが、今回のテストでミルに確認を取ってみたところ、まだそのテストはしていない、とのことだった。
ホンダ陣営に移ろう。ファクトリーへ移籍してきたポル・エスパルガロは、さすがというべきか、順応の速いところをを見せている。今回のテストでは、3日目に予定していたレース周回を走るシミュレーションとタイムアタックを実施できなかったとはいえ、中古タイヤを装着してレースをシミュレートした走行では、1分54秒中盤で安定して走れた、とも話している。上記のヤマハ・クアルタラロの話と比較すれば、エスパルガロのメニュー内容の充実度も類推できる。
今シーズンからファクトリーマシンを供給されることになった中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)も、やや不完全燃焼なテストになってしまったようだ。
「レースペースは、もう少し上げたいところです。新しい車体の確認も、もっとやっておきたかった。開幕戦のレースウィークはニューシャシーで行くべきか、従来のスタンダードで行くべきか、という比較をしておきたかったのですが、今日は(悪天候のために)それをできませんでした。おそらく新しい方で行くと思うのですが、詰めるところはまだたくさんあります。
とはいえ、テストするアイテムがたくさんあるのは、逆に言えばいいことだとも思います。開幕戦は忙しいレースウィークになると思いますが、しっかりと備えます」
昨年から確実に高いポテンシャルを発揮している選手だけに、中上は今シーズンも、日本からはもちろん、世界中の多くのファンから注目を集める存在になるだろう。
2021年シーズンはコンセッションを外れるKTM陣営は、昨年2勝を挙げたミゲル・オリベイラと1勝を挙げたブラッド・ビンダーがファクトリー陣営。今回のテストでは突出したパフォーマンスこそ発揮しなかったものの、すでに安定して上位を戦える実力を備えていることは証明済みである。今季も上位争いを脅かす存在としておおいに存在感を発揮してくれることだろう。
アプリリア陣営を切り盛りするグレシーニ・レーシングは、チームを率いるファウスト・グレシーニ氏が2月23日に新型コロナウイルス感染症の闘病の果てに逝去するという悲しく辛い出来事があった。アレイシ・エスパルガロはテスト1回目から精力的な走りを披露していたが、今シーズンは彼の遺志を継承するチームのエースライダーとして、記録と記憶の双方に残る強烈な結果をぜひとも叩き出してもらいたいものである。
2021年のルーキーライダーは3名。昨年のMoto2チャンピオン、エネア・バスティアニーニ(Avintia Esponsorama)と、彼と熾烈なタイトル争いを繰り広げたロッシの異父弟ルカ・マリーニ(Avintia Esponsorama)。そして、2018年のMoto3チャンピオン、ホルヘ・マルティン(Pramac Racing)の3名。いずれもドゥカティ陣営である。
三人三様に最高峰クラスへ徐々に適応している様子だが、彼らにそれぞれ話を訊いてみると、いずれも同じバイクに乗って同じような順応過程にあるだけに、共通点の多い言葉が返ってきた。
「今はライディングに集中している。乗るたびに慣れてきて、今は走り出してすぐにタイムを上げて行くことができるし、ユーズドタイヤでもうまく走れるようになってきた。課題にしているコーナーの進入もだいぶ良くなった。リアブレーキの使い方が重要で、今はそこに集中して取り組んでいる。フルタンクの状態でもうまく走れるように取り組んでいる」(マルティン)
「今、努力しているのはコーナリング。倒してからの曲げはじめ(一次旋回)は、Moto2よりも早くブレーキをリリースしなければならないので、とくに難しい。まだ慣れていないけど、ここがうまくいくと、立ち上がりからの加速にもうまくつなげていくことができると思う」(バスティアニーニ)
「(MotoGPは)もっと厳しいと思っていたけれども、思っていたよりいいタイムで走れたので安心した。今のところ、とくに何かで苦労をしているわけではないけど、コーナー進入の最後にブレーキをリリースして開け始めていくところが課題。もっとしっかりと速度を落とさなければ、回っていかない。リアブレーキをもっとうまく使うことも大切だと思う。バイクが曲がる前に(スロットルを)開けて少し滑らせて(きっかけをつくって)やることも重要かもしれない。 タイヤの使い方をもっと勉強したい」(マリーニ)
……と、このように彼らのコメントを並べれば、彼らが現在取り組んでいることがら、そしてドゥカティがライダーにどういう走りを要求しているのか、ということが如実に見てとれる。
今年のルーキー勢は、ロッシの弟であるために注目されることを宿命づけられている〈ルカ〉、Moto3時代から己の速さに自信を漲らせてきた〈ホルヘ〉、そのホルヘと激しい戦いを続けながらもマシンからいったん降りるとニコニコといつも穏やかな笑みを絶やさない〈バスティア〉、と、いずれも個性のハッキリと際立ったライダーたちなので、是非とも彼らの戦いと成長にも注目をしていただきたいところである。
というわけで、開幕戦カタールGPは毎年恒例のナイトレース。いよいよ3月26日(金:日本時間深夜)に2021年シーズンの長く厳しく熾烈な戦いがスタートする。では、月の沙漠を遙々と征きつつ、ロサイルインターナショナルサーキットでお会いいたしましょう。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。 最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は4月16日発売予定。
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